戦の鉄則   作:並木佑輔

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第53話 最初で最後

超越生命体"Beyond"とその生みの親、後藤博文によって混沌と化した魔都・東京に、一人の男の登場によって更なる混沌が押し寄せてきた。

"妖怪殺し"の異名を持ち、かつて全妖怪達にとって恐怖と絶望の象徴だった唯一人の傷だらけの男。

その男が、今この戦場に再び地獄から舞い戻ってきた。

「怪童ッ…!!」

人志は自身の能力で傷だらけの男の生命エネルギーを感知し、後藤が召喚した偽物か否かを見定めた。

結果、傷だらけの男は人志がよく知っているかつての親友そのものであった。

瓦礫の山に立っている怪童は、四年前墓標の丘にて袂を分ったかつての親友を見下ろして微笑みながら返事をした。

「よお…久しぶりだな人志」

二人の構図は、かつて陽菜奪還を懸けた妖魔帝国本部での戦いと類似していた。

だがあの時とは違う事を人志だけは分かっていた。

己より遥か格下の弱者として見下していた頃と、袂を分ったものの家族同然の親友が生きていた事への安堵として微笑んでいる今を、人志は頭ではなく心で理解していた。

 

その一方で樹・愛菜・伊達を含めた人志以外の全ての者は、恐怖と混乱で頭がいっぱいになっていた。

「おい…アレ…アレ…!!!」

「妖怪殺し…!!」

「怪童ッ…!!こんな時にッ…!!」

「おい…嘘だろ…!!

何で…何で今頃になってあの筋肉ダルマが…!!」

「ヘヘッ…こちとらBeyond共の相手で手一杯だってのによ…

少しは空気を読んでもらいてえもんだぜ…」

陽菜の身体を乗っ取った後藤も、産み出されたBeyond達も例外ではなかった。

後藤は震えが止まらずにいた。

自分が人志達に底知れない絶望を与えさせる為に生み出した魂無き肉塊が、陽菜の犠牲によってその魂が在るべきところへと還ってしまった事を。

(そ…そ…そんなッ…!!

わ…私は…間違ってしまったというのかッ…!?

あの時…あんなものを生み出さなければ…今頃はッ…!!!)

Beyond達もさっきまでの嬉々とした表情が完全に消え、生みの親同様に戦慄していた。

あの瓦礫の山に立ち尽くす傷だらけの男が自分達の喉元に手が届く程の存在だという事を、純白の怪物達は静かに悟った。

 

人志は瓦礫の山に立つ怪童の方へと見上げて、これまでに起きた事を手短に話そうとした。

「怪童ッ!陽菜の身体が後藤に乗っ取られちまったッ!!

後藤がBeyondになる為の生贄として樹達やお前の魂を奪い返す為に陽菜が全存在をかけて戦ったんだけど、隙に乗じて陽菜の身体を奪っちまいやがったんだッ!!」

「言われなくてもわかってるぜ

あの時奴に俺の全てを奪われた後、奴の精神の内から見てたからな…

俺のクローンを造って陽菜を殺させようとした事も…全部な」

「何だとッ…!じゃああの時陽菜への攻撃を寸前で止めたのは…お前の意思なのかッ!?」

瓦礫の山から大地へ一飛びで降り、耳に響くほどの衝撃音を立てながら怪童は言った。

「わざわざご丁寧に俺のクローンを造ってくれやがったんだ…有り難く使わせてもらうぜ

あのインテリ坊ちゃんには散々世話になったからな…」

想い人の身体を乗っ取った元凶と純白の超越生物達を見て、傷だらけの少年は青筋を立て右手を大きく開きながらバキッ、ボキッ、バキッと、関節の鈍い音を鳴らした。

「待て怪童ッ!!陽菜は殺さないでくれッ!!

あいつは後藤に身体を奪われたままなんだッ!!

このまま殺しちまったら陽菜ごと死んじまうッ!!」

Beyond達だけでなく陽菜の肉体を奪った後藤をも殺そうと動く怪童に、人志は警鐘を促した。

だが怪童に一切の迷いはなく、逆に人志に言い返した。

「言われなくても分かってるさ…俺に出来るのはただ殺す事だけだからな

だからお前がやれ」

「え…?」

「お前が陽菜を救え

俺は俺の為すべき事を為すまでだ」

怪童は静かに言った後、人志と後藤を通り過ぎて行った。

眼前にそびえ立つ敵達を一匹残らず殺し尽くす為に、傷だらけの男は進んで行った。

 

(陽菜…クソッ…!!何をすればいい…どうすれば陽菜から後藤を引っ剥がす事が出来るッ…!?)

