互いの拳が互いを捉える。
けれど、そのどちらもが捉えた相手を殴ることは出来ていなかった。
『Boost!』
倍加される。
相手の動きが鮮明になってくる。
身体能力の倍加がヴァーリに追い付き始める。
赤の鎧と白の鎧。
対をなすドラゴン。
…その決着は、俺には関係無い。
身体が追い付き始める。
そう、ようやく追い付き始めた。
まだ足りない。
半減を喰らうわけにはいかない。
喰らったら、俺は追い付けなくなる。
どうしたって地力の違いがある。
生まれながらにして魔王の才能があるヴァーリとただの一般人だった俺じゃ見える世界ってのが違う。
だからこそ…俺はそれに食らいつく。
俺だからこそ見える隙がある筈だ。
諦めるな、最後の一秒、一瞬までアイツの一挙一動を見ろ。
触れるだけで発生する半減。
あまりにも発動条件の緩いそれは禁手をすれば空間にまで及ぶ。
ドライグが教えてくれたことだが…なんだそのチート。
俺に勝てる要素が見えねぇな。
『怖じ気づいたか。』
「はっ、冗談…!」
「上手くかわすじゃないか!」
「当たればゲームオーバー。なら、当たらなきゃいいだけだろ!」
『Boost!!』
『ヴァーリ、時間をかけると赤いのがより調子づくぞ。』
「ハハハ、いいじゃないか!ここまで一撃も与えられない相手は初めてだ…!」
迫る拳と蹴りを触れることなく避ける。
無理に攻めるな。
アイツの土俵に立つな。
さっき拳でアイツを捉えて分かった。
こいつに、半端な倍加じゃ駄目なんだ。
…精神世界の時の姉ちゃんの戦いを思い出す。
あの時だって姉ちゃんは、諦めることをしなかった。
皆の絆を束ねて、可能性を引き寄せた。
俺には、シェアはない。
だけど…諦めないことだけは、俺にも出来る。
俺は、ネプテューヌの弟だ!
あの人が諦めないなら俺も諦めちゃいけない!
俺は、超えるんだ!
臆病な俺を、目を背けてきた俺を、泣き虫な俺を!!
限界なんて、誰かが決めることじゃない…俺が決めることでもない。
俺が死ぬときが限界だ。
なら、その限界近くまで俺は…!
避けて、避けて、避け続ける。
魔力も、拳も、蹴りも。
全部を避けて、倍加をする。
倍加の一部を身体の維持に回す。
考えることを諦めるな。
戦うことを諦めるな。
現実を諦めるな。
『相棒、お前は…!』
「避け続けるか。あくまで倍加に徹する…なるほど、賢明だ。」
いつもの俺ならこの緊張を保つことは出来なかった。
仲間がいたから?違う。
姉ちゃんに甘えていた?違う。
前に進んでいたんじゃない。
停滞していたんだ。
ずっと、何かから目を背けて。
終わりにしなくちゃいけない。
次の倍加で俺は…仕掛け──
─一瞬で、拳が俺の腹を捉える。
「………ぇ」
「甘い。」
『Divide!!』
正確に捉えた拳は、そのまま鎧の硬さすら無視して俺を殴り飛ばした。
フェンスを突き破って、空へと投げ出された。
半減、された…!
倍加に慣れてきた身体がほぼリセットされた…!
翼を展開して何とか校庭に着地する。
屋上のほうが回り込みがされにくいから屋上にしたのに…盲点だった。魔力の強化だって出来んのに、それを視野に入れてなかった!
勝てないのか、俺は!
また…また俺は何も超えられずに…!
『何をしている相棒。』
「…ドライグ。」
『お前はもう諦めるのか。俺の知る相棒はまだまだ、諦めが悪い筈だが?』
「……」
『一誠、お姉ちゃんを守ってやるんだぞ。お父さんとの約束だ、出来るな?』
『おう、俺が姉ちゃんを守る!』
そうだ。
─姉ちゃんが謝ったり、泣くことが無いように。
そうだ。
俺…俺の原点は、そこだったな。
ただがむしゃらに努力するガキだった俺は、それでも誰かを守る意志はあった。
空回りして、遠回りをして。
それでもと手を伸ばしてきた。
…ああ、まただ。
俺はまた前が見えてなかった。
まだ、まだだよな。
何回も半減をされたらその倍はやればいいだけだ。
何堅実に立ち回ろうとしているんだ。
俺にそんな綺麗な芸当が出来る訳ないだろうが。
俺にあるのは意地だけだ。
姉ちゃんみたいな誰かを照らして導く星にはなれない。
光ることすら出来ない屑星だ。
だけど!
