電脳戦隊バーチャマン   作:憶 常昌

6 / 6
外伝
冬の一日


 

 運命を賭けたバーチャマンとタングラムの戦いから二ヵ月……。世界はおおむね平和であった。

 

 しかし、嵐は往々にして静けさの後にくるものなのである。誰もがそのことには気づいていながら、しかしやはり往々にして、目の前の安息にどっぷりとひたって、見ないふりを決め込むのが人間というものの性なのであろうか……。

 

 そして、既にその嵐の予兆は、そこかしこに現れている。あちこちで……多くの人が気づかないところで、苦しみのうめき声を上げる人々が……静かに、しかし急速に増え始めている。その来るべき嵐のために……。

 

 冬も押し迫ったある日のことであった。

 

 

 

「……おーい……」

 

「……なんだ」

 

「……朝だぜ」

 

「……それで?」

 

「……入稿っていつだっけ……」

 

「……明日」

 

「……間に合うの?」

 

「聞くな」

 

 考えたくない気持ちはわからんでもないがね。

 

 アパートの一室、もはや何日前からだか定かではなくカンヅメになっているのは、サイファー、ストライカー、フェイイェンの三人である。正確には、隣の部屋で死んでいる──比喩である、念のため──サイファーの友人もいるし、フェイイェンは昨日の夜から手伝いにきたのだが、まあともあれ今の状況はそんなものだ。

 

 なんでここまで修羅場っているかについては、いくつかゲスト原稿が落ちたとか打ち合わせが狂ったとかメンバーが一人トンズラこいたとかサイファーが学校でのペン入れをやめたとか色々あるが、まあ原因はもはやどうでもいい状況ではある。

 

「ひとつ貼っては父のためぇ~、とな……」

 

「……やめてくれ」

 

 顔を手で押さえるサイファー。そりゃそうだわな。

 

 なぜか呼ばれてアシスタントをやっているストライカーである。トーン貼りがうまいかららしいが……なんでそこでアーミーナイフを使うかね? ちゃんと貼ってるし……器用なもんだ。

 

 フェイイェンは……おい危ないぞ、サイファー。

 

「……!」

 

 すんでのところで原稿のどまんなかに落ちかけたベタ筆をひっつかんで止めるサイファー。

 

「……あにゅ?」

 

 あにゅじゃない、あにゅじゃ。半分以上寝てるな、こいつは。

 

「フェイイェン……もういいから、少し寝ていろ」

 

「あー……あー、ベタがね……べた……あー」

 

 いいから寝てろっての。頭がくらんくらんしてるぞ。某キョンシーじゃあるまいに。

 

 サイファーがベタ筆を取り上げてベッドに横たえると、そのままぴくりともしなくなってしまった。さすが平均睡眠12時間娘。

 

「間に合うの?」

 

「聞くな……」

 

 この問答も何度繰り返されたことか。

 

 そしてこんな時に限って、そう、もはや言うまでもない。最悪の事態というものは。

 

 すみに寄せてあったサイファーのコートの中から、突然軽い、しかし鋭い電子音が鳴り響いた。携帯電話のそれではない。明らかに。

 

 その音にびくりと体を震わせ、硬直するサイファー。

 

 そのまま動かない。

 

 

「……鳴ってるぜ……」

 

 鳴ってるねえ。確かに。

 

 一度寝たはずのフェイイェンが、もぞもぞと起き上がった。やれやれ。

 

「……出てくれ……」

 

 サイファー、額に脂汗が浮いている。

 

「……はい、こちらグリーン」

 

 コートのポケットから通信機を取り出してスイッチを入れ、ストライカーはそう応答した。

 

『? サイファー君はどーしたんかい?』

 

 響いてきたのは当然というか、バル=バドス博士の能天気な声。

 

 ばきっ……。

 何かの折れる音が響いた。……ペン軸か。

 

「ここにいますよー、リーダーも、ピンクも」

 

『ちょーどよかったねえそりゃ。なんだかしらんが、うわさのアジム新総帥どのが、バカでかいやつ連れて海から都心へ進撃中だよ。巡視艇が二隻沈められて、もーすぐ新木場あたりに上陸しちまいそうだから、すぐ現場へ向かってくれたまい』

 

 緊張感のかけらもない声だが、事態は深刻だ。いやまったく。

 

 

 ゆらりっ……。

 音もなく立ち上がったのはサイファーだ。……あまりの不気味さにストライカーが一歩引く。

 

「言ったはずだな……冬にもこのようなことがあれば、容赦はしないと!」

 

