星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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❦ー1話

 

 

ジェーナス「ふふん、ふーん♪」

 

 さすが英国の娘さんとでもいおうか。ポテチをキッチンで作る人種を初めて観た。牛切りにしたジャガイモをハーブ&ソルトで味付けしてあげてゆく。管理妖精のいる世界で集めのチップスで軽食と洒落こむ余裕があるのはさすが腐っても地獄の終末期経験者である。

 

ジェーナス「噂に勝る万能兵士ね」

 

タシュケント「まあね。資材さえあれば大抵のものは作ってあげるさ。服なんかもね」

 

 資材を命にさえ変える炉の魔法、タシュケントには自給自足性能が宿っているようで、下に恐ろしきは世界が滅んでから管理妖精を仕留めようと試行錯誤していた80年間の修行の成果といえよう。錬金術もここまで行くとどこからどう見ても魔法だ。

 

ジェノ「アルヴィンさんは?」

 

ジェーナス「『これ以上、ベッドしても利益が見込めないうえ、帰してもらえなくなりそうだ』って。やっぱり管理妖精との戦いに首を突っ込む気がなかったみたい。ま、本人からしたら大富豪のままドロップアウトだし、願ったり叶ったりなんじゃないかしら」

 

 上機嫌な様子だ。右手で髪に飾ったクローバーのピンを触って、

 

ジェーナス「彼とはグッバイした」

 

ジェノ「君の誤解でふと思ったんだけど、グッバイってさようならの意味だよね」

 

ジェーナス「そうね。なに、英語でも教えて欲しいのかしら?」

 

ジェノ「グッドって良いって意味だよね。英語圏ではさようならって良いことなの?」

 

ジェーナス「あー……昔はね、神様のゴッドをグッドって発音してたの。でも直接的に神様って言葉を使うのが躊躇われていたからね。God be with yeの短縮形Godbwyeがグッバイにね」

 

ジェーナス「あ、yeはYouって意味ね」

 

ジェーナス「さようならは神のご加護がありますようにって意味だったってわけね」

 

ジェノ「なんかお洒落だね。そのクローバーのピンも」

 

ジェーナス「私は四つ葉より三葉のほうが幸運だと思うわ。だって四つ葉は傷から派生するって聞いたし、普通じゃないもの。普通が一番幸福なのよ」

 

 染々といった風だ。そこは共感しかねるな。まずジェーナスのように金持ちの気分も味わって見なければ普通の良さはいまいちわからない。不運よりかはマシだとは思うけども。

 

タシュケント「とりあえず三日の休養だ」

 

タシュケント「あたしも疲れたしね。同志、明日はどこかに出かけようよ!」

 

ジェノ「ジェーナスちゃんと行っておいで」

 

ジェーナス「ざまあないわね。あなたとデートはイヤだって」

 

 そういって中指を突き立てている。この子もなかなか性格に難がある。

 

ジェーナス「そういえばジェノ君に責任を取って欲しいことがあるんだけど」

 

ジェノ「なに、目的のためなら協力する気だけども」

 

ジェーナス「あのね、あなたのデバフを喰らってから」そこまでいうと、「やっぱりいいわ」といってからそそくさと台所を離れる。向かった先はお手洗いだ。

 

タシュケント「膀胱がゆるんだままなんだって」

 

ジェノ「そんな!」

 

 それは申し訳ないことこの上ない。

 

タシュケント「多少当たりがきつくなるのも仕方ないよ。粗相をフォローした時に彼女が失ったものは大きい。むろん素肌もそうだけど、下の世話をされたのは乙女としては大きいはず」

 

ジェノ「触れないのがせめてもの優しさか? 君がなんとかすればよかったんだ」

 

タシュケント「イヤだよ。汚いし。あえて放置しとけばよかったかも」

 

 今更だな。腰をあげて自室に戻るとした。廊下を歩きながらスマホで朝霜にかける。一向に出る気配がない。なにか危険なことに巻き込まれていると考えてしまうので、気になる。タシュケントは「大丈夫」と根拠もなしにいうが、やはり心配だ。

 

 自室の扉を空ける。

 

ジェノ「なんだこれ……」

 

 改装されている。憂からもらったポスターはなぜか軍艦の写真に張り替えられており、憂が出演していたドラマのブルーレイも全てなくなっていて代わりに有名な戦争映画のものが並んでいる。こんなことをやるのはタシュケント一人しかいない。

 

タシュケント「卑猥なものは全てあたしに変えておいた」

 

ジェノ「人間の女性イコール卑猥なのか。憂からもらったものはあらかた処分するつもりだったからいいけど、別に応援するって意味なら残しておいても良かったものもあるのに」

 

タシュケント「ああ、安心して。健全判断されたものは残してる」

 

 テレビ台を開いた、去年に公開された映画のブルーレイが残っている。

 

タシュケント「あ、それは検閲したよ」

 

 内容は癌の少女が主役の家族愛の物語だ。設定が泣け、といっているようなもので、憂はその少女の隣の病室の病人という役を演じている。よく分からないけど、業界人いわくブレイクのきっかけとなった作品だそうだ。よくある温かい家庭の不幸の話だ。

 

ジェノ「どうだった?」

 

タシュケント「同情はしたよ。感動も感情移入もしなかったかな。こんなに愛された家庭で育ったのなら、十分に幸せだっただろうさ。まだ生きたいって境遇には同乗した」

 

タシュケント「あたしが過ごした鎮守府の日常的にまだ学校の青春もののほうが分かるけど、家族愛を人の成り損ないのあたしに問うのはナンセンスというものだって」

 

 奇遇。同じ感想だ。

 

タシュケント「そういえば同志はなんで憂ちゃんと付き合ったんだい。失恋したにしてもなんかダメージなさそうだよね。遠距離恋愛ってそういうものなのかな?」

 

ジェノ「思えば憂には特別な好きはなかったのかもしれない。たださ、あんな可愛い子に告白されたら、うんって頷いちゃうよねって感じだ。それに理由として大きいのは、初めて僕を好きだっていってくれた女の子といのもあるよ」

 

 実際、思い返してみればそれほどドラマチックな過程もロマンもなく、掘り返しても大した起伏もない話だ。少なくとも、別れが頭によぎった時、嫌だという気持ちはなかった。若干、憂が売れっ子になっていくこともあって、束縛がなくなって彼女の為にもなるとも思った。

 

タシュケント「初めて好きっていってくれた異性ね。それ、なんか分かる気がするよ」

 

ジェノ「まさか。君はきっと引く手あまただと思うよ。容姿に優れているっていうのはやっぱり武器だと思うし、相手への理想も高くなるはずだ。憂みたいなのは稀だと思うんだ。少なくとも容姿に優れた人ってのは人並み以上にどこかで得も損もしているんじゃないの」

 

タシュケント「優れていることを武器というのなら嬉しくない。厄介事に巻き込まれやすいだけだ」

 

