星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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☭ー5話

タシュケント《蛇に睨まれた蛙ってこんな風なのかな》

タシュケント《ちっとも怖くはないけれど》

 

 乾いた笑いを漏らしながら、敵に背中は向けないのはもはや美徳ではなく、ただの愚かな自殺行為だ。この戦いのシステムを理解した今だからこそいえることがある。この戦闘はもっと仲間がいないとダメだ。

 

 圧倒的な戦力差だが、一度は確かに倒したのだ。

 

 他のプレイヤーと協力することで勝利に近づく仕様ではないのか、とジェノは考え始めていた。例えばデバフの他にバフやヒールがあったのなら。その程度の考え、この戦いに生きている彼女が分からないはずもない。

 

 タシュケントはその不死に近い再生能力と強力な戦闘力、過去一度たりとも撤退を許可されたことがなかったのかも、だなんて、彼女達の昔話を思い返すと、あながち嘘だと切り捨てられない。ただ意味もあるかないかの時間稼ぎをする為の使い捨ての肉の壁。

 

タシュケント《どうせ死んでも資材化して、それを素材にすれば復活する》

 

ジェノ「殺されると資材になってまたその資材を軸に建造すれば君は復活するのかもしれない。だけど、死ぬと分かってて戦うなんて馬鹿げてる。君と僕の間にややこしい政治的問題はないだろ。撤退はすんなりできるはずだ。ただの意地だろう」

 

タシュケント《政治的な問題じゃないならなおさら、逃げないよ》

 

ジェノ「勝つことを諦めなよ。どうしてそこまでがんばる必要があるんだ」

 

タシュケント《仇だから》

 

 そうですね、大変でしたね。もう認知相手の対応をしてしまいそうだ。こんな介護レベル限界突破したババアの世話なんかやってられるか。投げ出しそうになる。ダメだ、そもそも協力して戦える関係じゃなかったんだ、とジェノは敗因に気付く。

 

タシュケント《今、逃げたら後ろにいる君が死んじゃうけど?》

 

 確かに今タシュケントを失えば、標的にされてお陀仏になるかもしれない。

 だから、逃げるべきだといっているんだ。勝てる可能性が見当たらないのに、命を賭けるなんて馬鹿げてる。どれだけその命を安く扱われてきたんだろうか。

 

タシュケント《って昔は思って人間を守って戦ってたよ》

 

タシュケント《もう一度聞くよ。あたし、逃げていいのかい。あたしは殺されたくらいじゃ死なないんだ。殺されて死ぬのは君のほうだよ。この場で必死になるのはむしろ君のほうじゃないか。別にあたしは君が死んでも、次があるから》

 

ジェノ「あのね、タシュケント」

 

タシュケント《怒った?》

 

ジェノ「その根拠は君が傷ついて良い理由にはならないと思う」

 

 そういうと、タシュケントは笑った。

タシュケント《的外れだ》

タシュケント《死んでもいいからこいつに背を向けたくないんだよ》

 

 あの竜を一度沈めただけでも、歴史で誰もできなかった偉業のはずだ。強く歯噛みする。これをまだ人が全滅していない時に達成していれば、彼女は使命を少しは果たし、希望の星にもなれたのかもしれない。

 彼女の体には震えは微塵も見受けられなかった。戦う気力もある。勇敢で立派な兵士なのだろう。彼女の胸についてもいない勲章が浮かんで見えるほどだ。

 

 でも、勝てない。

 

 その現実が、彼女の命を賭けて戦うその強さこそが、弱点なのだ、と確信させた。

 

 怖いから怖がる。痛いから痛がる。死ぬのは怖い。

 

 そんな当たり前の感覚での逃走を彼女は実行できない。

 彼女の舵をぶっ壊した連中のツケを今ここで払うことになっている。

 

 空から降る幾つもの炎の砲弾は、海を水柱の樹立地帯に変えている。空で翼を動かし飛び回りながら狙いを定めるのが難しいのか、命中精度がかなりおざなりなのが逆に弄ばれているようでみじめさをかき立てている。

 

 思えば、殺し合いの日々とは無縁の人生の周りには、大戦時を生き抜いた人達がたくさんいたっけか。介護の仕事を始め、初めて人が死んだとき、思った。

 

 あ、これ死んでるのか。マジかよ。

 