後藤の執念で肉体を乗っ取られた陽菜を救う方法を求めて、人志は苦悩しながら必死に考えていた。

だがどんなに思考を練ってもこれといった打開策が浮かばず、人志は立ち往生していた。

(クソッ…!!こんな時だっていうのに良い方法が思い浮かばねえッ!!

俺の能力で出来る事は、戦闘目的以外だと精々人の傷を治す事ぐれえだ…チクショウッ…!!どうすりゃいいんだッ!!

早くしねえと陽菜がこのままいいように利用されて死んじまうッ!!)

人志の能力は自身の生命エネルギーを放出し、それを用いるもの。

戦闘以外の用途は負傷した相手に自らのエネルギーを譲渡し傷を癒す事と、生物の生命反応を感知する事。

この能力では陽菜の肉体から後藤の魂を引っ剥がす事はおろか、生かす事も殺す事も出来ない。

そうこうしている内に刻一刻と時間だけが無情に進んでいき、人志の焦りははっきりと面に表れた。

それを見た後藤は、怪童が復活した事に動揺を露わにしつつも自分の優勢を確信していた。

(ククク…何だあの顔は…まるで迷子になって帰り道も分からずに泣きじゃくるガキみたいじゃないか…!!

まだだッ…!まだ私の勝ちの目は残っているッ!!)

陽菜の肉体を乗っ取った事に絶対的な優勢を掴み取った事をいい事に、後藤は指を鳴らしてBeyondに合図した。

子が親の言う事を素直に受け入れるかのように、Beyondは後藤を丁重に抱き抱えて自陣へと運んで行った。

その間、僅か一秒にも満たなかった。

「陽菜ッ!!テメェッ…!!」

後藤の狙いは至ってシンプル。

陽菜の肉体ごと自らを人質に取って人志達の動きを制限しつつ、無数のBeyond達で一気に制圧する事。

「そこを一歩も動くなよ怪童くん!!一歩でも動けば君の想い人の命は終わりだぞッ!!

そこの雑兵共もだッ!!」

後藤はこの行動で一番の脅威である怪童はおろか、人志と伊達達の動きの一切を完璧に封じた。

電光石火の一石二鳥。

「嗚呼…このままじゃ陽菜さんが…!!」

「あのクソ野郎ォッ!調子に乗りやがってッ!!」

陽菜の身体を奪った後藤とBeyond達相手に為す術が無く、人志と同様樹と愛菜もただその場に立ち尽くして絶望する事しか出来ずにいた。

(ククク…やはりこの身体を奪って正解だった…!!

天はまだ私を見放してはいなかった…!!)

怪童の再臨に追い詰められながらも、後藤は確かな勝機を見出した。

だが、それでも怪童は進んで行った。

(な…何ッ…!!)

かつての想い人を盾に取られようとも透き通る透明な水のように、怪童は一切の迷いを見せず前進していく。

「き…貴様…この状況が分かっているのかッ!?

止まれッ!!そこで止まれェッ!!

このガキの命が惜しく無いのかァッ!!?」

さっきまでの余裕の表情が一気に崩れ、後藤とBeyond達はあたふたと焦り始めた。

人志達も迷いの無い怪童の前進に、戦慄していた。

「やれよ…」

「何ッ!?」

「ごちゃごちゃ言ってねえでさっさとやれよ…てめえで吐いた唾だ

呑み込むんじゃねえぞ」

迷いのない狂気の目をした怪物が徐々に迫り来る。

後藤は激しい恐怖を感じながら、徐々に後退り声を震わせて叫んだ。

「き…聞こえねえのかこの化け物ッ!!

