ぬるり、と何かが顔に触れた気がする。
暫く暗闇を歩いていると、急に前が開けた。
先ほどとは打って変わって、紫色の照明が煌々と辺りを照らしている。
唯一変わらないのは、光を反射している黒い床くらいのものだ。
周りを見渡すと、となりにシルクがいた。
シルクも急な光に驚いたのか、目を瞬かせている。
「うわぁ、目に悪いです」
「そうだな……」
それに相槌をうち、進んでいく。
コツ、コツ、と靴音が反響しているあたりほとんどの扉が閉まっているようだ。
閉まっている扉のなかには、先ほどの宿舎……といえばいいのだろうか。
そこにあった黄色いテープで同じように立ち入り禁止と書いてあった。
暫く進むと、場違いな黒い扉が鎮座していた。
高級そうなその扉の前に、数人の女性が集まっている。
彼女たちにも話を聞こうか……。
「お久しぶりです、榊さん」
一人がこちらに気付き、振り返って会釈した。
黒い髪と同じような色のロングのメイド服を着た彼女は、一度会ったことがある。
灰鳴恵理、メイドをしているらしい彼女とは怪異の中で出会った。
ひどい場所だったが、なんとか戻ってこれた。
「え、お知り合いですか警部。隅におけませんねぇ」
「うるせぇな、ただ異変に巻き込まれた時一緒だっただけだ」
「はい、その節はお世話になりました。改めて自己紹介しますね、灰鳴恵理です」
「メイドさんなんですね!可愛いなぁ」
「ありがとうございます。お察しの通り、メイドをしています」
「貴方も巻き込まれて?」
「えぇ。……あのバラの館のようにならなければいいのですが」
「バラ?バラはきれいよね、エリ!」
すると、金髪の女性が話に割って入ってきた。
「二コラさん、失礼ですよ」
「あ、スミマセン。わたし、クリスティーヌといいます。どうぞヨシナニ!」
元気いっぱいにそういった彼女は、どうやらクリスティーヌ・二コラというようだ。
「外人さんなのに、日本語お上手ですね!」
「ふふん、エリと話すために一杯勉強しましたカラ!」
そういうクリスティーヌは、ゆったりとした薄いピンク色の生地の服を着ている。
「ご職業はなんですか?珍しい恰好ですけど……」
「ワタシ?オペラ歌手をしています!」
「歌手……なるほど」
衣装は歌手であるかららしい。
外国人なのもそれを後押ししているのもあるのかもしれない。
「ア、エリ、彼女も紹介すべきでは?」
「あぁ、そうですね……」
「その必要はありません。自己紹介くらいできますわ」
そう言って出てきたのは、ゆったりとしたシスター服を着た女性だった。
「はじめまして、不祈神守と申します」
ニッコリと彼女―――――《不祈神守》さんは笑った。
「えっと、シスターさん?」
「えぇ、昔はイエス様の教義の元におりましたが、この度新たな思想に目覚めまして」
あ、駄目だこの人、と本能的に悟った。
が、時はすでに遅く。
「貴方もKMM教団に入ってみませんか?新たな世界へ共に参りましょう?」
「不祈さん、やめて下さい」
つらつらと続きそうな教義とやらが続きそうだったのを灰鳴が止めた。
「それじゃあ、不祈さんにも聞いていいですか?」
「はい、私にお答えできるものなら」
「ここへはどうやって?」
「えぇ、そうですわね、KMMにお祈りをしている最中でしたわ」
「KMM……?」
「KMMというのはですね」
「アー、榊さん、先行っていいですよ。彼女何時もこうです」
「あ、あぁ……」
黒い扉の前を去った……。
「この先が体育館ですかね?」
「かもしれないな」
今までとは違う、重めで綺麗な扉は少し隙間があいている。
「誰かいるかなぁ」
重い音を響かせながら扉を開くと、
「あーっ!」
「げ」
「……はぁ」
「赤川さんだ!」
「シルクちゃん!元気だった?」
「もちろんですよ、元気でした」
この赤いロングコートを着ている女は《赤川瞳》。
フリーのジャーナリストで、ある種腐れ縁だ。
俺たちにはできない事を引き受けることも多い。
「なるほどねぇ、君たちも巻き込まれたんだ?」
「お前は日頃から突っ込んでただろ」
「だって楽しいからね」
「そんなことしてると本当に危ないぞ」
「本当にな」
「もう!神室さん思ってないでしょ」
「さてな」
辛辣な態度をとる白衣の男性――――彼は《神室暗夜》。
今は医者をしている――――元警察官だ。
どうやって医者になったのか、何故警察をやめたのか。
それをこの人は話してくれないが、医者をしていることだけ赤川づてに聞いていた。
どうやら、最近ウチにこなくなったのは神室さんのところに入り浸りだかららしい。
「それで、お前たちはどうしてここに」
「私は神室君のところに行く予定だったんだけど、玄関あたりでクラっときちゃった」
「……来るなというに。俺は自室で寝ていた」
「やっぱり、これって誘拐なんですかね」
「さぁな、あまりにも大掛かりなうえに人数が人数だからな。仕事するだろあいつ等も」
「そうですね……」
また、いやな予感がした。
「じゃあ、開けましょうか、体育館」
「もう何人か先に入っていったぞ」
「そうそう!その中にすっごくオドオドしてる後輩君もいたよ?」
「あー……」
「彼奴……」
その嫌な予感はすぐに的中したようだった。