星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。   作:光蜥蜴

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☭ー7話 Ташкент

ジェノ「僕と君しかいない世界でも普通に太陽は昇るんだねって」

 

 そう彼はいう。まだ現実の理解が追いついていない。

 

 夢か現か、感覚が活性化した時には信じられない光景があった。

 あの竜の管理妖精の装甲が砕け、おびただしい血を流し、外見相応の強面の形相で戦っていた。予想外が過ぎて、戸惑いを処理できずにいる。艤装探知でも竜の管理妖精の反応は確認できず、ようやくあの管理妖精を倒した事実を受け入れられた。

 

ジェノ「君も疲れたのなら、入渠したらどう」

 

タシュケント「なんで君は怒らないの?」

 

 違和感はそこだ。

 

 好き勝手やったうえにそう罵詈雑言を飛ばして彼を残して一人、戦いを諦めた。最後の一撃までフォローされた始末だ。彼にかける言葉はもちろん、合わせる面も、ないのは承知の上だ。今も顔から火が出そうになっている。

 

ジェノ「怒ってるよ。でも、昔からそういうのが表面に出ないんだ」

 

タシュケント「それはどうして。君の、考え方、かな」

 

ジェノ「こういうの語る場面ってなかなかないよね。でも、みんな一つは胸に秘めてる」

 

ジェノ「報いとしての不幸を求める命はある。死に救いを見出す人だっている。でも単純に不幸になりたくて生きている人はいないと思うんだ。そういう世界で生きているって僕は思うから、どんな悲惨な物語でも、もともとは対立しているだけだ」

 

ジェノ「敵対はしていない。誰ともね」

 

 そのなかばお花畑の思想がこの違和感の正体か。

 

 全ては対立しているだけで敵対じゃない。

 

 ならば、敵はいない。

 

 つまり、彼は無敵だ。

 

 彼はただの人間だった頃から、無敵の境地にいる。

 

 薄気味悪さの正体はこれだろうか。「今の一度も敵のいなかった人生なんてなかったから、気味悪く感じずには」といったところで、顔面に衝撃を感じた。「へ」と鼻から赤い鮮血が噴出したのが見える。殴られた。そう認識すると身体は自然に受け身を取った。

 

タシュケント「突然なにさ……女の子に暴力振るうのは最低だ」

 

ジェノ「暴力振るうのが最低だし、そもそも君は自分をそういう風に認識していないくせによくいうよ。でも君は赦しが欲しそうな気がしたから、これが罰ってことで今までのお互いの無礼に関してはリセットってことで」

 

ジェノ「大事な話だ。聞きなよ。あの竜からドロップしたものを拾ってみて」

 

 彼は笑って、左手を空に翳した。

 

ジェノ「君が選ぶべきこと」

 

 

2

 

 

 竜の管理妖精が消えた辺りに一枚の改装図が、ある。

 

 その設計図を拾い上げる、選べ、といった彼の言葉の真意を現実として認識する。

 

 廃墟の町を歩きながら、ぼうっと空を見上げる。意思なく歩いた先にあるのは、廃墟の鎮守府だった。

 

 過去が色づき、蘇る。

 戦いの毎日に明け暮れながらも、鎮守府でバカやってはしゃげていた時間だ。笠ね、繰り返す、青春染みた過去の群像と、戦い敗けて奪われた行き場のなくなった悔しさと、後悔が輪廻するだけの孤独の日々を終える。歩を進めるたびに褪せてゆく。

 

 出入り口の地点に立っていた彼が、思考を共有したかのように、いう。

 

ジェノ「なにかいうことあるよね」

 

 帽子を強くつかみ、目元を覆い隠す。

 

タシュケント「ふざけないでくれ。なんでいまさら……」

 

タシュケント「こんな空しい勝利があってたまるかって」

 

タシュケント「遅いんだってば。誰もいなくなった世界なんか救ってどうするんだ。名誉どころか大切な人達も、ありがとうの言葉一つももらえない戦いなんか」

 

タシュケント「そんな戦いに命を賭けられる君のような強い人がなんで――」

 

タシュケント「どうして君はあの頃、現れなかったんだよ……」

 

 胸倉をつかみ、むちゃくちゃな罵声を飛ばす。

 

タシュケント「見てよこの世界」

 

タシュケント「緑が枯れ、人工物が瓦礫と化して、あたしの鼓動だけが脈を打つ」

 

 そういうと、彼は空を見上げた。

 

