戦の鉄則   作:並木佑輔

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第10話 人の意志

今から随分昔のこと…人間と妖怪の全面戦争の真っ只中で、一人の戦災孤児がいた…。

 

その孤児は、両親は元よりおらず、名前すらなく、ただ戦地の血と泥に塗れ死人の肉を喰らって生き続けた…。

 

その孤児は、生きながらにして虚であった。

 

そんなたった一人の名も無き戦災孤児に、手を差し伸べる女性(ひと)がいた。

 

『坊や…一人ですか?』

 

『……』

 

『坊や…よろしければ、私の所に来ませんか?』

 

その女性(ひと)は、一人の名も無き孤児を連れて、ある場所に行った。

 

養護施設『カモミール』

 

人間と妖怪との全面戦争によって家族を失くし、行き場もない子供達を育て、過酷な妖怪社会を生き抜く術を与える為に、その女性(ひと)が設立したものである。

 

名も無き孤児は、その女性(ひと)が設立した『カモミール』に連れて来られ、風呂で血と泥に塗れた身体を清めてもらい、温かい食事も与えてもらった。

 

『そう言えば…自己紹介がまだでしたね。

私の名前は橘茜。

貴方の名前は?』

 

孤児は、自分には名前はないと首を横に振る。

 

『そうですか…これからカモミールの仲間達と触れ合っていくのに、名前が無いのは困りますね…。

よし!では、私が坊やの名前を考えましょう!

そうですね……

人志なんていうのはどうでしょう?

人の志と書いて人志…我ながら悪くないとは思うんですけど…どうですか?』

 

孤児は、名前も何も無い空虚でちっぽけな自分の為に真剣になって名前を考えてくれる橘茜という恩師に巡り逢えた事に深く感謝し、初めて涙を流しながら頷いた。

 

こうして名も無き戦災孤児は、人志という名前を恩師より授かり、一人の人間としての第一歩を踏み出したのである。

 

それから人志は、『カモミール』で仲間達と共に茜から過酷な妖怪社会を生き抜く術を身につけながら、一歩ずつ自分の道を進んでいく。

 

そして、陽菜と怪童という最も親しい友と出会い、楽しく幸せな時間を過ごした。

 

だが、そんな尊い時間は長く続かず、崩壊の時が唐突に訪れた…

 

"羅刹一座“の大妖怪バサラとその右腕ザクロが突如『カモミール』を襲撃してきた。

 

狙いは、陽菜という少女にまつわる能力や正体であった。

 

『カモミール』の設立者で人志達戦災孤児の師である橘茜は、皆を守る為たった一人でバサラとザクロを迎え撃つ。

 

互角に渡り合えていたが、戦争の時の傷がまだ治り切っておらず、万全の状態ではないが故に橘茜は敗れ死に、子供達の命も奪われてしまった。

 

生き残った者は、人志、陽菜、そして怪童のたった三人だけであった。

 

その後、三人の生存者の一人である怪童が、人志と陽菜に突然別れを告げてきた。

 

『俺がこの世から妖怪共を一人残らず殺し尽くす』と、彼はそう言い放った。

 

怪童は、人間を守る戦士の子であるが故に、己の非力さを重く受け止め、たった一人で妖怪達と最期まで戦う決意をしたのだ。

 

彼の言動を察した人志は、『お前一人だけの責任じゃない』と彼を説得し、止めようとしていた。

 

だが、怪童は人志の説得を聞き入れようとせず、二人と袂を分かとうとする。

 

人志は、怪童を止める為に一対一の決闘を申し込んだ。

 

だが人志は敗れ、怪童という最も親しい友と共に右腕を失う事になってしまった。

 

人志は、自分に名を授けてくれた恩師の橘茜と、共に学び過ごしてきた仲間達や対等である親友を失ってしまった事実を重く受け止め、ただひたすら一人修練に赴いた。

 

もう二度と同じ悲劇を繰り返させない為に…

そして大切な人を守り通し、かつての戦友を救い出す為…

この生命の炎を極限まで燃やし、最期まで戦い続ける…

 

そう自分の胸に誓った人志は、陽菜を連れて怪童を止める為に探す旅を続け、今現在に至る。

 