 武器という表現をされてしまうと、ネガティブに受け取るらしい。この子が街で一人で歩けば声くらいかけられそうだとは思うけどな。ジェーナスのほうはあからさまな未成年なのでまた違うだろうけども、飛び火しそうなので、この話はこれ以上広げないでおこう。

 

タシュケント「でも割と本気で気になるんだけど、同志ってどういう子が好きなの?」

 

ジェノ「一緒にいて落ち着く子かな。騒がしいのは苦手なんだ」

 

タシュケント「あっはっは、それは残念だ。あたしは騒がしいほうだからね」

 

 少なくともタシュケントに出会ってからは人生で一、ニを争うほど騒がしくなったな。

 

ジェノ「ま、明後日まで休養だ。町にでも出かけておいで」

 

ジェノ「僕は職場に顔を出してくるからさ。あれなら後で合流しよう」

 

 やっぱり仕事しないと落ち着かない。

 

 タシュケントは頭の後ろで手を組んでいう。

 

タシュケント「相沢冠司っていう提督がいたんだ。春川泰造が研究職のほうに異動してからその空いた提督職を引き継いだ男の人だ。あたしはその人の指揮の元で戦った」

 

タシュケント「彼と君は人生の境遇が似てる。あの提督は父を事故で亡くして母も病に伏していた。それを忘れるかのように仕事に没頭していた。なのに、元気で明るくて優しい性格だったよ」

 

 黙って耳を傾く。何気にこの懐古のオーラで過去を語り出すのは初めてだ。

 

タシュケント「全く持って明るい毎日ではなかったのにね」

 

ジェノ「僕とその人は似てないよ」

 

タシュケント「似てる。提督のその性格は義務感が強かった。あたし達は不完全かつガキのような性格ばっかりだったから戦闘において一定の調子をずっと保っていられなかった。浮き沈みが激しいんだ。提督が暗くて義務感に包まれたままでは仕事を十分にこなせない兵士もたくさんいたからってのもあったはずだよ」

 

タシュケント「君の善良も義務感が強い。あたしには人間はこうあるべきだって偶像で動いているように見える」

 

タシュケント「困っている人は助ける。人には優しくする。それはきっと社会的にも間違っていないけれど、それは君の幸福に貢献しているようには思えないのは、きっとその義務感のせい」

 

タシュケント「君は群衆のために自己犠牲をするほどのヒーローの器じゃないよ」

 

タシュケント「きっと自分の欲望すら知らない。ハメの外し方もね」

 

 言い得て妙な指摘だった。

 

 子供の時分を思い返してみても、楽しかった記憶も確かにはあるが、いつからかそういった気持ちは薄れていった。友達とも門出を機にあまり会わなくなり、出会いも職場の付き合い以外では少なくなった。本当に充実した私生活とは縁遠くなってはいる。

 

タシュケント「君にとってもあたしと出会えたことは幸運だと思うけどね」

 

タシュケント「こうやってプライベートで寝食をともにする相手というのは貴重さ。いやがおうでも相手を知るし、あたし達は友達以上の関係にはなれるだろうしね」

 

ジェノ「でも恋人にはなれない。そうだろ?」

 

タシュケント「……そだね。その心配はないのに君は誘いを断る。すねちゃうけどいいかい?」

 

 唇を尖らせ、不満気だ。「わかったよ」とジェノは返事をする。

 

タシュケント「しょうがないなあ。明日はあたしがエスコートしてあげるよ。いいかい。亜斗ちゃんは連れてこないようにね。エスコート失敗の時にあたしが呼ぶからさ」

 

 少し不安だ。人の世の娯楽をどれだけ知っているのだろう。

 

 でも、だからこそ、ちょっと楽しみだった。

 

2

 

職場に出勤すると、でかでかとお知らせの掲示板に今月の異動や退職者、新入社員の名前が張り出されていた。目を引くのは寒河江ジェノの文字だ。一般職員からなぜか会長秘書だから、この法人に前例のない異動だろう。職場は噂話で持ち切りだろう。

 

 しかし、目を引いたのは千里亜斗の名前だ。辞めるのか。

 

 事務所で長話に巻き込まれると思いきや、意外とそうでもなかった。「寒河江君、この施設はいいところだよねっ」と事務員さんがいってきた。「俺らも良いやつだよな」と周りの人達も付随する。家族経営なので経営陣に気に入られると施設に融通が利くからか。

 

 施設としては歓迎ムードだった。本当の事情は口が裂けてもいえないが。

 

夢島「寒河江先輩、いなくなっちゃうんですかあ!?」

 

ジェノ「この施設からはね。法人には所属したままだから」

 

 フロアにあがると、夢島さんが話しかけてきた。去年の新卒の子だから、まだまだ深い付き合いとはいえないけども、去年唯一残った新卒の子だ。ぽわぽわしている子だけど、恐らくそこが生き残れた理由でもあるだろう。優しく愛でる系の亜斗の下に配属された運が強いだろうな。他のフロアの体育会系だと潰れていた危険大だった。

 

亜斗「おはよー。人事の張り紙で眠気は吹き飛んだわ」

 

夢島「亜斗ちゃんも辞めるんですかあ!」

 

ジェノ「事前に教えてくれてもよかったのに。まさか結婚じゃないよね?」

 

亜斗「寿だったら周りに報告しまくるわい。元に務めていた動物園が再開するって連絡が来て、当時の職員に優先的に声をかけてくれているらしい。それでそっちに行くことにしたんだ。思えば色々と勉強になったし、交友関係も良かった職場だったねえ」

 

 なるほど。確かに亜斗はもともと動物園の飼育員やっていて、その動物園が事故でしばらく閉鎖になり、暇していたところを誘ったので、その理由なら納得だ。そもそも介護の愚痴が止まらなかったのでいずれは辞めるんだろうな、とは思ってはいた。

 

亜斗「やっぱり人間より動物のほうが可愛い」

 

「そんなの当たり前じゃないですか! この仕事、可愛いの尺度で測ってたのも驚きですが、私はごく少数の可愛いおじいちゃんおばあちゃんとお二人の存在でモチベを繋いでいたようなものですね! でも最近、自己中な利用者が多くて心折れかけてます!」

 

 夜勤明けだからかテンションが高くて本音がもろ出てる。

 

 まだ早朝の七時だけども、共同スペースのフロアには春川のじっちゃんが新聞紙を広げている。ついているテレビもなんだか芸能人や不祥事や政治家の汚職事件がやけに多かった。もう日常茶飯事のことなので、特に興味は湧かなかった。

 

夢島「あのー、急な暴露と申し出で悪いんですが、私、明日から三日間お休みでして」

 

 夢島さんが頬を人差し指でかいて、苦笑いする。

 

「結婚するんです」

 

亜斗「へ!?」

 

