戦の鉄則   作:並木佑輔

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第55話 親友(ダチ)

2022年5月14日、午後15時45分。

後藤博文とその一派が突如引き起こした人妖の存亡を懸けた戦争が、遂に終結へと進んでいった。

この戦争で後藤とその手下の妖怪達の魔の手に、魔都・東京に住む多くの人間と妖怪が無差別に虐殺された。

生き残った人妖達は妖怪殺し対策チームの若茶(にゃちゃ)の指示で東京ドームと武道館と羽田・成田空港へと避難され、後藤の魔の手から辛くも逃れる事が出来た。

生存者の数は妖怪も含めておよそ88万6125人。その数を若茶(にゃちゃ)は東京ドームと武道館に割り振り避難に成功した。

二つの避難所にはどんな能力をも阻害する高度な大結界が張られ、中には7日〜10日分の食糧がある。

これで戦争が終わるその時まで耐え忍ぼうとしていたその時、妖怪達が人間達に反発し出した。

「ケッ…ふざけやがって

何で俺達がこんな下等なカス共と同じ空間にいなきゃならねえんだ?あぁ?」

舌打ちをしながら文句を垂れてくる妖怪達に、人間達は怯え震えていた。

その中で、二人の男女が精一杯勇気を振り絞って反論した。

「し…仕方ないだろ!!緊急時なんだから!!」

「そうよ!!人より何百年も生きてる癖に子供染みた事言わないでよ!!」

恐怖で泣きじゃくる我が子を抱き抱えながら、二人の男女は強く言った。

「チッ…うるせえな」

妖怪は舌打ちした後、男女と子供に向けて手をかざした。

その刹那、妖怪の掌から豆のように小さい赤い妖気の塊を生成しそれを放った。

放たれた妖気は男女が抱き抱えている小さな子供に放たれ命中し、子供は一瞬で肉片になった。

二人の男女は何が起こったのか一瞬全く分からずにいた。

だが数秒の時を経て、二人はさっきまで抱き抱えていた幼い我が子の肉片と大量の返り血を浴びて、やっと気付いた。

「ヒ…イィ…イヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!」

我が子を奪われた悲しみと傷みに泣き叫ぶ男女を見て、殺した張本人は歯茎を見せて嘲笑う。

「ヒヒヒヒ…あ〜〜たまんねえ!!やっぱゴミを処分すんのは最高に楽しいやァッッ!!」

妖怪殺しの存在に怯え身を隠していた妖怪は、久しく忘れていた殺しの美酒に酔いしれていた。

一匹の妖怪に続いて他の妖怪達も殺しの美酒を味わうが如く、生き残った食料達を殺そうと意気揚々と動き出した。

人間達は悲鳴をあげる隙もなく、ただひたすら蹂躙される。

肉を貪り血を浴び狂喜乱舞する妖怪達。

だがその刹那、一匹の妖怪に異変が生じた。

「あ…あれ?な…何か苦…し…」

突如、妖怪の全身が風船のように膨らみ始めた。

膨らみ膨らみ膨らみ続けて、限界まで空気を入れた風船のように肉体は膨張した後、パァンと響く音を鳴らして散った。

体内の血液と内臓が密閉空間に四散し、他の妖怪達は突然の事で返り血を浴びながらも呆然としていた。

「な…何だよ…何なんだよ…!!

一体何が起こったッ!?」

同胞の突然の死に激しく動揺する妖怪達。

だが休む暇もなく、妖怪達は身体を膨らませ破裂死する。

ドミノ倒しのように。

「ヒ…ヒィィッッ!!」

次々と同胞達の身体が破裂しとうとう最後の一匹となった妖怪は、恐怖で足が竦み腰を抜かす。

そして遂に誰もいなくなり、東京ドームの中は肉片と血の海と化した。

怪童という史上最悪の怪物が発する殺気によって。

 

時を同じくして、武道館や羽田・成田空港も怪童の殺気によって妖怪はおろか人間達も死んでいった。

ただ一人、隻腕の能力者によって助けられた妖怪の少年を除いては。

「何だよこれ…一体何が起こったんだ…!?