ジェノ「でも、空だけは綺麗だね」

 

 そんな気の抜けることをいう。

 

 踵を返すと、「じゃあね」と軽く手を振った。

 

タシュケント「ちょっと待って。ここまで希望を見せといて」

 

タシュケント「残りをぶっ殺すことを手伝わないの」

 

タシュケント「あたしの過去を見て、同情して命を賭けた訳では、ないの?」

 

 彼は足を止めて、振り返る。笑っている。

 

ジェノ「同情はしたけど、あくまで君が困っているから助けただけ。困っている人を無視して罪悪感に苛まれるのが嫌なだけだよ。君がいうように僕は命を賭けて君のために戦った。勝てる。勝てた。なら後は君が万策を用いればいいだけじゃないか」

 

ジェノ「がんばれ。君の命をどう使おうが、君の自由だ」

 

タシュケント「そんなの……」

 

ジェノ「ああ、もう。捨てられた子犬のような顔をしないでくれ」

 

 そういわれて少し羞恥を感じた。

 頬を軽く叩いて気合を入れ直す。

 

ジェノ「あのさ、管理妖精は別に悪いやつじゃない。ただたくさん殺しただけだ。人間は人間以外にぶっ殺されても文句いえないようなことしてるよ。各々の幸せの価値観があるんだろうけども、関係を敵対だと吹聴するのは悪魔の所業だと思うんだ」

 

タシュケント「いい加減、反吐が出る無敵の哲学だよ」

 

タシュケント「万策を用いるのなら君をくだすのみだ」

 

 力を行使するのみ。残りの内臓資材はもう今の肉体を形成している分で終わりだけれども、あの強力無比な効果紋は例え殺すことになっても、諦める訳には行かない。あの桜色をした出会いの光を宿したからには、絶対につかんで離さない。

 

ジェノ「この力の良いところは相対的に僕が強くなるってところだよね」

 

ジェノ「限られた椅子がある。努力では届かない夢がある。格差がある」

 

ジェノ「平等は絶対に上のやつらを引きずり落としたほうが手っ取り早いよ」

 

 デバフの効力で戦闘力は大幅に削られていく。破損状態による身体能力の低下ならば、炉の力を駆使すれば入渠システムに沿ってなんとかなる。

 

 上限値の天井を引きずり下げられている。

 海防艦辺りまで行ったか?

 

 デバフの効果紋は四種の中で最も対人間に特化している。その根拠は人間は性能を10%を下げられた時点で無力化される様は傍から見ていれば、呪いの現象だった。

 

 公平とか平等とか共有とか、とうの昔に捨てた思想を彼は本気で持っている。

 

 道理で優しく見える訳だ、と納得する。資本主義の中で生きる個人規模の共産主義者は優しい人に見えるものだ。かつてのあたしが良い子だと思われていたように。

 

ジェノ「大丈夫かい?」

 

 優しい声音と顔で手を差し伸べてくる。タシュケント「君のデバフのせいで、起き上がれないんだよ」

 

 デバフの効力で戦闘力は大幅に削られている。破損状態による身体能力の低下ならば、炉のの力を駆使すればなんとかなる。この力の抜けようは単純に天井を下げられている、このただの脆弱なはずの人間は、今は神ですらも同格の存在にまで叩き落とすだろう。

 

 彼は共産主義者の才能が一級品だな。相性が良いわけだよ。

 

ジェノ「なんか今になってどっと疲れが襲ってきた……」

 彼はその場に座り込む。

 

 上手くやれそうだ、と彼に好感を抱きつつ、頭で未来図を描く。

 

タシュケント「人間改装設計図……」

 

 不意に疑問が湧いた。管理妖精はこれを一体、どうやって作ったのだろう。

 

 炉の力を宿した前期型後期型は人間としての退路を断つ代わりに艤装を肉に収納し、生成できる形態だ。もともと解体なぞ管理妖精が現れた時から、効果紋が開発された後か。勝利の為に捧げた。それを解体可能にするだけでなく、己の過去すら書き換え、違和感なく人の輪に混ざるためのアイテムだった。

 

 春川泰造はあの戦いの溶鉱炉を星の命を抽出するものだといった。そもそも溶鉱炉前期型、そして後期型が解体が難しくなったのはその溶鉱炉の力の塊である艤装を肉体にセットで宿したからだという。だから、妖精は艤装と艦娘の体を別々で造ったんだ、と。

 

タシュケント「そうだよね。妖精は従順だった」

 

 いきなり開始された虐殺の動機は暇な八十年の間に何度も考えた。

 

 タイミング的には溶鉱炉内臓型と効果紋が開発されてからだ。

 

 この星で葬られた何百億の命を贄として、用意された解体の枠はたったの六つ。これは、その椅子を奪い合う物語として開戦の火蓋が切られたのだと思っていた。初建造時にこの頭に持たされた情報では、そういう趣旨だったはずだ。

 

 ――これはこの星で失った命の資材の塊が鉄片化したようなものなんじゃ?

