すれ違いの結末 作:ビールは至高の飲料
「ん……あぁ……」
プトレマイオスの医務室にあるベッドでフィアラは目を覚ました。
回りを見ると知らない部屋だが、おそらくはZEXISに属するどれかの艦に運ばれたのだろう。
「頭いったぁ……」
熱があるのか頭痛がして怠い。
「うあ……はぁ……」
熱を吐き出すように大きく呼吸をして起き上がろうとしたが、腕に力が入らずに体が支えきれずに倒れた。
なんでこんなにも疲弊しているのか。
「あぁ、そっか。アレの……」
意識を失う前に使った力を思い出す。
「普通のやつと違って、寿命が年単位で縮まるから使うなって母さんが言ってたけど……」
それよりもこの負担の方が今はキツい。
これはしばらくダメだと判断してそのまま睡魔に意識を預けようとした。
そこで医務室の扉が開く。
相手にするのが面倒で寝たふりをしてやり過ごそうと決めて目を瞑る。
というか、本当に意識を保っているのが辛い。
寝返りを打って背を向けようとすると、入ってきた誰かがフィアラの首根っこを掴んできた。
無理矢理相手と視線を合わされると、薄紫色の髪の女性が居た。
「ごめんなさい。貴女には私と一緒に来て貰うわ」
抵抗しようと腕を振るうがあっさりと止められる。
そこで女の瞳が金色に発光し出した。
「そう。君はこんなところではなく僕のところに来るべきだ。イノベイターである僕の、ね」
(話してるのは、別人……?)
突然少年のような口調が変わった相手をフィアラは睨み付けるが相手はソレヲ意に介さない。
「君の力は僕と人類の為に使って貰う。そして君が持つ黒の英知に関しても話して貰おうか」
一瞬、アニューの瞳が金色に発光していたように見えたが、瞬きと同時に普段の赤い瞳に戻る。
見間違いかとも思ったが、熱で苦しそうな顔で自分を呼ぶフィアラにキラの意識はそちらに引き戻される。
「何をしてるんですか!? その子を離してください!」
近づこうとするも、アニューは銃を向けてきた。
もっと広い場所ならどうにかしてフィアラを奪い取ることも可能かもしれないが、障害物もない狭い通路で銃弾を避ける事はキラには出来ない。
「……フィアラをどうするつもりですか?」
「彼女はリボンズの所へ連れていくわ。だって私は、イノベイターだもの」
ロックオン・ストラトスはアニューを迎えに医務室まで歩いていた。
正規のクルーが少ないプトレマイオスは高度な機械化により乗員を抑えており、操舵士だけでなく再生医療を始めとする医療の知識と技術を持つ彼女がこの艦の医務を兼任している。
故に例の少女────フィアラ・フィレスが運び込まれてから身体の状態をチェックしている。
その彼女を迎えに行っているのだ。
この角を曲がれば医務室だ。通路を曲がろうとした時────。
「だって私は、イノベイターだもの」
恋人の、そんな声が聞こえた。
思わず角を曲がる前に立ち竦んで覗くような状態でそっと向こう側を見ると、そこにはキラに銃口を向けるアニューの姿があった。
反対の腕には例の少女が捕まっている。
「……フィアラを放して下さい。その子は具合が悪いんですよ」
静かに、しかし怒りの混じった声で言ってキラは前に1歩前に出た。
それに対してアニューは────。
「ごめんなさい……」
そうして向けている拳銃をの引き金を引こうとして。
「やめろアニューッ!?」
飛び出したロックオンがそう声を張り上げると、引こうとした指が止まった。
「ライル……」
驚いたように目を大きく開けると同時に、アニューが手にしていた銃が弾き落とされた。
「つっ!?」
「おっと。怪我したくなきゃ、余計な真似はするなよ」
「デュオ! カトル!」
フィアラの見舞いに訪れて、横の通路から状況を見ていたデュオとカトルがアニューの拳銃を撃ち落としたのだ。
「手を上げて彼女を放してください。手荒な真似はしたくありません」
カトルがそう警告すると、キラやデュオ達がいる方向とは違う通路にフィアラを盾にする形で逃げようと動く。
「……私の歌は……世界を侵す……」
フィアラの体から出た金の紋様。
色は違うが、アニューの頭には軌道エレベーターの時に、次元獣や落下してくるピラーが灰になっていく光景が思い起こされる。
「っ!?」
反射的にフィアラを突き飛ばすと、キラが倒れる前に抱き止めた。
自分の行動ミスに唖然としたが、すぐにその場を去ろうと走る。
「逃がすかよ!」
デュオがアニューの脚を撃とうと銃が向けるが。
「やめろ!」
「何すんだ!?」
ロックオンがデュオの銃を掴んで阻止した。
その間にアニューはエレベーターに乗り込んでしまう。
このままではマズイとカトルが非常用回線でブリッジに連絡を入れる。
しかし、その行為も空しくアニューはプトレマイオスから脱出していった。
ソレスタルビーイングのMSのデータと共に。
同時にかつての仲間だったクワトロ大尉率いる部隊と遭遇してしてしまう。
キラは未だに熱で苦しんでいるフィアラを医務室のベッドに寝かせる。
心配だが敵が来た以上、自分も出撃しなければいけない。
格納庫に行こうとすると、フィアラがキラの腕を掴んで引き止めた。
「……」
何か言うわけでもなく、かつての後悔を繰り返さないようにと。
「大丈夫だよ、フィアラ。大丈夫だから……」
元々さして強く握られていた訳ではない手はスラリと離れて落ちていく。
