星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。 作:光蜥蜴
お前の代わりは他にいる。
中学一年生の頃、歳が一つ上の先輩にいわれた言葉だ。
社会の授業で政治の制度の話を聞いた時に考えた。その席は限られている。毎日、がんばって汗水垂らして心で耐えて今している仕事と比較しても、政治家はみんなの生活を良くしたいと思う人が就く職業なんだ、と先輩はいった。みんなの生活を良くしたいという思想を持った人間はごまんといて、加えて社会的地位や給料も良い。
だから、他に変わりはいるんだろうな、と思い、それを知っているから、潔さをかなぐり捨てて政治家にしがみつくのかな、と考えたことを思い出した。
階段を一歩ずつ、のぼる。
頭脳が、容姿が、生まれた家庭が、運が、運動神経、ありとあらゆる性能差が人間には生まれつきある。凡人が努力しても決して届かない領域をジェノは知っていた。しかし、だ。凡人でも幸せに生きていられることをジェノは身を以て知っている。
その幸せを最近、よく見知らぬ人から否定される。
最近、生きているだけでしゃべったこともない人が上から目線で価値観の鈍器を振り回し、ブン殴ってくる。こういえば傷つく人がいることを考慮しない非調和的な人間が好きになれなかった。
その主張全てが性能差ゆえに出てくる言葉なら、どうあがいても足りない。
世の中には格差があり、平等とは程遠い。例え、文明の進化が止まってもいい。誰かが傷つき、無念の為に死んでいく犠牲を伴うくらいならば、どうにかしなければ。
屋上に佇む竜の瞳と視線が合う。
ドラゴンがなんだよ。
死ぬことより、生きることのほうが怖いんだよ。
2
すでに恐怖にはデバフをかけている。
タシュケントのような常軌を逸したやつでさえ、デバフをかければただの人に成り下がっていた。
「才人を凡人に落とすデバフは観客の前でやれば苦情の嵐ですよ」
爬虫類が笑うと、気味が悪いな。
ジェノ「しゃべれたんだ」
「意外でしたか」
ジェノ「いいや」
朝霜やタシュケントを造るどころか、朝霜の話だと向こうの世界もこいつらが建造したという話だ。しかし、もう眉唾ではない。人間の言語くらい理解していないとおかしいのだ。ただイメージに囚われているゆえの違和感が強いだけだ。
「少しあなたと、その効果紋に興味が湧きました」
「デバフは竜を蜥蜴に変える魔法ではなく、損傷状態の理屈なんですよ。倍率が高かろうと、損傷状態である大破状態までステイタスを下げる効果紋です」
「初心者の方はよく誤解されます。豆知識なのですが」
「理屈的には損傷状態を戻すヒールこそ、デバフの対なのです。バフは改造や改装のステイタス向上の理屈の延長線上ですからね。あなたの効果紋は重力や精神という現象にまで影響する時点でデバフの皮をかぶったなにか。タシュケントは見抜けていませんね」
「厳密にあなたのソレは、デバフではない」
「私にもわかりません。なので、勝ち目はあるかもしれません」
心を読まれたかのような先制の言葉だ。
「我々は勝利や生への執着はありませんが」
「夢を、観る」
「深海棲艦と戦ってた頃は実際、奴隷のような存在でしたしね」
いかにも無邪気な妖精って感じだが、ここまで行くと可愛くもない。実際、朝霜から聞いていた通りなら奴隷はやっていたんだろう。建造とか開発とか人間の指示に従ってこなしていたという。流れ込んできた記憶でも、どんな命令に対しても妖精は従順だった。
ジェノ「ごめん、君の願望や存在意義はどうでもいい」
どこか遠い異国の歴史と交わっている。そういう実感が沸かない戦争の話は耳タコだ。施設長からは会議のために「利用者に寄り添う」といっているが、九十超えの人の歴史なんざたかが23年を生きた自分が理解できるものではない。ましてやもっと長い時を生きている朝霜やタシュケントや管理妖精ならなおさらの話だ。