何で俺だけ…何とも起こってねえんだ…!?」

妖の少年はここに来る前隻腕の男に助けられた。

その際隻腕の男の能力で生命エネルギーを譲渡され、譲渡されたエネルギーが少年の身を守っていた。

丁度怪童の殺気から仲間を守る為にバリアを張っている現在の人志に呼応するかのように、生命の炎は妖の少年を守っていた。

未曾有の恐怖に苛まれる少年にとってその炎はとても温かく、とても優しく、ほんの少しだけ安心し震えが治ってきた。

 

戦場と化した東京から離れた山々にその身を潜む人間達も、怪物の殺気に当てられ死に絶えていく。

そしてその矛先は、人志達の本拠地の長寿館にて人志達の勝利を祈っている愛菜の妹の千尋と弟の蓮と剛にまで向けられた。

発狂、失禁、嘔吐。命が助かったのは不幸中の幸いだったがその症状はかなり重かった。

長寿館に滞在している伊達の部下の女将達も、恐怖に震え怯えながら愛菜の家族を守ろうとしていた。

「大丈夫千尋ちゃんッ!?」

「ヒィィッ…!!イヤッ!怖いッ!!何でなのかわからないけど怖いッ!!

怖いよおぉッッ!!!」

声を震わせ涙を流し助けを乞うている幼子に、部下達はその手で支えていた。

「何なのよこのプレッシャーはッ!こんなの…大妖怪クラスの化け物でも滅多に感じないわッッ!!」

今までに味わった事の無い恐怖と威圧に、伊達の部下達も声を震わせて恐れ慄いていた。

 

後藤の策のミスにより再誕してしまった最悪の怪物、怪童。

目覚めたばかりの怪物は、目に留まるもの全てを殺さんと殺気を放つ。

「な…何だよあの筋肉ダルマッ!!凄んだだけなのに何でこんなに大勢死んでるんだよッ!!」

突然の事に激しく動揺している愛菜に、伊達は今起きている事を単刀直入で説明する。

「あの餓鬼…殺気を放つだけでこの東京にいる人間と妖怪を無差別に殺しやがったッ!!

大妖怪クラスの化け物が放つ妖気のようにッ!!」

「人志さんのバリアが無かったら僕達も死んでいたッ…!!」

これまでに味わった事の無い恐怖が押し寄せていく。

人志は仲間達と師を守りながらも大量の冷や汗をかいていた。無論守られている陽菜達も。

魔都・東京に住む殆どの人間と妖怪達は、死に絶えてしまった。

たった一人の怪物によって。

 

「グッ…ガハァッ!!」

ドス黒い殺気は収まった。

妖怪殺し対策チームのリーダー若茶(にゃちゃ)は、怪童の殺気を浴び傷だらけになりながらも部下達を庇って立ち尽くしていた。

「にゃ…若茶本部長!!」

「フフ…何だその顔は…情けないぞ…もっとシャキッとしろ…私の部下なら」

怯えている部下達を安心させる為に、若茶(にゃちゃ)は笑って言った。

その笑顔は誰がどう見ても痩せ我慢で取り繕っているものなのに、何処か頼もしさと優しさを感じられる笑顔だった。

笑顔を見せた後巨漢は倒れ伏した。

「本部長!!」

多量の出血をし倒れた上司に、部下達は涙を流しながら霊能力による応急処置を懸命に試みる。

人志はバリアを解き倒れ伏した若茶(にゃちゃ)に生命エネルギーを譲渡し回復させた後、済まし顔をしながら立ち尽くしている親友に物申す。

「怪童…てめえマジで何がしてえんだよッ!!」

人志は眉間に皺を寄せながら残虐非道を行う親友に怒った。

だが怪童はかつての親友の言葉など意に介さず、親友のいる真横に振り向きながら言葉を返した。

「決まってるだろ…皆殺しだ」

「あぁ!?」

何の悪気も無い顔をしながら宣う怪童に、人志は強く反発する。

だが怪童は続ける。

「あの時言ったはずだぜ…この世から妖怪共を一匹残らず殺し尽くすとな…その為に力を付けた

そうさ…たった今この場にいる生き残り…半妖を含めた妖怪共…その全てを

ーーーーー殺し尽くす」

人智を超越する化け物達に蹂躙されたあの日から、胸の内に誓った己の鉄則。

それを果たす為に、傷だらけの少年は殺戮を宣言する。

顔半分の髑髏を公衆の門前に晒しながら。

生き残った僅かな人間と妖怪達は激しく震えた。

本当に実行出来るほどの圧倒的な強さに。

「怪童…!!」

すっかり変わり果ててしまったかつての想い人の姿を見て、陽菜は大粒の涙を流しながら名前を口にした。

 