 初めて利用者の死に立ち会った時の感想だった。一か月が過ぎて一人でフロアを回し始めた時、オムツ交換した後、衣服を畳み忘れたことに気付き、引き返した。息をしていない。呼吸停止だ。心臓も動いていなかった。事務所に主任がいたので助けを求めた。

 

 ぼうっと突っ立っていただけで終わった。

 

 さっきまで生きていた人が同じ空間で突如、死亡する。衝撃的な体験だった。

 

 時間が経過して冷静になった時、「あ、最後、適当にやっちゃったな」時間に追われ、しっかりと当てなかったオムツのことを考える。あの利用者が最後に会ったのが、赤の他人、それも適当な仕事をされていた。そう思うと、後悔の念しか湧いてこなかった。肩を落として帰る前、先輩がこんなことをいった。

 

「俺が新人の時は、俺が近くにいて、体動の激しいジイさんだと知ってもいたのに、車椅子から転落させちまって病院に行かせる羽目になった。そこから三日後に死亡したことがある。先輩からはなぜか慰められた。そんな顔しているあなたを責められないよってな。でもさ、俺はボロクソに責められて、刑事事件にでもなって裁かれたほうがマシだと今も思ってる」先輩が苦虫を噛み潰したかのようにいった。「寒河江、ここはいつ死んでもおかしくない年寄りばっかりだ。いつ死んでも最高のケアが出来ましたっていえるくらいには気を配るんだ。季節が巡るごとに利用者は誰か三図の川を渡る勢いだぞ」

 

 しっかりやれ。あの春川のジイさんの言葉もよぎった。魂に刷り込まれた軍人としての生活が手が出る原因で、悪意はなく、あくまで善意だったのかもしれない。

 

 タシュケントに対して持っている有効なケアスキルは、この『DEBBUF』のみ。

 

 魂を燃やせ。後悔しないように。

 

 瞳を見開いた。今の海が介護現場だとは思えないが、魂にまで刷り込まれた教えが土壇場で掘り起こされた。一介の介護士が海軍人と同じレベルの仕事をこなせるとは到底、思えない。ただもうすぐ人が死ぬ、と思った瞬間、脳がフルスロットルで回転した。

 

 デバフをかける。強く桜の花弁が舞うように光りを放つ。

 

ジェノ「謝るよ」

 

 瞬間、タシュケントの足が確かに振動した。恐怖に震えたのだ。ジェノは確信した。絶対に逃げまいとしているタシュケントの身体が、強風に煽られた旗のように翻る。

 

 その見開かれた琥珀の瞳から大粒の涙を途切れ途切れに零し、脱兎のごとく逃げ始める。

 

タシュケント《これ――》

 

 彼女のいつもの笑みは消え失せ、まるで見た目相応の子が泣き喚いているような顔だ。恐らく、彼女を唯一、支えていたナニカをこのデバフの力で木っ端微塵に破壊した。地球から守るべき命を何十億と失った彼女の気持ちなぞ、到底、理解できやしないが、タシュケントの激情が恨みの声と化して飛んでくる。幼稚な言葉の絶叫だ。

 

タシュケント《デバフをかけたな……!》

 

タシュケント《あたしに!》

 

 膝が震え、すぐに旋回をした。

タシュケント《こいつに背を向けるということが、あたしにとってどれほどのことか》

タシュケント《知らないくせに!》

 

 その正直な心の吐露と全ての感情が流れるかのような涙の表現力が、棘となってジェノの心を貫いた。逃走の判断は正解かどうかの判断はできない。勝つ手段ではない。ただあそこで彼女は死ぬだけ、と思ったゆえの行動だ。

 

ジェノ「デバフ……」

 

 あったのは、絶望だ。

 陸に向かうタシュケントは炎上しており、爆ぜる海水を浴びても、その炎は一向に鎮火しない。海をも燃やし、絶命するまで消えないスリップダメージを消す方法として思い浮かんだのは唯一つだ。

 

 根源の【ENCANT・Doragon】を消滅させることだ。

 

 あのエンチャント効果にデバフはかけられないだろうか。

 いや、あの炎にデバフをかけても、苦しみが長引くだけかもしれない。

 

 炎に包まれた身体から油の乗った肉が焼ける音がなぜか聞こえる。炎上し、焼け爛れ、時折、惨めなうめき声を漏らしていた。目前で焼死する人間、その炎を鎮火することは不可能、そして燃え移ることを恐れ、触れることすらもできない。

 

 死を眺めるだけの無力な時間に変化の兆しはない。

 

ジェノ「もういいだろ……」

 

