パンドラ戦、その終わりです。
ゲオルグ先生、やっちゃってください。
鏡をいくつも展開したパンドラへ魔法陣をざっと20は展開し、そこから放たれる雷、炎、氷がパンドラへ襲い掛かる。
鏡がパンドラを守るように動き、魔術を防ぐ。
その際に、防いだ鏡も割れる。
絶霧の特性も得た鏡は防御面において俺の絶霧程ではないにしろそれに近い性能をしている。
長期戦になると俺の方が不利だ。
だからこそ、大人げなく往かせてもらう。
元来、魔術師とはそういうものだからな。
鏡と魔術による攻防。
パンドラは自由には動けない、そうするために普段はやらない燃費のよろしくない一斉射撃を行っているんだからな。
効果が出ていることを確認し、自身を中心に霧を展開する。
だが、それは俺に魔術がなければの話だ。
俺の魔術と絶霧が合わさることにより、攻防一体のフィールドを作り出すことが出来る。
「…絶霧…私の…」
「お前のではない。
お前のそれは似ているだけの紛い物だ。
霧から鏡に特性が変わった、な」
パンドラは絶霧に適合した。
が、あくまでそれは絶霧のほんの一部だ。
霧を媒介にするのと鏡を媒介にするのではかなり違う。
鏡は物体であることもそうだが…一番の欠点は消費の大きさだろう。
絶霧の一部と追憶の鏡を同時に扱う以上、燃費は最悪といってもいい。
それを行使できているのは一重にパンドラの精神力の高さか。
神器が成長するようにパンドラもまた歪な成長をしている。
「鏡の世界は驚愕した、封じたがな。
ただ、お前も立っているのは辛くなってきているだろう?
その様子だと、休息を取っていないと見た。
頼光はお前を酷使する外道に成り下がったのか?」
「頼光様を悪く言わないで。
私は、私の判断でここにいます」
「…まだお前は子供、学ぶべき立場だろうに。研鑽すら出来ずに、何処へ行くというんだ…」
やるせないとはこういう感情なんだな。
俺が絶霧の一部を奪われなければこうはならなかった。
だからこその尻拭いだ。
お前は頼光に依存しているとはいえ、英雄派の中では特別丁重に扱われていたな。
可愛がられていた、というべきか。
俺もお前に授業をしたことがあるのを覚えている。
まだ、曹操と頼光が袂を別つ前、俺達が愚者だった頃だった。
『…ここまでで分からないことは無いか?』
『……』
『…頼光』
『すまない。…パンドラ、どうなんだ?』
『…ない、です』
『そうか。無いそうだぞ』
『聞こえてる』
頼光がいなくてはマトモに意見も出せなかったお前がそこまでの自我を取り戻したか。
…嫌な成長をしてしまったな。
自我が回復するのはいい。けれど、その矛先が結局あの男にだけ向いているのは…な。
「ならば、教鞭を振るった俺がお前を正す」
「あなたも、私から光を奪う…ゲオルグ…先生、あなたも…」
パンドラは顔を歪めて霧に隠れる前の俺を睨む。
先生、か。
そう思ってくれてはいたんだな。
ならば尚更だろうよ。
そう思い、俺は攻撃を再開しようとするが…
「鏡よ、万物を写し出せ…
さあ、あなたの目に写る鏡は誰を写し出す?あなたに希望は与えない、絶望があなたの終着点」
鏡が輝き出す。
その状態で禁手だと…!?
形振り構わずか!
手を止めるべく、魔術を行使しようとし──
─殺気を感じた俺は真横に壁を作り、しゃがみこむ。
土の壁は拳によって砕かれ、砕いた本人の姿が露になる。
「…馬鹿な、まだ再現する余力が残っているのか!?」
そこにいたのは、白龍皇…ヴァーリ・ルシファーだった。
「俺と、戦え…戦えぇぇぇ!!」
「チィ!」
転移を行使して距離を取る。
何だこのヴァーリは!?
俺の知るヴァーリとは……いや、似てなくはないが。
それにしたって闘争本能に身を任せすぎだ。
まるでそれ以外を削ぎ落として………?
…そういうことなのか?
鏡が写すのは本人だけではない、物語にあるようにその者の本性、一部すら写し出す。
だとすれば?