 誰に向かってしゃべってるんだ……。だいたい、そりゃバトラーに言ったセリフだろう。アジムはいなかったぞ。

 

 いや、ビデオは撮ってたか。

 

『もしもし? もしもーし?』

 

「……あ、はいはい……了解、すぐに向かいます。グレート・バドスの出撃スタンバっておいてください」

 

 そう答えて、ストライカーは通信を切る。

 

「……しょーがないって、リーダー」

 

 まあ、そのとおりではあるんだが。

 

「しゅつげきいぃ~」

 

 ふらふらと立ち上がったフェイイェンがへろへろと拳を突き上げる。

 

「……おいおい……お前は寝てろって」

 

「あたひもいくう~」

 

 とどめようとしたストライカーを押しのけて、よろよろと扉に向かう。

 

「無茶だって」

 

「ずぇったい、ついてくぅ~」

 

 溜息をつくしかないストライカー。

 

「おーいリーダー……」

 

 助けを求めて視線を向けると、サイファーの背は扉の向こうに消えるところだった。一瞬置いて廊下に閃光が疾り……ドアが開いて何かがすっとんでいく音だけが聞こえた。

 

「……しょーがないなあ……」

 

 刹那考えてから、彼はそうつぶやくとフェイイェンを背負ってサイファーの後を追った。

 

 

 

 

 

 

 

 まだ朝靄の晴れぬ新木場。気温は、かなり低く冷え込んでいる。

 

 堤防の上に立って、飛行形態を解いたサイファーは暗い海面を見据えていた。

 

 

「まだ来てない?」

 

 その背中に声がかかる。

 

「……遅かったな」

 

「あのねー、全速のリーダーに追いつけるやつはそういないっての。おまけに今は背中がこれだし」

 

 フェイイェンを背負ったまま、肩をすくめてみせるストライカー。

 

「……置いてこなかったのか」

 

「ほっとくと心配だし……」

 

「縛り付けてくればよかっただろうに。当て身をいれるとか」

 

 過激なことを言うねえ。確かにそれぐらいやらんとだめな気はするが。

 

「ふにゃ?」

 

「起きてるんならそろそろ降りろよ」

 

「ん~……ストちゃんの背中あったかくて……すぴー」

 

「あのなー」

 

 とかいいながら、背中に当たる柔らかい感覚が新鮮なストライカーだった。小さいけど。……って、ちゃんとV・コンバートしとけよ、おい。腰から下だけじゃなく。狙ってるの見え見えだぞ。

 

「……ブルーとブラックは?」

 

「ブラックは少し遅れる。テムジンは……呼んでない」

 

 視線は動かさずに答えるサイファー。なんだそりゃ?

 

「なんだそりゃ?」

 

 普通そう聞くわな、うん。

 

「いやその……あいつは今日確か補講だし……。進級が危ないとか言ってたし……」

 

 詰まるな詰まるな。個人的な感情入ってるな。

 

「しっかし、それじゃ必殺技出せないし、グレート・バドスも……」

 

「来たぞ!」

 

 言葉を遮ってサイファーが叫ぶ! 同時に、ぐぐっと盛り上がる海面!

 

「おうわっ!? おい、早く降りろ!」

 

 あたふたとフェイを降ろして、V・コンバートし直すストライカー。フェイもふにゃふにゃとくずおれながら光に包まれる……そのまま寝るな、こら!

 

 

 ざざざざざざあああああぁぁぁぁあっ!!!

 

 

 そんな彼らに構わず、いや構うわけがないんだが。ともあれ海面を割って現れたのは、なにやら得体の知れない形の……コタツを二つ重ねたような、巨大な「モノ」だった。

 

 その上に立つ派手な人影は……

 

「はぁっはっはっはっはっは、出迎えごくろぶごわっ!?」

 

 台詞の途中で高笑いするアジムの顔面にレーザーをぶち当てたのはサイファーである。いい腕だ。

 

「やかましい! ここから先は一歩も通さんぞ、アジム!」

 

 ぶんとランチャーを振って言い放つ。

 

「ふっ……他人の登場を邪魔するとはいい趣味ではないな」

 

 お前が趣味をどうこう言うか。ってゆーか鼻血を拭け鼻血を。

 

「まあ、今日はこいつのテストついでに君たちを葬ってやろうと思ってね。せいぜい健闘してくれたまえ。やれ、ブラットス!」

 

 

 おおおおおおん!

 

 唸りを上げると、中央のコアをあらわにしてレーザーを振りまくブラットス!

