ロクでなし魔術講師と禁忌教典と火拳(ロクアカ×ONE PIECE) 作:迷子の鴉
白猫にカチューシャを奪われ、追いかけるシスティーナ
全身の筋肉をフル活用し、上へ上へと上がっていくエース。
この間、一切魔術を使っていない。素の力だけで建物を登っているのだ。
そして彼は学院の1番高い屋根の先にたどり着き、体を大きく伸ばした。
「いやぁー風が気持ちいいぃー!」
思い切り息を深く吸い込み、風邪を全身に取り入れる。
てっぺんから見下ろす景色はまぁ素晴らしい。丸い形の街「フェジテ」を一望できるから、エースはこの場所が好きだった。
「お、あれ白猫と先公か?」
見下ろす中、学院の広場で自分のクラスの連中が集まっている。
今から、どうやら決闘をするらしい。
両者互いに距離をとり、システィーナの先攻から始まった。
「あ、ありゃダメだな」
エースは呟いた。
グレンの動きを見れば勝敗が簡単に分かる。
思った通り、詠唱する前に電撃を浴びて倒れた。
どっちが? グレンが。
「
エースは先程の流れからグレンが決闘の約束を守る気など微塵もないと分かった。
あの様子だと最初から真面目に授業を行う気なんて無い。約束も適当にはぐらかして無しにするだろう。
しかしシスティーナは未だ諦めていないらしい。魔術師の血統やら誇りでしているものだから、流石のグレンでも破るわけはないと思っているらしい。
当の本人は魔術師としての誇りなど持ってないだろうが。
かくいうエースも
「あ、また始まった。あ、またやられた」
結局。
「いやー粘ったなぁ。まさか47勝負までネチネチと伸ばすとは(モグモグ)」
どこから取ってきたか、クッキーを頬張りながらエースは少し呆れ感心した。
ねちっこかったがまぁシスティーナ相手にあの手は通じる。
「すみません。無理です。許して下さい。もう立てません。ていうかこれ以上続けるとボク、何かに目覚めちゃいます」
「はぁ……」
システィーナは大の字で痙攣するグレンを見下ろしながら、深いため息をついた。
「いやー、【ショック・ボルト】のみでの勝負なんて俺に超滅茶苦茶不利な不公平ルールだからなーッ! こんなルールじゃなかったら俺が圧倒的に圧勝したんだけどなーッ!」
「先生って本当に口が減りませんね」
「そうだなぁ。あそこまでやられて反論するなんて並大抵のやつじゃ出来ないぜ」
というか見苦しく見えるから恥ずかしいと思わないのか。
「と、とにかく決闘は私の勝ちです! だから私の要求通り、先生は明日から──」
「は? なんのことでしたっけ?」
「え?」
「やっぱりな」
エースの予想通りだった。あの先生は約束を守るつもりなどなかった。
「魔術師じゃねー奴に魔術師同士のルール持ってこられてもなー、ボク、困っちゃう」
「貴方、一体、何を言ってるの……ッ!?」
「おいおいあんなこと言ったら後がまずいぞ」
「とにかく今日の所は超ぎりぎり紙一重で引き分けということで勘弁しておいてやる! だが、次はないぞ! さらばだ! ふははははははははははは──ッ! ぐはっ!」
「なんなんだよ、あの馬鹿」
後に残されたのは、しらけきった観客達ばかり。
「まさか【ショック・ボルト】みたいな初等呪文すら一節詠唱できないなんてね」
「ふん、見苦しい人ですわね……」
「魔術師同士の決め事を反故にするなんて最低……」
誰も彼もがグレンを酷評する中、ルミアは心配そうにシスティーナの隣に歩み寄る。
「大丈夫? システィ。怪我はない?」
「私は大丈夫……だけど」
システィーナは険しい表情でグレンが走り去った方を見つめていた。
「心底、見損なったわ」
まるで親の敵のようにうめく。
システィーナはこう見えてグレンという男に一応の敬意を払っていた。グレンは先達の魔術師だ。確かに講師としてのやる気はないようだったけど、同じ魔術を志す者として、それでも何か学べるものがあるはずだと思っていたのだ。
だが、もうだめだ。あの男だけは許せなくなった。あの男は魔術を侮辱している。あの男がこの学院にいる限り、自分とあの男は不倶戴天の敵同士だ。(エース同様)
「グレン先生……」
ルミアは激しく憤る親友を前に、途方に暮れるしかなかった。
「……あれ、エースくんは?」
ようやくルミアはエースがいないことに気づいた。
決闘から三日後。
グレンの評価はだだ下がり。生徒の誰もグレンを気にかけるものなどいなくなった。
だが、当のグレンはなんの負い目もないようだ。のんべんだらりと日々をこなしていた。
やがて生徒達はグレンの授業中に、自由に自習をするようになる。元々学習意欲の高い者達ばかりなので、グレンの授業で時間を無駄にしたくないのだ。生徒達は皆、思い思いに魔術の教科書を広げ、思い思いに勉強に励んでいる。
