戦の鉄則   作:並木佑輔

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第36話 散華

幼少の頃、養護施設カモミールにて人志は一人自主練を行っていた。

 

一番の親友であり、目標でもある怪童に追いつく為に。

 

そこに、人志の恩師である橘茜が彼にこう説いた。

 

「決してその道を歩んではいけない」と。

 

大切な人や戦友達を守る為己の命を極限に燃やし、有らぬ姿と化した人志。

 

傷だらけになりながらも眼を黒く鈍く光らせ敵を睨んでいる人志の姿に、陽菜は怪童と重ねて涙を流した。

 

「ハア…ハア…なるほど…確かに、この力は私の喉元に届きうるわ…。けれど、それまで貴方の命は持つかしら…?今こうしている間にも、貴方の命は刻一刻と終わりを迎え始めている…そんな状態で、この私を本気で殺せると思ってるのかしら?フフフ…。」

 

完成させた気炎万丈の一撃をまともに喰らい深手を負いながらも、ヒスイは余裕の笑みを崩さずにいた。

 

「あの一撃を喰らっても、まだ再生できるのか…!?」

 

「いや、よく見てみろ…斬り落とされた腕が再生できていない…恐らく耐性も得られていない所から、あいつの一撃は間違いなく効いている…。問題は、このまま押し切る事が出来るかどうかだ…。」

 

「人志…」

 

仲間達が人志の状態を見て気がかりに感じている最中、ヒスイは目にも映らぬ圧倒的な速度で人志の背後に回り攻撃した。

 

人志はそれをすかさず防御し、続く怒涛の連撃を捌き続ける。

 

「速え…!!それに、まるで人が変わったかのように急に激しくなりやがった…!!」

 

伊達の雷神演武と同等の速度で襲い掛かるヒスイに対し、人志は防戦一方になり次第にヒスイの猛攻に耐えかねる。

 

それを好機と見たヒスイは、拳に全てを溶かし尽くす黒い炎を纏わせ、人志に最後の止めを刺そうとした。

 

「よく頑張ったけどこれまでのようね!さようなら!人志君!!」

 

黒い炎を纏わせた拳を人志に直撃させ、勝利を確信したヒスイ。

 

だが、それを人志は片手で難なく受け止めた。

 

己の勝利を確信した最高の一撃を簡単に受け止められたヒスイは、驚愕と動揺を隠せずにいた。

 

「そんな…!!?」

 

「何をそんなに驚いているんだ…?俺がお前の炎を止めた事が、そんなに信じられないのか…?それとも、自分の目の前で自分の信じられない事が起こった事に対して恐怖を感じているのか…?」

 

動揺するも束の間、人志はヒスイの拳を離さず強く握りしめながら焔で燃やし尽くさんとしていた。

 

「ンアアッッ!!」

 

ヒスイは拳を焼かれながらも、危険を悟りすぐさま別空間へと瞬間移動し逃げた。

 

「な…!?消えた!?」

 

別空間に避難したヒスイは欠損した腕の修復と、気炎万丈の完全耐性を得る為にゆっくりと時間をかけていた。

 

「あいつ何処に消えた!?」

 

「いや、消えたんじゃない…逃げたんだ…奴の能力で、別空間にな…。恐らく、人志に斬り落とされた腕の修復と気炎万丈の耐性を得る為に…。」

 

「そんな…じゃあ、僕達に出来る事はもう…」

 

「諦めるにはまだ早いぞ樹…。」

 

「え…?」

 

「逃げたんなら無理矢理にでも引きずり出せばいい…。」

 

そう言い放った人志は、自身の掌から太陽のような焔の塊を作り出し、それを虚空へと放った。

 

すると、虚空に放たれた焔の塊はヒスイのいる別空間へと発現し、まるで焔自体が意志を持っているかのようにヒスイを追跡しその身を燃やし尽くさんとした。

 

「アアアアアアッッ!!!こ…この焔は人志君の…!!何故こんな所に!!?」

 