己の過去の誓いを思い出した人志は、それを果たす為再び立ち上がった。

 

(まだ立ち上がるか…

まあいい…

邪魔する者は誰であろうと、塵にするまでだ…。)

 

『人志…』

 

再び立ち上がって向かってくる人志に、凍哉は蹴りを喰らわせようとした。

 

ところが、突然人志が凍哉の眼前から姿を消した。

 

何処へ行ったと動揺する凍哉に、次の瞬間、凍哉の頭上に蹴りが降り落ちて来た。

 

『ッッ!!』

 

間一髪人志の蹴りを防いだ凍哉。

 

だが次の瞬間、またしても姿を消し、今度は凍哉の背後に回り拳を叩き込んできたが、これも凍哉はすかさず防御し、反撃した。

 

『小賢しい!!』

 

凍哉の反撃を貰い、攻撃の手が止まった人志。

 

だが、人志の急激な猛攻に凍哉は驚きの表情を隠せなかった。

 

(何だ今の動きは…俺の予測を圧倒的に上回る程の速度と威力だった…!!)

 

人志の底力に押され気味の凍哉は、正真正銘本気の体術で人志に攻めかかって来た。

 

ここまで連戦続きである人志は、とうに限界に達しているのだが、陽菜を守り通す為に、戦友の怪童を止める為に、己の限界以上の力を引き出し、燃え盛る生命の炎を身に纏いながら眼前の強大な壁にぶち当たっていった。

 

すると、さっきまで凍哉にまるで歯が立たなかったのが、限界を超えた今となっては互角、いやそれ以上となり、今度は人志が凍哉を徐々に押し始めていた。

 

このままだとまずいと危機感を感じた凍哉は、一気に方を付ける為遂に自身の最大の能力『雪華の眼』を使い、人志を塵にしようとする。

 

『これで終わりだ!!』

 

凍哉の『雪華の眼』により、人志は氷漬けにされ、そして塵と化してしまった。

 

もはや勝負は決したかに見えた…

 

だが、

 

『ッッ!!な…何だ…!?』

 

突然、地響きが鳴り始め、それと同時に凍哉の立っている場所の周辺に火柱が起こった。

 

そして更に、凍哉の真下の地面から人志が出てきて、渾身の一撃を凍哉の顎にクリーンヒットさせた。

 

凍哉が『雪華の眼』を使ったあの時、人志はすかさず炎から雷に性質変化させ、超スピードで残像を作り出し地面に潜っていた。

 

つまり、凍哉が塵にしたのは人志本人ではなく、人志が雷の性質変化で作り出した残像だったのだ。

 

人志の渾身の一撃をもろに喰らい、倒れた凍哉は、何故自分が敗れたのか、敗因は何なのかが分からずにいた。

 

相手はとっくに限界に達しているというのに、何故あそこまで戦えるのか、釈然としないままであった。

 

しかし、そんな倒れた凍哉に向かって人志はある言葉を投げかけた。

 

『お前が…かつての同胞達の命を奪った相手を恨み、仇を取るのと同じように…

俺も守り通さねばならない人を最期まで守る事と、かつての戦友を救い出す為に…

そして、何も無かった俺に名を授けてくれた師の遺志の為にも…もう二度と絶対に誰にも負ける訳には行かねえんだ…!!』

 

その言葉を受け止めた凍哉は、何故自分が彼に敗れたのかがやっと理解出来た。

 

この男が今まで戦っていたのは、決して自分などではなく、己の中の弱さ、そして自ら定めた鉄の掟と戦っていたのだと…

 

『お前の…名は…?』

 

『人志だ…。』

 

戦いは人志の逆転勝利に終わり、幕を下ろした。

 

だが、人志と凍哉の死闘の決着を訓練施設のモニタールームで見ていた者がいた。

 

その者は、かつて『カモミール』を襲撃し、人志と陽菜の恩師である橘茜とその子供達の命を踏みにじった、かの"羅刹一座“の大妖怪の一人、バサラであった…

 

『バサラ様…準備が整いました…。』

 

『おう…。

いよいよ、総取りの時だ…。』

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