かつて人間側の最高指導者の後藤博文の死により人間と妖怪の全面戦争が勃発した頃、戦争によって親を亡くした人間の戦災孤児達が橘という一つの家に集められた。
橘家は伊達家・後藤家と同じ霊能力者御三家の一つで、表向きは戦争によって妖怪達に家族や家を奪われた孤児達に霊能力や体術を教え、孤児達の未来を守る児童養護施設を営んでいた。
だが、橘家が子供達を引き取った本当の目的はバサラやヒノマルのような恐ろしく強い大妖怪達に対抗する為に、人体実験で妖怪の細胞を子供達の身体に埋め込んで妖怪達の武器である妖気を使う改造人間を造り上げる事だった。
数百人の孤児達は、実験の最中で妖怪の細胞に耐えられず死んでいった。
そしてその中で、茜というたった一人の少女だけが妖怪の細胞に適応できた。
橘家の人間達は、実験の成功に大いに喜びながら茜を橘家に正式に迎え入れた。
こうして橘茜という改造人間が誕生した。
改造人間として生まれ変わった橘茜は、伊達恭次郎と同じ少数精鋭の霊能力者集団“守天豪傑”として戦場に赴き、単独で数多の妖怪・鬼・吸血鬼達をその手で屠り、その戦場の有様はまさに死屍累々だった。
改造人間の利点は、妖怪達の力の源である妖気を使えるだけでなく鬼の怪力と耐久力や吸血鬼の再生能力が持てる事。
そして更には橘茜が死地を潜り抜けるほどに妖怪細胞が活性化し大妖怪以上の妖気と力が備わるようになり、バサラやヒノマル達大妖怪は人間側の中で彼女を特別視していた。
初めは人間側も橘茜という改造人間の誕生で戦況は優勢に傾くと思われていたが、それが誤りだったと人間側は確信した。
“超越者”ヒスイの存在である。
吸血鬼の弱点を全て克服し、更に底無しの再生能力を持つヒスイの存在を目の当たりにした人間達は、深い絶望の淵に立たされていた。
橘茜はそんな不死身の怪物に対抗する為、一つの能力を発現させた。
己の心臓を手で抜き取り心臓を一振りの刀に具現化させ、その一刀を携えて数多の妖怪達を橘茜は一人残らず撫で斬りにしていった。
その刀に斬られた者はどんな生物であろうと必ず死に至り、死体の刀痕からは彼岸花が咲き誇り、その戦場の有様は美しくも残酷であった。
大妖怪クラスの猛者達をひたすら斬り殺す橘茜を見た妖怪達は、まるで彼岸咲き誇る戦地を渡り歩きながら敵を次々と殺していく様から彼女を恐れて“彼岸渡り”と呼んだ。
だが、橘茜の奮闘も虚しく共に守天豪傑として戦ってきた伊達恭次郎を除く仲間達は戦死しバサラ率いる大妖怪達の圧倒的な勢力に圧し潰され、戦況を覆す事無く御三家も壊滅し遂には敗戦を喫した。
バサラ達が戦争に勝利し妖怪が人間に代わって世を動かす時代となった後、橘茜は何も務めを果たせなかった失意から人間の喰い散らかされた死体が転がる戦場跡をフラフラと歩いていた。
するとその先に、一人の戦災孤児がいた。
その孤児は飢えを凌ぐために転がっている死体の肉を喰らい続け、今日まで生き延びていた。
橘茜はその有様を見て、かつて戦災孤児だった自分と重ねて涙を浮かべて胸の内に思いを馳せる。
(もう二度とこの子や実験で殺されていったあの子供達のような戦争の犠牲者を出させてはいけない…!!)