ジェノ「彼女達は」
「リサイクル用品ですね」
意識を集中させて、デバフをかける。その後、水分で滲み、てらてらと月夜に反射する鼻っ面を思いきり、殴り飛ばした。竜の首が大きくしなり、身体が床を横転する。もしも今、タシュケントが健在ならば、恐らく彼女の一発で決着したはずだ。
「よく分からない人だ」
よく分からないのは、お互い様だ。妖精は相手を自分本位でしか見ていない。言葉の通りなら自分が楽しければそれで満足なのだ。ただの主体性に満ちた無邪気の塊である。子供相手に本気で怒るのは馬鹿らしくなる。
不意に膝が折れて、力なく崩れ落ちた。
下半身に力が入らず、女の子座りのまま動けない。
でも、諦めるにはまだ早い。
神だか妖精だかドラゴンとか、どれだけ強くてもこのデバフでただの蜥蜴になるまで性能を引きずり落とせば、非力な人間でも勝てるはずだ。このデバフの効果紋、知識は完璧とはいえないが、目前の妖精に対しての感情が隆起するほど、倍率が跳ね上がる。
朝霜から聞いている。効果紋は色々な種類があって、建造した相棒によって大まかな四つの種類に分けられ、個々によって性格や相性のように千差万別だという。この効果紋は文字列が入れ替わったり消えたりと安定しなかったものの、タシュケントで烙印したこの烙印の『S』の英文字は見間違いではなかったようだ。
【Debuff&Share】の文字が桜色に輝いているから。
「アンド……?」
竜の管理妖精が口角をつりあげ、獰猛な牙を覗かせる。
「ふふ、桜色って」
ジェノ「何がおかしいんだ?」
「人間にもいるんですね」
「大和や矢矧のような強く優しい戦場の聖人が」
「もっとも聖人という人種は」
「なぜかサイコパシーの数値が高いもの」
知るかよ。大和や矢矧って誰だって。
切り替える。
シェアしてどうなる。この場を大逆転に導く力となり得るのか。効果紋を使用する。弱体化のほうだ。デバフの文字に変わる。
デバフの効果自体が変わった訳でもない。身体も傷だらけでダメージそのものにデバフをかけても足に力が入らない。すでに限界を超えて戦闘不能であることを意味している。
しかし、この戦闘の大体の仕様は理解した。
春川のじいさんや朝霜、タシュケントの話を思い返して頭を回しながら、目の前の竜の管理妖精のことを考える。丁寧に効果紋を説明し、この戦いを教授した管理妖精。
ジェノ「そっか……」
タシュケントが海で切り落とした首には確かに肉があった。ドラゴンの身体構造なぞ知らずとも、なんとなく亀やアルマジロと同じく、表皮の装甲が砲弾を通さないほど硬いだけで、肉自体は柔いのではないか、という予想が浮かんだのだ。
トドメ、といわんばかりに竜はその大顎を開ける。
あの炎でも建造できるんじゃないか?
だけど、建造時間があったはずだ。
間に合わなさそうなので却下した。
ならできるのは、デバフとは似て非なる弱体化の力だ。
「あなたのソレはもはやデスの呪文に近いですね……」
ジェノ「君は忖度することを覚えて欲しい」
ジェノ「痛い、苦しい、死にそうだ」
「デバフ……いや、これは――――」
「ちっぽけな命の苦しみ……」
デバフとは少し違う。損傷状態の共有による弱体化。
管理妖精が力なく横たわる。苦痛に歪む顔だ。
伝わる。
痛い。苦しい。管理妖精にもそのような心身の苦痛はあるようだ。その心情が効果紋を通してダイレクトに伝わってくる。損傷状態を人間と同じにした上、デバフによる損傷緩和は行っていない。ひどく、堪えているようで、のた打ち回っている。
「その共有紋……」声が、震えていた。初めて焦りと受け取れる。
ただ竜の管理妖精は痛みに喘いでいる訳ではない。
「私達の価値観を塗り替えられそうだ」
脅威と認識されただけだ。