 噂で彼氏がいるとは聞いてはいたけど、亜斗の驚きようからして女子間でもその情報は出回っていなかったらしい。女性職場なので結婚自体は割とあるので、驚きはしなかった。おめでとう、という前に、夢島さんはいう。

 

夢島「明日の結婚式、出てくれませんかあ?」

 

ジェノ「いくらなんでも急すぎるよ! 明日って!」

 

夢島「ささやかな式なんであれなんですけど、私ってほら友達いないじゃないですかあ。私は身内だけの式にしようっていったんですけど、彼氏のほうがちょっと友達が多いんです。職場の友達兼職場の人としてぜひ。お二人には祝って欲しいですし……」

 

夢島「あ、スタッフの方には話が通してありますから!」

 

ジェノ「いうのが今日だったのはさすがにないよ。さすがに欠席しにくいよ……」

 

亜斗「明日は休みだしそっちが良いなら私は行く。可愛い後輩の晴れ日だしな!」

 

ジェノ「僕はちょっと待って欲しい。今日中には連絡するから」

 

夢島「いくぶん急ですから、断ってくれても構いません。こっちの用意だけはしっかりしておくので返事、待ってますね! ちなみにお話を振ったりはしませんのでご安心を!」

 

「あ、夕方までに連絡をくれるならお友達を連れてきてくれても!」

 

「なんか私の周りだけ人が少ないのも悲しいですし……」

 

 場所を聞いたところ、この街のようだ。

 

 彼氏のことはよく知らないが、写真を観た感じ、優しそうな眼鏡をかけた男の子だった。二人とも21歳と若かった。迷ったが、休憩時間に深海日棲姫にかけてそれを聞いたところ、休養の時間は好きに過ごせ、とのことで時間は確保できた。

 

 夕方、その意向を伝えると同時に、

 

ジェノ「友達、女の子だけど、二人連れてきてもいい?」

 

 そう聞いた。タシュケントとジェーナスも可能なら連れて行ってみたかった。

 

 こういう一般の結婚式に参加した経験は二人ともないはずだし、二人とも女の子だから興味もあるだろうと思ってのことだ。隙をしているみたいだし。

 

 二人からは「行ってみたい!」とテンションの高い返事が来た。

 

 3

 

 仕事が終わった時間ちょうどにスマホにタシュケントから連絡が来た。歓楽街で待ち合わせとのことだ。彼女のエスコートに沿って羽目を外す時間の到来だ。入口のそばにある神社で落ち合った。到着した時に神社に繋がる路地のほうで人だかりができていた。

 

 タシュケントがなにやら路上パフォーマンスを披露していた。

 火を出したり、モノが現れたり消えたり、要は炉を利用した手品である。そのうち警官来るぞ。目が合うと「はいおしまい!」と最後に手を叩き合わせた。群衆が散ってゆく。足元にある大き目の缶には小銭や札が入っている。なかなかたくましいことしてる。

 

タシュケント「一日遊ぶ程度の日銭は手に入ったかな」

 

ジェノ「軽率だ。動画を撮られてたし、snsにアップされるかもしれないよ」

 

タシュケント「しまった。なら自分で撮影してあげればよかった。ジェーナス君とテレビを観ていて、チューバーなる存在を教えてもらったんだ。あ、ちなみにジェーナス君はお留守番ね。見た目が原因で夜にうろついて面倒事になったことあるから来ないって」

 

ジェノ「なんか悪いな……ジェーナスちゃんから遊興費もらったんだろ?」

 

タシュケント「本人が使い道ないからっていってくれてるものだし、最初はしぶっていたけど、同志と遊ぶっていったら快諾してくれたよ。あの子、アルヴィンさんと暮らしたからか、金銭面ではかなりしっかりした価値観を持ってる。もう主婦並みの感覚だ」

 

 ジャーヴィスを買うために貯めていたアルヴィンからの報酬がまま残っている。その額、実に二億を超えているという。あまりに巨額だが、経済面は自分でなんとかする、という申し出だけはありがたく受け取ったのだった。

 

ジェノ「それで今日はなにするんだ?」

 

タシュケント「鎮守府着任した時にあたしが強要されたパワハラ歓迎だ」

 

 まず飲食店に行くとのことだ。タシュケントが生きてきた社会の輪でもアルハラがあったらしい。

 あいにくと酒には強いほうだ。

 

4

 

 タシュケントが直感で選んだ店はこの一月の季節の寒空の下にさらされる屋台の店だ。近くに暖房があるのが乙だが、それでも寒かった。なので熱燗を頼もうとしたのだが、タシュケントが度数の高いアルコールを注文していた。

 

 酒を飲みながら、タシュケントの昔話を聞いた。主に鎮守府でわいわいとバカやっていた時の話だ。意外と女性の話はえぐい。「まあ、顔を赤らめる純情なヒロインタイプではないね、あたしは」少し残念そうだ。物を知らないよりはいいかと思う。

 

ジェノ「あ、そうだ」

 

 それから連絡がつかない朝霜の話を切り出した。彼女の携帯にかけても一向に出なかった。ただタシュケントが「連絡来たよ」といった。話を聞くと、与人に建造されて効果紋を烙印されて、少しトラブルに巻き込まれているが、こっちはこっちで動いているから心配はしないでくれ、とのことだ。一方的な文章で返事はスルーだそう。

 

ジェノ「そういえばブラックタイガーって知ってる? 君が建造された時に大暴れした暴走族だよ」

 

タシュケント「あの夜中に除夜の鐘の音をかきけす騒音を鳴らしてた連中ね」

 

ジェノ「実は元をたどると、あの創設者って亜斗ちゃんなんだ」

 

タシュケント「ほんとに!?」

 

ジェノ「あのジェーナスちゃんが所属していたボラ団体って亜斗が5年前に立ち上げた団体なんだよ。もともと高校生の慈善活動だったんだけど、声をかけまくっていたら大きくなってさ、当然、その仲間内の仲もよくなっていくつかグループが派生したわけ」

 

ジェノ「その一つのバイク好きな男達のグループが暴走族になっちゃった。リーダーが黒い虎という意味で名付けたらしい。そういうエビの存在を知らなかったんだと」

 

タシュケント「あはは、その物を知らない感じ、深海棲艦みたいだ」

 

ジェノ「深海棲艦って暴力的かつ怨霊的な怖いイメージあるけど」

 

タシュケント「艦娘や人間に対してはね。でもあいつら仲間内だと割と面白いことしているよ。あたしは単艦活動を許可されていたから深海棲艦勢力と色々あったんだけど、存在がユーモアの塊だよ。悪役だけど、悪党ではないって感じだった」

 

 タシュケントが懐かしむように酒を煽った時だ。

 

タシュケント「君が竜から抜いたあたし達の知識は姿形と艤装能力程度かい?」

 

ジェノ「そうだね。後は基本的妖精の力と終末期のことが大体かな」

 