そう心の中で叫んだ橘茜は、名も無き戦災孤児に手を差し伸べて救い出し、都市から離れた丘に一つの児童養護施設を建てた。
それから橘茜は手当たり次第に戦災孤児達をその手で救い出していき、孤児達に教養と護身術を教えていった。
そうして橘茜は、能力主義・実力主義の妖怪社会において数少ない児童養護施設「カモミール」の創設者となり、子供達から茜先生と呼ばれ慕われていった。
そして現在、かつて名前の無かった隻腕の少年が己に名前と居場所を与えてくれたかつての恩師を苦しみから救い出す為に戦おうとしていた。
「しっかり見ていてくださいよ茜先生…これが俺の全力だ!!」
そう言い放った人志は片手で自身の胸を突き破り、心臓を強く握り極限にまで生命を燃やした。
「ハアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」
人志の叫びと共に血のように真っ赤で巨大な炎が彼を包み込み、炎柱が天まで達し天をも燃やし尽くさんとしていた。
そして、人志の肉体を包み込んでいた天にまで達する巨大な炎はまるで何事も無かったかのように一瞬で消えた。
己が身を焼き尽くさんとしていた炎は少年の黒く焼き焦げた片腕に収まり、黒髪が逆立ち心臓に位置する胸に穴が開き、一切の迷いのない黒い眼で人志は橘茜を睨み付けた。
「気炎万丈…これが俺の炎の極致です…。」
橘茜は、人志の変わり果てた姿とこれまでにない程の強敵に相まみえた事に、激しく動揺しながらも感激していた。
「これが…貴方の全力…素晴らしい…よもやここまでに…!!」
「茜先生…感激しているところ悪いけど時間がねえんだ…この状態はあまり長く維持出来ねえ…早いとこ決着付けようぜ…。」
「…ええ、そうですね。決着を付けましょう…!!」
人志は黒く焼き焦げた片腕を燃やして焔の剣を顕現させ、手刀を作って上に上げる。
対する橘茜も、凄まじい妖気を発しながら人志と同じように片手上段の構えを取った。
そして互いが同じ構えを取り、互いが己が剣を同時に振り下ろした。
「気炎万丈“焔威”!!」
互いの剣が振り下ろされたと同時に、凄まじい衝撃音と共に巨大な縦状の斬撃が飛びぶつかり合った。
都市ごと消滅しかねないほどの斬撃同士が激しくぶつかり合うも、人志の焔が橘茜の斬撃を上回り燃やし尽くし、橘茜の片腕を切断した。
橘茜は人志に斬り落とされた片腕の再生を試みるも、気炎万丈の効果により再生出来ずに僅かながらも苦悶の表情が垣間見えた。
(彼岸渡りの斬撃が押し負けた…!!いや、それよりも人志に斬り落とされた腕が再生出来ない!!恭次郎の黒雷と同じように、人志の気炎万丈にも再生を阻害する能力があるのか…!!)
人志の気炎万丈の能力を肌で感じ取った橘茜は、斬り落とされた腕から彼岸渡りをすぐに手に取り凄まじいスピードで人志の懐に入り込み直接斬り殺そうとするも、人志は攻撃が形になる前にすぐさま橘茜の鳩尾に右足刀蹴りを放ち吹っ飛ばした。
「ガフッ!?」
橘茜は吐血して次々とビル群を破壊しながら吹っ飛ばされ、人志は続けざまに巨大な縦状の焔の斬撃を飛ばした。
橘茜はすぐに横に回避し、呼吸を整えて反撃の体勢を取り猛スピードで人志に接近し刀を振って振って振りまくった。
人志は、掠っただけでも死に直結する彼岸渡りの斬撃の嵐を完璧に回避し続け、橘茜の鳩尾に風穴を開けるべく拳を突きだした。
橘茜は突きだされた拳を回避した後足払いをして人志の体勢を崩し、その隙を突く形で胴体を真っ二つに斬るべく刀を横薙ぎに振った。
襲い来る斬撃を前に、人志は体勢を崩され後ろに倒れそうになりながらも、身体を自力で前に出して斬撃より早く橘茜の額に勢いよく頭突きをして反撃した。
