星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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☭ー4話

ジェノ「みんな、いなくなった」

 眼前の景色には誰もいない。車の音一つすら聞こえない。

 寂れた街だ。確かに見えるビル群も、人気がないとまるで墓場のようだ。あったはずの景色が差し替えられたかのように間違いばかり。

 

 今いる場所はなにかの施設の廃墟だろうか。

 

 宿舎のような棟もあれば、倉庫のような場所、スクラップが積まれた工廠のような場所まで見える。乾いた風に乗って届いた潮の香りに振り向いた。半壊した壁の向こうには海があった。

 

 ポケットからスマホを取り出し、辺りをライトで照らし上げる。

 

 空間の壁や地面びっしりに正の字が刻んであった。

 ちらりと地面のほうを見る。

 

 タシュケントがいた。やっぱり夢ではないか。何度、確認しても、さきほどまでともにいた少女と瓜二つだ。

 

ジェノ「朝霜……タシュケント」

 調べた限りは艦船の名だった。思えばあのコンパクトな武装は軍艦をコンパクトにしたような形状をしている。

 

タシュケント「誰もいない世界を救おうとする君の気概に免じて」

 

タシュケント「今回限り、指揮を執ることを許そう」

 

 空色の鉄が体から伸縮自在に動かしている。枝のように金属が伸び、鞭のようにしなり、鉄のように硬化し、刃や盾に変化させているどころか、アンカーのように壁に打ち込んで、壁の側面に立った。身体の動かし方を見て、人間の運動能力を超えているのが分かる。

 

タシュケント「教えるよ。溶鉱炉内臓前期型はまとった資材を艤装にしか変化させられない。艤装を身につけるという過程を短縮し、持ち運びを簡単にしたものだ。後期型は何人かいるけど、あたしが唯一の成功例で、炉の本懐である建造開発を個でできる」

 

 部屋を見渡した。刻まれた正の字から連想するのは彼女の生きた年数だ。廊下まで続いているし、ざっと見ただけでも10年以上は固い。「道理で」まさか誰もいない世界で戦い続けていたのか?

 

タシュケント「八十年」

 

 一人の人生の時間で性能を研ぎ澄ましても、その敵には届かなかったという。

 

ジェノ「その溶鉱炉内臓型の代償が解体という人間となる行為で……」

 

ジェノ「だから管理妖精が持つ人間改装設計図が君達には必要と」

 

タシュケント「その管理妖精があたしよりずっと強かった」

 

 事態を飲み込めたとはいいづらいけども、彼女の目的は分かった。だから、この効果紋を活用し、管理妖精を倒そう、と持ちかけてきたわけか。

 

ジェノ「要は君は普通の人間になりたい訳だね」

 

タシュケント「あたしは別に」

 唇の端を釣り上げた。嘲笑ではなく失笑に見える。

 

タシュケント「朝霜君が来ないだろ?」

 

 普通に考えて来ないよな。そこまで朝霜と仲良くなった覚えはなく、責める気はない。

 

タシュケント「死にたくないからだよ。あたし達は長生きしてる。その全てが報われていないうえ、20歳そこらの君の知っている幸せのほとんどを実感したことがない。精々が仲間への感情だろうね」

 

タシュケント「報われるという意味で解放されたいんだよ。人間になりたい訳じゃない」

 

タシュケント「あの管理妖精はいった」

 

タシュケント「効果紋はバフ、デバフ、ヒール、エンチャントの他にもう一つ種類があると。セイヴィア、救世の紋だ。君のは間違いなくデバフではあるけれども、少なくともあたしの隕石砲を石ころに変える超倍率であることだけは間違いないから」

 

タシュケント「挑む価値はある」

 

 そういう割には本気を感じない。殺されても鉄片化するだけだからだろうか。その鉄片を破壊されない限り、建造という手段で何度でも蘇る。彼女に関しては恐るべき再生能力まである。

 最も死ぬ可能性が高いのは僕じゃないのか。

 

タシュケント「あたしが愛想を尽かされたのなら矛と盾を同時に失い、君は奴に殺されるだろう」

 

タシュケント「効果紋は個々によって大まかに四つの種類に分類される。デバフを宿す人間は正直、あまり良い性格をしていた例をあたしは知らない。陰気なやつばっかりだ」

 

ジェノ「それは当てはまるって一目で分かるはずだ」

 彼女は笑って「そうだね」と同意した。初対面の人からよくダウナー系だよね、といわれる。明るい性格をしていないのは自覚している。そこと天然パーマがコンプレックスだ。

 

 気持ちを整えるため、革の破けたソファに座って、廃墟のような雑居ビルの一室のテレビのスイッチを入れる。情報を得ようとする習慣だ。テレビは映ってドラマでもお笑いでもなんでもいい。なにか見知った映像が流れるのかな、と思った。

 

 ――戦闘開始。

 