タシュケント「効果紋は春川泰造の副産物に過ぎないけれど、大きな変化をもたらしたんだ。戦闘能力的なことはいわずもがな、だ。でもあれのせいでむちゃくちゃだ。戦艦空母駆逐軽巡重巡エトセトラ、それぞれしっかりと役割があったんだけど、効果紋のせいで駆逐が戦艦の役割を果せたりもするようになった。すると、どうなったと思う?」

 

ジェノ「それぞれの役割が消える?」

 

タシュケント「そう。格差が消えると思いきや、更なる格差が生まれるわけだ。艤装能力や艦種のレア度よりも烙印できる効果紋によって価値を決めるものさえ現れた。そいつらの言い分は、効果紋はそれぞれの精神性や相性が繁栄されたもの、身体ではなく精神によって価値が定められるほうが尊いとね」

 

ジェノ「心に価値つけられるほどその人のこと知らないんだろうに」

 

タシュケント「そうだね。だから艦娘が全員、艦娘でいる必要もなくなったわけだ。もちろん、あたし達は上に高い点数をつけられたものに志を託し、支援しあった。やれることを個人で探し始めた時期もある。君の知識は少し古いね。凄腕のハッカーとかも生まれたよ」

 

 確かに、時代が変わればそういう流れへのシフトもあるのかもしれない。

 

タシュケント「これは忠告……いや、警告にしておくよ」

 

タシュケント「艦のお嬢さん方を良い子ちゃんの集まりだと思わないほうがいい」

 

タシュケント「この世界で生きた君からしたら、殺し屋の犯罪集団に映るだろう」

 

 仮にも、人間をエンチャントされているんだから、と彼女がいった時だ。

 

 ボサボサの伸びた黒髪に染みだらけの服、ぼろいスニーカーを吐いた客が隣に座った。少し血の臭いがする。タシュケントも気づいたのか、隣の客に視線を送るが、すぐに外した。「そういえば結婚式のことだけどさ」と話題を投げられる。

 

ジェノ「なんならそう遠くないし、式場を見に行く?」

 

タシュケント「いいね。偵察は大事だ。リアル結婚式は初めてで緊張する」

 

 偵察というほどでもないが、当日迷わないよう下見をしておくのはアリだ。

 

 隣の客はすでに五杯のラーメンを感触している。スープまで制覇だ。席を立ってポケットに手を突っ込むと、くしゃくしゃの紙切れと硬化を取り出した。店主に乱雑に握らせると、席を後にする。その後、店主が眉間に皺を寄せた。札に血がついている。

 

タシュケント「血、ね。同志、後を追ってみよう」

 

タシュケント「ジェーナスの単語が出た時、少し反応してたし」

 

 後ろに目玉でもついてんのか。タシュケントがすぐに後を追ったので、支払いを済ませた。後を追う前に店主に聞いてみた。

 

ジェノ「すみません。さっきの人、目の色、何色でした?」

 

 海の色、とのことだ。

 

5

 

 タシュケントの後を慌てて追いかける。尾行に気付かれたのか、彼女は人込みをかきわけて疾走している。とてもじゃないが、追いつけはしないので、早々に諦めた。

 

 どうして逃げるんだろう。

 

 徒歩にシフトしながら、考える。深海棲艦ではなかった。しかし、あの裸の金に付着した血からして誰かから奪ったものなのだろうか。恐喝や強盗をする艦娘がいると思うと新鮮だ。知っている情報では誰も彼もが清潔で良い子ちゃんだった。

 

 タシュケント達が折れた飲食店同士の隙間の路地に入る。

 

 スーツ姿の男性が倒れている。室外機の上に座っている。声をかけても反応はない。右頬が腫れている。膝の上には黒い革財布が置かれている。カード類はあるが、金銭の類はなかった。右手にはめた革の手袋を外してみる。ヒールの効果紋の文字列がある。

 

ジェノ「あのー……」

 

 救急車を呼ぼうか迷ったものの、ヒーラーなら起こすだけで治せる傷だろう、と判断して声かけをしながら肩をゆする。持っていたハンドタオルで血を拭って介抱する。

 

 目覚めたのは十分後だ。

 

6

 

「ありがとう。その手、同じ、建造主だよな」

 

ジェノ「なにがあったんですか?」

 

「気にしないでくれ、っていいたいが、助けてくれた人だしな……」

 

ジェノ「ヒールの効果紋使わないんですか?」

 

「今はなぜだか使えないんだ」

 

ジェノ「……なにがあったんです?」

 

「痴話げんかだ」

 

ジェノ「建造した艦娘の名前だ」

 

「ムッシー・シャイだ。俺が勝手にそう呼んでいるだけで正式名称は知らない」

 

 正式名称は知らない。やっぱり建造時のあの記憶共有は効果紋のせいのようだ。ムッシー・シャイ。直訳すると、超恥ずかしがり屋さんってところだろうか。

 

 詳しく話を聞いた。男の名前は飯田照樹というらしい。ラブリー・ボードの掲示板で知り合った人とリアルで会って、その鉄片をもらったとのことだ。当時は信じていなかったが、その人の付き添いのもと、指示に従って、恥ずかしがり屋さんが生まれた。

 

飯田「管理妖精を倒す手伝いをするってムッシーちゃんと約束したんだ」

 

飯田「もっともあの娘は人間不信でよ、全く行動をともにしてなかった。あいつはあいつで情報収集をしていたみたいなんだが、俺もリアルが忙しくてさ、後回しにしてた」

 

 それはそれですごいな。最初に効果紋を手に入れた時、あまりの非日常にそれ以外のことが頭から飛んだほどだ。むしろこのリアルのためなら命を天秤にかける人が大勢いると思うほどの未知だと認識した。保守的なのか、あまり深く考えていないのか。

 

飯田「実は俺、明日に結婚式があるんだ」

 

 夢島さんを思い出す。男の顔を観察してみる。あの写真に写っていた男ではない。

 

ジェノ「偶然ですね。明後日に僕の職場の後輩の結婚式があるんですよ」

 

飯田「まさか、夢島瑞希か?」

 

ジェノ「そうですけど知り合い……?」

 

飯田「中学からの付き合いだ。今は疎遠だが、夢島の彼氏さんとも幼馴染だ。偶然、ブッキングしたんだよな。というか夢島の先輩だとか世間が狭いな」

 

飯田「俺はできちゃった婚なんだが、さすがに子供と奥さんを大事にしていかねえと。あいつの周りの危険なことに首を突っ込んでいる暇があれば働かなくちゃならん。だから俺は降りるって伝えたら嘘つきっていわれて軽く襲われたわ。ま、怪我のことはいいんだ」

 

 本人は安く済んだ、と思っているようでなによりだ。

 

「金になりそうだけど、さすがにこんな力で稼ぐのはなんか後ろめたいし、やっぱり普通に働いて家族を養っていくのが一番、嫁も親も安心すると思うし」

 