頭突きによる思わぬ反撃を喰らって倒れた橘茜は、すぐさま立ち上がった。
「体勢を崩されて絶体絶命の危機の最中に死を恐れずに頭突きを繰り出してくるとは…フフフ…全く見上げた根性です。」
「ああでもしねえと茜先生を出し抜けねえからな…」
互いに全力の限りを出して戦う師弟。
だがそんな師弟の死闘も終わりを迎えようとしていた。
「そろそろ終わりにしようぜ…茜先生。」
「ええ…私もそのつもりです。」
弟子はこの一撃に全てを懸ける思いを黒く焼き焦げた拳に乗せ、師は透き通る刃のように一切の雑念を捨てて赤く染まった一刀を構える。
互いが構えを取り集中する最中、緊張によって生じた人志の汗が徐々に頬を伝って地面にポツンと落ちた瞬間、互いが一直線に動き出し拳と刃が交差した。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
6年前
草木も眠る丑三つ時、橘茜は寝室の様子を伺い寝床で眠っている子供達の様子を見ていた。
寝言を言う子供や寝返りを打つ子供を様子を見ながら橘茜は安堵するも、一つの寝床だけ空いていた。
人志の寝床だけ空いている事を目撃した橘茜は、子供達を起こさないように静かに寝室を出て人志を探すべく施設の中をくまなく捜索した。
(施設中を探してもいない…とすれば)
橘茜は、外に出て丘の周りを探しに行った。
すると、大きな木の下で何度も木に向かって殴っている人志の姿があった。
「人志!!」
「茜先生…」
橘茜は走って人志の元へ行き、手を掴んで木を殴るのを止めさせた。
何度も木に打ち込んだ人志の手は皮膚が剥がれ血だらけでボロボロになっており、それを見た橘茜は人志に向かって真剣に叱った。
「こんな夜更けに何をやってるんですか!!こんなに手が酷くなるまで打ち込んで…!!」
「先生…俺は…」
「いいから来なさい!!すぐに傷の手当てをしますから!!」
橘茜は、人志の手が痛まないように手首を優しく掴んですぐに施設内に戻ろうとした。
だが、人志は反抗して橘茜の手を振り解いて下を向いたまま立ち止まった。
「人志…貴方まだ…!!」
「先生…俺分からねえ…何をすれば、みんなと同じになれるか分からねえんだよ…。」
人志は傷ついた拳を握りながら大粒の涙を流して橘茜に訴えかけた。
涙顔で苦しんでいる教え子を見て、師は教え子の涙を指で拭って叱る姿勢から寄り添う姿勢へと変えた。
「人志…ひとまず帰りましょう。話は全部聞いてあげますから…。」
師は教え子の手を優しく握り、施設の中へと帰った。
施設内の医務室にて、橘茜は傷ついた人志の片手を消毒して薬を塗って治療を施していた。
「痛てててッ!」
「これだけ自分の手を自分で傷めつけたんですから痛くて当然です!全く…怪童に劣らず本当に世話の焼ける子ですね。」
「ご…ごめんなさい…」
人志は申し訳なさそうな表情で橘茜に謝り、橘茜は人志の片手の消毒と薬塗りを終えた後包帯を巻いた。
「はい、次は左手ですね!」
もう片方の手も同じように治療を施した。
「はい、終わりです!」
「あ…ありがとうございます…茜先生。」
人志の両手の治療を済ませた後、橘茜は少しの時間を置いて人志に聞いた。
「どうですか?落ち着きましたか?」
「…はい。」
「人志、先に言っておきますが私は貴方を叱ったり怒鳴りつけるような事は一切しません。何でこんな夜更けに自分で自分を傷付けるような事をしたのか、ゆっくりでいいので私に話してください。」
「……はい。」
人志は、橘茜に言われた通りに一呼吸置いてゆっくり話し始めた。