「諦めたらそこで試合終了だよなぁ!!」
『面倒な相棒だ。そら、来るぞ!』
「ああ。」
『Boost!!』
「さて、半減した上でその分の力を頂いた。まだ戦うか─」
瞬間、地を駆ける。
視認できない速さじゃない筈だ。
…俺が避けることに専念していた速さなら。
龍の鎧ごと、殴り抜ける。
「ぐ、おぉ…!?」
何を思い違いをしているんだ、兵藤一誠。
お前に出来るのはこれだけだ。
何が避けに専念だ。
自問自答の連続。
それだけ俺が迷っていた証拠。
振り払え、迷いを!
「俺に出来るのは攻める事だけだったな。らしくねぇことをした。」
「く、ハハハ!そうか、まるで獣だな…!」
「ああ、俺はそれでいい。
獣のようでも、俺はそれで!」
さっきの戦い方を馬鹿馬鹿しいと吐き捨てろ。
俺の努力は無駄にならなかった。
俺に出来るのはがむしゃらなまでに相手を殴り、蹴り、ぶっ飛ばす事だ。
ごめんな、母さん。
戦いになると俺は荒い事しか出来ねぇ。
「こっからが本当の戦いだぜヴァーリィィ!!」
吼えろ、どこまでも獰猛に。
ドラゴンよりも凶悪に。
強くなれ、超えろ。
目の前の存在を、超えろ!
『BoostBoostBoostBoostBoost!!』
俺の意思に呼応するかのように連続で倍加が始まる。
肉体維持に回し、殴り掛かる。
身体能力という点において、今の俺は今までの敵、味方全員を上回っている。
姉ちゃんでさえも、今の俺に追い付けない。
俺の意地をお前にぶつける!!
・
・
・
表情は見えないが、獰猛な笑みを浮かべているに違いない。
恐ろしいものだ、これが想いの生み出した形の一つか。
或いは…これこそが一つの極致か。
俺が凄まじい程に冷静な戦いをするとすれば、こいつは凄まじい程に獰猛な戦いをする。
…ああ、なるほどな。
ここまで来ると俺とお前は対極だ。
なるべくしてなった、ということだろう。
運命、引力と言い表すしかない。
白龍皇と赤龍帝…この二つは必ず出会う運命にある。
そう聞いたことがある。
これ程迄に運命を感じてたのはネプテューヌと出会った時以来だ。
こいつの戦い方は…野生的な戦いだ。
本能を引き出し、それにほぼ同化する事により圧倒的な戦闘力を得ているのか!
化け物め…それだけで俺に迫る程になるとは、感服する他ない。
これがこいつの可能性か。
絆はネプテューヌに渡したと言いたいのか?
「オラァァ!」
「チッ…」
半減するにしても、下手に触れれば腕が吹き飛びそうだ。
ドラゴンの…それも、赤龍帝のオーラを拳に纏わせてそれを攻撃に使っているのか。
まさか…覇龍を使えるのか?
魔力を放ち、距離を取ろうとするが…
「しゃらくせぇ!!」
「無茶苦茶な奴め…!」
腕を振るい、その衝撃波で魔力を消した。
そして、その脚力で以て俺に接近し近接を仕掛けてくる。
覇龍の一部を引きだして…いや…違うッ!
コイツ…それすらも本能か!?
力すらそれでねじ伏せているというのか、この男は!
『我々よりも原初の姿に近い男…何が奴をそうさせるのか。』
「ああ…だが、奴の心はただ一つが原動力だ。」
誰かを守る。
その一点に尽きる。
だが、その心を今は殺す事によりただ俺一人を潰しに来ている。
ああ、それでいい。
俺もそうでなくては本気が出せん!
お前を倒し、俺はより高みに進もう!
拳と拳がぶつかり合う。
『Divide!!』
『Boost!!』
(こいつ、倍加が…!?)
早い、従来の赤龍帝の籠手を超えている。
神器の在り方すら変えたというのか?