今、ジェノが効果紋で行っているのはこの管理妖精を打倒することではなかった。その頭の中の情報を共有の力で引き抜いている。敵を倒す力よりも、彼女達を救う知識を欲した。
「止めろ。もとよりあなたをここで殺す気はなく」
ジェノ「君に恨みはない。敵とも思わない。でも今は、試させてくれ」
「それ以上、私から知識を抜くのなら殺す必要が出てくる」
寝返りを打つように体勢を戻し、野太い四肢で力強く地面を踏んだ。
殺す気で結構だ。別に長生きしたい訳じゃない。今の仕事は好きで暮らしても行けるけど、未来であの施設にいる老人達のような暮らしをしていけるかは分からない。
とりあえず今を生きなければ。
ジェノ「理解した。人間改装設計図は、タシュケントがいれば、そういう使い道もあるのか。その設計図を創る為に、星の命、動物の命を奪ったんだね」
ジェノ「なら、君達が生贄として捧げた生命は復活するはずだ」
ジェノ「資材が艦娘に化けるように君達が殺した命は輪廻するんだ」
その管理妖精の表情からして、それが『可』だと告げている。
ジェノ「それができる唯一無二の彼女は正しく星の船だ」
これ以上、語る気力も惜しい。この屋上に来た時から腹はくくっている。
神だか妖精だかドラゴンとか、どれだけ強くてもデバフでただの蜥蜴になるまで性能を引きずり落とせば人間が勝てない道理は消え失せるはずだ。「恨みはない」そう呪文のようにつぶやく。報いの不幸を求める存在はいても、単純に不幸になる為に生きている命はいないはずだ。少なくとも、見たことはない。
だから、原因を憎み、臆病を殺せ。
竜が炎弾を射出する。
デバフにも速度があるんだな。その威力は殺し切れない。
まだ試す。石つぶてが当たった程度には痛い。
被弾した右腕が弾かれ、拳大の青痣ができる。体力的にはまだ持つが、エンチャントのスリップダメのせいで足がぬかるみに浸かっているかのように重い。意外と人間、本気になれば耐えられるもんだな、とも思う。
弱体化、物理や精神にもかかる。
このデバフは数値を下げるだけじゃない。
タシュケントが海で切り落とした竜首には確かに肉があった。ドラゴンの身体構造なぞ知らずとも、なんとなく亀やアルマジロと同じく、表皮の装甲が砲弾を通さないほど硬いだけで、肉自体は柔いのではないか、という予想が浮かんだのだ。
再度、発射された炎弾のタイミングを見計らって、物理にデバフをかけた。
同時にその反動を支える為の竜の四足の踏ん張りを弱めた。
砲塔が支えを失くしたに等しい。
発射された炎弾は空へと吸い込まれるように飛んでゆく。
まだだった。このデバフは常軌を逸している。物理法則にまで干渉する。それは性能を下げる、ではなく、数値を下げる力なのではないだろうか。
すぐに、次の予想を見つける。
物理法則を殺し切れていない。空を飛んだ炎の砲撃は勢いこそ殺してはいるものの、物理に反してはいないことからマイナスの境地まで性能を下げることはできないようだ。空中で炎砲弾ふわっと停止した。重力に従い、大地に落ちる。
このデバフは数値を下げるのだが、もっと具体的にいえば、
数値を0に近づけるデバフだ。
どこまで数値を落とせるのか。
それを試そうと思った直後、力が抜けた。左手の効果紋の輝きが弱まった。
資材の力を源にした建造体から炉を通して流入する効果紋の力。バフは強化、デバフは損傷、エンチャントは付与、ヒールは入渠、効果紋のそれぞれはこの海のシステムを応用した力だ。そのシステムがこの身体が適応しているのなら、身体の傷は入渠で治る。
だから、怖がるな。
竜がこれみよがしに大翼を広げ、空を飛ぶ。
ここまでやって今更、空からビルを破壊されたら詰みか。
飛翔した竜を追いかける術はない。十分よくやった、という自分を殴り殺し、更に頭をひねる。
懐とポケットからタシュケントの鉄片と火種のライターを取り出した。鉄片を火であぶる。彼女の全てが凝縮された鉄片が艦娘の形にする建造は時間がかかる。