これは、ヴァーリという男の戦闘狂の側面だけを写し出した偽物だとすれば…
いや、勝てない。
俺では致命的に相性が悪い。
今でさえ、攻撃を避けるために必死に防壁、転移、妨害をしているものの効果は見られない。
防壁は力ずく、転移すれば距離は一瞬にして詰められ、妨害は潜り抜けられる。
「オォォォォォッ!!!」
「調子に乗るな…!」
魔力で作成した鎖をヴァーリに放つ。
当然、破壊しようと動くが絶霧と俺の相性は抜群だ。
破壊されそうになる鎖を転移させ、裏を取る。
動作が間に合わないヴァーリは縛られる。
だが、5秒も持たないだろう。
それでいい、その短い時間がお前を倒す。
「炎よ、焼き尽くせ!」
最大火力で魔力を投入する。
まだ余裕はあるが…くそ、派手に動けんな。
拘束しているヴァーリへ業火を放つ。
行使する俺でさえ熱を感じる程の炎だ。
鎧の無いお前ならば…!
『Divide!』
半減の能力が使われ、炎の威力が落ちる。
だが、それでもだ!
その威力を殺しきれまい!
その間に、準備をしなくては…!
掌握した鏡の世界にアクセスする。
…全員無事か、よし。
もう一仕事してもらうぞ……ッ!
兵藤一誠に頼るのは難しいか…ならば…いや…他の消耗もデカイな。
だとすれば…
ふと、焦りすぎな自分に気づく。
…まだ危機的状況ではない。
ヴァーリの偽者…確かに強いが倒せない絶対ではない。
……よし。
鏡の世界のそいつに対して外に出るように転移を行使。
かなりの無茶ではあるが、やむを得まい!
「──えっ?」
ネプテューヌの二人目の妹、ネプギアがこちらへとやって来る。
目を白黒させて状況の把握が間に合っていないネプギアが辺りを見渡す。
武器は手放してないな。
「ネプギア」
「あ、ゲオルグさん!何とかなったんですね!えっと…ゲオルグさんが呼んだんですか?」
「そうなる。もう一仕事いけるか?」
「もう、一仕事?」
「まだだぁァァァァ!!」
「ッ!!?」
振るわれる拳にネプギアは自身の武器で防ぐ。
そして、こちらに視線を寄越さずに相手を見る。
「この人、ですか?」
「そうだ、少し任せる。術者を俺が倒す…その間、耐えてくれ」
「分かりました!ゲオルグさんに近付けさせません!あと一度だけなら…!」
「頼むぞ!」
ネプギアがパンドラを視認すると、ヴァーリを弾き飛ばす。
距離を取ってくれたのか、ありがたい。
パンドラはネプギアを忌々しそうに見た後に俺を不機嫌そうに見つめる。
「…先生は、私が嫌いなの?」
「好き嫌いの話ではない。善悪の話ならまだ分かるがな。
お前のやろうとしていることはお前のためにもならないし、こちらのためにもならない。正しいだけが人の本質ではないが…だとしてもだ。俺を教師と思うのなら、生徒らしく言うことを一度は聞いてくれないか」
「…あの女神が、私の光を、消そうとしている。
頼光様…私の、光……フォス…ああ…フォス…救ってくださったあの人の為にも、私があの女神を倒すの」
フォス…覚えている。
頼光も同行させて曹操と共に教会を襲撃した時だ。
といっても大々的に動くわけにもいかなかったので、せいぜい天使陣営には何者かに襲撃された、くらいだろう。
その時だったか…パンドラを発見したのは。
地下を発見した時、嫌な予感がすると言った頼光はいの一番地下へと向かっていった。
いくつもの地下室には子供が収容されていた。
何名かは精神が死に、生きていることすら哀れな状態であったが…パンドラはその中ではまだマシな部類だった。
『誰…?』
光を映さない虚ろな瞳が俺達を見つめたのは覚えている。
俺と曹操は周囲を警戒し、頼光が子供たちの保護をしていた。
当然ながら、子供を連れたまま他の用を済ませることはできない為撤退を余儀無くされたが…パンドラを連れる時に一度暴れた。
『嫌、いやぁ!フォスを、フォスを置いていかないで!!
