星になったタシュケントちゃんとデバフのジェノくん。 作:光蜥蜴
ジェノ・朝霜「なにが狙いだ」
そう真顔で尋ねる。時間は夜の十時で居間の食卓の上には料理の本に載っているレシピを使った料理に加えてもともとよく作っていたボルシチだ。家の中は一日かけて掃除し、借りる部屋の内装も整え、ご飯を食べ終わる頃にはお風呂も沸く頃だ。
朝霜「食べてみたけど、妙な薬は入っていないと思う」
タシュケント「要らぬ誤解を受けている事情は出会ってからが原因だと分かってるさ。でも彼についていくと誓った手前、仲良くしてゆく必要があるよね」
伊達に長生きはしていないので生活スキルには自信があったそうな。生活区域を限定されていたため、鎮守府内でやれる娯楽には限りがあり、その中で実用的なスキルを磨いた結果、家事は得意になったという。けっこうなことだ。
タシュケント「彼はあたし達の大黒柱だ。あたし達は居候に加えて命を賭けて協力してもらう立場だと弁えたんだ。なら仕事から帰った彼をもてなすのはあたし達の役割さ」
ジェノ「その和服は……」
朝霜「心配するな。いうことを聞かなかったから、せめてとあたいが安い布を買ってきてミシンで縫い合わせた。料理の材料のほうは悪ィ。こいつが勝手に調達してきた」
ジェノ「タシュケント、感謝するよ。うん、ありがとう」
素直なお礼ではなく、その次に、だけど、と続く。
タシュケント「な、なにか間違えちゃったかな?」
朝霜「考え方は素晴らしいと思うぜ。だが手前、これ作るのにいくら使った。そしてどこで買ってきた。レシートを持ってきたから見たが、近場に行ったよな。他より値が張る。ジェノの給料と貯金額を踏まえると、このようなもてなしは財布に大打撃だ」
タシュケント「安心してくれ。銀行預金の額も給料明細も拝見させてもらった」
タシュケント「これはあたしのおごりだよ」
朝霜「ジェノの金使ってなぜ手前のおごりになるんだ」
タシュケント「あたし達は運命共産体だ。同志の命はあたしのものでもあり、あたしの命は同志のものでもあるわけだよ。ただ命は分割できない。でも財産は別だ。つまり現時点での同志の財産の三分の一はあたしのものだから、そこから払ったんだ」
朝霜「手前、ば」
そこで朝霜の口を塞ぐ。「なるほど、分かったよ。とりあえずご飯を食べよう」せっかく豪勢な晩飯を用意してくれたんだ。まずはこれをありがたく頂こうとしよう。「あ、飲み物を持ってくるよ」と台所に走ったところで朝霜に耳打ち。「後で教えておくよ」このような浪費を毎日していたら破産してしまう。
タシュケント「注いであげるよ!」
待って、そのブランド銘柄のシャンパンはなんだ。
朝霜「つうか皿を分けてくれよ。トレーいくつかあったろ」
タシュケント「鎮守府方式はだめだめ。料理はみんなで突くものさ!」
朝霜「風呂や寝床は部屋がジェノとは別だかんな」
タシュケント「一緒でいいじゃないか」
朝霜「昨日今日会ったんだぞ。気苦労でジェノが疲れちまうよ」
ジェノ「異性間の壁がなさすぎ」
タシュケント「間違いが起きるはずがないじゃないか。だって君はもう半分建造状態のようなものだから、その手の欲望によるごにょごにょは心配する必要がないはずだよ。なら別に一緒にお風呂入ったり同じ布団で寝たりしてもあたしは良いと思うんだよね」
ジェノ「マナーは大事だ。それに僕達がそういうことして周りはどう思う?」
タシュケント「別に犯罪を犯すわけじゃないんだ。他人の目はどうでもいい」
頑なだな。「少しは遠慮を覚えようね」
タシュケント「むっ、なんか子供を諭すような風だ」
実際、彼女の見た目は15歳から高くて20歳くらいだ。
朝霜「マナーをいうのならジェノも飯中にスマホいじるなよ」
ジェノ「今日は大目に見てくれ」もっと他に気にすることが山ほどある。