高速建造材。
建造時間を短縮する力なら、この数値を0に近づけるデバフで代替できないか。「今度は君達があたし達の為に戦ってよ」という言葉に迷ったが、もう十分だろう。本来の目的を考えれば些細な問題だ。あいつに勝つ理由があるのは、彼女なのだから。
建造された空色の彼女は、帽子の唾を深く下げ、
タシュケント「多分、現状は把握してる」
左腕にまとう空色の液体がうねり、形成されたのはプールだ。右腕でつかまれ、その水葬のなかにドボン、と投げ捨てられた。さすが本職なだけあって効果紋持ちに入渠が有効だと知っている風だ。湯舟に浸かって再生の極楽を味わいながら、空を見上げる。
ジェノ「今なら勝てるけど、君の艤装に装備されている砲では貫けないよ」
タシュケント「全身全霊の一撃、ね」
外せば、終わりだ。それを悟ったのか。どうせ建造したての彼女の内臓資材などたかが知れている。向こうで建造された時に吸収した資材の残りはなかったから、一度、彼女は鉄片化した。正しく血潮を絞るような武装開発を彼女は始める。
竜は空を蛇行し、旋回を始めている。あの空から炎弾を発射しようと狙いを定めようとしている。自身の損壊度を把握しているのか、見た目相応の形相を表情に貼り付けている。血潮や体液を空から零しながら、トドメを刺そうと巨大なアギトを広げる。
タシュケント「41センチだ。実物サイズの」
地面に設置された長い筒が空を向く。
タシュケントのほうが早かった。あのドラゴンの厄介なところは知能が高いということだ。恐らくこちらがこの一撃に賭けていることを察している。だから、攻撃を中止し、回避の行動を取ろうと大きく翼を舞わせたのだろう。
タシュケント「空から、墜ちろお!」
耳を貫く砲撃音が鳴る。
瞬間、静寂に包まれる。鼓膜がイカれた。その轟音が脳にまで響いたのか、意識までも途切れかける。その砲撃は空に吸い込まれるように飛んでいったのだろうが、竜の様子に変わりはなかった。
タシュケントが尻もちをつく。
タシュケント「ご……めん」
彼女は乾いた笑いを浮かべた。
タシュケント「外し、ちゃった」
白んだ空に変わらぬ敵が舞う姿、そしてその情報には確かに見える黒のエフェクトだ。当たるか当たらないかでいえば、当たらないだろうな、とは予想していた。空を飛ぶ生き物に一発の砲撃を命中させるのは難しい。ましてや知能があり、認識されているのだ。
ジェノ「どうせ外すと思っていた。だから『当たるようにした』よ」
星にならんがごとく、飛んでゆく先に放った必殺の一撃が、すでに身を翻して空から降ってきている。デバフで砲撃の勢いを殺した。やがて頂点に達した砲弾は重力によって空から降り注ぐ。
大空の大気の圧を、空気の流れを、今まで学んだデバフの使い方で補助する。あの竜は気づいていないのか、大口を開けてトドメの一撃を刺そうとしている。
こちらのほうが早い。
砲弾は吸い込まれるように、着弾地点となったエンチャント・ドラゴンに突き刺さる。その虫の息の耐久でクリティカルに当たれば、息の根を止めるフィナーレの一撃には十分に成り得る。
ほくそ笑んだ大蜥蜴の顔に直撃した。艦載機のように墜ちてゆく。
虫の息の耐久値が低下し、0になった途端、竜は光となって弾けて消えた。
3
彼女達の星を焼いた存在は死した。
彼女が何度挑んでも勝てなかった敵は意外にもあっけなく。
この身を焦がす延焼の力も綺麗さっぱり消失している。
綺麗な星空と、墓標のように並ぶ静寂なビル群に包まれ、虚しさを風が撫でてゆく。深呼吸をして、生き延びたことを実感する。今年の新年はとんでもなく過激だったな。
タシュケントは「ハ、ハハハ……」
またもや乾いた笑いを漏らして、
――501戦、1勝。
そう蚊の泣くような声でつぶやいた。
見た目相応の少女の顔でわんわんと泣いた。