半人半鬼の少女は動き出した。

「愛菜ッ!!やめろッ!!お前じゃ勝てねえッ!!」

他でもない人志の忠告を無視してでも突き進んだ。

大切な家族と親友達を守る為に、勝てないと分かっていても勇気を持って怪物に立ち向かった。

「ハアアアアアアアッッ!!」

雄叫びをあげながら何倍にも強化したその拳で、怪物の顔面に叩き込んだ。

どんな鬼よりも硬く鋭い拳をその顔面で受け止めた怪物は、何も無かったかのように振る舞いながら視線を愛菜に移した。

大妖怪クラスの全身全霊の一撃も怪物にとっては取るに足らず、逆に愛菜の鳩尾に左の正拳をめり込ませた。

「グッ!!ブッ…!!」

込み上げる血と吐瀉物、形容しがたい衝撃に懸命に堪えながら愛菜は怪物の左腕を掴んだ。

「ッ!!」

怪物は少し驚いた。

利き手ではないにしても自分の拳をまともに受け止めて生きている奴がいる事に。

そして思い出した。

かつて羅刹一座の大妖怪達を全滅させる為の戦いで、同じように自分に立ち向かった半人半鬼の少女がいた事を。

「お前…あの時の女か…!!

随分と強くなりやがったな…!!」

成長した眼前の敵に笑って感心する怪童。

だが、愛菜はそれに反して眉間に皺を寄せて言った。

「あんた…人志と陽菜ちゃんの親友なんだってな…

あんたがどんな理由で暴れてんのか、部外者のあたしにはてんで分からないけどさぁ…これだけははっきり言えるよ」

巨拳による鳩尾の圧迫に苦しみながらも、愛菜は一呼吸挟んで続けて言い放った。

「このままあんたを野放しにすればこの世はもっと地獄になるだろうし、いずれあたしの妹と弟にも手を出すッ!!

だからあたしがここであんたをぶちのめすッッ!!」

遺された家族、そして戦いの中で出会った戦友達。

それらを守り通す為に、半妖の少女は魂を燃やして掴んだ左腕を握り潰そうとする。

ミシミシと、肉と一緒に骨も潰される感覚を覚えた怪童は愛菜の強さを笑いながら賞賛し、右手を構える。

「お前…素晴らしいなッ…!!」

全てを抉り殺す右手は、すぐさま少女の顔面に放たれた。

だがそれを複数の蔓が絡み取り、攻撃を阻止した。

「樹ッ!!」

「僕は元々妖怪殺し対策チームの一人だったんだ…だからお前は僕が喰い止めるッッ!!」

血で錬成された蔦は右腕の全てを絡み取り、そこから無数に枝分かれした。

研ぎ澄まされたナイフのように鋭利な木々が怪童の右腕を内側から突き破る。

身体の内側から突き破られる想像を絶する痛みに、怪童は眉間に皺を寄せて耐えながらその右手で愛菜の顔面を空間ごと抉り殺そうと動く。

だが右手の掌が顔面に到達する直前、真紅の炎が怪物の前に阻んだ。

「怪童オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

人志は変わり果てた親友の名を叫びながら炎を纏わせた拳を顔面に叩き込み、ビル群を貫通させるまで吹っ飛ばす。

瓦礫と硝子の破片が舞い散る中、伊達が漆黒の雷をバチバチと音を立てながら右手刀に纏わせていた。

ヒスイ、後藤博文、Beyondと連戦に次ぐ連戦で傷付き果てた身体に歴戦の男はムチを叩く。

先に逝かれた戦友との誓いを果たし、そして死ぬ為。

 

(橘…すまねえな…お前んとこのガキ共の面倒は全部は見切れねえ)

 