 命中率の粗悪な攻撃に痺れを切らしたのか、竜が高度を下げる。台風のような強烈に乱れた風圧が、海を揺らした。こうやってこの世界の人間は敗けたんだな、とジェノは思う。恐怖は不思議となかった。あるのは全てに対する投げやりな諦念のみだ。

 

 竜が大口を開き、炎弾を発射した。

 逃がしてくれる気はない。

 絶体絶命だ。ああ、とジェノは頭を抱える。

 

 今度は戦え、だなんていうべきなのか。思考や意地が混ざり、結論が出ない。効果紋を使用してなお、圧倒的かつ絶望的な戦力差にもはや手の施しようがない現実があるのみだった。炎上しながら航行する船を、焼かれながら死にゆく彼女を見つめる。

 

ジェノ「やっぱり」

 

 逃げる。あのまま彼女達を置き去りにして逃げたら、何事もなかったかのように、今までの生活に戻ることができるだろうか。

 

 対面のガラスにうっすらと映る一人の男の弱さにデバフをかける。

 鉛のように重かった足が、動く。

 

 

2

 

 

世界の終わりでも見ているかのような光景だった。

 

 消えない炎が延焼し、海を燃やしている。かつてこの世界の歴史ではこの炎は消えることなく、延々と気体、液体、固形物を問わず、炎の法則まで無視して万物を焼いたのだろう。一度、延焼したら世界を焼き尽くすまで鎮火することのない終焉の業火だ。

 

 浅瀬まで彼女がやってくる。炎上したままだ。

 

タシュケント「戦略なき敵前逃亡をさせたね!」

 元気そうではあった。

 

タシュケント「あたしを泣かせる為にデバフを使うやつは初めてお目にかかった。開いた口が塞がらないとは正にこのことだよ」

 感謝はされないと思ったが、予想以上の怒りだ。

 

タシュケント「あたしは殺された程度では死なないのになぜ強制撤退させたのか。敗けても死ぬのは君だけだったから、あたしには何の不都合もないのに!」

 

タシュケント「何様のつもりなのか!」

 神様、とでも返したくなるな。本当、こいつこそ何様のつもりなんだ。

 

タシュケント「この屈辱は」

 恨みを漏らす構わず彼女を抱えた。同時に、エンチャントの炎がジェノに燃え移る。さすがのタシュケントもその行動には驚いたのか、「本当に心中なの!」と素っ頓狂な声を出した。まだ元気そうでなによりだ。燃える炎にもデバフをかけて、そのまま走る。

 

ジェノ「撤退すれば僕が死ぬと体を張ってくれたそのせめてものお礼」

 

タシュケント「君に燃え移ったこの炎は」

 

ジェノ「知ってる」

 

タシュケント「無理だよ。絶対に」断定の口調だ。「逃げきれた試しがない」

 

ジェノ「逃げるってどこに」

 

タシュケント「ウインオアデッド。勝つか死ぬかだ」

 

ジェノ「無理だ」

 

 人間の耐久値がどの程度かは知らないが、そうは持つまい。エンチャントの炎はデバフをかけても、じわじわと肌をちりちりと焼いているのが分かる。それでもサウナ程度の熱しか感じないが、彼女を抱えてどこまで持つか。炎弾の一つがかすれば恐らく終わり。

 空を見上げれば、竜の姿が見える。

 

ジェノ「これ、デバフのイメージとはちょっと違う。敵のステイタスをダウンさせるだけじゃなくて、数値を低下させるんだろ。精神にも効いてるし、用途は幅広いよ」

 

 物理的にも精神的にもデバフの力は効いた。なら、ほかにもいろいろと試してみる価値はある。試してみないと、どうしようもない。既に息はあがりかけている。竜の周囲に黒いエフェクトがかかる。竜が空で滑ってこけるように、反転した。

 

 重力にも、デバフがかかる。

 

 ここまで効果が及ぶのならもう全ての事象にかかるんじゃないか。

 

 すぐにタシュケントにも重ね掛けをすると、抱えている彼女が明らかに軽くなる。速度があがった。それでもドラゴンは獲物をしとめようと、炎弾を吐き出すが、それすら勢いをなくし、見当違いの方向に飛んでゆく。

 

 もう、少し。

 街中に入った。

 

 竜の咆哮が届く。なんとなく苛立っているような気がした。地面が揺れた。なにが起きたのかはすぐに察した。視認できないゆえにデバフをかけられなかった炎弾が建造物に命中した。砕け散った瓦礫の破片が空から降ってくる。避けられない。