スマホを開いてネットの記事を漁る。朝霜から得た情報ではこの戦いが始まったのはおよそ五年程前からとのことだ。その年辺りからの自然に関するデータを収集し、今回は鵜呑みにした。気候変動による異常気象、漁業や農業といった自然の営み、そのどれもが五年前を境に悪い方向に転がっている。竜の管理妖精から抜いた知識は嘘ではない。
タシュケント「このポスター、料理中に汚してしまったんだけど、捨てていいかい?」
ジェノ「別にいいよ」
キッチンに張ってある女優のポスターを剥がすと、それを広げて、
タシュケント「いやあ、同志も男の子なんだねえ」
朝霜「やめて差し上げろ」
なにが物珍しいのか、家の中のものを物色し始めたので、ジェノはそっと席を立って縁側から庭へと移る。倉庫だった離れの小屋を開くと、綺麗に断捨離されていて、どこから調達してきたのかベッドとソファと冷蔵庫が新しく置いてある。粗大ごみでも回収してきたのか。
ジェノ「寝るか……明日も仕事だし……」
まだまだ話すべきことはあっても、まず頭をよぎったのは仕事のことだった。
いつも通りの生活を送りながら、タシュケント達の世界も救ってあげられるかな。他の人に迷惑がかかりそうなら断捨離しなくちゃならなさそうだ。亜斗には話せないな、と思った。またお前は自己犠牲か、と怒られるのもおっくうだ。
2
タシュケント「ふうん……」
翌日の正午に同志が仕事に行って、居間に忘れていった携帯電話を届けようとしたのだけれども、スイッチを入れてみればSNSのやり取りが表示されていた。「お前、どうやってロック解除したんだ」という問いには「昨日横目で見てたのさ」と答えておく。
タシュケント「へえ、彼女いたんだ。意外だな。彼女いるのに彼が朝霜君はともかくあたしに宿泊を許可するような人には見えないんだよね」
朝霜「ケンカ売ってんのはともかく別れたはずだぞ。あたいはSNSのやり取りみてたし」
確かに同志のほうから別れを切り出したやり取りはあるけども、一方的なのは否めない。向こうは本気で受け止めていないように思える。延々と向こうからトークが届いているありさまだ。そして最後に『今日、亜斗とも約束したし、久しぶりに飲みに行こう』的な文面がある。同志が仕事なのは知っているようで、指定時刻はその一時間前からだ。
タシュケント「ふうん。同志はさ、まだ未練がありそうだよね」
朝霜「なんでそう思うの」
タシュケント「ポスターのって彼女だったんだって思ってさ。廃棄を聞いた時にためらいがあったからさ。ならあたしが仲を取り持って恩を返すとしようかな。亜斗っていうのはSNSのやり取り的に女の子っぽいし、単純な意味で女子会とか楽しそうだ」
朝霜「女同士の飲み会とか鎮守府で腐るほどやったじゃんか」
タシュケント「普通の人間の女子の飲み会に興味あるんだよ」
しかも、艦娘だと認知されていないと来た。今のこの世界ならではともいえよう。命賭けて守り、溶け込むはずだった日常を味わってみてもバチは当たらないはずだ。「止めても無駄だからね。彼女の口から同志のことも聞いてみたいしさ」
朝霜「行ってもお前誰だよってなるだろうが」
タシュケント「そこは任せて」
朝霜「……要らぬトラブル起こしそうだからあたいも行くが、これだけは聞け」朝霜は眉間に皺を寄せて「惚れた腫れたの破局連中との酒の席はある意味で戦場なんだぞ」
まるで経験したことがあるかのような物言い。
3
タシュケント「初めまして!」
指定されたチェーンの居酒屋の個室、席番にも間違いはないね。
明度の高い檜の内装の個室、座布団に座っていたのはペロキャンとおかっぱの髪形が似合いそうな可愛らしい女子がまず目に入る。「は、初めまして」なにやら鳩が豆鉄砲喰らったような顔をしている。「あ、前に会ったな。亜斗ちゃんだっけ」朝霜が笑って会釈する。「隣の子がほら、SNSで話したターちゃんだターちゃん」