 視界にそんな文字が浮かびあがる。なんだこれ。右目の視界だけ奇妙なことに、ゲーム画面を見ているかのようなキャラステイタスが表示されている。タシュケント、だろう。彼女を二次元絵にしたかのようなデザインで、隣に火力や装甲、耐久値といった数字が並んでいる。火力は66、耐久は39、装甲は56だ。

 

タシュケント「出撃するよ」

 

タシュケント「これからはずっと、自分の意思でね」

 

 

2

 

 

 タシュケントの水色の腕がうごめき、兵装を象った。現実でも夢でも見た艤装だ。

 エマージェンシーコール。警報音が鳴り、右目に映る地図上の一点に赤い点滅が発生した。あれが敵なのか。どんなやつなのか。

 

ジェノ「ああ、これはすごい……」陳腐な感想しか出てこない。

 

 実物の軍艦よりでかいのではないか、と思うサイズの神話の生物がいる。対峙しているタシュケントは蟻のように小さく見える。

 

タシュケント《【ENCANT・Doragon】だ》

 

ジェノ「なんで遠くの君の声が届くんだよ」

 

タシュケント《生憎とこっちの技術的な説明を長々とするのは後だよ。しばらく見ていないうちに技術が発展してるのは妖精達が舞台を整えていたからだとは思うけども》

 

 タシュケントが手に持った砲を撃つが、効いているようには見えない。実際、画面に映る敵の耐久数値は1も減っていない。タシュケントの砲撃が弱いのではない。画面越しでも殺人的な威力だと伝わる。あのドラゴンの鱗が丈夫すぎるのだ。

 

【ENCANT・Doragon】

 

ジェノ「火力、装甲、耐久数値全て9千以上だ。勝てると思えないんだけど」

 

タシュケント《実際、勝てずに終わった。管理妖精は別に生への執着もない、ただ楽しければそれで満足するはずなんだ》

 

ジェノ「よくわかんないけど、なんか妖精らしく無邪気な感じか」

 

 タシュケントの数値と見比べたら天と地の差といってもいい。

 とりあえず、深呼吸する。

 あいつがどうやって海に浮いているのか、や、なんでドラゴンなんかいるんだ、という疑問は全て置いておく。異世界。この一言ですべて解決する程度のことだ、うん。

 

ジェノ「命を賭ける価値はあると思う」

 

ジェノ「このファンタジーの為なら死をベッドする人間なんてきっと腐るほどいるよ」

 

ジェノ「つまり、僕は君達の輪の中では替えの利く存在に過ぎないんだと思う」

 

タシュケント《その通り。冷静だね》

 

 タシュケントの砲撃は意味を成していない。

 的が本来の軍艦サイズの場合の砲撃威力なぞ知らないが、あの竜はまるで周りを舞う羽虫を目で追っているだけだ。まともに相手されていないような気がする。彼女の砲撃の一つの威力は人間程度なら一撃で木っ端微塵のはずだが、まるで効いていない。

 

タシュケント《勝負にならないから、デバフをかけてよ》

 

 意識的に映像に映るドラゴンに向かって効果紋の力を使ってみる。

 

 瞬間、ドラゴンにエフェクトがかかり、ステータスダウンの文字が浮き出る。画面に出ている戦闘力が低下してゆく。タシュケントの艤装が液体化して、右腕にまとわりつく。右腕の空色のスライムが蠢き、身の丈の何倍もある鎌のような刃に化ける。

 

ジェノ「軍艦の武器なのそれ……?」

 

タシュケント《炉の力だからね。艤装形態から鉄をこねて形状を変えられる。あたしにだって考える頭があるんだからただ舵を取られるだけじゃただの無能だよ》

 

 その鎌の刃で竜のどてっぱらを狙った。ちょうど黒いエフェクトが一層濃くかかっている個所だ。タシュケントの刃は竜の腹に深く食い込んだ。半分だけ空いていた竜の瞼がカッと見開かれる。竜だけあって瞳は爬虫類の模様と似ている。

 

 地面が激しく揺れた。

 

 遠くの竜の咆哮が鼓膜を切り裂くように、直に耳に届く。空間を制圧するほどの圧倒的な存在感に、外敵と認識された直後、野性的な動作で長い尾を海面に平行に滑らせる。

 

 ――逃げられない。

 

 尾を振るだけで、タシュケントのいる周辺を丸ごと薙ぎ払う範囲攻撃だった。触れた瞬間、木っ端みじんに砕け散ると確信させる迫力がある。

 

 しかし、直撃してもタシュケントの体はバラけなかった。ばらばらになった手足を水色の液体で繋いでいる。すぐに損傷した身体が服ごと元通りの形を取り戻す。

 

タシュケント《今の復活は何度も期待しないでくれ。内臓資材的に疑似女神発動はもう終わりだから、次は殺されると思うよ。資材が足りない》

 

ジェノ「どうしたいんだよってのは愚問か……」

 

タシュケント《全力で攻撃するタイミングを模索してはいる》

 

ジェノ「どうすれば倒せるんだよ。デバフ使ったし、他に出来ることあるのか」

 