そんな生徒達の様子を見て、グレンも何一つ文句は言わない。いつの間にかそれがグレンと生徒達との間での暗黙の了解になっていた。
「ガァァァァァァ……」
「エースくん起きて! 今日は意地悪な問題ばかりのハーレイ先生の赤点課題を出さなきゃ、留年しちゃうよ!」
「……俺が言うのもなんだけどよく寝てられるなあいつ」
今日も今日とてエースは寝ていた。
「あ、あの……先生。今の説明に対して質問があるんですけど……」
授業開始から三十分ほど経過した頃、おずおずと手を上げる小柄な女学生がいた。初日の授業でグレンに質問し、あっさりあしらわれてしまった少女──リンだ。
皆がグレンを軽蔑、ないがしろにしても彼女はそれでもグレンに教えをこうとしていた。
「あー、なんだ? 言ってみ?」
「え、えっと……その……今、先生が触れた呪文の訳がよくわからなくて……」
するとグレンは、面倒臭そうにため息をついて、教卓の上に置いてあった本を一冊拾い上げた。
「これ、ルーン語辞書な」
「……え?」
「三級までのルーン語が音階順に並んでるぞ。ちなみに音階順ってのは……」
グレンがルーン語辞書の引き方を解説し始めた時、グレンに関してはもう無関心を決め込むつもりだったシスティーナも流石に黙っていられなくなり、立ち上がる。
「無駄よ、リン。その男に何を聞いたって無駄だわ」
「あ、システィ」
質問をしたリンは、グレンとシスティーナに挟まれて所在なさげにおろおろする。
「その男は魔術の崇高さを何一つ理解していないわ。むしろ馬鹿にしてる。そんな男に教えてもらえることなんてない」
「で、でも……」
「大丈夫よ、私が教えてあげるから。一緒に頑張りましょう? あんな男は放っておいていつか一緒に偉大なる魔術の深奥に至りましょう?」
システィーナがうろたえるリンを安心させるように、笑いかけたその時だ。
一体、何がその男の心の琴線に触れたのか。
「魔術って……そんなに偉大で崇高なもんかね?」
ぼそりと、グレンが誰へともなくこぼしていた。
それを聞き流せるシスティーナではない。
「ふん。何を言うかと思えば。偉大で崇高なものに決まっているでしょう? もっとも、貴方のような人には理解できないでしょうけど」
鼻で笑い、刺々しい物言いでばっさりとシスティーナは切り捨てた。
普段の怠惰で無気力なグレンならば、「ふーん、そんなものかね?」などとぼやいてこの話は終ったはずだ。だが──
「「何が偉大でどこが崇高なんだ?」」
その日はなぜか食い下がり、エースも口を揃えていた。
「……え?」
想定外の反応にシスティーナは戸惑う。
何故、エースも口を揃えてこの話題に口を挟む?
「魔術ってのは何が偉大でどこが崇高なんだ? それを聞いている」
「火や雷、撃つくらいだからなぁ」
「そ、それは……」
即答できない自分にシスティーナは苛立った。
なにより普段無意識に見下しているエースに即答できないなんて。
確かに魔術は偉大だ崇高だとは周りを取り巻く人間がそう連呼するから、そういうものだと認識していた節もある。
「ほら。知ってるなら教えてくれ」
だが、決してそれだけでもない。呼吸を置いて言葉をまとめ、自信をもって返答する。
「魔術はこの世界の真理を追究する学問よ」
「……ほう?」
「この世界の起源、この世界の構造、この世界を支配する法則。魔術はそれらを解き明かし、自分と世界がなんのために存在するのかという永遠の疑問に答えを導き出し、そして、人がより高次元の存在へと到る道を探す手段なの。それは、言わば神に近づく行為。だからこそ、魔術は偉大で崇高な物なのよ」
自分では改心の返答だとシスティーナは思っていた。
だから、返ってきたグレンの言葉は不意討ちだった。
「で?」
「……なんの役に立つんだ? それ」
「え?」
「いや、だから。世界の秘密を解き明かした所でそれが一体なんの役に立つんだ?」
「だ、だから言っているでしょう!? より高次元の人間に近づくために……」
「より高次元の人間ってなんなんだよ? 神様か?」
「……それは」
即答できない悔しさにシスティーナは打ち震えていた。
そんなシスティーナに、グレンはつまらなさそうに追い討ちをかける。
「そもそも、魔術って人にどんな恩恵をもたらすんだ? 例えば医術は病から人を救うよな? 冶金技術は人に鉄をもたらした。農耕技術がなけりゃ人は飢えて死んでいただろうし、建築術のおかげで人は快適に暮らせる。この世界で術と名付けられた物は大体人の役に立つが、魔術だけはなんの役にも立ってないのは俺の気のせいか?」
グレンの言うことはある意味真実だ。魔術を使うことができ、魔術の恩恵を受けられるのは魔術師だけだ。魔術師でない者は魔術を使えないし、魔術の恩恵は受けられない。まるで当たり前のことだが、魔術が人の役に立てない最大の理由だ。魔術は冶金技術や農耕技術のように、その行使が直接的に広く人の益となる性質の技術ではないのである。