タシュケント「どうもターちゃんです。イタリアで生まれてソ連で育ったという設定の日本人だ、よろしくね!」嘘偽りのない自己紹介だったものの、ぽかんとした顔をされた。
亜斗「個性的な子なのはさておき、いつジェノっちはこんな外国の娘と……」
タシュケント「ちょっと困っていたところを彼に助けてもらってね」
亜斗「あー……ジェノっちは困っている人を放置しないからね」
友人からの同志の評価も善人のようでなによりだ。
亜斗「えっと、朝霜ちゃんだっけ。確かあなたもそうだったんだよね」
朝霜「あ、あー……そうだな。そうだよ」
思い出したかのようにいう。以前にそういうことがあったようだ。
入口左側の席の座布団に座る。朝霜が「あの、元カノさんは」
亜斗「電車が遅延したせいでもう少しかかる。あのさ、いない内にいっておくけど」
亜斗「潔癖症気味で個性的な子だけど根は良い子なんだ。粗相したらごめんよ……」
朝霜「お互い様だな。タシュ……ター坊もかなり個性的なんだ……」
なんかいきなり空気が重い。「いやあ、飲み会は楽しみだよ。実はあたし、君達のような女の子と飲み会するの初めてでさ、一体どんな会話をするんだろうってね」
亜斗「なんかもう片鱗を感じるけど、よろしくね。私は千里亜斗だよ」
そこで朝霜が「ジェノってどんなやつなの?」さっそく、切り出した。二人は幼馴染という情報を手にしている。彼女の口から語られた彼の昔話はなんてことのない話に過ぎなかった。恐らく初対面なので深い話は控えているようにも思える。
亜斗「もしかしてジェノっちに気があるの?」
タシュケント「桜の相性だし、運命の赤い糸があるとすればとは思ったことある」
亜斗「へえー……」大して興味はなさそうな返事だ。「名前なんていうんだっけ」
タシュケント「タシュケント。ター坊は朝霜君が勝手につけたあだ名だよ」
朝霜「ほら、あれだ。ロシアにそういう都市があるだろ? そこからだよ」
亜斗「偶然だね。ジェノっちも父親の故郷のイタリアのジェノバって町が由来なんだ。よくジェノサイドとか痛い名前だと勘違いされちゃうけども」
タシュケント「へえ、それは嬉しい発見だ!」
亜斗「一応聞くけど……ジェノっちを宗教とかマルチの勧誘する腹じゃないよね」
朝霜「違うから安心しろ」
亜斗「失礼だけども、ジェノっちは友達なもんでね。あなたみたいな可愛い子がジェノっちに執着ってなんか裏がありそうな気がしてさあ。ジェノっちに言い寄る可愛い子は基本的にどこか腹黒い歴史があってね……」
「それ私のこと~?」
おっとりと間延びした声で部屋を除いてきたのはあのポスターの女だ。「なんか声質が愛宕さんに似てるな」朝霜がなつかしむようにいって笑う。身体の肉付きは違うけども、声質と雰囲気は確かに似ている。
亜斗「久しぶりだな性悪、やっとジェノっちに振られたようだな」
「ああ、私の悪口で盛り上がってたんだ。別にいいけど」
靴を脱ぐこと、歩き方、座り方、動作の所作に品を感じる。そういえば春川のじいさんは箸の持ち方と魚の喰い方が上手な女は良い女だといっていたのを思い出した。いかにもモテそうな感じの子だな、というのが第一印象だった。
「初めまして。憂ちゃんです。字は優しいじゃなくて憂鬱の憂」
そういって苦笑した。
タシュケント「良い名前だね」
憂「初対面の人に名乗ってその反応は珍しい」
タシュケント「人偏がなくてもやさしいって読むんだよね」
最初、その字はそっちで覚えていた。
憂「そう褒められたのジェノ君以来だ~」
タシュケント「そっか。やっぱり気が合いそうだ。でも、君は振られたんだろ?」
朝霜「さっそく胃が痛くなってきたんだが……」
憂「振られたね~」やあねえ、と手を振った。おばさん染みた仕草だ。「遅かれ早かれ、こうなるとは思っていたけどねえ……私、彼から好きっていってもらえたことないからねえ。まあ、それが彼の口から出た時、恐らく彼は私の好きな彼ではなくなってるし~」
憂「恋人を特別扱いしない彼が好きだったんから~」