 

 あたし達はどうやって建造される。炉からだ。

 資材を使って、生まれて、そして死ねば生体情報の塊である鉄片となる。

 

タシュケント「なら、元の形に戻すこともできる、の……かな」

 

 彼がげんなりした顔になる。こいつ、知ってるな。

 

 これはその命が詰まったアイテムなのだ。

 

 いい変えるのならば、艦娘や深海棲艦の生体情報が詰まった鉄片と同じだ。その鉄片は艦娘になる。つまり、管理妖精達が所持するこのアイテムを集めきれば、

 

ジェノ「歴史的大敗の前の状況に戻すことが、できるのかもね」

 

 彼がまたもや思考を共有したかのように、いう。

 

 再び過去が色づき、蘇る。戦いの毎日に明け暮れながらも、鎮守府でバカやってはしゃげていた時間だ。

 

 繰り返す青春染みた過去の群像と、戦い敗けて奪われた行き場のなくなった悔しさと、後悔が輪廻するだけの孤独の日々を終え、今、新たな選択肢が提示された。

 

タシュケント「その使い方は、止めよう」

 

ジェノ「その答えは意外」

 

 前の状態に再構築しても、その先にあったのはあの孤独だった。深海棲艦と戦っていた二回目の歴史に戻れば、春川泰造のように誰かが炉の真理を究明するだろう。効果紋が創造されるだろう。海軍人達は最前線で戦う力を手に入れ、喜ぶだろう。そして、繰り返されるだろう。争いの連鎖にしかならない。

 

 みんなとのあの日々を諦めちゃえば、終わる。

 

 一度目も二度目も、この三度目だって、きっとそうだ。

 

 再構築だなんて愚の骨頂だ。一度、手にした終わりをひっくり返して理想の未来を追うそのバイタリティは悪なのだ。再構築の改装図ではなく、人間改装図として使用することこそ、この道化のような運命から解放されるはずなのだから。

 

ジェノ「明るいだけの未来なんてありえないけどね」

 彼は苦笑いだ。いじけた子供をあやすような、そんな慈愛を含んでいる。

 

タシュケント「二十年生きただけの若造が知った風な口を聞く……な?」

 

 そういった途端、頭の中に記憶が弾けた。老人に囲まれた彼の記憶だ、と察するのに時間はかからない。施設の中を「お姉ちゃん、お姉ちゃん」と徘徊するおばあちゃん、「みんななにしとんやろ」と遠くを見るような眼で窓外を眺めているおじいちゃんの姿だ。

 

 そして、いくつもの死別だ。彼はその度に、本当に彼等は良い死に方ができたのだろうか、と苦悩する。実際、そうでもないのだろう。転んで呆気なく逝った年寄りも、最後の瞬間に家族と出会うことのできなかった老人、様々な悲しい現実があったからだ。

 

ジェノ「ああしておけば挽回できた後悔も」

 

ジェノ「謝る相手のいない懺悔を抱えた時も」

 

ジェノ「君は、明るい未来でも思い描いて耐えるの?」

 

ジェノ「差すかどうかも分からない未来の光を思い描くことなんかより」

 

ジェノ「僕はそばにいてくれる人が励ましてくれるほうがよほど、救いだったよ」

 

 その彼の言葉に、歯を食い縛る。

 

 その通りだ、と受け止めたからだ。辛い毎日を耐え忍べていたのは、手が届くか分からない明るい未来というよりもそばにいた皆とのやり取りだ。戦って海に沈んだ記憶も、教えてくれる。深い海の中へ沈んでゆく。反射した光もやがて届かなくなる。救出された時、誰かの希望の声だけが、聴こえたのを覚えている。

 

 光に見放された暗い海の底に救いを差し伸べるのは、音と声だった。

 

タシュケント「失って傷つくのはたくさんだけど」

 

 飽きるほど眺めた澄んだ星空を見上げる。みんなは星になった。あたしは性能が祟って、ともに朽ち果てることができず、みんなをこの世界から置いていってしまった。

 

 やっと星になれたと思ったら、また誰かの掌の上で踊る舞台装置の上で意識を取り戻した。

 

タシュケント「それでも思い出とは成り切れなかった過去がある時点で」

 

 進路はもやがかかりながらも確定したようなものだ。先に逝った仲間達、あの空の輝きに手が届くのならば、みんなを置き去りにしたのはあたしじゃない。

 

 置き去りにされたのはあたしのほう?