そもそも、魔術は秘匿されるべきものだという思想が、大多数の魔術師達の共通認識であり、魔術の研究成果が一般人に還元されることを頑として妨げている。ゆえに今でも魔術は多くの人々にとっては不気味で恐ろしい悪魔の力であり、普通に生きていく分には見ることも触れることもない代物だ。
そう、事実として魔術は人々に直接役に立っているとは言えない。魔術を一般人の俗物極まりない視点で切り捨てた意見ではあるが、それは厳然たる事実だった。
「魔術は……人の役に立つとか、立たないとかそんな次元の低い話じゃないわ。人と世界の本当の意味を探し求める……」
「でも、なんの役にも立たないなら実際、ただの趣味だろ。苦にならない徒労、他者に還元できない自己満足。魔術ってのは要するに単なる娯楽の一種ってわけだ。違うか?」
システィーナは歯噛みするしかなかった。どうしてこの程度の俗物的な意見すら切り返せないのか。圧倒的に言い負かされてしまっているのか。
誇り高きフィーベル家の次期当主として、魔術に全てを捧げてきたこれまでの人生を真っ向から否定されているというのに、何をどうやってもこのグレンという男の言を崩せそうにない。一応、この男は一つの堅い事実の上に論陣を張っているからだ。
あまりもの悔しさにシスティーナが唇を震わせていると……
「低次元か。そこまで言うならお前はそれなりの覚悟を持って口に出しているんだよな」
「…………え」
今まであまり口を開いていなかったエースが突如饒舌になっていく。
「なぁお前が使っている鉛筆や本は誰が作った? いつも食べている食いもんの材料はどこから来た?」
「な、何を言って」
「この学院を作ったのは誰だ。そのレンガを作ったのは誰だ。その窓を作ったのは誰だ」
「何を言ってるのそんなの……」
なぜだか嫌な予感しかしない。しかし問われているのなら答えねば。
「人だ。正確にいやぁ、魔術師。じゃない方だ」
………………!?
なんとなく言おうとしていることがわかってきた。
「俺たちは生きるために人に生かされている。それも魔術師じゃない人間に」
「あいつらは俺たちのために食い物作って、税金払って、建物を建てて、べんきょうする場所を作ってくれてる」
「なんでそんなに優しくしてくれんだ? 決まってる。それがいつか報われるって信じてるからだ」
「近頃また急に騒ぎ始めた外道共の事件。それを終わらせてくれると信じているから」
「不作の時に魔術で救ってくれると信じているから」
「身勝手に奪われた土地を取り戻してくれると信じているから」
「だから俺達は生かされている」
「こんな訳の分からない力で自分たちに襲いかかる奴もいる魔術師を」
「『
「けど俺達はあいつらに何をしてやれた?」
「俺達があいつらにやっていることは」
「ただの穀潰しと……暴力だ」
言葉の羅列に誰も口を挟めなかった。
魔術が人の役に立てていない以上、そういう目で見られるのは仕方ない。先程のグレンの意見がそうであるように魔術師は基本疎まれる存在だろう。
そんな存在が公にされているのもこの帝国の主戦力が魔術師団で構成されているのもある。
「そんなの、あなたの俗物的な極論じゃない!」
しかし黙って認めるシスティーナではない。誇りある魔術師として穀潰しなど暴力を振るう存在と呼ばれたままで言い訳がない。
しかし、
「じゃあお前はさっきまでのことを町のやつらにでかい声で言えるか? お前に魔術師じゃないヤツらのことを低次元と罵る覚悟は、あるか?」
「命を賭ける覚悟、あるか?」
「え……え?」
エースが何を言いたいかわからなくなってきた。穀潰しといい魔術は何かと教えろと言い、意味がわからなくなってくる。
「お前には覚悟がない。お前が言った低次元とかいうことを毎日必死なって金を手にする街の奴らが聞いたりしたらどうなる」
「それは……」
「みんなお前を見限る。こいつは俺たちを助けちゃくれない。俺たちを馬鹿にした。許せない。と思うだろうな」
「そ、れは…」
「そうなったらこの街がお前の敵だ。お前は人を傷つけてでも生きる覚悟があるか? 大勢の人間相手に『私はすごい。あんた達は低俗。だから従え』。っていう覚悟があるか?」
「そんなの……!」
「お前先公との喧嘩の時、決闘だって挑んだよな。別にお前が誰のことが気に入らないだろうが最後に一言」
そしてエースはシスティーナをこの場にいる魔術師達を静かに睨みつけ、怒の表情を浮かべる。
「自分の全てを、命を賭けられない奴が、決闘とか誇りとか軽々しく言ってんじゃねぇ……!!」
ドンッ!!
彼の気迫、怒りの声にシスティーナもその他のものも誰も何も言えなかった。
次回、ダメ講師グレンがついに……!?