システムそのものに喧嘩を売り始めたというのか…!
なるほど、規格外だ。
想い一つ、などという生易しい物ではない。
執念或いは妄執とも言うべき物。
必ずその境地にたどり着くという願望。
それはこの世界においてある種の力に他ならない。
この世界が想いを起点に強くなる世界だとすれば、こいつの想いはそれを起動キーとして現状ある壁を超えているにすぎない。
「なるほど…つまり、この戦いは…!」
「そうだ、この戦いは…」
「「
その言葉と共に互いの顔に拳が届く。
そして、両者共に後ろへと吹き飛ばされる。
俺は校舎の壁を幾つか突き破りながら。
イッセーは地面へと転がりながら。
ガラガラと瓦礫を押し退け、飛び出す。
駄目だな、彼に感化されているようだ。
イッセーもまた立ち上がって地を駆ける、
「俺は、俺を!」
兵藤一誠…見誤っていたのは俺だった。
認めよう、お前は俺が出会った
下手な防御は逆に不利だ。
わざとくらって半減した方がいい。
「超えるんだぁぁぁぁぁ!!」
「来るか…!」
拳に赤いオーラを纏う。
物にしたのか、それとも無意識か…
とんでもない奴だ。
成長率というものではない。
これは…変質だ。
神器その物を変えている。
何を守れるか、未だ迷うソレは迷いを振り切るように拳を振るう。
また半減をしようと自身もまた拳を振るおうとし──
「─!!」
避けた。
…何だ、今の悪寒は…?
俺の腕が、もがれる光景を幻視した。
何かを、掴もうとしていた…?
目の前の赤を見る。
溢れんばかりの闘志。
…その中に殺意が見え隠れしている事に俺は気付いた。
「お前…!」
「ヴァーリィィィ!!」
赤が迸る。
何度めの倍加だ。
どれだけ奴は自身の限界値を超えた?
『ヴァーリ、まずいぞ。』
「分かっている…!」
何度も振るわれる拳を横から攻撃を当てることで安全に半減をしていく。
余分な力が光翼から排出される。
この男…どこまで獣に堕ちていく気だ…!
「兵藤一誠!それ以上同化するな!」
「ォォォ!!」
くそ、駄目か。
…何処からだ?
何処からアイツは自分を限界までその身を堕とした。
純粋な一騎討ちに割り込んでくるか怨念ども…!
・
・
・
拳を振るう。
拳を振るう。
拳を振るう。
半減をされてもすぐに倍加をする。
足りない。
まだだ、まだやれる!
─おいで
もっと倍加をしねぇと届かねぇ!
更に速く、更に力強く!
もっと…迫れ!
─おいで、おいで
『相棒!!?』
何だよ、ドライグ?
ヴァーリに拳を振るう。
避けられる。
「兵…誠…!…同…な!」
ヴァーリが焦りの声で俺を、呼ぶ。
降参か?認めないぜ!
まだまだお前もやれんだろ!
─おいで、おいで、おいで
にしても、何だこの声…?
ヴァーリも何かを感じてるのか?
少し身体を動かすのを止め…
止め…
─だめだよ
止まらない…!?
ど、どういうことだよ!?
『相棒、それ以上獣になるな!!』
どういうことだ!?
獣って…そりゃ確かに獣みたいな戦い方でもいいから追い付かないとってなったけど…
『何…逆手に取られたか!』
─おいで、おいで
声がより強くなる。
頭に響く…!
身体は勝手に動くし、しかも…何だ?
殺すつもりで動いていないか、俺の身体。
─おいで
頭が痛い…!
割れるような痛さが俺を襲う。
それに呼応するように俺の動きはより獣のように執拗になってヴァーリを攻める。
誰だ…俺とヴァーリの戦いに…!
『こんな時にか…!相棒、気をしっかり持て!飲まれるぞ!』
─こっちにおいで
何かに引き摺り込まれるような感覚。
でも、身体はまだ勝手に動く。
何だ、これは!?
くっそ…俺は、こんなところで誰かのお陰で勝てた、なんて結果は要らねぇ!!
『相…!諦…な…!!』
─コっチにオイで
赤い手のような物が、俺の顔、手、足、全部を掴んで引きずり込んでくる。
必死に抵抗するが、力が強くて意味をなさない事に気付く。
…これは、何だ?