眠ったのか、目を閉じて小さく呼吸をするフィアラを置いて格納庫へと急いだ。
イノベイターと合流したアニュー・リターナーは盗み出したソレスタルビーイングのMSデータを引き渡すと、自身もMSで出撃する。
ついさっきまで仲間だった女性と戦う事に躊躇してしまうが、ロックオンことライル・ディランディの必死な呼びかけにより、彼の下へ戻ろうとする。
それを許さなかったイノベイターの首領であるリボンズに操られてライルを撃墜しかけるが刹那のフォローにより、彼女を救い出すことに成功する。
その戦闘の最中、ホワイトファングに協力していたクワトロ・バジーナも再度ZEXISへの協力を決める。
何とか敵を退けたZEXISだが、休む間もなく新たなZONEが出現。
クロウとセツコ、どちらかがその封印の役割を担う事になりそうだったが、意外にもその場に現れたアサキムが自らZONEに封印された。
粗方問題を片付けた彼らは分けられた部隊を合流させようと合流地点へと移動する。
破壊された自分の機体のコックピットでフィアラはS4Uの状態を確認している。
アサキムがZONEに封印されたのと同じ頃に体調が戻ったフィアラは真っ先に愛機へと向かったのだ。
「転移装置は完璧に駄目だ。少なくとも私には直せないなー。飛行機能とステルスが生きてるのは幸いだったけど……」
飛行と言っても、何とかというレベルで、どちらにせよ一度大がかりな修理が必要となるだろう。
ZEXISがS4Uをほったらかしだったのは、パイロットであるフィアラが倒れていた事と機体の損傷が激しく、後回しになっていた為だ。
「どーしよーかなー」
ここまで破壊されたら自己修復機能では直りきらない。多少装甲の皹が修復される程度だろう。
ついでに言えば、今のS4Uを直すような技術はフィアラにはない。
(ここの人達に直してくれなんて頭下げるのは絶対嫌だし、なら────)
この世界から消える前に買っておいたドライフルーツを混ぜた焼き菓子を水で流し込む。すると開いているコックピットの中をキラが覗き込んできた。
「ここに居たんだ。医務室から居なくなってたから心配したよ」
「あぁ。ご心配をおかけしました。熱も下がったし、食欲もあるから大丈夫です」
嘘ではない。
まだ怠さは残っているが、充分動ける。
データを確認していると、メールが届いていることに気付く。
それを見たフィアラは手を止める。差出人はラクスだった。
日付は数日前になっている。
「ねぇ、キラさ────」
ラクスがこっちに居ることを知ってるのかと訊こうとしたがやめた。別に口止めされている訳ではないが、そっちの方が面白そうだと思ったから。
「いや、何でもないです」
「何かあるなら言ってよ。それより、手伝おうか?」
「機体の状態を確認していただけですよ。もう終わりました」
コックピットから出ると軽く伸びをする。
すると今度はデュオとカトル。そしてセツコがやって来た。
「やっぱりここに居たんですね。医務室に居なかったから」
カトルがホッとしたように息を吐く。
キラと同様、医務室に見舞いへ行ったら居なかったので格納庫にまで足を運んだのだ。
「連れ去られそうになった時、助けてくれたよね? ありがとう、キラさんも」
熱で朦朧としてたが何となく覚えている。
「いえ、当然の事をしただけですから」
「それと、私を拉致ろうとしたあの女の人、どうなった?」
「アニューか? 今はブリッジの操舵士に復帰してるが」
「へぇ……」
デュオの返答にフィアラは不快げに目を細める。
(もう私にしたことなんて忘れてるんだろうな……)
有耶無耶にして自分がしたことを無かったことにし、今も平然と笑っていると思うと苛立ちが込み上げるが、どうせ無駄なので考えるのを止めた。
その雰囲気を察してか、セツコがフォローに入ろうとする。
「あのフィアラちゃん。あの人は……」
「いいよ。外野の私がどう思おうと関係のない話。病人の私を連れていこうとしたことなんて、別に罰する程の事でもないんでしょ? この部隊では」
そう言って水を飲む。
数日間熱にうなされて水分がとにかく足りない。
どう分かってもらおうかと考えていると、今度はキラが質問した。
「そう言えばさ。シンが、フィアラに謝ったって聞いたけど……」
話を蒸し返されて眉間に皺を寄せる。
何が納得出来ないのか、という話だろう。
「アレッて、本当に私に謝ったのかなぁ?」
「え?」
「自分の行動を後悔したのか。それとも、自分が誰かに嫌われて憎まれている状態を解消したくて謝ったのか。まぁどちらにせよ────」
都合の良い話だと思う。
正義の味方なら、謝罪すれば復讐が赦されるとでも?
誰かを傷付けたのなら、誰かに嫌われる覚悟くらい持って欲しい物である。
埒が明かないとデュオが話を変える。
「それにしてもお前さん、20日近くも何してたんだ? PMの根城の世界に行ってたんだろ?」
デュオの言葉にフィアラは言っている事が理解できないように瞬きしたが、すぐに理解して返答しようとする。
「こっちじゃあ、そんなに時間が経ったんだ。私が向こうに居たのは精々……近づくなっ!」
拳銃を抜いてセツコ達へと向ける。
しかしその眼差しは更に後ろへと向けられていて。
「あ……」
セツコ達が後ろを向くと、そこには自分を抱くように体を縮こませたアニューが立っていた。