「俺が4つの頃に茜先生に拾われてカモミールで暮らす事になってから、もう6年も経ったのかな…10歳になって、他の奴らとそこそこ仲が良くなって美味い飯食えてふかふかの布団で寝れて楽しいけど…でも陽菜や怪童みたいな友達はあんまいなくて、他の奴らは俺と違って両親との思い出があって将来の夢もあってみんな活き活きしてるけど、俺には親の顔とか思い出とか一切ねえし将来の夢もねえ…茜先生にもらった人志っていう名前以外、俺には何もねえ…。
そんな自分が虚しくなっちまって…どうすりゃみんなみてえになれるのか自分なりに考えて…考えた結果、俺は怪童の真似をして自分を追い詰めようとした…。あいつみてえに努力して自分を追い詰め続けりゃ何か答えが見つかるかもしれねえって思って、それであんな事してた…茜先生に叱られる前からずっと…。
けど、ただ苦しいだけで何にも分からなかった…。
茜先生、やっぱり俺って何処かおかしいのかな…?どうすればみんなみたいに普通になれるかな…?」
大粒の涙をぽたぽたと零しながら、人志は橘茜に今の気持ちを伝えた。
両手と心に苦痛を抱えて苦悶の表情を浮かべる教え子に対して、師は包帯で巻かれた傷だらけの手に優しく触れて答えた。
「私もかつては戦災孤児で、貴方のように両親の顔も憶えていなくて物心ついた時には孤独でした。その後、橘家という霊能力者の家に養子として引き取られて訓練を受けて戦場に駆り出されました。それから紆余曲折を経て恭次郎を含めた数少ない戦友達が出来て、最初は少しトラブルがあったのですがその人達と共に戦い共に語り合って…今となっては私と恭次郎以外亡くなってしまいましたがとても良い思い出でした。
貴方はまだ幼くて何も知らない子供で、将来の目標や夢がある周りの子供達と自分を比べるから自分に対して劣等感を感じてしまっているんです…。当たり前です。だって貴方はまだ何も始まってすらいないんだから。」
「…始まってすら…いない…?」
「そう。だから貴方は何もおかしくなんかないし、無理に周りの子供達に合わせなくていい。初めの内は人を手本にして真似てもいい…人に頼ってもいい…けれど貴方がいずれ大人に成長していく過程で何かを決断しなきゃいけなくなる時、いつまでも人に頼ってばかりいては何も変わりません…。貴方が自分に誇りを持てるように…自分の意志を持てるように…これからの人生で色んな事を学んで、色んな物を見て、色んな人達と会って、経験を積み重ねていきなさい。」
少年は恩師の導きの言葉に感銘を受けて、傷んだ心が和らいだような温かい感覚を覚えて涙を止めた。
「…茜先生も、そうやって生きてきたんですか…?」
「ええ…。」
少年は気付かされた。この苦しみは自分だけじゃないという事を。
そう気付いた後、少年は助言を与えてくれた恩師の前でこう言った。
「茜先生、俺決めた…。俺、強くなる!今よりも強くなってでかくなって、陽菜と怪童とみんなを助けられるような人間になる!そんでもって俺を助けて拾ってくれたあの時の茜先生みてえに、今度は俺が茜先生を助ける!!」
少年は堂々と恩師の前で誓いの言葉を言い放ち、師は少年の言葉を聞いた上で少年に指摘をする。
「人志…胸を張って自分の目標を決めるのは大変素晴らしい事ですが、その前にまずはこれから寝坊や居眠りをせずに私の授業にちゃんと参加する事と箸の正しい持ち方をいい加減覚えるべきですね。」
「ウッ…そ、そんなもん言われなくてもやりゃあ出来るし!!」
「え~ホントかなあ~?フフフ。」
少年はダメ出しをされて恥ずかしさで顔を真っ赤にして反発し、師は教え子をからかって笑った。
その後、少年は胸の内に抱えていた悩みが解消された安心と疲れからかウトウトし始めて前に倒れるように眠った。
「おっと!」
師は倒れそうになった少年を抱いて、少年は師の胸の中でスース―と寝息を立てながら眠った。