朝霜「確かに個性的な価値観を持ってそう」
憂「芸能活動しているからハッキリしたけど、私、彼のファンなんだと思う」
分からない気がしないでもない。多分、彼は敵を敵と思わないようにしているから、その分、味方とか特別とかそういった概念も薄いのではないだろうか、とはなんとなく思うのだ。そこが魅力と思うか欠点だと思うかはその人次第だけどね。
タシュケント「彼は勇者みたいな人だ」
憂「うーん、異世界チックな例えでいうとそれは違うかなあ。だって彼、ああいうの嫌いだもの。殺して解決してるだけじゃんって。世界を救うより、星を救わなきゃねって意外とスケール大きい発言したりする。それと彼、自分を大事にしないから」
憂「結婚は出来ないかなあ」
タシュケント・朝霜「ケッコン……」
朝霜と目を合わせる。
カッコカリを思い出すけど、この人がいっている意味は本当の意味での結婚のはずだ。ドレス来て披露宴やる感じのやつだ。
ちょっとテンションあがってきたよ。
タシュケント「そうそうこれこれ、こういう感じの話を聞いてみたかったんだよ。同志も23歳にもなるし、そういう話と縁があってもちっとも不思議じゃないよね」
亜斗「そもそも憂は相手なんかもう腐るほどいるだろ。よりどりみどりだ」
亜斗「タシュケントちゃんもそっち側だろー。朝霜ちゃんはまだ彼氏とか早いか、うん」
朝霜「あたいはそんなの想像したこともねえや……」
タシュケント「亜斗ちゃんもたくさんいそうだよ」
これはあのノリだ。可愛いね、といわれたら、あなたも可愛いね、で返す女子のあいさつみたいな感じのやつだと思ったのでそう返したのだけれども、亜斗は不服そうだ。頬をリスみたいにふくらますその小動物感も可愛いと思うのだけれど。
憂「彼氏さんはいるの?」
タシュケント「いないかな。できたこともないよ」
そもそも恋愛している自分が想像しづらかった。人間を愛する心はあるし、人間に対しての好き嫌いはある。でも、恋愛感情的な好意は持ち合わせていない。そういう感情議論も鎮守府でしたっけな。少なくとも恋愛映画のような女性の感情を持った艦娘は一人も知らなかった。ラブには届かないライクなら割とある。全員、提督相手だけどね。
朝霜「ジェノは親御さん、いねえのか?」
シャットダウンするようにいう。あからさまに話題に興味なさそうだったのと余計な方向に話がこじれるのを嫌がったからかもしれない。こういうところ、彼女は秘書の事務に向いている。朝霜がそう切り出した時、亜斗と憂の表情が露骨にくもった。
朝霜「父親の位牌があったからそっちは察せるけど」
亜斗「前に放火の被害にあったんだよ。ジェノっちの家さあ、庭が広いじゃん。前は個人経営の売店をやっていてね。よく若者が表に溜まってた。母屋のほうに燃え移ってね」どこか意を決したようにいう。「親父さんは火事の後遺症がたたって亡くなったけど、ジェノっちが介護を始めたのもそれがきっかけだったはずだよ」
憂「ほんと報われないよね~」ハイボールを飲みながら、ため息をつく。「放火犯はさ、当時17歳だったっけ。今はもう普通に暮らしているんだよねえ。今もまだ芸能人やってるから、私もお仕事で会ったことあるんだけどさ~、憎いけど、才能にあふれているの」
芸能界はよく分からない世界だけれども、加害者が更生して生きているのはよく聞く話だ。なにかいいたそうな顔だけれども、それは同志と関係があるからなのだろう。
憂「当時とアイツが出てきた頃は、すごかったよねえ……」
亜斗「お前のファンも大概でしょ……プライベート、ストーキングされたんだろ」
タシュケント「ファン? 応援してくれている人のことかい?」
亜斗「そうそう。わざわざそいつのファンが家に押しかけて『彼を許してあげてください』っていいに来たんだよ。まあ、相手側の事務所の協力もあってそういうのなくなったけど、今度はネットで『彼は罪を償った。人生をやり直す権利がある』と」