心中を吐露し、伊達は最後の攻撃に出る。

地面が崩れるまで限界まで踏み締め、今の自分が出せる最高の速度で駆け出した。

音速の数千倍もの速度を出せる全盛期には程遠い1/3の速度、これが精一杯。

ビル群を貫通され吹き飛ばされている怪童に、伊達は手刀に残った全エネルギーを込め穿つ。

雷轟轟かせる漆黒の麒麟と共に。

 

「黒雷大神(くろいかづちのおおかみ)!!」

 

手刀は確実に怪物の心臓を貫いた。

本来なら貫いた時点で跡形も無く消し炭にする大妖怪をも恐れさせる伊達の絶技、黒雷大神(くろいかづちのおおかみ)。

だがーーーーー。

「何ッッ!!」

全力の手刀は怪物の心臓に届く事なく、大胸筋の時点で止められてしまった。

「これが生ける伝説…"黒雷の伊達恭次郎“の絶技か

光栄だッ…!!」

妖怪とのこの世の支配権を懸けた全面戦争で生き残った最後の霊能力者。

そんな憧れの戦士が今まさに全力で己を殺しに来ている事に、怪童は目を大きく開き満面の笑みを見せた。

怪童は目の前の憧れに失礼のないように左手で顔を鷲掴みにして動きを完封、右手を以て終わらせようとした。

右手が胴に触れる寸前まで迫る中、伊達は今度こそ己の死期を悟った。

だがその時、紅蓮に燃える足が怪童の頭部を捕え、カウンターを喰らわせた。

「人志ッッ!!」

「へっ そう易々とてめえの好き勝手させると思うなよ

バカイドウッッ!!」

人志は一切の手加減をせずに親友の頭部に回し蹴りを喰らわせ、上空からアスファルトの地面へ叩き落とした。

耳に響くほどの衝撃音と瓦礫と土煙が舞った。

300メートル上空にいる人志と伊達は、ボロボロになっているビルの壁面を蹴る形で利用し地面に無事着地した。

「すまねえ人志…仕留め損ねちまったッ…!!」

伊達は心底歯痒く感じていた。

己の衰えと力の無さに。

連戦に次ぐ連戦で負傷の限りを負っている師に、弟子はそっと肩に触れて生命エネルギーを譲渡しながら言う。

「何謝ってんですか!らしくないぜ!伊達さんはもっと目付き悪くして偉そうにふんぞり返ってねえとさ!!」

触れられた手の体温と送り込まれているエネルギーの温もりに、伊達はほんの少し安らいだ。

「チッ!相変わらず口の減らねえ馬鹿ガキだ…!」

「へへっ」

気さくで生意気な弟子に、師は舌打ちを鳴らしていつもの毒舌を吐いた。

 

そんな中、遥か上空から人志に叩き落とされた怪童は自力で足を地面に着地させ、右手で土煙を払い健在な姿を見せた。

「さっきのは良い蹴りだったぜ人志

今までので一番響いたよ」

人志は脳震盪を起こすほどの会心の一撃を喰らわせた手応えを感じていた。

だがそれでもケロッとしている怪童に、人志は苦笑いしながら舌打ちをして毒を吐く。

「チッ!前々から思ってたんだけどよお…てめえのその異常なタフネスはマジで何なんだよッ!

この拗らせ筋肉野郎がッ!!」

蹴った方が痛くなるほどの耐久力に、人志は足をフラフラと揺らしていた。

もはやこの世に己に敵うものはいないと悟った怪童は、さっさと終わらせるべく正拳突きの構えに移った。

「やべえッ!!あの構えはッッ!!」

ヒノマルから奪った全てを破壊し尽くす殺戮能力“空間打突”、それを繰り出す構えを取りいよいよ終わらせようとしていた。

だがその時ーーーーー。

 

「もうやめてよおぉッッ!!」

茶髪の少女の叫びと共に、怪物の動きが止まった。

「陽菜ッ!!」

叫びに反応し人志は後ろを振り向くと、大粒の涙で顔を濡らした少女がいた。

そして怪物にとってもその少女は、かつて共に孤児院の屋根の下で暮らしていた家族以上の存在。

故に、衝動が収まった。

「怪童…もうやめてよ…」

大粒の涙を両頬につたらせながら、少女は想い人の方へと一歩ずつ歩み寄る。

涙で顔を濡らしている少女に、怪物は構えを止め拳を引いた。

冷酷無比、最凶最悪、残虐にして冷徹な一匹の怪物に一瞬だけ躊躇いが生まれた。

「どうして…どうしてまだ戦いを続けるの…?どうしてまだ殺しを続けるの…?もう全部終わったんだよ…?