「もう…本当に手が焼ける子ですね…。」
師は呆れて笑うも、教え子を抱き抱えて寝室へ行き寝床に寝かせた。
(楽しみですね…この子が将来どんな人間に育つのか…)
橘茜は人志の安らかな寝顔を見て、心中で教え子の将来を楽しみに思いながら微笑んだ。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
互いの全身全霊を懸けた一撃は交差され、人志は向かってくる凶刃を躱しざまに橘茜の胴に拳を当てて貫いた。
「茜先生、受け取ってくれ…これが俺の手向けだ…」
後藤博文の手によって生きた屍と化した橘茜に、人志は手向けとして確実に止めを刺そうとした。
「気炎万丈“業火焔滅葬”!!」
拳で貫いた相手を塵一つ残さずに燃やし尽くす絶技を以て、人志は橘茜を燃やし尽くそうとした。
天をも衝く程の巨大な炎柱が立ち、橘茜は身体を燃やされながら人志の頬に優しく手を添えて言った。
「立派になりましたね…人志。貴方は私の自慢の教え子です。」
生きた屍は生前の変わらぬ優しい笑顔をかつての教え子に見せながら、骨も残らず焼き尽くされた。
(嗚呼…よかった…意志の強い子に育ってくれて…)
かつての恩師との望まぬ死闘を制して、人志は爪が皮膚を食い込んで血が滲み出るほどに拳を握り締めてその場で立ち尽くしていた。
しばらくして、人志は全ての元凶である後藤博文を倒すべく先を急いだ。
一般市民と妖怪達の喰い散らかされた死体が転がるひび割れた道路をひたすら走る中、人志は路地裏にて妖怪の子供が後藤の配下の妖怪に襲われている所を目撃した。
(子供が襲われてる…だが、今の俺には一刻も早く後藤をぶっ潰す事が最優先だ…。)
人志は、元凶の後藤博文を倒す事を優先し先へ急いだ。
妖怪の孤児は、頭に血を流して目の前の迫りくる死にただ怯える事しか出来ずにいた。
妖怪は悪意に満ちた笑顔でよだれを垂らしながら孤児を喰い殺そうと勢いよく動き出した。
だがそこに、炎の拳が妖怪の鳩尾を確実に捉え貫いた。
孤児の目には、歴戦の傷をその背中に背負い血のように色の濃い炎を纏った隻腕の男が映った。
人志は振り向きざまに身に纏った炎を消すと、孤児に手をかざして自身の生命エネルギーを分け与えて傷を治した。
「立てるか?」
人志は救いの手を差し伸べるも、妖怪の孤児は不信感からか距離を取って人志に敵対心を見せた。
「近づくな!!てめえも…てめえも俺を殺すんだろ!?後藤博文や妖怪殺しみてえに、俺の家族だけじゃ飽き足らず俺も残さず殺すんだろ!?」
「落ち着けよ、俺はお前を殺す気なんて毛頭ねえ。」
「嘘だ!!妖怪を助ける人間なんて、この世にいる訳がねえ!!妖怪は人間の敵なんだぞ!!敵を助けるような馬鹿な真似する奴なんてこの世に存在する訳ねえだろうが!!」
後藤博文の手によって家族を理不尽に殺された妖怪の孤児は、怒りと悲しみに満ちた表情で目の前の隻腕の男に訴えかけた。
「…俺もよ、昔に家族と同じぐれえ大切な人達を妖怪に殺されてな…。他の妖怪達も、俺の家族や居場所を奪った奴らと同じ冷酷で残忍な奴ばかりなんだろうなって…そう思いながら今日まで生きて来た…。けどよ、そういう奴ばかりじゃねえんだって色んな奴と会って気付かされた…。
半分鬼の血を引いてるけど家族を守る為に必死になって戦ってる気が強くて優しい奴もいた…
氷みてえに冷徹で感情を表に出さねえけど、本当は誰よりも大切なものを理不尽に奪われる痛みと悲しみを背負った奴もいた…
冷酷で残忍で力を振るって奪う事を良しとする悪党にも会ったけど、そいつは誰よりも大妖怪としての自分の強さに誇りを持って頂点に君臨し続けようと必死に生きていた…
