突如、人志と陽菜の前に姿を現した白銀の少女。
陽菜は、その少女の名と人間界に転生する前の妖怪の始祖としての記憶をまるで走馬灯のように蘇らせ、涙を流して少女の名を口にした。
「氷華…!!」
「陽菜…!知っているのか…こいつの事を…。」
「ええ…私はこの娘をよく知っている…!この娘の名は氷華…。眼に雪の華を宿し、私と私の中の力を護る為にその命を散らした…誰よりも気高く、美しき守護者…!!」
「凍哉と同じ雪華の眼…そして、始祖の守護者…。話を聞かせてくれないか?陽菜…。氷華の一族や妖怪の始祖の事…そして、氷華という少女の事も…。」
「ええ…全てを話すわ…。」
陽菜は人志に言われた通りに、事の顛末を話した。
遥か昔、かつてこの世の全ての魔を討ち祓う退魔の一族がいた。
一族の名は「氷室家」…絶対零度の領域とも言える冷気と氷の力を持って、数多の魑魅魍魎を凍てつかせ塵にしてきた。
だがある日、その氷室家の中で眼に雪の華を宿し人の領分を外れた力を持つ子供が生まれてきた。
その子の性は女性であり、氷室家に生まれてくる子供は本来全て男性である。
氷室家の人間達は皆、生まれてきた女の子に対し忌避と恐怖を抱き、忌み嫌っていた。
お腹を痛めて産んだ母親さえも…。
一族の者達は、まだ生まれたばかりの赤ん坊の強大すぎる力を恐れ、異界へと追放した。
赤ん坊が追放された世界は魔界…そこは妖怪・鬼・吸血鬼達が血肉に飢え日々争う、正しく魔の世界であった。
赤ん坊はある妖怪の一団に拾われ、どんなものも全て凍てつかせ塵にするその悪魔のような力から“氷魔”と名付けられた。
氷魔は妖怪達の下ですくすく育ち、四歳~十歳の時分に妖怪同士の戦いの日々に明け暮れていた。
だが、妖怪や鬼、吸血鬼をも圧倒する氷魔の力に妖怪達は恐れをなし、彼女の周りには誰もいなくなっていた。
白銀の少女は、当てもなくただ魔界中を放浪しながら休む暇もなく戦いに明け暮れていた。
それから二年の月日が流れ、疲弊し放浪する氷魔の前にある戦いが勃発していた。
魔界を統治する妖怪の始祖の力を奪おうとする者達と、それを守護する妖怪達の激戦であった。
無関係の少女はその激戦に巻き込まれ、休む暇も与えてくれない魔の世界に遣り場のない怒りを双方の勢力にぶつけた。
少女はその力を解放し自分以外の全ての者を華のように凍てつかせ塵にし、無数の氷の花びらを舞い散らせた。
だが、日々の戦いによる疲労困憊で少女は倒れてしまう。
しばらくして目が覚めると、そこは見知らぬ天井と部屋があり、少女の傍らには長い茶髪をした一人の美しい女性がいた。
「目が覚めたようね…。」
「…ここは何処…?貴方は…誰…?」
「ここは私の宮殿内。そして、私はこの魔界と…魔界に生きる全ての妖怪達を統べる始祖…。」
「…私をここに運んだのは…貴方…?」
「ええ…。それと、ごめんなさい…私達の戦いに、本来無関係である貴方をこんな形で巻き込んでしまって…本当にごめんなさい…。人間の貴方には、この地で生きていくのはあまりにも過酷…。お詫びに、貴方を魔界から元いた世界に帰して差し上げます…。」
「…いや…私には帰る場所も、生きる世界も初めから何もない…。私は退魔の家系「氷室家」の忌み子として生まれ落ちた者…。妖怪達にも恐れられたこんな私を人間扱いしてくれたのは…貴方が初めてよ…。ありがとう…この世界を統べる神様…貴方に救われた事…忘れないわ…。」
白銀の少女は恩人に感謝の意を伝えその場を立ち去った。
始祖は自分の元から去っていく少女の背中に、悲しみにも勝る美しさと儚さを見た。
それから時は流れ、突如始祖の本丸である宮殿にある者の襲撃を受けた。
その者は、吸血鬼ヒスイ。妖怪・鬼・吸血鬼の更なる次元へと到達する為多数の眷属の軍勢を率いて、意志を具現化させる始祖の能力を奪いに来たのである。
守護者達は始祖を護る為迎え撃つも、ヒスイの吸血鬼の枠をはみ出た強さに為す術もなく殺られてしまい、ヒスイは始祖の喉元に迫る。