それをいえるのは第三者ではなくて同志のはずだ。愛とかそういうの綺麗だと思っていたけれど、これは醜悪なエピソードだ。そこら中にあふれていそうで怖くもある。
憂「あの時、ジェノ君、初めて私達の前で泣いたよね」
亜斗「あいつも少しは怒ればいいのにね。泣きながら、別に悪意があるわけじゃないっていって、加害者のやつに手紙を書いたんだ。あなたを赦します。どうか、自分の人生をがんばって生きてくださいってね。あなたが幸せにならないと父が死んだ意味がわからなくなるからって。マジであいつ以上に人間できてるやつを私は知らないからな……」
タシュケント「そっか」
単純に同じ感想だった。みんな、それぞれの幸せのために生きてる。だから、敵対なんかない。対立しているだけなんだ、という彼の言葉の重みが今更ながら実感する。人間として生まれてたかが20年そこらの人生でも、壮絶な苦労はあるんだね。
亜斗「この話をしたのは、釘を刺す為だから」
憂「そうそう。私達はジェノ君のファンだから~」
亜斗「あなたのような可愛い子でも妙なたくらみあったらって思うとね」
憂「今ここでねって。あ、冗談だよ?」
二人とも目が笑っていないんだよ。朝霜君がびくっとなってるじゃないか。
憂「でも多分、君みたいな子は眼中にないかな。私も、ジェノ君も」
あれ、今の言葉には棘を感じたな。元カノによる先制攻撃みたいなこの感じも新鮮で尊い。若い女の子とのやり取りをしていると思うと、達観が先立って可愛らしいと思えてしまう自分もいた。面白そうだから、からかってみよう。
タシュケント「実は彼と同棲してるんだよね!」
亜斗と憂が目を見開いた。動作が停止している。
亜斗「そ、それはさすがに嘘だね。身持ちが堅いジェノっちがまさか」
憂「……」
タシュケント「あっはっは! あたしは嘘が大嫌いなんだ!」
朝霜「手前、空気を修羅場の方向に向かせて楽しそうだな!」
タシュケント「楽しくはあるかな。だってこういうの経験したことなかったし!」
タシュケント「安心してくれ。彼は素晴らしい人物であることに異存はない。あたしは独り占めするのも嫌いでね、彼のような人材は共同財産であるべきだと考えるんだ」
亜斗「クセ強いなこの子!」
朝霜「悪気は全くないはずだから赤い発言は多めに見てやってくれ……」
この飲み会で学んだこと。同志の過去、この二人は同志にとってかけがえのない人達であること、人間に関してちょっと隣の芝が青く見えていたことを知ったこと。
そして、人間の女子会が想像していたよりもずっと怖かったってこと。
いつか鎮守府のみんなともこういう会話ができる日が来るといいな。
4
ジェノ「春川のじっちゃん、いつもはすぐ寝るのに今日は珍しいね」
時刻は夜の七時だ。夕食も終わり、みんなも寝間着に着替え終わり、今、最後のトイレへの誘導を終えたが、春川のじっちゃんは寝る気がなかった。フロアにあるテレビをぼうっと見ている。積もる話はあるのだが、やはり仕事は忙しく、ゆっくり喋る余裕がなかった。疲れていて、管理妖精だとかタシュケントだとか聞いても頭に入る気がしない。
内線で電話がかかってくる。事務所からだ。
ジェノ「じっちゃん、面会ですって」
春川「ふうん。寒河江、まだ俺の羊羹あっただろ。くれよ」
ジェノ「あいよ。面会者、タシュケントと朝霜ちゃんだってさ」
春川「ああ、そう」
大して興味なさげだ。そんなに番組が気になるのかな。よくある地方の町興しのイベントを流しているだけだ。ちょっと田舎の都市化計画の特集だ。青年か中年か迷う男性がインタビューを受けている。「投資だとか寄付だとか、金持ちはいいですね」とジェノは羊羹と茶を用意しながらいうと、春川のじいさんが「左手に手袋はめていやがる」という。
春川「この坊主、ここ数年で成りあがったやつだとよ」