 

「くっ!?」

 

 さすがと言うか、なんとかかわすサイファー。

 

 フェイは……寝てるぞ、おい。レーザーが一本飛んできてるが。

 

「あぶねーっ!」

 

 慌てて彼女の体を抱えて跳ぶストライカー。が、かわしきれずに、足にかすった。

 

「ぐわちっ!」

 

 顔を歪める。そりゃ痛かろう。

 

「あ~?」

 

 ようやく起きたな、万年冬眠娘。

 

「あ。あー、ありがと……」

 

 ……それだけか……。報われんな、ストライカー。

 

「っはああああああぁ!」

 

 二人がそんなことやってる間に、コアにレーザーを撃ち込んでいるサイファー! さすがにかわしながらでは狙いが甘いが、何発かは確実に当たっていた。が、ブラットスの攻撃は衰えるところを知らない。むしろますます苛烈になってくる。

 

「くそっ……!」

 

「ははははははは、生半可な攻撃で倒れるほどやわにはできておらんよ。さて、いつまでもつかな?」

 

「……! このっ……!」

 

 足の痛みをこらえてストライカーが向き直った、その時。

 

「伏せろ!」

 

 響いた声に、とっさに身をかがめる三人!

 

 

 ぎいいいいいいいいいいいぃいん!

 

 

 空を切り裂き疾る光刃! それは狙いたがわずブラットスのコアへと吸い込まれる! さしものブラットスも、うぎいと軋んだ唸りをあげて一瞬動きを止めた。

 

「ブラック!」

 

「遅れてすまん!」

 

 振り向くサイファーの目の前に、ざっと降り立つライデン!

 

「おーし、これで……っておーいっ!!」

 

 フェイイェンか……。伏せたはずみってやつだな。もうほっとけよ、ストライカー。

 

「えーい鬱陶しいやつらめ! ……どうした、それでも世界でもっとも醜い一族の末裔か!」

 

 どっかで聞いたような台詞をブラットスにぶつけるアジム。

 

 が。

 

「やっかましいいいいいいい!」

 

 その隙を見逃すはずがない、オーラをまとって突撃するストライカーとサイファー! トリプルバーチャクラッシュには一人足りないが、三つの光の矢がコアを貫いた!

 

 ……おや?

 

 

 うぎいいいいいいいいい!!

 

 

 さすがに耐え切れず、断末魔の悲鳴を上げて崩れてゆくブラットス。

 

「見たか!」

 

 いや、今なんか横ぎっ……いいか、みんな気づいてないようだし。まさに風のごとし。

 

「ふっ……まあ、思ったよりはもたなかったかな?」

 

 薄笑いを浮かべるアジム。強がるなって、こめかみが引きつってるぞ。

 

「かまわん……こうなれば、私がみずから引導を渡してくれよう」

 

 すたっと地面に降り立つアジム。が。

 

「やかましいと言っている」

 

 怒気もあらわに、ぶんと片手を一振りするサイファー。

 

「? んぐわっ!?」

 

 すぴすぴすぴすぴっと何かが、アジムの顔面に突き刺さった。ダガーではない。

 

「な、なんだこれはぁ!」

 

 慌てて引っこ抜いてそれを見る。……おいおい。

 

「次はGペンか? それともスクールペンがいいか? まだまだあるぞ。どうせもう使わんからな」

 

 凄惨な笑みを浮かべて前に出る。丸ペンのペン先を投げるなよ……。確かに見切れんだろうけどさ……。

 

 

「きっきっきっ貴様らああ!!」

 

 あ、切れた。

 

 どんっ!

 

 アジムの体が真っ赤に染まり、同時にすさまじいエネルギーを集中させ始める!

 

「なっ……!? まさか?」

 

 自爆と気づくのが少し遅れた。離脱は……間に合わない!

 

「しまっ……」

 

 その時。

 

 

「サイファーぁぁぁぁあ!」

 

 はっと顔を上げる彼女の目に映ったのは、向こうからソードに乗ってかっとんでくるテムジンの姿!

 

「テムジン!!」

 

 ぎりぎりでアジムの横をすりぬけ、そのままテムジンはサイファーの体をかっさらう!

 

 

 ちゅどおおおおおおおおおおおん!

 

 

 大爆発! しかし間一髪、爆炎を逃れる二人!

 

 ……三人ほど派手に吹っ飛んでるけど。

 

「サイファー……無事か?」

 

 知ったこっちゃないらしいね。

 

「あ、ああ……。……っ!? テムジン、前っ!」

 

「? うわっ!」

 

 向き直ったテムジンの目の前には、港の倉庫の壁があった。交通安全には……違うか。

 

 くゎかっしゃーん!