バサラも…ヒスイも…後藤博文も…みんないなくなったんだよ?なのに何で…必要以上に殺しを続けるの…?

そんなのおかしいよッ…!!」

人に仇なす怪物から人を守る戦士から全てを抉り殺す怪物へと、少年は変わり果ててしまった。

だがそれでも少女は恐怖・悲しみ・苦しみ・傷み、己の胸の内に襲いかかるあらゆる負の感情に必死に耐えながら想いを馳せる少年に言う。

諦めずに、見離さずに。

「もうやめようよ怪童…私は…もうこれ以上貴方に誰も殺めて欲しくないッ…!!

もうこれ以上…私を救ってくれたかっこいいヒーローに罪を犯してほしくないッッ!!」

涙と鼻水で顔を濡らし嗚咽しながら心中を吐露する陽菜に、怪童も人志も伊達も樹も愛菜も呼吸を忘れていた。

そして、陽菜は泣き笑いながら続けて言った。

「帰ろう?私達の居場所に…カモミールに…またあの頃のように3人で馬鹿みたいに騒いで笑おうよ…

それに…約束したでしょ?人志と怪童と私で色んな所に行って色んなものを見に回るって…」

人間・妖怪・鬼・吸血鬼…誰もがその男を怪物と恐れ戦く中、一人の少女はかつての強く優しい少年として見ていた。

無論、共に孤児院で育った隻腕の少年も同じ気持ちだった。

「陽菜ッ…!!」

妖怪の始祖の力を無くし完全な無力になっても必死に諭す陽菜に、人志は眉間に皺を寄せ噛み締めていた。

 

「プッ!フフフフ…」

だがそんな家族以上の存在から放たれた必死の言葉をも、怪物は口を大きく開けて笑う。

「フフフフ…フフフフフフ…アハハハハハハッ」

まるで嘲笑するような笑い方をする怪童に、人志は青筋を立てる。

「てめえ…何がそんなに可笑しいんだ…!?」

怪童はしばらく嘲り笑った後、吹っ切れたような顔をして眼前の少女に言い放つ。

「陽菜…お前まだそんな事言ってんのかよ」

「え…?」

「帰る場所なんて本気であると思ってんのか…今の俺達によ」

カモミール、橘茜によって設立された戦災孤児達の唯一の拠り所にして学び舎。

今は恩師と子供達の墓標を列ねる跡地と化している。

「そ…それは…」

「新しいお友達を作って平和ボケしちまってるのなら俺が直々に教えてやる…お前が大好きだった強くて優しくてかっこいいヒーローはもうこの世にいねえ

今お前の目の前に立っているのは…どんなものでも簡単に殺せちまう血に塗れた怪物だ」

化け物達の返り血に塗れた傷だらけの少年のその眼差しはどんな氷よりも凍てついていて、どんな闇よりも黒く澄んでいた。

その姿は、まさに化け物を超越した化け物そのものだった。

「一緒に帰ろうだ?フフ…相変わらず甘っちょろくて反吐が出る」

在りし日をすっぱり捨て去り、少年は少女に言い放つ。

「消えろ…ここはお前のような優しいだけの雑魚が立っていいような場所じゃねえ」

 

傷だらけの少年が放つ言葉が、少女の心に深い傷を与える。

隻腕の少年はこれまでにないほどの怒りを露わにしながら、炎を纏わせたその拳を握って真っ直ぐ親友に向かって行った。

だがそれでも、少女は諦めない。

「やめて人志ッッ!!」

「陽菜ッッ……!!」

隻腕の少年は、少女の言葉を受けて拳を引く。

そして、涙に塗れた少女は傷だらけの少年に真っ直ぐ走っていく。

一歩ずつ地面を強く蹴り続け、少女は握ったその拳を振るいながら少年の名を叫ぶ。

「怪童オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!」

弱く脆い拳を、少年の傷だらけの身体にぶつけていく。

どんなに手がボロボロになろうとも、どんなに響かなくとも、少女は目を覚まさせるまでただひたすら弱い拳を振るい続ける。

「陽菜さん…」

「陽菜ちゃん…」

無様に抗う少女の姿に、樹と愛菜は歯痒く感じた。

「…見てられねえ…」

伊達も同じく、言葉通りに下を向いて噛み締めていた。

 