それで俺は思ったんだ…妖怪にも色んな奴がいるってな…。」
穏やかな表情で人志は己の体験談を孤児に話すが、孤児はそれでも信じられずに敵対心を見せる。
「…それがどうしたってんだよ…てめえに俺を殺す理由がなくても、俺にはてめえを殺す理由がある!!今の俺にはもう憎しみしかねえんだ…それ以外何も残ってねえんだよ!!」
怒りと悲しみの涙で顔をぐちゃぐちゃにして、孤児は拳に妖気を纏わせて人志に殴りかかっていった。
人志は妖気を纏った拳を避けて、拳によるカウンターを腹に喰らわせ孤児を悶絶させた。
「ぐええっ!!げほっげほっ!!」
腹を抱えて地面にうずくまる孤児に人志は生命エネルギーを分け与えて痛みを和らげた後、孤児の胸ぐらを掴んで真剣な眼差しで言った。
「何度も言わせるんじゃねえよ…俺はお前を殺す気なんて微塵もねえ。せっかく拾った命を無駄にするんじゃねえよ。」
孤児は人志の厳しい目を見て恐怖を感じ、敵意を完全に無くした。
それを見た人志は掴んだ胸ぐらを優しく放した後、孤児の手を引っ張って路地裏から街道に出た。
「…お、おい…ど…どうするつもりなんだよ…」
街道に出た後、人志は生命エネルギーで自身の視力を強化して遠くを見た。
「ここを真っ直ぐ進めば避難所がある…辺りの後藤の妖怪達も俺の仲間が全部倒したから安全だ。あとはどうするかはお前次第だ。」
孤児に道を教えた後人志は先へ進もうとするも、孤児は人志に対して複雑な感情を抱き声を震わせながら言い放った。
「…何なんだよ…お前は一体何なんだよ!?」
「片腕を無くしただけのちっぽけな人間だ。」
ボロボロの背中を見せて、人志は孤児の目の前から姿を消した。
人志と橘茜が死闘を繰り広げていた頃、陽菜と樹と愛菜は後藤博文との死闘に臨んでいた。
怪童の能力とヒノマルの能力を駆使する後藤博文に三人は苦戦していた。
苦戦しながらも後藤博文に喰らいつく三人のもとに、遂に人志が到着した。
「人志!!」
「人志さん!!」
「人志!!」
人志の到着に三人は喜ぶが、人志は目を黒く鋭く光らせながら三人の前へ歩き、三人はそんな人志の表情を見て三人は唖然としていた。
「ククク…遅かったじゃないか人志君。どうだったかね?かつての恩師をその手にかけた感想は…是非聞かせてもらいたいねえ。」
後藤博文は悪意に満ちた笑みを浮かべながら、人志の心を折ろうとする。
「案ずることはない。君はその残り少ない命を燃やして、大切な人を守る為に犠牲となって死んでいくのだから…ククク。」
「後藤…貴様!!」
陽菜は後藤博文に対して強く睨み怒った。
樹と愛菜も睨み後藤博文に攻めかかろうとするも、人志は片手で三人を遮った。
「お前らは手出すな…俺が行く…。」
「人志…」
三人を制止させた後、人志は後藤博文のもとへゆっくりと歩を進め、後藤博文は余裕の笑みを浮かべていた。
「よお」
「!」
「随分嬉しそうに笑ってんじゃねえか。何かいいことでもあったのかよ?」
人志は後藤博文にそう問いかけた次の瞬間、一瞬で間合いに入って炎を纏わせた拳を顔面に喰らわせた。
「グバアッ!!」
後藤博文は人志の拳をもろに喰らい、顔面が焼けて潰れてビルの壁面に叩きつけられ瓦礫の下敷きになった。
後藤博文を一発でダウンさせた人志に、陽菜と樹と愛菜は驚愕を受けた。
「後藤…てめえは一つ勘違いをしている。
俺は犠牲になる為に戦ってるんじゃねえ。
二度と負けたくねえから戦ってるんだよ。」
過去に大切な居場所と大切な人達と右腕を失った少年は、こう悟った。
負けるという事は、奪われるという事を。
丘に立つ墓たちの前で誓った。もう二度と負けないと。
その誓いを胸に抱いて、隻腕の少年は今最後の戦いに身を投じた。