絶体絶命の危機に陥る始祖…そんな時、突如空が真っ白になり、華の形をした雪の結晶が降ってきた。
白銀の少女が始祖に助けてもらった恩義に報いる為、馳せ参じた。
「貴方は…!!」
ヒスイの眷属達は邪魔者を排除する為少女に向かったが、少女はその華奢な身体からは想像もつかない程の圧倒的な膂力と体術を以て、眷属達を一人残らず屠った。
「へえ…中々やるじゃない、役立たずの守護者達とは違って…これは楽しめそうね…。」
ヒスイは、全てを溶かし尽くす無数の黒い炎を少女に向かって放った。
それに対し、少女は今まで閉ざしてきた真の力を解放した。
その眼に映るありとあらゆるものを華のように凍てつかせ塵にする“雪華の眼”を以てして、無数の黒い炎とヒスイを凍らせ塵にし、無数の氷の花びらを舞い散らせた。
始祖とその守護者達は少女の凛とした佇まいやその強さ、美しさを見て感銘を受けながらも、始祖は少女に近づき問いかけた。
「何故、私を助けてくれたの…?」
「…理由は二つ。一つは、人間にも妖怪にも恐れられ忌み嫌われたこの私に安らぎを与えてくれた貴方の恩義に報いる為…。もう一つは、退魔の一族の子として生まれ落ちた私の使命を果たす為…。」
少女は始祖の問いかけに答えその場を去ろうとするが、始祖はまだ聞いていない少女の名を聞き出した。
「待って!最後に一つだけ、聞きたい事があるの…貴方の名は、何ていうの…?」
「…氷魔。」
「そう…氷魔っていうの…。けれど、その名は今の貴方には似つかわしくない…!」
「え…?」
「“氷華” 決して枯れる事のない強く美しい氷の華…。私は貴方の事をそう呼ぶわ…!」
“氷魔”から“氷華”へと改名され、己の存在を初めて認められた白銀の少女はその名をとても気に入り、涙を流し優しく微笑みながら始祖に感謝した。
そして氷華は始祖の下に付き、始祖の力と御身を護る守護者としての道を選んだ。
それから三年の月日が流れ、15歳になった氷華は守護者としての役割やその圧倒的な力を遺憾なく発揮している中、その陰ではある者が密かに暗躍していた。
その者とは、人間界の最高指導者である後藤博文であった。
後藤は、氷華の雪華の眼によって凍らされ塵にされたヒスイのほんの僅かな肉片を自身の研究室に持ち運び、培養槽にて時間をかけてヒスイの肉体を復元させ蘇生させた。
全ての人間や妖怪・鬼・吸血鬼を超越した究極生物を創り、新時代を創生する為に。
そして、後藤の手によって死地から蘇ったヒスイは死を乗り越えた事により、底無しの再生能力と“完全耐性”という能力を得て覚醒し、氷華に復讐を決意する。
その後間もなく、後藤とヒスイは始祖の能力を根こそぎ奪うべく、宮殿に襲撃してきた。
氷華は始祖を護るべく迎え撃つが、底無しの再生能力と雪華の眼の完全耐性を得たヒスイの手によって瀕死の重傷を負ってしまう。
そして始祖の喉元に後藤の魔の手が襲い掛かり、次第に能力を奪われつつあった。
守護者達もほぼ全滅し絶体絶命の危機の中、氷華は始祖を護る為に後藤の手を凍らせ塵にした。
「氷華…!!」
「…大…丈夫…貴方の事は…私が護る…たとえ何が起ころうと…私が…必ず……」
氷華は己の死期を悟り、優しげに微笑みながら残された最後の力と生命エネルギーを始祖に捧げた。
その結果、始祖の被害は能力を後藤やヒスイに半分奪われた程度に済み、全ての記憶を失うかわりに“陽菜”という一人の人間の少女として人間界に転生した。
後藤は始祖の能力の全てを奪う事に失敗し、何より氷華の思いがけない行動に激しく苛立ちながら魔界を去っていった。
ヒスイは氷華の始祖を護るという強い意志と、命を賭した行動に畏敬の念と氷華への激しく歪んだ愛情を抱き、涙を流しながら後藤の後を追った。
始祖がいなくなり魔界の均衡が保てなくなり滅びゆく中、残された守護者達は氷華の死を悼み、その力と遺志を受け継ぐ形で氷華の遺体を残さず喰い尽くした。