想い人の目を覚ます為にただがむしゃらに、ひたすらに拳を振るう少女。

そこに、一本の手が少女の腕を掴み制止した。

「…人志…」

その手は優しく、その顔は何処か哀しげながらも強い決意に満ちたものだった。

少女の拳を止めた後、隻腕の少年は高らかに宣言する。

「このクソバカの面倒は俺が見る

親友(ダチ)だからな」

決意に満ちた貌で、迷いの無い黒く光った目で、隻腕の少年は確かに言い放った。

 

人志の発言に、陽菜や樹達は戸惑いを隠せずにいた。

ヒスイをも超越した生命体"Beyond"をもあっさり殺してのけた唯一にして絶対の怪物。

その怪物の面倒を見ると言った事に。

「…メ…ダ…」

その事に一番ショックを受けているのは、他でもない陽菜自身だった。

口と声を震わせ、一番言いたい言葉を言いたいのに呼吸と心臓の鼓動が少女を許さずにいる。

そして気持ちを抑えきれずに、荒々しくも一呼吸挟み掴まれた片腕を振り解いて叫ぶ。

「そんなの絶対ダメェッ!!!」

人志と怪童、二人がぶつかり合うその真の意味。

その事を誰よりも知っているからこそ、陽菜は後ろを振り向いて悲痛の叫びをあげた。

「ダメッ!!絶対ダメッ!!そんな事私が許さないッッ!!私が絶対戦わせないッッ!!」

既に大粒の涙と鼻水で濡れた顔を上げて、人志の目を真っ直ぐ見つめながら陽菜は続けて言う。

「嫌だよ…もうこれ以上私以外の誰かが…私の目の前で血を流して死んでいくのはッ…!!

お父さんとお母さんも…一緒に育ってきた友達たちも…茜先生も…凍哉も…みんな…みんな私の目の前で死んだッッ…!!

もう嫌だ…嫌なんだよッ!!だからお願いッ!!もう戦わないでッ!!

一番の友達と一番好きな人まで死なれたら…私はもう生きていけないッッ!!!」

苦痛、悲痛、辛苦、愛、想い、慈しみ。

少女は余す事無く全てを吐き出した。

だが、二人の少年は止まらない。

「悪りぃな陽菜…どうやらそうはいかねえらしい…どんなに言葉を並べようがこの馬鹿はもう止まりゃしねえ…

馬鹿の目ぇ覚まさせるには、馬鹿の拳骨しかねえ…だから頼む陽菜…俺にやらせてくれ」

眼前の親友を真っ直ぐ見つめ拳を握りしめながら、人志はそう言った。

だが、陽菜も負けじと説得し続ける。

「ダメッ!!そんなの私が認めないッ!!絶対にやらせないッ!!」

陽菜は涙目のまま両手をバッと広げて人志の前に立ち塞がる。

親友と想い人、二つの尊き存在を失わせぬ為に。

「すまねえ陽菜…あとで詫びはきっちり入れてやる…」

「え…?」

人志は陽菜の頭を撫でるように触れ、己の生命エネルギーを直接送った。

直接譲渡された陽菜は、母の腹の中のような温かく優しい感覚に見舞われた。

「…ひ…ひ……と……し……」

子守唄を聴かされた幼子のように陽菜はウトウトし、瞼を閉じて眠りに付いた。

眠りに付き前のめりに倒れそうになるところを人志はそっと受け止め、片腕で陽菜を優しく抱擁しながら樹達の方へとゆっくり歩み寄る。

「樹…悪りぃけど少しの間こいつの面倒見てくれねえか?」

「え、あ、はい!」

樹は慌てながらも眠っている陽菜を大切に抱えるも、人志の事を心配し尋ねる。

「人志さん…勝てるんですか?今のあいつに…」

樹が心配するのも無理はなく今の怪童は妖魔帝国本部にて陽菜奪還を懸けて戦ったあの頃とは比べ物にならないほど、より強くより巨きくより化け物染みている。

だが、それでも人志は勝ち気な笑みを浮かべ迷いの無い目をしながら返事をする。

「心配すんなって樹…俺は負けねえよ…誰にもな」

そう言って、人志は背中を見せて怪童へと進んでいった。

樹達の目に映った隻腕の少年の背中は、幾たびの戦を経て傷だらけになっている。

だがその傷だらけの背中はとても大きく、とても強く、とても誇らしく見えた。

 