焔に耐えかねたヒスイは別空間から元いた空間へと移動し、人志達の前に姿を現した。

 

「マジかよ…本当に引きずり出しやがった…!!」

 

人志の焔を受け続けてかつてない程の重傷を負ったヒスイに、人志は黒く鈍い眼光を発しながら言い放った。

 

「あの時お前は俺にこう言ったよな?そんな状態で自分を殺せるのかと…はっきり言ってやるよ

お前を殺すには、この状態で十分だ…。」

 

「人志……!!」

 

「たとえこの生命が燃え尽き果てようとも…俺はお前を必ずここで殺す…そして、陽菜や凍哉、大勢の者達を苦しませた報いを今ここで受けさせてやる…。」

 

人志の言葉から只ならぬ決意と殺意を感じ取ったヒスイは、激しく慄きながらもただやられっぱなしではいられず反撃に出た。

 

無数の黒い炎を発現させ人志に一斉に放つも、人志は黒い炎を全て受け止め逆に己の焔へと変換しヒスイに跳ね返した。

 

「こんなもの…!!」

 

ヒスイは無数の焔を捌き切るも、その隙を突かれる形で背後から人志に胸を拳で貫かれた。

 

「ガハッ!!」

 

「気炎万丈“業火焔滅葬”」

 

天をも衝く程の巨大な炎柱が立ち気炎万丈の圧倒的な火力で焼き尽くされながら、ヒスイは悲鳴を上げた。

 

「アアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!」

 

ヒスイを焼き尽くし、今度こそ勝利を掴み取ったと確信する陽菜と仲間達。

 

だがヒスイはまだ生きており、焼き尽くされたその身を再生しようと必死に生にしがみ付いていた。

 

「あいつ、あんだけやってもまだ再生するのかよ!?」

 

人志は完全なる止めを刺す為に、ヒスイの元へと近づいた。

 

「ハア…ハア…まだよ…まだ私は終わらないわ…」

 

「これで終わらせてやる…

気炎万丈“焔天―――」

 

人志が最後の止めを刺そうとしたその時、気炎万丈による身体の負荷が人志に降りかかり吐血し倒れ込んでしまう。

 

「グフッ…!!」

 

「人志!!!」

 

それを好機と見たヒスイは、身体を再生しながら始祖の力を根こそぎ奪う為に陽菜の元へと近づいてきた。

 

樹や愛菜、仲間達がそれを阻止しようと動くもヒスイとの圧倒的な力の差で全て捻じ伏せられ、遂に陽菜の喉元へと接近した。

 

「フフフフ…人志君、確かに貴方の気炎万丈は私を殺しかねない程の凄まじい物だったわ…けれど残念…その前に限界が来てしまったわね…最後の最後で己の限界を超えられずに倒れ伏してしまう貴方は、やはり紛れもなく人間…所詮その程度よ…。」

 

「グッ…逃げ…ろ…陽菜……!!」

 

「人志…樹さん…愛菜ちゃん…伊達さん…」

 

「さようなら、陽菜ちゃん…いや、妖怪の始祖よ!!」

 

始祖の力を奪い尽くす為に、ヒスイは陽菜を手刀で貫き殺そうとした。

 

だがその刹那、ヒスイの魔の手から陽菜を庇った者がいた。

 

「と…凍哉君…!!」

 

「凍哉…!!」

 

陽菜を庇い手刀で貫かれ吐血しながらも、凍哉はヒスイの手を決して離さないようにと強く握りしめた。

 

「凍哉君!!何をしているの!?そこを退きなさい!!!」

 

「…断る…!!」

 

「凍哉……!!」

 

「ヒスイ…お前は、俺の闇だ…」

 

「凍哉君…何を言って…!?」

 

「俺の闇は…俺自身の手で祓う…!!」

 

「待って!!凍哉!!!」

 

陽菜の制止を振り切りヒスイとのこれまでの因縁に決着を着ける為に、凍哉は雪華の眼を開眼し己の力の全てを解放しヒスイを凍てつかせた。

 