さっさと止まれっつってんだろうがァァッッ!!」

狂気の域にまで達している覚悟を持つ怪童に、この場にいる全ての者は後藤と同じく恐怖を感じで震え出す。

怯える者達をよそに、怪童は笑って言い放つ。

「ほらさっさとやれよ…何なら俺が手伝ってやろうかい?後藤クン」

「ヒッ」

陽菜の肉体を人質に取り勝利を確信した後藤の顔をすぐさま絶望と恐怖に満ちた顔に変えた怪童は、次の刹那後藤の目の前から姿を消した。

陽菜の喉元に爪を立てているBeyondの頭を、怪童は右手を横に振って空間ごと抉り取り絶命させた。

その間、実に0.5秒。

「なッ…!!」

「は…速えッ!!瞬き一切してないのに全然見えなかったッ!!」

皆が目にも映らぬ怪童の神速に驚愕し戦慄していた。

そして、怪童は間を置かずに後藤を掴んだ。

「悪いが少し我慢してくれよ…」

「クッ…!!」

陽菜に語りかけた後、怪童は後藤を掴んで後ろの人志の方へと放り投げた。

人志は慌てながらも、無事陽菜の肉体をキャッチした。

「おい怪童てめえッ!!危ねえだろうがッ!!」

「トロトロやってんじゃねえよ…てめえの仕事だろうが」

手荒なやり方だが怪童は無事に陽菜を人質から解放して人志にパスした。

「これでお互い心置きなく仕事が出来るってもんだ…なあ?てめえら」

眼前に立ちはだかる純白の怪物達に、怪童は黒く鋭い眼光を飛ばした。

Beyond達は未だかつて無い戦慄を味わっていた。

超越者たる自分達に向かってくるたった一人の傷だらけの人間に、同胞をいとも簡単に殺された。

この如何ともし難い事実に、Beyond達はかつて無いほどの高揚と緊張を感じていた。

「グァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

「ガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァッッ!!」

全員が全員己を昂らせ雄叫びをあげながら、純白の生命達は多勢に無勢ながらも、全力で殺しに向かった。

自分達の命に手が届くほどの、傷だらけの怪物に。

 

"お前が陽菜を救え"

かつての親友にそう託された人志だが、何も最善策が思い浮かばずただ呆然と立ち尽くす。

そんな時、苦悩に満ちている人志の内に一つの声が発した。

(焦るな…)

(この声…凍哉か!?)

(まずは深呼吸をして心を落ち着かせろ)

雪の華を眼に宿した白銀の少年の言う通りに、人志は一旦深呼吸を挟んで動揺を鎮めた。

(凍哉…俺は一体どうすりゃいいんだ?どうすれば陽菜を救える?)

(俺の力を使え…炎と氷…つまりお前と俺の相反する力を併せて、陽菜の中に居座っている元凶を滅する)

(何…!?)

(俺の力は全てを凍てつかせ塵にする…いわば負の力

対してお前の力は生命を与えるもの…正の力だ

正と負、相反する二つの力を陽菜の肉体に直接触れて流し込み…内に居座っている後藤の魂を粉砕する)

(そ…そんな事本当に出来るのか…!?もし…仮に後藤だけを殺せても陽菜の身体は無事なのか…!?)

(俺もこの方法を取るのは初めてだ…だが他に方法はない

簡単に言ってしまえばバランスを取る事…負の力が強まれば陽菜ごと殺してしまうし、正の力が強まれば内の後藤に塩を送るだけになってしまう

陽菜を救いたい気持ちは俺も同じだ…始祖の力と運命を全部一身に背負ってしまったあいつを解き放ちたい…

もういい加減に解放されるべきなんだ…残酷な運命から)

(凍哉…!!)

(大丈夫だ…俺達なら出来る…言ったはずだろ?

俺がお前の眼になるとな)

白銀の少年が発する優しくも力強さを感じさせる言葉。

その言葉を受けた人志はさっきまでの動揺と焦燥が消え失せ、強い決意と覚悟を取り戻した。

「わかったよ凍哉…やってやるぜ…ぶっつけ本番だけどよ…

やられっぱなしは性に合わねえからなァッ!!」

真紅の熱気と白銀の冷気を身に纏いながら、人志は迷いのない眼と足を持って元凶との因縁を終わらせんとした。

人志と怪童、共に妖怪の始祖と後藤博文によって運命を翻弄されてきた二人。

二人の少年は最初で最後の共闘に赴く。

己の運命と因縁、その生き様の全てにケリを着ける為に。

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