電脳戦隊バーチャマン 作:憶 常昌
最初に見えたのは、やけに綺麗な星空だった。
意識がはっきりしない。
「テムジン……気が付いたか?」
耳元の通信機から聞こえた声に、少し視線を落とすと、目の前にサイファーの顔がある。
彼女に抱きかかえられていることに気付くまでは、しばらくかかった。
「……レッド……。……ここは?」
「……現在、衛星軌道内から落下中だ。もうすぐ大気圏に突入する」
一瞬、意味のわからなかったテムジンだった。単に言葉を知らなかっただけかも……いや、まさか。
「……!?」
あわてて首を巡らすと、今度は視界一杯に青と白に彩られた円盤が飛び込んできた。とは言え、ほとんど円には見えないほど、それは大きく、近い。
「そ……んな……ばかな……」
「……まったく……こんなところに転移するとは、思ってもみなかったが……」
V・コンバートした彼らの体は、宇宙空間の活動でも耐えられる。が、だからといってそのまま大気圏に突入できるだけの強度は当然ない。このまま行けばどうなるかは、火を見るより明らかだった。
「やだやだやだやだーっ! まだ食べたいものたくさんあるのにーっ! ジャイアントパフェも、スペシャルバナナサンデーも、生チョコクリームケーキもーっ!!」
「死ねねえー! あのくそ兄貴を一発ぶんなぐるまでは死ねねえー!」
「人生、すべからく諸行無常……。南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
横を見ると、他の三人も比較的近くを漂っている。あの「崩壊」に同じく巻き込まれたはずのバトラーとエンジェランの姿は、見える範囲にはなかった。どこか別の場所に飛ばされたらしい。
「な……にか……何か、方法が」
「ない。……幸いと言うべきか……バーチャマンとしての使命は、なんとか果たすことができたな……」
そう言って小さく微笑うサイファーの声は、やけに穏やかだった。
視界が、やや赤い。装甲が熱を持ち始めた。大気圏への突入が始まっている。
しばし呆然としていたテムジンだが、突然何かに気付いて叫んだ。
「……! レッド! お前なら飛行形態に転身できる! 早く俺を離せ、お前だけなら!」
「無理だ……。たとえ燃え尽きることは防げても、そこでエネルギー切れ……。墜落するなら、どのみち同じことだ。そんなことより……」
目を閉じてテムジンの胸に顔を寄せ、腕に力を込める。
「……せめて、こんな最後の時くらい……名前で呼んではくれないのか……?」
「……あ……」
しばし、虚を衝かれたような顔をして。
やがて、ためらいがちに、だがしっかりとテムジンは彼女の背に手をまわした。
「テムジン……お前は、どこへ落ちたい……?」
「サイファー……」
身体が焼けてゆく感覚がする。フェイイェンのきゃいきゃいした叫びも、もう耳に届かない。もはや落ちているのか、あるいは飛んでいるのかも定かではなく。
そして、何もわからなくなった。
「青いね……」
「青いな……」
「天国の空も、青かったんだね」
「雲も、やっぱり白かったんだな」
「……ねえ」
「ん?」
「天国にチョコパフェってあるのかな?」
「……俺は兄貴がここにいるのかどうかのほうが心配だ」
『おーい』
「あのさ」
「……なんだ?」
「今、博士の声が聞こえたような気がしたんだけど」
「……俺も聞こえたような気がする」
『いつまで寝っころがってるのかね君タチ?』
「……!」
がばっ!と同時に飛び起きるフェイイェンとストライカー。
彼らの身体は空中に浮いている。四面体のフィールドに支えられているのだ。
「これは……」
『下だよ、下』
バル=バドス博士の声に、下を見ると、白く巨大な物体が見えた。
「グレート・バドス……」
そう。くねくねとバサロキックで空を泳ぐその姿は、紛れもなくグレート・バドス。博士の声は、その外部スピーカーから聞こえてくる。彼らはピラミッドフィールドで保持された状態で、グレート・バドスの頭のすぐ上に寝ていたのだった。さらにその下には青い海がある。珊瑚礁が広がっているところを見るに、赤道に近いらしい。
『居場所はモニターしてたんだが、この時空から消えたもんだからびっくりしたよ。大気圏外に出現したときは慌てたけど、間に合ってよかった』
二人の耳に博士の声は届いていたが、半ばは聞こえていなかった。
「……助かった、の?」
「生きてる、のか?」
少なくとも足はあるな。
「……っ! 生きてる! 生きてるぞぉぉお!」
「やった、やったやったあああああ!」
手をとってはしゃぎ喜ぶ二人。
ライデンは、ひざまずいて神への祈りをささげていた。……お前、仏教徒じゃなかったのか?