 おお、まともな人だ。

 

 やっぱりあの子は関係者か。ブン殴った後に奪ったから金に血が付着していたのだろうな。しかし、この飯田という男の言い分は間違っていない。妻と子がいる身なら、世界のために命を賭けるのは他の暇なやつに任せるべきだよな。

 

飯田「ここで会ったのもなにかの縁だ。そうだろ?」

 

 嫌な予感がする。

 

飯田「あんた、暇人の建造主か」

 

 なんだよ、その聞き方。

 

ジェノ「ドロップアウトする予定はないです」

 

 見方を変えるとチャンスでもあると考えた。

 

 この男の手にあるのはヒールだ。

 

 肉体の損傷を治す入渠魔法である。戦う際には喉から手が出るほど欲しい武器だった。あの子を味方につけられたのなら、その効果紋を他者に移すことができるのだ。

 

ジェノ「暴力的で恥ずかしがり屋な子なんですか?」

 

飯田「違うよ。名乗ってもくれなかった。ムッシーシャイっていうのは後日になってそいつが抱えていた八つの小瓶にそれぞれアルファベットが記されていたんだ。それを繋げるとムッシーシャイになったから俺がそう呼び始めただけだよ」

 

ジェノ「そっか。意外と近くにたくさんいるもんだ」

 

飯田「そりゃそうだ。この町は春川泰造がいるホットスポットだからな」

 

ジェノ「……知っている情報を教えてもらえますか?」

 

 他に彼が握っていた情報はそのラブリーボードで知り合った『ミクス』という人物の情報、そのグループで知り合った自称艦娘という女の子の連絡先だった。さっそくスマホでラブリーボードに登録してアカウントを作る。そしてグループに紹介してもらった。

 

 アカウント名はセントーちゃん。

 

 入室の表示がされて、さっそく挨拶と自己紹介を書き込み、

 

『艦娘の子ですか? 会えますか?』

 

 と書き込んだら、すぐに返信が来た。

 

セントーちゃん《初チャでキッモWW 連結中乙WWW》

 

セントーちゃん《いるんすよねーWW 艦娘がちょろいと思ってるやつWW》

 

 少しイラッときたが、堪えよう。普段、こういうのはやらないので初手を間違った自分の責任にしておく。それより誰だよ。脳内の知識庫を漁るも、こんな喋り方と対応するような艦娘の子なんかいないぞ。タシュケントのいう通り、インスト知識が古いのかな。

 

 続いてタシュケントや朝霜、ジェーナスのことを書き込もうとした時だ。

 

「ぎゃああああああ!」

 

 甲高い悲鳴が聞こえた。タシュケントと似ていた気がする。

 

7

 

タシュケント「助けて! 同志、助けて……!」

 

 小さな叫び。なにかに塗れて死んだように空を仰いで倒れているタシュケントを発見した。辺り一面に甘ったるい匂いがする。照らすのは黒よりの紫のような色の柔らかい物体だ。その物体に紛れて、何匹かゴキブリがうごめいている。悲鳴をあげて当然だ。

 

ジェノ「甘ったるい。これ、あんこか……?」

 

タシュケント「あいつ、あたしがあんことゴキが大嫌いだと知って誘導したよ!」

 

 とりあえず手で山のようなあんこを取り分けてタシュケントを引っ張り起こした。

 

タシュケント「ゴキブリがまだ服にたくさんいる! 取ってよ!」

 

 蠢くGを手で払いのける。

 

飯田「何事だよ」

 

 飯田が追いついてきたので、事情を話して手伝ってもらう。

 

 タシュケントが半狂乱から立ち直るために15分ほどの時間を要したので、その時間、地面にぶちまけられた食品の廃棄物の片付けを行った。

 

 タシュケントいわく、ここで待ち伏せされた。相手の素性に関しては謎のままだが、艦娘であることは十中八九、間違いないだろうとのことだ。その弱点を知っている人は鎮守府でともに過ごした仲間以外にありえないとのことだが、容姿からは分からないとのことだ。逃亡中に髪がズレていたので、あれはカツラの可能性が高いとも。

 

飯田「へえ、君があのタシュケントちゃん?」

 

タシュケント「そうだけど」

 

飯田「殺されかけたわ。お前、警察署をぶっ壊しやがっただろ」

 

タシュケント「……ごめん。そんなことより君、あいつの建造主なんだろ?」

 

飯田「悪ィが、俺はドロップアウト希望だ。嫁さんと子供がいる。知っていることは寒河江さんに教えたよ。あ、でも、まだ一ついってねえか」

 

飯田「あいつ、けっこうやんちゃしているらしくてさ、尻尾はつかめてねえんだが、警察があいつが起こした事件を不審に思ってる。公じゃねえけど、こっそりと操作がされているって先輩から聞いた。改変能力が作用してねえから、警察に建造主いるかもな」

 

ジェノ「……飯田さんってもしかして」

 

飯田「ああ、俺、警官なんだ。新米刑事だ」

 

 げ、と思わず声が出た。刑事は苦手だ。刑事と初めて出会ったのは火事で父親が死んだ事件の時だった。あまり良い思い出がない。相手が仕事なのは分かっているけども、ただ事件を解決することに情熱を傾けて、被害者を思いやる態度に欠けていた。

 

飯田「俺の少年課の先輩がさ、あいつ周りの事件を個人的に嗅ぎまわってるから、少し放置でも良いと思う。俺の先輩はすげえ優秀だからあいつを捕まえるはずだ」

 

 思わずタシュケントと目を見合わせた。相手はいわば武装した超人である。しかも世の理を外れている。そんな相手を捕まえる。建造主ならば、そこを理解していっているようにも思えたからだ。

 

ジェノ「協力するよ。さすがに危険だろうし」

 

飯田「それに越したことはないか。感謝するぜ。やっぱり暇人はこの世の救いだな」

 

 一言多いわ。飯田からその先輩とやらの連絡先を教えてもらう。

 

 かけてみたが、出てはくれなかったので、少し待つとした。

 

 その間、ラブリーボードを開いて返信がないか、確かめた。

 

タシュケント「なあに、それ?」説明すると、画面をじっと覗き込む、「こんな言葉遣いする艦娘も深海も知らない……」といった後、「けど」と付け加えた。

 

ジェノ「こっちには心当たりはあるんだ?」

 

タシュケント「セントーの意味が『銭湯』を意味するなら重要参考人に心当たりある」

 

 そういってタシュケントが文字を打つが、返信はおろか既読もつかない。

 

タシュケント「いや、鎮守府でね、ドラム缶と艤装のボイラーを使ってお風呂を沸かしていた子がいるんだ。その子の夢が風呂屋さんだったから……いや、違うか」

 

ジェノ・飯田「で、誰?」

 

タシュケント「海防艦の対馬って子」

 