 

 後頭部に当たった。目の前が一瞬、ブラックアウトする。デバフの効果が及ぶ前、殺し切れなかった物理法則だが、活動に支障が出る程の傷ではない。まだ体は動く。

 

タシュケント「やっぱり弱いな、あたしって……」

 

 精神的デバフのせいか戦意がもうないな。生意気で容赦なく強気で明るい今までの彼女が跡形もない。そろそろ限界か。延焼の継続損傷で彼女の耐久値はもう5を切っている。体も心も大破してしまっている上、ケンカ中と来た。

 

 周りは瓦礫の山、上空にはデバフの反動に耐えきれなくなったのか、近くのビルの屋上に降り立ち、翼を畳んだ。眼下をじいっと見下ろしている。こちらを見失っているのか、行動はなかった。ここは右目の視界を信じることにして、竜の視界の動きと合わせて、隣のビルに移動する。

 

タシュケント「管理妖精が攻撃してこない」

 

タシュケント「その左目の仕様は便利だけどさ、位置はバレていると思うよ」

 

 足に力が入らなくなった。そのまま尻もちをつく。延焼は下半身を中心に燃え広がっている。熱さは特にないが、痛みはある。焼かれているというより、壊死しているような風だ。お互いに機動力を潰されてはただの的となった。タシュケントの兵装の損傷具合で攻撃手段を失い、デバフのみでは勝算がまるでない。

 

ジェノ「まだ動けそうだけど、もうやめようか」

 

 デバフで性能を下げた分、一撃で死ねない苦しみを味わうだけだ。

 

タシュケント「君が死ぬだけだから構わないけど」

 

 失望したというよりは、納得しているような顔だ。

 

タシュケント「根性がないね」

 ビルの壁に背中を預けて座っている。今、ドラゴンの攻撃が止んでいる理由を考える。見つかっていて、あえて死ぬのを待たれている動物の狩猟行動のような待機だった。

 

ジェノ「僕は、人並みにがんばって生きていたつもりだ」

 

タシュケント「人並み、ね」自嘲のような笑み。「人間は最後まで身内で争っていた。身を粉にして死んでゆくあたし達に責任を押し付けて。それでもあたし達は戦ったさ。人間に従うしかなかったというより、管理妖精相手には戦うしかなかったからだ」

 

タシュケント「あたしの仲間は、根はいい人、状況が人にこうさせただけっていう」

 

タシュケント「――馬鹿ばっかりだった」

 

タシュケント「根が良くても葉から毒をまき散らし、人喰らいの花を咲かせているのに、根はいいやつだなんて、正しくお笑い草だ。そもそもあたしがなんで人の為に戦わなきゃならなかったんだ。それでも戦って殺されてを繰り返した。今度は――」

 

タシュケント「君達があたし達の為に戦ってよ!」

 

 きっとその言葉は本心だ。

 可愛い子が本気でキレた時ってギャップが激しく、整った分だけ醜悪に映るよ。

 

タシュケント「また敗けか。分かってはいたけどさ、絶対的な上下関係のある軍ではいえなかった言葉をいえた分だけすっきりした。人間と対等な関係も悪くないかな」

 

 その言葉を最後に彼女の体は収縮を始め、空色の鉄片へと変わる。

 

ジェノ「春川のじいさんが効果紋を作った理由は、なんなんだ?」

 

 鉄片に向かって囁くが、当然、返事はない。

 空色の鉄片を握り締め、起き上がる。

 

ジェノ「多分、逆だったんじゃないかな」

 

 君達に頼るしかなかった人間のほうが負い目を感じるんじゃないかな、と思う。提督とか艦娘とか深海棲艦だなんて今でもよく理解してはいないけども、記憶で視た効果紋を宿した軍人は嬉しそうに笑っていた。顔だけでなく、声も仕草も笑っていた。

 

 根がいいやつが毒花を咲かせるのは悲しいことだ。

 

 天井を見上げる。

 

 妖精だか神だかなんだか知らないが、この天井上にいる力を持った者が突き付ける現実と、向こうの世界の現実がリンクする。

 

ジェノ「わかったよ」

 

 なにをして欲しいか、彼女は確かにいった。

 

 今度は僕が君達の為に戦うよ。

 理不尽には慣れてる。社会人だからな。

 

 あの竜を、ただのトカゲにまで引きずり落とす。

 このデバフの力で。

 

 

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