一歩、一歩、また一歩と隻腕の少年は変わり果ててしまった親友の元へと前へ進む。

その目は怪物を討伐しに行く目ではなく、親友として、眼前の超えるべき壁として真っ直ぐ見つめている。

「場所を移そうぜ怪童…ここじゃみんなを巻き込んじまう」

一対一の純粋な果たし合いを申し込まれた怪童は、氷よりも冷たい冷徹な目で人志に反論をした。

「断る…何で俺がてめえの指図に従わなければならねえ

それによ…俺を従わせてえならそんな口八丁よりも良いやり方があるぜ人志…」

そう口にした刹那、怪童の姿が人志の視界から消えた。

すると、柱よりも太く大きい蹴りが一瞬で人志の頬を捉えていた。

「力を振う奴には力で捩じ伏せなきゃなぁッ!!」

数多の怪物を殺してきた蹴りが人志の頭部を襲う。

怪童の上段回し蹴りは確かに人志の頭部を穿った。

だが、人志は怪童の蹴りを身体ごと回転して受け流す。

それだけでなく一撃必殺の蹴りの威力を最大限利用し、遠心力に任せた回し蹴りによる反撃を怪童の頭部にクリーンヒットさせた。

攻守兼備にして電光石火の早技である。

「ッッ!!」

人志の思わぬ反撃に、怪童はたじろいでいた。

「そうかい…じゃあとことん力づくでやらせてもらうぜ

遠慮なくなッ!!」

人志は怪童の蹴りを受け流し口からぺっと奥歯と血を吐き出した後、すぐさま追撃に動く。

怪童は人志の上段回し蹴りをもろに受け、脳震盪を起こしよろめいている。

そこに人志は炎を纏わせた拳を怪童の鳩尾に容赦なく叩き込む。

「ッッ!!!」

その拳は数え切れないほどの戦の数々を超えて不敗の怪物に、今までに無いほどの強さと熱さを感じさせた。

そして、人志は追撃の手を一切緩めずに鋼鉄なんざ比べ物にならないほど硬い腹筋を殴り抜ける。

「オオオオオオオオオオオオオオオッッ!!!」

鉄よりも鋼よりも鬼の腹筋よりも硬く強い腹筋に拳がひび割れ出血し悲鳴を上げながらも、隻腕の少年は己が命を極限にまで燃やし殴り抜ける。

そして、命の炎を纏ったその拳は確かに怪童の腹を殴り抜け吹き飛ばした。

 

人志が繰り出した渾身の一撃に、樹達は開いた口が塞がらずにいた。

だが、人志は先ほどの一撃で身体の中に何かが込み上げ吐いた。

「ガハッ!!」

「人志ッ!!」

人志はバサラとの戦いで己の能力の極致"気炎万丈"に至った時から、既にその身体はひび割れた硝子窓のように傷付き果てている。

そんな風前の灯火の状態の人志がここまで戦っていけている要因は、ただ一つ。

大切な人を守り通しかつての親友を救い出すという、己の胸の内に定めた鉄の掟。

それが原動力となり、人志は辛うじて立っている。

 

「人志さあぁんッッ!!」

樹は今も懸命に戦っている死に体の少年に、涙ながらに叫ぶ。

「勝ってッ!!絶対生きて帰ってくださいよッッ!!人志さんとは、また一緒に卓を囲んでご飯を食べたいからッッ!!