ジェノ「ええと」知識のバンクにある海防艦の対馬のデータからして、草生やして煽ってくるようなタイプではないはずだ。「さすがに人違いかな」

 

タシュケント「でも、あの子さ、戦闘じゃあまり役に立てないからって、パソコン弄り始めた時期があって、提督から神童と称されていたほどスキルがあったみたいだし」

 

飯田「SNSやるくらい誰でもできるだろ……」

 

タシュケント「そうだね。対馬君ってけっこう間が抜けてるところあったし、ハッキングなんて真似が向いているとは思えないし、なにより文面で草生やす子じゃないよ……」

 

 同じ感想。

 

 待てよ、と飯田があごに手を添える。

 

飯田「ラブリーボードって前の管理者が看板を降ろして、そのサーバのシステムを流用してその息子が始めたサイトなんだ。その前の掲示板でさ、書き換え能力が作用して隠蔽された大事件があったんだよ。三年前だ。寒河江は知ってるか?」

 

 知らない、というと、

 

飯田「偽造カードを使って郵便局や銀行から大量に金を奪った事件だ。被害総額は10億を軽く超えてた。改変能力とハック能力、その他もろもろ、この戦いに関与していないと説明がつかない点が多いんだ。まあ、改変されちゃってるからもう事件として追えん」

 

タシュケント「対馬君がそんなことするとは思えない……」

 

ジェノ「だけど、関わっている可能性はあるね。それに今はその事件を追う必要もないんじゃないかな。先にムッシーシャイとその先輩さんのことだ」

 

タシュケント「ムッシー・シャイってなにさ……?」

 

 飯田から聞いたことをそのまま伝える。

 

 八つの小瓶に書かれたアルファベットのことだ。

 

タシュケント「いやね、八つの小瓶の中になにが入ってたか分かる?」

 

飯田「粉のようなものだ。色は黒だったかな?」

 

タシュケント「……ふうん」

 

 スマホに着信だ。さっきかけた番号からだ。

 

《寒河江さんです、か……?》

 

 本人ではない。さすがにこんな女児のように幼い声をした刑事はいないだろ。

 

ジェノ「ええっと……」

 

《対馬、といいます。大変、なんです。すぐに来てください……!》

 

 必死さは伝わった。飯田の先輩の携帯からかけてきて危険というからには、その携帯の持ち主の身になにかあったのか、と疑うのが自然だ。すぐに場所を聞いた。

 

 その住所は町はずれの小山のほうにある環境センターだった。

 

 今はもう使われていない廃墟だ。

 

8

 

 タシュケントが入口で艤装を展開した。艤装反応を探知したとのことなので、その場所へとナビしてもらう。

 

 廃の環境センターは野良が根城にするには良い場所なのかもしれない。不良どもの巣窟だと聞いたことあるが、それらしい気配はない。しかし、焼却炉はいくつか見かけた。

 

 可燃物のエリアは大きな燃えるゴミの処理場の中に入る。大きな扉が五つあって、全て開口されている。下を覗けばゴミ屑の山がそのまま放置されていた。

 

 臭いが立ち込めている。食べ物のゴミが落ちている。嗅覚を使えば、かすかに嗅ぎ慣れた濃厚な血の匂いも嗅ぎ取れた。けっこうな出血量だと思われる。「タシュケント、ちょっと僕は下に降りる」そういってジャンプだ。超人化した身体はやはり20メートル程度の落下は痛くもかゆくもなかった。血の臭いがするところに、手帳を見つけた。

 

ジェノ「警察手帳……」

 

 中身を開くと、無帽の中年男性の顔写真があった。階級は巡査部長だ。

 

 名前を見て、ぎょっとした。

 

ジェノ「西柴行太郎、あの時の刑事だ……」

 

 数奇な運命だ。あの火事から身を呈して救出してくれた警察官のヘルプに今度は自分が駆けつけるという。警察手帳をポケットにしまった。

 

 タシュケントが資材を錬成してハシゴをかけてくれていた。それを伝って上に戻ると、拾った手帳を飯田に見せる。

 

飯田「西行さんのだ。間違いない」

 

 外に出て、不燃ごみのエリアを目指した。

 

 静かだ。少し高い場所にいるからか、街の灯りが見下ろせた。社会人になってから綺麗な夜景も世界でGDP三位を維持する為の働き蟻の命の灯火だという感想が真っ先に浮かぶ。

 

ジェノ「西柴さんってどんな人なんですか?」

 

飯田「もろ昭和の刑事って感じだ。ドラマのイメージで会ってる。足を基本にする操作の基本、パチ屋を張り込むこと、威圧的になること」

 

 なんだか闇金の取り立て屋みたいだな。

 

飯田「後、相手のことも考えること、こんな人だった。でも俺の同期はみんな嫌ってるな。昭和のノウハウは権利が主張の激しい今の時代にはもう古いって。サツに人情は要らない。相手の人生よりも機械的にルールに従う」

 

飯田「それが今の時代の警察の在り方なんだが、更生の余地のあるガキには手を差し伸べてやるべきだとも俺は思うんだ。相手の人生に多大な影響を与える国家権力を行使する以上、良い未来へ、だろ。だから俺は人情派の西柴さんを気に入ってる」

 

タシュケント「素敵な考え方だと思うけどね」

 

 そういった考えで、あの炎に飛び込み、自分を助けてくれたのだろうか。

 

 感傷に浸っていると、すぐ横を衝撃が吹き抜けた。

 

 追い越していったのは目前のルート案内の看板をぶち破り、木々を砕く破壊だ。

 

タシュケント「艤装砲撃……」

 

 現場へ急行だ。

 

9

 

 プレハブ小屋の事務所らしき屋根からそいつは降ってきた。

 

 両手と両足の四足で着地し、跳ねるようにして、タシュケントに飛びかかる。ガブリ、と右肩に服の上から噛みついた。肉がちぎれる音がし、タシュケントの片口から鮮血が吹き出る。膝をつき、右肩を抑えるが、秒で再生だ。

 

タシュケント「意外と早い再会だったね。ムッシー・シャイ君か」

 

タシュケント「むちゃくちゃなことするね……」

 

 ボサボサの手入れされていない長い黒髪の女だった。前髪もかなり伸びていて目が見えなかった。穴だらけで破れたコートの下には無地のTシャツとハーフパンツだった。靴はどこぞから拾ってきたのか、左右で違うスニーカーだ。うん、あの店の女だな。

 

ジェノ「介護は要るかい?」

 

タシュケント「この程度なら要らないよ」

 

ジェノ「じゃ、僕はあっちに」

 

 明け透けのコンクリートの上で倒れている二人を発見した。一人は西柴行太郎本人だ。意識はあるが、左肘が折れているようだ。もう片方は砲撃を喰らったのか、大破状態ってところか。こちらも息がある。

 

 飯田に目をやる。

 