 

 ……やけに軽い音を響かせて、二人はどさどさと地面に落下した。

 

「あててててて。大丈夫か?」

 

「ああ、別に……」

 

 意外にダメージはない。まあそりゃそうだろうねえ。

 

 と。

 

 

 ぼひゅっ!

 

 何かが発射されるような音に振り向いた二人の目に、未だ消え去らぬ煙の中からクリスタル状の物体が飛び出すのが見えた。アジムの本体!

 

「しまった!」

 

 立ち上がって叫ぶサイファー。

 

「はーっはっはっはっは、また会おう諸君!」

 

 そんな高笑いと捨てぜりふを残して、それは遥か彼方へ飛び去ってすぐに見えなくなった。

 

 

 

「……二度と来るな……」

 

 それだけ言って、サイファーはずるずると倉庫の壁にもたれかかる。

 

「ところで」

 

 ぎくっ。

 

 横からかかった声に体をつっぱらかす彼女。

 

「なんで俺を呼ばなかったんだよ。騒ぎに気づいて来たからいいものの……」

 

「あ……い、いや……そ、そうだお前補講はどうしたんだ!?」

 

 顔をそむけたまま言うサイファー。確かに大問題ではあるな。

 

「教授がぶっ倒れて延期になった」

 

 さらっと言ってのける。

 

「あ……そ、そうか……」

 

「こっち向けよ」

 

「……えっ……」

 

 唐突に言われて、彼女はさらに硬直する。が、やっぱり顔はさっきからそむけたままだ。

 

「向けってば」

 

 言うが早いか、くいっと細いあごをつかんで正面を向かせる。

 

「あっ!? やめっ……」

 

 

 ……まあ徹夜明けだし。ろくに顔洗ってもいないし。化粧なんかしてるわけはないし。バイザー越しでも目の下の……ま、言わんとこう。

 

「あーもぉ……。なにかに没頭するのもいいけどな。体壊したら何にもならないぞ?」

 

「う……るさい……っ!」

 

 泣きそうな瞳で再び顔をそむける。そのまま押し黙ってしまった。

 

 そんな彼女の様子に苦笑してから、

 

「……とにかく、何か起きたら必ず俺も呼べよ……。ピンチの時に助けられないなんて、嫌だぜ? ……どんな顔してたって、サイファーはサイファーなんだから、さ」

 

「テムジン……」

 

 そっと彼の顔を見上げたサイファーのバイザーに、なにかがふわり、と落ちてきた。

 

「……あ……」

 

「あ」

 

 

 雪だ。

 

 天から降りる白い花びら。最初はちらちらと……そして次第に景色をぼんやりと覆い隠して静かに降りはじめる。

 

「……初雪だったっけ?」

 

「ああ……確か……」

 

 ゆっくりとねずみ色の空を仰ぐ二人。はるかな高みから降る雪の中へ、まるで悩みも苦しみも吸い込まれてゆくようだった。

 

 

 

 そんな二人の様子を、こんがり焦げたストライカーがにやにやしながら離れたところから見ていた。そして、同じく焦げたライデンは顔を真っ赤にしながら、フェイイェンを小脇に抱えたストライカーの首ねっこをつかまえて引きずりつつ、どこかへ消えた。

 

 ちなみに、フェイイェンはまだ寝ていた……。ストライカーがかばったとはいえ、あれでも起きないか、こら。

 

 

 そして、近くの倉庫の屋根の上で、一部始終を見守っていた二人の人影は、くすりと笑ってやはり姿を消した。どんな二人組だったかは……まあ言うまでもない。

 

 

 

 

 

 雪は降る。街を汚れた日常から覆い隠すように……。たとえ一時のことだとしても、そこから美しい夢と願いとが、確かに生まれてくるだろう。

 

 とりあえず、世界はおおむね平和である。

 

 

 

 

 

 余談だが。

 

 その後、ほぼあきらめていた増援が到着し、筆舌に尽くし難い修羅場の末、サイファーたちの本はなんとか入稿に間に合うこととなった。……まあさすがに多少手抜きにはなったようだが。

 

 が、その直後、突然の同人撤退宣言をぶち上げたサイファーに対し、フェイイェンほか多数の引き止め運動で一悶着あったり、さらに後になって彼女の本に一部でプレミアがついたりするのだが、それはまた別のお話。

 

 

 

    = 冬の一日 了 =

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。