タシュケント《君こそ全力を出してくれ、倍率があたしにかけた時よりも低いよ。歴史でも戦いにすらならなくて弱点が発見されている訳でもない。核でも倒せなかったどころか、結果的には人類絶滅だけど、あたしと君なら倒せるかもしれないだろ》

 

ジェノ「でも、生物ならそうだな、頭部にかけるのが鉄板かな」

 

 シンプルな作戦会議を終えたと同時に、タシュケントのすぐ隣を解体用の鉄球のような巨大な砲弾が飛んできた。なぜか、その砲弾は赤く燃えている。竜の口から吐き出されたように見えた。《熱っつ!》炎がタシュケントの体にまとわりつく。画面の数値でタシュケントの全てのステータスがゆっくりと確実に低下していく。

 

ジェノ「これ、スリップダメージか……」

 

タシュケント《エンチャントの効果紋の力を持ったドラゴンと考えればいい。あの炎は水で鎮火できない。敵が死ぬまで燃える炎で、この竜の管理妖精で世界は炎に包まれたんだ。でも、効果紋のシステム的にあいつを倒せばともに消える……とは思うんだよ。いかんせん倒したことないから分かんないや》

 

 さきほどの尾の一撃を喰らわないようにしているのか、タシュケントは大きく距離を取っている。デバフのエフェクトがかかかった頭部を砲で狙撃しているものの、与えている損傷は一桁台で、どう考えてもタシュケントの耐久のほうが早く底をつく。

 

タシュケント《デバフかけてこの手応え、やっぱり砲撃耐性があるのかな》

 

 画面の低下している数値が示す通り、相手の攻撃性能も衰えている。明らかに迫力の賭けた火炎弾の様が画面越しからも伝わる。それでもタシュケントに直撃すると、致命傷になる一撃ではある。

 

 タシュケントは円を描いて竜の正面から逸れようとしているが、あの竜は首が180度以上、曲がっており、攻撃範囲から逃れ切れていない。

 

 竜がその翼を大きく広げ、羽ばたく素振りを見せる。

 まさか、飛ぶのか。

 あの巨体があの翼で飛ぶのなら物理法則無視もいいとこだ。

 

 羽ばたかせたのは別の狙いがあったのか、タシュケントが発生した強烈な大気の乱れにより、体勢を崩した。

 

 竜はその生まれた隙を狙う。

 

 知能で考えたのか獣の狩りの本能なのか分からないが、死ぬ、とタシュケントの死亡を強く意識した。

 

 その時、今まで以上に左手の効果紋が桜色の光を帯びた。竜により黒いエフェクトがかかる。

 

 鎌首をもたげ、海面が爆発したかのように水渋木が爆ぜる。その薙ぎ払いの一撃は不発に終わる。《ハラショー、君の効果紋の性能がここまで戦えるとは》目の前にはもたげた竜の首だ。切り落とすのには絶好の好機だった。《深海に沈んだ同志の命が可哀想だ》

 

 空色のケープ、白シャツを脱ぎ捨てると、身体のラインが浮き出る黒いインナーが見える。ドラゴンの巨躯に合わせたサイズの刃物が空高く伸びる。もう処刑人が罪人の首を刎ねるに等しいシチュエーションだ。

 

 彼女は巻き舌で空を堕とすがごとく、無骨な咆哮をあげる。

 

タシュケント「ッラアアアアアア!」

 

 狩りの一瞬に全てを賭けるような野生動物の全力の出し方だ。

 竜の首が根元から分断され、海へと沈む。

 

 画面に表示されている竜のステイタスが全て0になった。その後、リザルト画面が表示された。勝利Sだ。相手を完全に倒してS評価、中々の戦果なのではないだろうか。とりあえず――安堵の息をついて背もたれに背中を深く預けた時だ。

 

 0になったはずの数値が上昇を始める。

 

 次の瞬間、右目の視界は再度、海を映した。

 

タシュケント《『壊』……?》

 

 そこには【ENCANT・Doragon-壊】と表示されたエネミーが健在している。ただ先程よりもかなり小柄になっており、タシュケントと身体のサイズは変わらない。なのに、先程よりも明確な敵意と威圧感を放っており、神聖を感じさせる光を放っていた。

 

 戦闘ステイタスは火力、耐久、装甲が1万5千まで跳ね上がっている。

 

ジェノ「……こんなの勝てるか!」

 

 対するタシュケントは既に全力を出し尽くし、残機もないという。まだ戦えはするが、だからといって彼女の何百倍も能力値のある敵相手に突っ込ませてもどうにかなるとはジェノには思えない。

 

 竜が翼を広げた直後、光の閃光が円を描くように海面を走る。海が弾けるように燃えた。開幕不意打ちスリップダメージ。

 

ジェノ「逃げなよ、タシュケント!」

 

 本能的直感だった。殺される、ではなく、死ぬ、とそう思った。

 勝てる道理がないのに、満身創痍のタシュケントは敵に背中を向けない。

 

タシュケント《嫌だね。こいつらに背は向けたくない》

 彼女は死んだほうがマシだという。

 

 

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