飯田「ダメだ、やっぱり効果紋が発動しない」

 

 すぐに死ぬような怪我ではないことは確かだが、出血が心配だ。

 

 この二人を助ける方法を考える。

 

 思い当たる解決策は一つだ。

 

ジェノ「タシュケント、その子を迅速に鉄片化させてくれ」

 

タシュケント「いい判断だ。あたしはやられた恨みもあるから構わないよ」

 

ジェノ「その子のヒールの効果紋を西柴さんに移すのが手っ取り早いんだ」

 

 その謎の女はぺっとさきほど噛み千切った肉を口から吐き出す。てらてらと血に濡れた口元がグロテスクだった。胸のふくらみはあるので女ではあるのだろうが、登場シーンからワイルドが行き過ぎてもはや獣人といって差し支えない。

 

 先にしかけたのはタシュケントのほうだ。動きは良かった。どこかで格闘術でも学んでいるのか、闘拳の理を感じる上に、目にも留まらない速度の拳だ。黒長髪の女が右手に持っていたフライパンでガードしたが、タシュケントの拳は底を砕き、貫通した。

 

 ムッシーちゃんの身体がくの字に曲がる。

 

タシュケント「!」

 

 刺された。黒長髪の女、袖に刃物を隠し持っていやがった。

 

 続いて、轟音。

 

 銃撃音とは訳が違う地響きのような重低音だった。艤装砲撃。

 

タシュケント「あはは、初めて至近距離の砲撃を避けられた!」

 

 目をつむると同時に屈む、というよりは、溜めるという動作のウィービングでかいくぐり、右のフックを打った。時計回りのステップで動いてボディブローを叩き込むくの字に曲がった女の体を救いあげるようにしてアッパーを撃つが、相手もそれなりに出来るようだ。パンチに合わせて飛んで威力を殺すだなんて真似、漫画でしか見たことないぞ。

 

 女は立ったまま、動かないし、構えなかった。

 

 ふう、と一息ついただけだ。女の後ろにあるプレハブ小屋の窓の向こうが目に入った。灯りがあるあの部屋にはペンダントのようなものが整然と一定間隔で壁に立てかけられており、アルファベットが書き連ねられているのが見える。全部大文字だ。

 

 ムッシー・シャイ。

 

 相手はだらんと腕をぶら下げたまま、ノーガードで一歩ずつ、距離を詰めている。

 

 強く踏み込んだのが見える。今の身体能力ならば、余裕でカウンターを狙える。上半身のねじりで顔に飛んできた拳をかわすと同時にカウンターのジャブを撃った。クリーンヒットでも、相手はひるまなかった。

 

タシュケント「ごめんね」

 

 打ち出す右手に金属の反射光が見えた。胸にズブリ、だ。

 

タシュケント「軍艦、あの小屋の欠片、ムッシー・シャイねえ……あの小屋に書かれたアルファベットを読むと確かにムッシー・シャイになるね」

 

 こいつが名乗り、浸透した呼び名ではないのかもしれない。じゃあ、あのアルファベットの羅列はなんだ、と推理した時、やはりヒントとなるのは軍艦だった。

 

タシュケント「はあ……」

 

 前髪をかきあげる。顔の造形は女だ。まぶたは降りていて瞳の色は見えない。

 

タシュケント「君さ」屈んで女の顔を覗き込む。

 

タシュケント「白露型の誰だい?」

 

 女の肩がぴくっと動く。

 

タシュケント「いやね、八つの小瓶の中、あれ艤装欠片なんじゃないの?」

 

タシュケント「それが死んだ姉妹艦をサルベージした遺品なら、そのアルファベットに心当たりがある。数が多いけど、軍艦……ムッシー・シャイ」

 

タシュケント「白露、時雨、村雨、夕立、春雨、五月雨、海風、山風。ここまで。英文字でアルファベットにした後に、その頭文字でアナグラムしてみたら『Mussy Shy』になる」

 

タシュケント「ちなみに軍艦では白露型しか該当しないね」

 

飯田「なんか刑事として負けた気分だ……」

 

 いや、すぐそこまで行き着く彼女の知識の偏りが凄まじいだけかと。

 

タシュケント「きみ、時雨だね?」

 

 店主の海のような色の瞳にも合致する。

 

 女はなにもいわず、鉄片核となった。

 

10

 

 再建造を行い、効果紋を移す作業に取り掛かる。高速建造材の真似事はエンチャントドラゴン戦でできると知っていたので、西柴行太郎の右手に効果紋を烙印するのに一分もかからなかった。先に復活した時雨はまだ無言を貫いている。

 

西柴「あー、クッソ、助かったわ。飯田と、そっちは寒河江だっけか。ありがとな」

 

 肩を片手でポンと叩かれる。

 

西柴「対馬はまだ起きねえか。気絶したまんまだな」

 

飯田「……俺はなにもやってないです」

 

 飯田は右手の甲に視線を落としたままだ。効果紋は消えている。時雨でつけたものが西柴が上書きしたため、消えた模様だ。タシュケントが腰をあげて、いう。

 

タシュケント「色々と聞きたいことはあるけど、まず一つだ」

 

タシュケント「飯田さんと時雨君、なんでこんな芝居を打ったのさ?」

 

ジェノ「え、どういうこと?」

 

タシュケント「いや、疑うのは失礼だから黙っておいたんだけどさ、飯田さんはさっきから嬉しそうだ。右手の甲に視線を落としてね。そもそも効果紋が使えなくなっただなんて話は聞いたことないよ。この一連の事件はドロップアウトしたかった飯田さんが時雨と組んで行ったことなんじゃないの。時雨君もわざとあたし達に接触したんだろ?」

 

時雨「バレてるね」力なく笑った。「その通りだ。ボクは管理妖精と戦う仲間が欲しかった。彼は一般人に戻りたかった。君が建造されたのは知っていたけど、どんな風になっているか分からなかった。でも相変わらず強いね。志も共にできそうだ」

 

飯田「おい、まだタシュケントちゃんはかまかけの段階だろうに」

 

時雨「これ以上はボクの今後の関係に響くよ」

 

西柴「なんだよ、俺は新入りの手の平で踊ってたわけか?」

 

飯田「すみません。でも、西柴さん警察を辞めるっていってたじゃないですか。その効果紋は正直、金の成る木です」

 

 すでに論理に整合性を欠き始めている。なぜこんな回りくどい方法を取ったのだろう。尊敬する先輩をはめるようなやり方しかなかったのだろうか。飯田の言動を観察してみればみるほど、なにがなんでも効果紋を移したかった、という風に感じられた。

 

飯田「俺にはもう嫁さんも子供もいる。誰かを守る余裕なんてないんだ」

 

西柴「怒らねえから落ち着けって。俺自身、色々な超常現象を体験した衝撃を隅によけて会話してんだよ。それよりよ、誰かを守る余裕がねえってのは一番頭に来たぜ。お前、俺が警官として教えたことを否定しているようで気が滅入るわ」

