「うむ、ご主人、人参を所望する」
メイド服に犬耳に犬の尻尾、動物のような肉球のついた手足。一体、何を目指しているのかわからないカオスな出で立ちのサーヴァント、タマモキャットは僕の部屋に入ってくるなり、突然そんな事を言ってきた。
「いきなり何? 何かあったっけ?」
「可哀想に。ご主人は若くして健忘症なのだな」
「……何か忘れてるかな僕?」
言われて何とか思い出そうとするが一向に思い出せる気がしない。いやそもそもタマモキャットの言う事だ。突拍子もない事である可能性だっておおいにある。
「おうさ。ご主人は忘れんボーイであったか。普段のアタシなら激おこだが、今日はすこぶる絶好調。慈悲深いキャットはヒントをやろう」
「ヒント?」
「今日は7月30日だゾ。さぁ、時計の針を進めるZE!!」
いつの間にか時間制限付きクイズになっていたらしい。時計の針が進む音を自分でチクタク言い始めるタマモキャットを尻目にその日に何があったかを思い出そうと試みる。
7月30日。はて、誰かの誕生日か? マシュ? ダヴィンチちゃん? ホームズ? シオンさん? 室長? フォウくん? ムニエル? それとも他の職員さんかサーヴァントのみんなか? 必死に考えてみるが一向に思いつかない。
「ご主人、ホントに覚えていないのだな ならば、仕方なし。時間切れだしお仕置き決定!」
「ゴホッ!?」
そんな僕にタマモキャットは猫パンチを繰り出す。威力は大した事ないがサーヴァントの繰り出す一撃だ。そのまま後方のベッドに倒れ込む。
「何すんだ!?」
「当然の報いなのだな。キャットは悲しいぞ」
悲しいとか言いつつ終始、ニコヤカなキャットはそのまま僕の上に乗っかり、僕を見下ろし、ニンマリと笑った。
「教えて欲しいか? ん?」
「何だよ、もったいぶらずに教えてくれよ」
「だが実のところ眠くなってきたのである」
「ここで寝るな!?」
「お眠なキャットは法外な見返りを要求するぞ、よろしいか?」
「……まともな願いならいいよ」
「よし、契約成立だな。では教えて進ぜよう。昼寝の後でな!」
「結局、寝るのかよ!?」
ツッコミも虚しくタマモキャットは馬乗りのまま僕の上に寝てしまう。これではまるで抱きつかれているみたいではないか。いや、まるでではなく正真正銘抱きつかれている。
「自由すぎるぞ、このネコ。ネコ? 狐か? いや、犬か?」
何はともあれ、ネコか狐かはたまた犬かはともかく見た目は20代くらいの美少女。思春期真っ只中の僕にはこの状態は色々とまずすぎる。だが何とか抜け出そうとするが、押さえつけられているため彼女のしたから抜け出す事ができない。
不味い。こんなところをマシュに見られた日には口を聞いて貰えないかもしれない。あの素直で純情なマシュにシカトなんてされてみろ、ランスロットよろしく血の涙を流しかねない。
そんな戦々恐々とした心持ちの中、暫くタマモキャットの下でもぞもぞとしていると、くすぐったそうにタマモキャットはゴロゴロと鳴いた。
「う〜ん、ご主人…… オリンピックを一緒に目指すぞ!! え? 種目は何かって? そんなものは決まっている。水泳だ。安心しろ。アタシは獣だが泳ぎは得意だ。平安のカールルイスとはアタシの事よ。ん? カールルイスは陸上だ、だって? ニャハハ!! 細かい事を気にするな、老けるぞ!!
その後も訳もわからない世迷言をBGMにもがいてみるが、抜け出せる気配はなく、5分経ったところで観念してタマモキャットが起きるのを待つことにした。
だが肝心の彼女は先ほどの寝言を最後にスヤスヤと気持ちよさそうに寝息をたてていて、起きる気配など微塵もみせない。
(全くのんきなもんだよな……)
召喚した当初から訳のわからない言動に振り回され続けたおかげで多少は慣れたが、未だにタマモキャットの言動の7割も理解できない。本家本元の玉藻の前曰く、全て理解するには人間をやめなければならないらしい。人間をやめるのは流石に勘弁願いたいものだ。
ふと、彼女が召喚されてからの日々を思い出す。思えば一番最初に召喚したサーヴァントもタマモキャットではなかったか。もうあれから4年だ。色々あったものである。
「ん? 4年?」
そう言えば寝言の一番最初にタマモキャットはオリンピックがどうとか言ってなかっただろうか。当然ながらオリンピックが開催されるのは4年に1度だ。
4年、である。そして、タマモキャットは自分が何かを忘れていると言っていた。
ここまでくればタマモキャットが言いたかった事は鈍い僕でもわかる。
4年前の7月30日。つまり、僕が、僕たちが旅を始めた最初の日。
そして、タマモキャットを召喚した日だ。
(馬鹿野郎か、僕は!!)
そんな大切な日を忘れるなんて。馬鹿もいいとこだ。いますぐ自分の顔を殴りつけたい。
これは不味い。あまりに不味い。言い訳のしようがないではないか。よりによって一番最初に召喚したサーヴァントであるタマモキャットと出会った日を忘れるなんて。いくらタマモキャットでも怒るのも無理はない。
どうする。ここは潔く謝るか? だが彼女に感謝を告げるのに最初に謝るのは如何なものか。ここは思い切って…..
などと、思考を巡らせていくうちに自分の上で寝ていたタマモキャットがムニャムニャと目を覚ます。考えている暇はない。
(ええい、ままよ!!)
「good night ご主人…… 良い朝だな」
寝ぼけ眼をその肉球付きの可愛らしい手でゴシゴシと擦るタマモキャット。そんな彼女に、僕は誠心誠意感謝を込めて言葉を紡いだ。
「いつも、ありがとう。タマモキャット、これからもよろしく」
僕の言葉に彼女はいつもの笑顔で一言。
「おうさ! 任せろ、ご主人!!」
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「それはそうと、ご主人。忘れていたのは頂けない」
「ギクっ」
おしまい︎
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