私から光を奪わないで!!汚い大人!フォス、フォス!私のフォス!』
…死体に、呼び掛けているようにしか見えなかった。
子供の死体は若干腐りかけていたが、パンドラはそれを気にせずに抱きついた。
依存していたのだ、死体に。
フォスと名付けられる子供の死体に。
『…すまない、俺達が遅かったばかりに…』
頼光の悔しげな声を覚えている。
子供に対して真摯に向き合う頼光はパンドラの目にどう映ったのか。
いつから依存先をフォスという死体から頼光へと移ったのかは分からないが、この時が切っ掛けなのは間違いない。
…フォスの死体は回収した後に埋葬した。
今も、四人だけしか知らない場所に安らかに眠っているだろう。
「依存するなとは言わない。俺もまた、魔術に対してある種の依存があるからな。だが、お前は外に目を向けない…向けなさすぎる」
パンドラの今の姿は哀れだった。
俺が憐憫を抱く程に、今の生徒の姿は見ていられない。
精神を保つため、他者に心を委ねるのは…良くないのだ。
怖いのだろう、外に目を向けるのが。
辛いのだろう、汚いものを見ることが。
だから逃げる。
仕方の無いことだ、それが人間だ。
自己防衛本能が働いてもおかしくない程、心を壊された少女。
「俺には、お前を救えない」
お前を救えるのは、誰なのか。
いや、何なのか。
誰かを引き合わせれば、それに依存するのか。
何かを見せれば、それは晴れるのか。
分からない。
だが、ここで終わっていい命ではない。
雷を放つ。
パンドラの鏡によって防がれる。
追憶の鏡としての機能は俺相手では死んでいる。
そして、パンドラの表情にはだんだんと焦りが生まれてきた。
「かなりの無理をしているな」
「どうして、先生、どうして?どうして私の邪魔をするの?
先生は、酷い人ね」
「ああ、否定はしないとも──所詮、魔術師は外道の集まりだ」
「汚い、大人ね」
「そうだとも。お前は少々…煤けてしまったな」
魔術と鏡による攻防は俺が有利であった。
パンドラにはもう喋る位しか出来ないだろう。
鏡の動作が鈍くなっていってる。
ヴァーリを鏡写しで出したのも足を引っ張っているのだろう。
…何事も相性だ。
俺一人ならばヴァーリを出された時点で負ける。
しかし、絶霧と転移を駆使すれば勝ちの可能性を持ってこれる。
仲間、その要素こそが俺を優勢へと持っていった唯一の要素。
ネプギアを見やる。
「ブルーソニック!!」
「ハハハハハ!!」
…早く鋭い剣舞と、拳脚の乱打がぶつかり合う。
魔力による自己強化をしてるのか奴の拳と脚に傷はない。
半減もある筈だが衰えのない動き…彼女も女神、か。
視線を戻し、パンドラを拘束すべく動く。
残りの魔力を少し残し、パンドラの全方位を魔法陣が囲う。
「…っ」
「降伏しろ」
「…私は、頼光様の、為に…──」
そこから先を言わせるつもりは、俺にはなかった。
「お前の理想を押し付けるな!!」
「…!」
「お前の考えを、奴に委ねるな!
これ以上、現実から逃げるんじゃない!」
声を張り上げる。
柄じゃないことをしている自覚はある。
だが、こいつに今物を言えるのは俺しかいないのだ。
ならば、教鞭を振るった者として諭さねばならない。
声を大にしてそれを否定しなければならない。
俺達を救ってくれた女神のように。
「最後に一つだけ教えてやる。
お前の人生はお前のものだ。フォスという死体のでも、頼光の物でもない!お前の人生はお前にしか歩めないものだ!
いい加減、夢を見るのは……やめろ」
「──うる、さい!」
鏡が俺を挟むようにして出現し、俺を潰そうとする。
後ろに跳ぶことでそれを難なく躱す。
凄まじい音を立てながら鏡は割れる。
「うるさい、うるさい、うるさい!!先生に何が分かるの!!
フォスを、弟を失った私の何が!?私には、あの子しかいなかったの!!あの暗く冷たい部屋で、あの子は私の心を温かくしてくれた!私だけの光!!私だけの、私だけの思い出!」
感情の爆発だった。
両腕を抱き締めるようにして膝をついて感情を爆発させるパンドラに、俺は何も言わずに近付く。
「頼光様が助けてくれた!これで、お父様とお母様の元に帰れる!!そう、思ったのに!!」
『あら、可愛い子ね!』
『お、本当だ。名前は?パンドラちゃんか…可愛い名前だ。
生まれたばかりの子とも、良ければ仲良くしてやってくれないか?』
『……ぇ?』
親の元へと帰す。
頼光が一人でやったことだ。
だが、残酷な結果しかなかった。
パンドラの両親はパンドラのことを初めからいなかったかのように忘れてしまい、新たな子を授かっていた。
教会による記憶改竄…それが原因で起こった悲劇だ。
その後のパンドラの心境は俺には分からない。
ただ、俺が頼光から聞いて分かったのは…
少女の心の拠り所は全て消えた、ということだった。
「神様は私を見捨てた!私は、愛されない子だった!!