 

飯田「効果紋は、使えなかったんじゃない。使わなかったんだ」

 

飯田「怖かった」

 

 黙って彼の話に耳を傾ける。

 

 時雨を建造してから身体の調子が悪くなっていった。貧血気味になったり、超人化したはずが貧血になったり、ふとしたことで息切れするようになったり、心臓が痛くなったり、酷い時には急な過去吸でぶっ倒れることもあったという。

 

飯田「効果紋は俺の命を吸って発動してると思ったんだ」

 

タシュケント「あたし達が資材を使って艤装を稼働させるように、効果紋も物資は必要だ。寿命を消費するってのは大げさだ。体にけだるさを感じるくらいのはずだ。そこまで体調不良になった人なんか見たことも聞いたこともない」

 

時雨「春川泰造の理論を鵜呑みにしていたのかい?」

 

時雨「終末期のあの状態、兵士の士気を保つためになにしらは改竄されたに決まっている。ボク達だって艤装を使うのに資材という代価が必要だ。効果紋だって無尽蔵のエネルギーと考えるほうが不自然だ。その資材はどこでまかなっているのか。使えば使うほど命を削るのはあり得ると思うけど」

 

タシュケント「同志はあたしが鉄片化した状態で馬鹿げた規模の効果紋を使用してもなんともなかった。時雨君の論からいえば、人が管理妖精を倒すほどの効果紋を資材の供給がない状態で使うと寿命が削られるんだろ。同志の存在がそれを否定しているよ。だったら彼の使う効果紋は規模や強さ的にねえ……」

 

ジェノ「なんともないけど、少し怖くなってきた。今後は控えて使うよ」

 

飯田「効果紋を使うたびに不調が起きる俺の身体の説明がつかない」

 

時雨「君が無造作に使い過ぎただけで実際は大した消費ではないというのはあるね。実際、提督達にそんな兆候はなかった。ただ効果紋の利用に許可が必要だったのは、副作用の存在を上が知っていたからかもしれない、とボクが勝手に思っているだけだよ」

 

タシュケント「そこ自体は否定はできないかも……同志」

 

 ごめん、といいたそうな顔だ。

 

ジェノ「使ったのはあくまで僕の意思だし、気にしないでいいよ」

 

ジェノ「それより飯田さんは一体、何に効果紋を使ったんですか?」

 

飯田「……誰かは伏せさせてくれ。そいつの不自由な足を治した」

 

 とても責められる使用方法ではない。奇跡の力に代償を支払い、誰かの障害を治す。美談ではあるのだろう。彼を責める気にはなれなかった。

 

ジェノ「むしろ僕は礼をいうほうかな。夢島さん、良い後輩だからさ」

 

飯田「……バレるか。そうだよ夢島だ。大事なツレだったんだ」

 

西柴「まあ、警官はやめんなよ。俺からはそれだけかね」

 

飯田「……恩に着ます」

 

 しかし、夢島さんにそんな足が不自由だった過去があったとは驚いた。あまり過去の話をしたがらなかったが、務めていれば個人の過去を探る人も出てくる。そのせいで、長く入院していたこと自体は又聞きしていた。彼女が介護をやりたがったことに関係していそうだ。

 

ジェノ「それでそこの対馬ちゃんは?」

 

時雨「仲間だよ。白露達の撃沈地点でサルベージしていたところ、発見したんだ。それから建造して一緒に行動してた。彼女は通信機具使ってネットばかりしていたけど」

 

ジェノ「なんか可燃ごみエリアに血が……」

 

時雨「スマホいじりながら歩いていて頭から落ちてた」

 

西柴「俺が発見して下に降りた。目を覚ましたから一緒に行動してただけだ」

 

 なんて間抜けな子だ。歩きスマホだめ、ゼッタイ。

 

西柴「飯田、お前はもう帰ってこの件には関わるなよ。後、俺は式には行かねえよ」

 

西柴「それと寒河江御一行とは積もる話があるな」

 

 まったくだ。巻き込まれたにしてはこの冷静さは見習いたいものだ。

 

 西柴さんが車で来ているといったので、帰りは乗せてもらうとした。

 

西柴「時雨だっけか、さりげなく対馬を抱えてついてくるな。俺にはお前らを養う気合も甲斐性もねえんだよ。これから無職になる予定だし、貧乏なんだよ」

 

時雨「これからともに過ごす仲間じゃないか。効果紋で稼ぐ気はないかな?」

 

 たくましいな。二人の間になにがあったのか知らないが、時雨のほうは西柴さんを気に入っているのか、好意的に見える。

 

タシュケント「……ひっかかるんだよね」

 

ジェノ「なにがさ?」

 

タシュケント「ヒールで生まれつきの障害は治せない」

 

時雨「飯田さんの効果紋は虹色だからじゃないかな。見たことないでしょ?」

 

タシュケント「……未知だからこそなにが起きるか分からないんだよ」

 

 さっきの代償の話は気になるな。

 

 今まで相当に使用していたはずだが、疲れはあっても、身体の不調は特にない、杞憂だといいのだが、そうでなかった場合が恐ろしい。管理妖精と戦うにおいてこの効果紋は必要不可欠なのだ。途中でガス切れを起こしたら、それこそ命の終わりである。

 

 セダン車に乗り込んでから、西柴がいう。

 

西柴「そういえば時雨お前、幸運らしいな。リンクしてる俺も幸運なのかね」

 

西柴「少しだけパチ屋に寄っていいか」

 

時雨「出た出た、幸運艦の幸運を試す際のあるある……」

 

タシュケント「同志、ちなみにあたしも運値が高いほうだよ」

 

ジェノ「なにこの流れ。積もる話はどこ行ったんですか」

 

飯田「すみませんけど、俺は途中で降ろしてくださいね」

 

 まあ、別に話ならどこでもできるか。

 

 結果はなんと大勝ちである。時雨とタシュケントは車に待機して話をするとのことで、適当な番号をいってもらった。その番号に座ればフィーバーしたという。

 

 西柴さんは上機嫌な様子でいった。「俺、参戦するわ」

 

 安っぽい命だな。まあ、全て知ったうえでの言葉なら止めないけれど。

 

 その決意を聞いて、運が良いのはあくまで時雨のほうじゃないかな、とも思ったのだが、西柴さんはただの享楽でいっているわけではなかったらしい。

 

西柴「日本国民のためにも、あいつらとは出会わなかったことにしてえ」

 

 すっぱりと割り切った考え方だった。それがこの世界にとっては最も良い事なのだろう。タシュケント達が有する未知はこの世界を破滅させかねない。とっとと解決して全てを隠蔽してなかったことにしたい。それは間違ってはいない。

 

 西柴行太郎。

 信念は持って生きていそうな人ではある。

 

 

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