 

 みんな、この戦いの先にある未来で待ってるの?

 

ジェノ「その未来は大変だよ」

 

ジェノ「君は一体どれだけ自分を犠牲にすれば気が済むんだ」

 

タシュケント「君にいわれたくはないかな……」

 

 孤独に過ごした日々、いやもっと前からただの無機物だった時代からの日々か。戦いの日々に明け暮れ、結末はこの世界の終焉だった。結局、全て無駄だったんじゃないか。

 

 再構築しても、その先に待ち受ける未来はこの廃墟の鎮守府に戻ってくることじゃないのか。

 

 そうやって現実問題を冷静に処理する大人の理性で塗り潰せない感情こそ、本心からの答えだ。

 

ジェノ「とりあえず僕はお腹減ったから帰るよ」

 

 なんだか毒気が抜かれ、身体の力が抜けた。「あっ」とつんのめるあたしの腕を彼は取った。「反射神経が良いね。転びそうになる人を助けるのは職業柄?」

 

ジェノ「多分……物心ついた時から?」

 そうだね。そうだった。本来、躓いた人を支えるのに理由はないよね。

 

 なかば反射のようなやさしさに呆れ返りつつも、異常なほどの感謝の念が湧き出る。

 

 あの半壊した執務室の壁に孤独にもたれる過去のあたしの幻影が見える。

 

 生きる屍のようにそこに存在しているだけだ。なにを考えていたか、無意味な自己満足と悟りながらも、どうして一人で八十年あまりも管理妖精に抗っていたのか。

 

 朝日の陽光が柔らかに差し込んで、正の文字が刻まれた壁を鋭く優しく照らした。

 

 過程となったそこにいる幻影に、思い出になりきれなかった鎮守府のみんなを連れて、花束を叩きつけ、「君は素敵な未来への種子だったんだ」とそう抱き締められる日が来るのだろうか。掘り返せば苦く血塗られた思い出ばかりが顔を出した。

 

 弱い心と強い心が混ざり合い、まぶたが熱を持った。

 

タシュケント「もう一度、人を信じてみる」

 

タシュケント「君に、ついていく」

 そうすがるような声で、囁いた。

 

タシュケント「今度、こそ……」

 

 あふれる想いから連ねる言葉はなかば懇願で、甘えているような女子供の声音だ。ダメだ、本来、守るべき相手に対しての甘えに羞恥心が溢れ、止まらない。

 

 でも、願い事は伝えておかなきゃダメなことだ。

 どうせこの世界にはあたしと君しかいない。

 言ってしまえ。

 

タシュケント「今度こそ……!」

 意を決した。強く目をつむって、大きな声を出す。

 

タシュケント「あたし達に、幸せな夢を見せて!」

 

 彼は笑って、

ジェノ「よし、任せろ!」

 あたしに負けないくらいの大声で返事をした。

 

 去っていく彼の後ろ姿を見送ってから、その場に尻もちをついた。

 

 守るべき人間がいない世界。

 広大な海、荒廃した大地。誰にも遠慮はせずに全ての手段を容赦なく使用し、例えこの星に核の雨を降らしても関係ない。あいつらさえ倒せれば全ては戻ってくる。最短距離で進める舞台だった。

 

 あお向けになった。大の字で寝転がる。

 

タシュケント「こんなに朝日が眩しく感じる日、久々だ」

 

 結んである茶の髪の毛先をくるくると指でいじくって遊ぶ。

 

 抜けた天井の先の白んだ空を見上げると、一筋の流れ星が自由に横切っていく。

 

 その光景を真の当たりにして、なにかの本で読んだロマンチックな雑学を思い出した。

 

 誰かを好きになる速度は、本当に流れ星よりも速かった。

 

 




ご飯はトレーじゃなくて同じ皿を突いて!
お風呂も一緒に入ったら!
同じ布団で寝よう!


こうして『みんな一緒に』が大好きなタシュケントちゃんが生まれたのだった!


2章開始の前にそんな番外編を挟むかもしれない。


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