無数の氷の華に包まれて、ヒスイは嬉し涙を流しながら凍哉の姿を氷華と重ねて満足したような表情で塵となって消滅した。

 

「嗚呼…貴方は、どこまで私を魅せてくれるの…

氷華…やはり貴方は、とても美しい……。」

 

氷華の里に無数の氷の花びらが舞い散る中、ヒスイとの死闘は幕を閉じ、ヒスイに奪われた始祖の力は陽菜の元へと戻った。

 

だが、陽菜を庇い身体を手刀で貫かれながらも全ての力を余さず解放した凍哉には、死が刻一刻と近づいていた。

 

「凍哉!!!」

 

倒れ込む凍哉の元に、人志や陽菜達は急いで駆けつけ、樹は凍哉の傷を修復する為に必死になって治療を施そうとした。

 

「死なないでください凍哉さん!!僕達にはまだ、貴方の力が必要なんです!!!」

 

「…やめろ樹…無駄な労力を注ぐな…もう俺は助からない…全ての力を奴にぶつけたからな……。」

 

「そんな…凍哉…!!」

 

もうすぐそこまで近づきつつある凍哉の死に直面した樹と愛菜は、涙を流さずにはいられなかった。

 

樹や愛菜だけでなく、人志と陽菜も涙を流さずにはいられなかった。

 

「凍哉…すまない…!!俺がしっかり奴に止めを刺せていれば…!!!」

 

「…人志…お前が悔やむ事はない…これは元を辿れば、俺が決着を着けなければならない事だったんだ…お前は何も悪くない…。」

 

死にゆく凍哉に、人志は己の中に残っている僅かな生命エネルギーを彼に譲渡しようとするも、陽菜に制止された。

 

「手を離してくれ陽菜!!このままじゃ凍哉は…!!」

 

「それをやったら貴方も死んでしまうのよ!!!」

 

「!!」

 

陽菜は大粒の涙を流しながら叫び、人志の決死の行動を止めた。

 

「…ありがとう…陽菜…人志を止めてくれて……」

 

「凍哉……」

 

死期がすぐそこまで迫る中、凍哉は人志の手を握り残された最後の生命エネルギーを譲渡し、仲間達に最後の言葉を遺した。

 

「…人志…陽菜…樹…愛菜…伊達…今日まで…こんな俺を友として…仲間として大切にしてくれて…ありがとう……

お前達と共に戦い過ごした日々は…短いながらも俺にとっては、掛け替えのない大切な思い出となった……本当にありがとう……。

そして人志…陽菜と、この世界を頼む……。」

 

「……ああ…!!」

 

人志の返事を聞いた凍哉は、優しく微笑みながら雪の華となって散り安らかに逝った。

 

凍哉の死に嘆くも束の間、傷付き疲れ果てた人志達にヒスイの眷属達が襲い掛かる。

 

「こいつら…ヒスイの…!!」

 

ヒスイとの死闘で余力がない人志達に絶体絶命の危機が迫る。

 

そんな時、伊達は人志達を逃がす為に一人で眷属達に立ち向かった。

 

「伊達さん!!無茶だ!!こんな数をたった一人で!!」

 

人志の必死の呼びかけを無視して、伊達は不敵な笑みを浮かべながら人志達に捨て台詞を吐く。

 

「餓鬼共が…てめえらとは踏んだ場数が違うんだよ…」

 

「伊達さん!!!」

 

「みんな!!私に捕まって!!!」

 

人志達は伊達を残して陽菜に捕まり、氷華の里から長寿館へとワープした。

 

ヒスイとの激闘で凍哉と伊達を失い、悲しみに明け暮れる人志達。

 

肉体的にも精神的にも傷付き疲れ果てた人志達を、愛菜の兄妹や長寿館の医療班が迎え入れすぐに治療を施そうとする。

 

だが、そんな人志達に愛菜の兄妹から一つの情報を聞かされる。

 

“妖怪殺し”怪童が死んだという情報を…。


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