フォスを連れていって、お父様とお母様すら私を忘れた!!
あの子は誰!?私はここ、パンドラはここなのに!!
頼光様だけなの、私にとっての最後の光は!」
幸せな家庭すら奪われた少女が壊れるのは当然だった。
…そう、それくらい俺も分かっている。
だが、それでも誰かに囚われたままの人生などあっていいわけがない。
ただ現実を見たくないが為にそうするのは、許さない。
俺が見下ろせる位置にまでやって来たというのにパンドラは何もしない。
何も出来ないのだろう。
ネプギアのいる方向から何の音も声もしない。
殺気もない。
恐らく、禁手が解除されたのだ。
「先生…私は、私はどうすれば良かったの…?」
「…どうすれば、よかったんだろうな」
頼ればよかったなど口が裂けても言えない。
その言葉を言っていい訳がない。
俺にその資格はないのだ。
どうすればよかったのか。
間が悪かったと割りきればいいのか。
出来ないからこうなったのにか。
だから、俺は
「これから、見つければいい」
頭に手を置き、魔法陣を解除する。
こう言ってやることしか、俺には出来ない。
パンドラは涙を止めることなく、俺を見上げる。
「お前は物を知らなすぎる。お前にはまだ時間が腐るほどあるだろう。これからどうするのかを探すなんて、今からやればすぐに見つかるだろうさ。
…そして、それに付き合うのも吝かではない」
「……狡い大人ね、先生」
「魔術師は狡いんだ」
「狡くて酷いなんて、悪い魔法使いね」
「訂正しろ、魔法使いと魔術師は違う。
悪い魔術師ならば許容する」
「…頼光様を、助けてくれる?」
「…どうだろうな。」
「約束してくださらないのね」
出来るわけ無いだろう。
余程の奇跡でもない限り、アイツは死ぬ。
生き残ったとして、三勢力からすれば排除しておきたい存在だ。
どれだけの闇をアイツが知っているか。
それは俺らにも言えることだが…アイツは転生悪魔だ。
となると、俺達よりも秘匿しておきたい物を見てきた可能性はある。
パンドラは、諦めたように顔を俯かせる。
「…私は、殺してくれないのね」
「ならば自殺するか?フォスには会えるだろうな」
「……そうね」
俺はその判断を止めない。
ネプギアは止めるかもしれないが…
パンドラは、鏡を一つだけ出して、自身の顔を写し出す。
「…酷い顔」
自嘲するような声だった。
鏡をしばらく見て、鏡に写る表情が歪み始める。
泣いているのだろう。
「こんな顔で、フォスに…会えるわけない……」
「そうか」
「…申し訳ありません、頼光様。パンドラは──」
「─もう、あなたの希望を写せない」
降伏の言葉だった。
それを言い終えると、糸が切れたようにこちらへ倒れ込んでくる。
それを受け止め、容態を確認する。
…寝てるだけか。
消費が荒すぎる、馬鹿が。
「あの、ゲオルグさん」
「ああ、すまない。突然とはいえ協力してくれたこと、感謝する」
「いいんです!少しでも役に立てたのなら嬉しいです!
えっと、そうじゃなくて…一誠さんたちは…?」
「ん、ああ…そうだな。転移だけでもさせてやらないとな」
そういって、八坂の所へと残りの魔力を使って転移させる。
まあ、鏡を経由してだがな。
魔力が少なすぎて経由しないと出来ないとは…俺も馬鹿か。
どっと疲れたぞ、全く…
「お疲れさまです、ゲオルグさん。その子がパンドラちゃんですか?」
「ああ、詳しいことは戻ってからにしよう。
マトモな場所で休みたい…」
パンドラを背負って何とか立ち上がる。
くそ、魔術師の俺に重労働ばかりさせおって。
俺が若者でよかったな。
向こう一ヶ月は働かん、絶対にだ。
…後は、三人か。
ちなみに、鏡の世界を掌握してなかった場合パンドラとの鬼ごっこをしながらコピー体の相手を強いられてました。
つまり、英雄派を引き抜いたネプ子さんはファインプレーだったわけですね。
裏話みたいなもんですけどね!