そして、氷華の力と遺志を継承した守護者達は「氷華の一族」として始祖の行方を追う為、魔界から人間界へと降りた。
その後、氷華の一族は氷華の里という拠点を造り、子を産み育み繁栄させていった。
だが、子供は女の子しか生まれてこず、氷華の最大の能力である雪華の眼を継承出来た者は一人として現れなかった。
しばらくして、突如一族に突然変異を持って生まれた男の子が誕生した。
その子の名は“凍哉”…氷華の一族の中でただ一人氷華の最大の能力である雪華の眼を継承した選ばれし者である。
一族は凍哉を最後の希望として扱い、他の子供達よりも優先して大切に育てていった。
だが年月が経ち、ヒスイが雪華の眼を継承した凍哉の存在を炙り出す為氷華の里を襲撃し、凍哉以外の一族の者と里を黒い炎で全て溶かし尽くした。
そしてただ一人生き残った凍哉は、ヒスイへの恐怖を復讐心に塗り替え、選定にて人志達に出会うまで孤独に戦い続けてきた。
人志に氷華や氷華の一族、始祖の全てを語った陽菜。
全て語られた後、氷華は優しげに微笑みながら二人に最後の言葉を贈った。
「私の魂を受け継いだ者が…必ず貴方を護り通し、この戦いに勝利をもたらしてくれる…。だから、もうそんな悲しい顔をしないで…。そして、人志…これからもどうか陽菜と凍哉を支えてあげて…。」
「…ああ。」
二人に最後の言葉を贈り氷華が姿を消した後、人志と陽菜は眩い光に包まれた。
そしていつの間にか、人志と陽菜は樹と愛菜達の元に戻り、ヒスイから凍哉を取り戻すことに成功した。
「人志さん!!陽菜さん!!」
「よかった…!!凍哉も無事で!!」
「お前らも無事で何よりだ…。…!!」
樹と愛菜とお互い無事である事を確認した最中、人志はヒスイの黒い炎によって焼かれた伊達の焼死体に気付き、急いで生命エネルギーを譲渡して回復させようとした。
「…すみません…人志さん…僕達が足を引っ張ったせいで、伊達さんが……」
「…駄目だ…心臓の鼓動が完全に停止している…。伊達さん…!!」
皆が伊達の死を悼む中、凍哉は立ち上がりヒスイに再び立ち向かおうとしていた。
だが、人志は凍哉の腕を強く握り、凍哉の行動を制止した。
「何処に行くんだよ…」
「…決まっている…あいつとの全ての因縁に決着を着けるんだ…もうこれ以上、俺の大切な者達を奪わせないように…!!だから…」
一人で全てを抱え込んで戦おうとする凍哉に対し、人志はさっきまで掴んだ腕を一旦放してから拳を強く握りしめて思い切り凍哉の顔を殴った。
「ぐっ…!!何のつもりだ…人志…!?」
「…俺も陽菜も…大切な居場所と、先生と、仲間達を奪われた…。殺された者達の仇を取りたい…それは残された者の心境として当然の事だ…。だからこそ、お前の復讐心は痛い程分かる…。けどな、だからといって…何でもかんでも一人で全てを抱え込んで、全ての因縁に決着を着けるなんてことは…自分自身の身と心を滅ぼすだけで、絶対に間違っている…!!お前はもう…一人なんかじゃねえ…!!俺達にも、お前の傷みを分けてくれよ…凍哉!!」
「人志…!!」
一人で苦しんでいる凍哉の心を救う為に、人志は涙を堪えて必死の思いで言葉にした。
そして、人志は倒れている凍哉に手を差し伸べた。
「一緒に戦わせてくれ…凍哉!!」
凍哉は、人志の言葉と思いを受け止めて人志の手を握り立ち上がり、四人に呼び掛けた。
「人志…陽菜…樹…愛菜…まだ戦えるか…?」
「ああ!当然だ!!」
「何としてもここで決着を着けましょう!!」
「ぜってえぶちのめす!!」
「伊達さんや氷華の犠牲を無駄にしない為にも、私達は何としてもこの戦いに勝たなきゃいけない!!いや、絶対に勝つ!!」
激しい闘志を燃やす五人を前に、ヒスイは余裕の笑みを浮かべながら両手に黒い炎を出し、始めて臨戦態勢を取った。
「嗚呼…素敵…素敵よ…貴方達…その揺るぎない闘志…意志…!!さあ来なさい!!激しく戯れましょう!!もっと私を楽しませて頂戴!!!」