ああ、そう。手袋をしているのが珍しくない。そんなので疑っていたらキリがない。
羊羹と茶を出した時だ。タシュケントと朝霜がやってきた。
タシュケント「同志、お疲れ様!」
ジェノ「お疲れ様。春川のじいちゃんに会いに来たんだろ?」
タシュケント「うーん、割とどうでもいいんだけどね」
一瞥して「老いたもんだ」と笑うだけ。本当にどうでもよさそう。
朝霜「春川の司令、夜更かしばっかしてると死期が速くなんぞ」
春川「今更、気にするかよ。俺に会いに来たのなら、手土産は持ってきたか?」
タシュケント「うん、もちろんお察しの通り、色々とあったさ」
タシュケント「とにかく元気なようでよかったよ」
春川「良い暮らしとはいえねえけどな。唯一の楽しみの飯が不味いんだよ」
そもそも解体工程に関しては、内臓型を開発した春川のじいさんが原因で解体不可となったというのに、タシュケントは意外と優しい接し方だった。長い時間を過ごせば恨みやねたみ以外の感情もあるか、と納得もできるけども。
「お、可愛らしい子達じゃねえか。泰造の孫か?」
他の利用者さんが部屋から出てくる。
春川「俺からこんな可愛い子らが出来るわけねえだろ」
「そうだな。お嬢ちゃん達、こっちおいで」
朝霜「あたい? まあ、いいけど」
タシュケント「話でも聞かせてくれるの?」
タシュケント達もじいさんばあさんからしたら孫の歳にでも見えるのだろう。よく捕まって話に巻き込まれていた。よく実習生の子も捕まっているけども、十五分もすれば似たような話の内容に辟易する様子を見せているが、彼女は違った。
タシュケント「同志、あたしはまだ人生を語るには若すぎるのかもね」
とうとつにそんなことをいい出した。
タシュケント「綺麗な過去ばかりじゃないけれど、思い出がありすぎるね。彼らは歴史に多くの種を撒いている。あたしはまだ彼らほど収穫できる実が人生にないや。女の身の上だけど、歩んだ歴史的に徴兵されたおじいちゃんの話のほうが分かる」
春川「船出した奴の身を案じる女の立場はどっちかといえば俺だったしな」
タシュケント「大して案じていなかったくせによくいうよ」
春川「だから俺はお前らと一緒にいられたんだ。お前らを見た目通りに見ちまう奴に死地に送る提督の仕事が務まるかよ。まあ、良いやつもいたんだがよ、俺が効果紋を開発してからそういう良いやつは喜んだ。これ以上ない後方支援の役目を担えたからだ」
ジェノ「そういえばさ、僕の効果紋なんだけど……」
そういって左手の甲を見せようとすると、タシュケントにその手をつかまれる。
タシュケント「口外しない保証がない。少しボケているみたいだし」
ジェノ「厳しいね……」
タシュケント「というより君は自覚が足りないかなあ。この力がバレた時、君は要らぬ争いに巻き込まれてしまう。それほど凶悪な効果紋だということを自覚しよう。人間は20%の倍率だけで、致命傷を負うかよわい生き物だ。もはや君の力はデスの効果に近い」
春川「間抜けなところも健在だな。桜紋かよ?」
タシュケントは口を一文字に引き結ぶ。
春川「お前は本当に間抜けだな。朝霜のほうがずる賢くて利口だ」
ジェノ「そうは見えないけど」
春川「駆逐は遣いどころがあるだけでやっぱり戦闘ステータスは他に比べると弱えし、お姉さん方に頼れるような状況でもなかったから、生き残る為に頭をブン回し始めんだ。見た目通りの連中だと思ったら一杯喰わされる」
タシュケント「あなたはどこまで知ってる」
春川「真実を知ってたはずなんだが、頭がボケちまってところどころ思い出せねえんだな。これは嘘じゃねえから安心しろよ。他の顔も会っても分からないほど忘れてた」
春川「タシュケント、取引しねえか」
春川「それ使って俺を若返らせてくれねえかな。老いた身だが」
春川「若さを取り戻した俺ならその設計図を量産できるかもしれねえよ」
タシュケント「なるほど、確かにボケちゃってるね」