彼らの様子を呆然と見ていたテムジンとサイファーは、まだ抱き合っていたことに気付いて、そそくさと離れた。顔が赤い。
そんな二人をグレート・バドスのコクピットのモニターで見て、一人バル=バドス博士がくすり、と笑った。
彼らを乗せて、一路日本を目指すグレート・バドス。大気は澄み、海は美しい。一つの大きな戦いが今、終わりを告げたのだ。
「……目が覚めましたか?」
見上げると、太陽を背にしてエンジェランが微笑んでいる。
「ここは……」
半身を起こして、あたりを見回すバトラー。風が心地よい緑の丘だ。彼方に、小さな町が見える。
「上空から見た感じだと……北海道南部のどこかだと思います」
「……上空?」
「ええ」
バーチャマンたちとは違い、彼ら二人は大気圏内、日本の上空へ飛ばされた。衝撃で気を失ったバトラーとは逆に意識を取り戻したエンジェランは、「翼」を発動して彼を支え、そのままここへ降り立ったのだった。
「……そうか」
そして、バトラーはことの顛末を彼女に語った。タングラムの罠、そして意外にもアジムに助けられ、C.I.S.へと転移してもらったこと。もちろん肝心な部分はぼかして、だが。
「これから、どうします?」
「……」
バトラー、無言。
「わたしは……罪をおかしました……。ただこのまま、何の咎もなくいてよいのか……」
「……ただ、ヤツに操られていただけだ。君が悪いわけじゃない」
「ありがとう……」
そう言って穏やかな笑みを見せるエンジェラン。
「今なら……わかります。タングラムの配下になってまでも、ずっと私を見守ってくれていたこと……」
「……」
そういうことにしておこう、と思ったバトラーだった。話を聞かれていないのをいいことに、このヒキョー者め。まあ、完璧に間違いじゃあないが。
「……なんにせよ、罪をおかしたのは俺のほうだ……。このまま、あいつらの前に出す顔がないな……」
背を向けて、呟くように口を動かすバトラー。単に弟に会いたくないだけだろう。
「きっと、許してもらえますよ」
そうかなあ。
「いや……あの時、俺は死んだんだ。もう、あいつらに会うこともない……ただ……」
「ただ、なんです?」
静かに問うエンジェラン。
「……もし、あいつらがこのさき危機におちいるようなことがあれば、その時は助けてやれるように……。陰ながら、見守ろうと思う」
そりゃ、「恩を売るタイミングを見計らう」って言わんか?
「……わたしも、一緒に見守っていていいですか?」
ゆっくりとその背中に近づくエンジェラン。
「……」
やっぱり無言で、しかしそっと後ろに伸ばした手が、何よりの答えだった。
まったく、うまいことやりやがってこんちくしょーめ。
そして、町へと歩き出す二人の背中を、離れた木の陰から見つめる視線があった。
「……これで……これでよかったのだ。どうせ私の割り込める余地はなかったのだし……」
スペシネフである。どこからどうやってここへ現れたのだか。
「すべては、これで終わる……私の想いとともに……。私のすべては、私のためでなくてよい。あの方のためにと思えばこそ、守り続けていられたのだから……」
鎌を肩に担ぎ、すっと背を向ける。ゆっくりと、何処かへ去ってゆくスペシネフ。
「さらば我が儚き想い……もう二度と会うこともありませんでしょう……」
瞳を閉じ、静かな微笑みを浮かべる。
「ご多幸を……バトラー様……」
……そーゆーことかい。
「ふん……やつら五人はともかく、わざわざ拾い上げて送り込んでやったバトラー、あげくにあの女まで助かるとはな……。なかなか計算通りにはいかないものだ」
椅子に深く腰掛け、ワイングラスを傾けながらひとりごちるアジム。
かつてのタングラム基地ではない。彼が、この日のために長年にわたって密かに作り上げてきた、もう一つの地下基地の司令室である。
タングラムに偽りの忠誠を誓い、バトラーを引き込み、すべては組織を自らのものとするための布石だった。制御者たるタングラムを失ったC.I.S.の「崩壊」により、邪魔物はまとめてこの世から消え去る、はずだったのだけどね。
「まあ、いい。私はタングラムのように軽率ではない……ゆっくりと、確実にこの世界を我がものにしてくれる……ふっ……ふははははは……」
高笑いが、誰もいない司令室に、いつまでも響いていた。こーゆーやつを野放しにするとロクなことがないんだよな。
こうして、一つの物語は終わった。
だが!
この世に悪のある限り! 平和の願いのある限り! 彼らの使命は終わらない!
勇気を、愛を力に変えて、すべての悪を打ち砕け!
戦え、電脳戦隊バーチャマン! 行け、五人の戦士たちよ!
= 終 =