─ころせ、コロセ
頭に恨みや憎しみといった負の感情が流れ込む。
頭痛の酷さが増した。
抵抗する力が弱くなる。
そして、俺はそのまま…
何処かへ引きずり込まれた。
・
・
・
目を覚ます。
…暗い。
どこまでも暗い空間だ。
心なしか、寒いと感じた。
何処だよ、ここ。
学園…じゃねぇな。
いや、俺はこれに似た場所を知ってるぞ。
そう、姉ちゃんが精神世界に行った時の場所に酷く類似している。
まさか、ここは俺の精神世界…?
ならあの赤い手は…
どういうことなんだ…
何にしても、戻らないといけない。
「ドライグ?」
…反応はない。
ドライグとの会話も出来ないなんて心細いな。
くそ、ここはどうやって戻るんだよ!
妄想でもすりゃいいのか!
─おいで
「っ、またこの声か!誰だよ!」
俺の声が木霊する。
そして、少ししてそれは現れた。
ぐちゃり。
その気持ち悪い音と一緒に赤い人の形をした何かが地面から沸き上がってきた。
更に質の悪いことにその顔の部分は目玉が一つだけという吐き気を催す程の気持ち悪さだった。
「お前か…!」
─こっちにおいで
「…」
言葉が通じてない。
意志疎通が出来ないのか?
…何にせよ、それは俺にずっと、おいでと語り駆けてくる。
優しそうな言葉に見えるが、その実…何にも宿ってない。
「ドライグもいねぇけど…お前を倒せば脱出できんだろ!」
殴り掛かる。
しかし、赤い何かは拳をすり抜けた。
…手には、何もついていない。
いったい、コイツは…?
─この子とおいで
「っ!?」
そいつの手には──
─姉ちゃんが抱えられていた。
何で、姉ちゃんがここに!?
いや、それよりも…
こいつは…!!
拳を握りしめていると、姉ちゃんが身動ぎする。
「うっ……」
「ねぷ姉ちゃん!!」
「ねぷ…?あ、一誠…ああ、一誠だ!」
ねぷ姉ちゃんは嬉しそうにその手から離れて俺の所まで駆け寄ってくる。
何もしてこない…?
目玉はじっとこちらを見ている。
姉ちゃんは涙すら見せて俺に抱き付いてくる。
「よかったよ一誠!皆、皆が…!」
「皆がどうした!?」
「シャルバに捕まって、それで…私はこの人…人?まあいっか。
この人に偶然助けられて…!」
「そう、だったのか?」
シャルバが来たのもそうだけど、こいつが味方だったなんて。
見ず知らずの俺たちを助けてくれたってのか。
それとも魔王様の知り合いか?
「一誠が操られてる所を助けてくれたんだ!
そう、なのか…?
思い違い、か?
赤い何かを見つめる。
─いっシょにいテあげて
気持ち悪いけど、いい奴、なのか?
姉ちゃんは、本当に感謝してるっぽいし…
困惑が俺の頭を支配する。
どういうことなんだ…
赤い何かから目を離すと、赤い何かが俺の前まで一瞬でやってくる。
「うわっ!?」
「だいじょーぶ!この人は助けてくれたからいい人だよ!」
「…そうなのかなぁ。」
赤い何かは手を伸ばしてくる。
優しそうな目になっている。
……
─こっちにおいで いっしょにおいで
「一誠、一緒に行こう?皆を助けないと!」
「……」
─『相棒!気をしっかり持て!』
ドライグは、何か知っているようだった。
何かの危機を察知していた。
そして、俺をここに連れ去ったのはこいつだ。
…でも、目の前のこいつは俺と姉ちゃんを助けようと…
手は俺の手の方まで伸びてくる。
どういうことなんだ?
俺は、信じるべきなのか?
…でもねぷ姉ちゃんは本物だ。
喋り方も気配も、簡単に真似できるもんじゃない。
ドライグと俺の思い違い、か…
─おいで あぶないよ おいで
心配するような目。
ねぷ姉ちゃんも俺を見ている。
…そうか。
なら、仕方ないよな。
姉ちゃんだからな、仕方ないよ。
「一誠?」
「ああ、悪い悪い。そうか…あんた、ありがとな。」
─おいで おいで こっちにおいで
「その方が良さそうだしな…」
俺は差し伸べられた優しい手を掴んだ──