タシュケントは春川のじいさんの席に近づき、首筋に小指を押し当てた。
空色で判別しづらいが、刃物のように見える。
タシュケント「効果紋の開発過程と後期型を開発する為に拷問に等しい人体実験の内容、覚えているね。それを赦しているのは結果はともかくあなたが戦いに貢献し、深海棲艦との争いが勝利で終わるという夢を見させてくれた恩義であり」
タシュケント「始末しないのは老いて隠居したあなたへの慈悲の心のみ」
タシュケント「もう一度いう。あなたはもう首を突っ込まないで」
タシュケントは刃物をスプーンの形に変えて切り離すと、持ち手を差し出した。
タシュケント「遅れたけど、退役おめでとう」
タシュケント「あたしからの餞別だ」
春川のじいさんはそれを受け取って羊羮に手をつけ始める。
春川「歳を取ると、仕方がなかったとしても悪かったなと思うんだよ」
春川「お前を創っちまったことが、俺の弱さだったんだと思う」
タシュケント「唯一、成功したあたしはあなたの夢の権化だ」
タシュケント「でも、届かなったね」
タシュケント「あなたとあたしでは届かなかった。後のことはあたしとあたしの相棒が引き継ぐから、ここで大量生産大量消費の飯を楽しみにして」
タシュケント「地獄に堕ちるのをせめて笑って待ちなよ」
じゃあね、と彼女は苦笑いを浮かべ、手を振った。以前に見た笑顔とは違って、声にも表情にも感情の色合いが塗られた笑みだった。
面会の時間が終わるとタシュケントは帰った。仕事を続ける。
みなが寝静まった時だ。
春川のじいさんが「ほらよ」とバッグを持ってきた。「今なら俺の話を信じるだろ。ここに入った時から書き詰めた情報一式だ」ありがたく受け取るとした。今日は静かな夜で、もう仕事は終わったも同然なのでノートを読んだ。
エンチャント・ドラゴンから抜いた知識は艦娘と深海棲艦と向こうの世界の歴史、他の管理妖精の歴史と、生態だ。それ以外の知識を補完できる内容だった。前にシェアの力で視えた記憶からして本当に炉の解明にしか興味がなかったのか、そこの知識のことばかりだ。
春川「お、やっぱりか。確定だ」
テレビに向かっていう。先ほどの若き富豪と市長が組んで都市化計画を推進している特集の続きだった。一人の外国の女の子が横顔だが、映っていた。
朝霜「この巻き毛、確かイギリスのジェーナスじゃ……」
タシュケント「あー、溶鉱炉内臓後期型の失敗作の子だね」
春川「このガキは使えるぞ。こいつで烙印できるのは『運値』のバフだ」
ほう、ラッキーのバフか。
なるほど、この若い投資家さんが最近ちょくちょくメディア露出することになったきっかけは効果紋による恩恵か。日常に影響する幸運のバフなら成り上がることもできそうだ。
朝霜「幸せにしているのならわざわざちょっかいかけるまでもねえけどな」
ジェノ「ちらっと映った彼女、なんか陰鬱そうだったけど、そういう子なの?」
朝霜「いや、明るいやつだったとは思うよ。色々あるんだろ」
タシュケント「イギリスのみんなにまた会える手段を教えに声をかけに行ってみよう」
タシュケント「建造主ガチャ、外したっぽいしね」
ジェノ「そうは思えないけど」
建造主と思われるこの男性のアルヴィン・フォーカスっていう人は悪い噂は聞かないし、少なくともタシュケントと朝霜を囲って食べるだけで精一杯の建造主よりはゆとりのある暮らしを送れているのではないだろうか。
「私を知っている艦娘がいたら、ちょっと会いに来て!」
生インタビューの時にいうなよ。司会者に上手く流せてもらえたけども。
なんだか面倒な問題は抱えていそうだけども、エンチャント・ドラゴンから抜いた知識ではあの子は確か後期型として失敗した挙句、鉄片にある深海のデータが表面化したとあった。
つまり艦娘でありながら、展開するのは深海艤装である。
失敗作たるゆえんは、運値がマイナス突破した不運な子だから。