負けたら、絶対に許しませんからあぁッッ!!!」

樹は心底己の力の無さを恨んだ。

一番支えたい人を支え切れないでいる己の弱さに噛み締めていた。

だからこそ、樹は涙ながらにエールを送った。

それは樹だけでなく、愛菜も同じ気持ちであった。

「絶対負けんなよ人志ッ!!もし負けたら拳骨百万回叩き込んでやるからねェッッ!!!」

樹も愛菜も己の力不足に涙ながらもしっかり向き合い、変わり果てた親友(ダチ)を救おうと命を燃やして戦っている一人の戦友(ダチ)にエールを送った。

そして、二人は下を向いている一人の男に促す。

「ほらあんたもッ!!そうやっていつまでも下ばっか向いてないで前見て一言言いなよッッ!!」

「そうですよ伊達さんッッ!!」

二人の少年少女に激しく促され、伊達は舌打ちしながらも目の前の弟子に言葉を送る。

「まあ、せいぜい死なねえように頑張りな…」

いつも弟子に見せる不貞腐れた顔で、伊達もエールを送った。

「何だその態度はアアアアアアアアッッ!!」

伊達の不貞腐れた態度に、愛菜は拳骨を頭に叩き込んで喝を入れた。

頭にデカいたんこぶが出来た感覚を覚えた伊達は、遂に怒り出し愛菜の頭に拳骨でやり返そうとしていた。

「そうかてめえそんなに死にてえか」

「ハァ!?うっせえなやれるもんならやってみろやクソジジイッッ!!

前からいつもそうだけどよおかっこつけて偉そうにふんぞり返ってばっかいてキメエんだよこの悪人ヅラの老害がァッッ!!」

「ちょ、ちょっと愛菜さん何やってんですかこんな時にッ!!殺されても知りませんよおッ!?」

三人の変わらない姿を見て、人志はほんの少しの笑みを零した。

そして、人志は三人に背中を見せて最後の言葉を交わした。

「じゃあ、行ってくる」

隻腕の少年は臆する事無く進む。

底無しの闇と多くの傷を抱えた親友(ダチ)をその拳で救う為に。

 

怪物を止める為についぞ行ってしまった人志の背中をその目に焼き付け、樹達はただ祈っていた。

戦友(ダチ)の勝利と生還を。

(必ず…生きて帰ってくださいね…人志さん…)

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かつての親友の拳によって吹き飛ばされた怪童は、何の抵抗も出来ずただ空を舞い滑空していた。

やがて地に着くと、そこは怪童にとって見覚えのある忌まわしき場所だった。

妖怪達が蠢く魔都・東京から数百里離れた緑豊かな丘。

そこには、かつて妖怪との全面戦争で生じた戦災孤児を救い導く孤児院"カモミール"があった場所。

多くの墓標が列ねる、拭い難い敗北の地であった。

そして、人志も吹っ飛ばした怪童を追うようにかつての敗北の地へと、今再び踏み入れた。

「よう怪童…四年ぶりじゃねえのか?ここに戻ってくるのはよお…」

人志は怪童の目を見て言った後、どこを見渡しても墓標だらけの丘の風景を見渡しながら続けて言う。

「いや、俺もお前を狙ってここに吹っ飛ばしたわけじゃねえんだけどよお…やっぱ何か惹かれちまうのかねえこの場所には…」

陽菜や怪童や仲間達との日常、師の橘茜の厳しくも優しい教え。

幾年分の喜び、辛酸、苦難が入り混じった思い出の数々があった。

妖怪という絶対的な強者によってその殆どを踏み躙られ、多くの血が流れた。

多くの血が流れ敗れ去った恩師と子供達の魂が眠る場所にて、人志は言う。

「けどよお、俺は思うんだ…お前とサシでやり合うにはこの場所以外無え…

お前の溜め込んでいるもん全部残さず吐き出させてやれるのは…俺しかいねえ」

カモミール。その花言葉は逆境や苦難に耐え、その中にて生まれた力で打ち勝つ事を意味する。

多くを失い多くの苦難を乗り越えその限られた命を燃やし、地獄のどん底で苦しんでいる少女をその手で救い出した。

だが、その地獄のどん底でまだもがき苦しんでいる親友(ダチ)が今目の前にいる。

人志は拳を握り締めて、黒く澱んだ目をしている哀れな親友(ダチ)を見つめながら己に言い聞かせる。

 

さあ、あともう一踏ん張りと行こうじゃねえか。

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