「あついー」
ドアベルが小気味良くも開け放たれた扉の向こうに、逆光になりながら立っていたのは、ここ最近でよく来るようになった島風だった。
「おや、どうしたんだい」
「てんしゅさーん、おみずちょうだいぃぃ」
ふらふらと寄ってきて、カウンターの椅子に座りこむ。
どうやら避暑としてここへ来たらしかった。
「ちょっと待ってなさい」
厨房に入り、水よりもスポーツドリンクのようなものの方が良いだろうと、冷蔵庫から用意する。ついでに冷たいおしぼりも一緒に。
「はいどうぞ」
「ありがとー。うあーおしぼりがきもちいー」
テーブルに突っ伏したままおしぼりで顔を拭う島風。
なんだかこのまま溶けてスライムにでもなりそうだ。
「珍しいねこんな時間に。いつも朝か夕方だったろう?」
「んー、今日はお休みだったから町に遊びに来たんだけどね、すごく暑くて、ふらふら~っと」
「なるほど。熱中症とか気をつけなよ」
「うん。ま、艦娘が熱中症になるのか知らないけどね」
スポーツドリングをぐびぐび飲みながら答える。
確かに。今まで艦娘が熱中症で倒れたという話は聞いたことが無い。
「てんしゅー、ここって一応お店だよね」
「一応というか、れっきとしたお店だけれど」
「いつきても人がいないよね」
「まあ小さいお店だしね」
ここはそんなに大きな店ではない。10人くらい入ればいっぱいになるだろう。年季もそれなりに入っていて、昼間はカフェ、夜はバーとして運営している、自分の城ともいえる場所だ。
だがまぁ立地が悪いのか何が悪いのか知らないが、日に来る客と言えば、ここらに居を構える鎮守府の艦娘たちくらいなものだった。
「まぁ島風はこういうとこ好きだから、このままでいてほしいけどね」
「そうか、なら別にこのままでいいかな。でも島風はもっと騒がしい所の方が好きだと思ってたけど」
鎮守府の元気代表と言えば、やはり島風が旗印だと多くの人が言うだろう。
しかし、ここにいる島風は、わりと大人しい子であるイメージが強い。
「まぁねー。みんなで遊ぶのは好きだけど、たまにはのんびりしたい時ってあるじゃん? そういう時に、ここの、こういう落ち付いたBGMとか、てんしゅの顔とか見るといい感じになるんだよね」
「なんだいい感じって」
でも自分の顔を見て安心してくれると言うのは、なんともこそばゆい感じだ。
「嬉しいことを言ってくれる君にはこれをプレゼントだ」
「おっ、なにくれるのー?」
塩を撒いた皿の上でグラスを逆さまにして、縁に塩をつける。そして、グラスにミントと蜂蜜を入れ、少し潰してからサイダーを入れる。そして上からライムを絞って、お手軽ノンアルモヒートの出来上がりだ。
夏だし、塩もあっていい感じだろう。
「はいどーぞ」
「ありがとー! ……ん、あーおいしー! 塩が案外いい感じだね!」
「さっぱりしていいだろう?」
「うん! これカクテルってやつだよね。なんて名前なの?」
え、名前?
なんだろう……。モヒートのノンアルだからヴァージン・モヒートだけど、グラスの縁に塩をつけるのはソルティ・ドッグだし、でもあれはあれでカクテルの名前だから……?
「……しいて言うなら、ソルティ・ヴァージン・モヒート? 違う名前があったら申し訳ないけど」
「そ、そる?」
「ソルティ・ヴァージン・モヒート。そもそもモヒートに塩を入れるパターンがあるから、厳密に言えばソルティってつける意味はないかもしれないけどね」
そもそも思いつきで作ったものだし、カクテルなんて星の数ほど種類があるものだ。ちょっと入れるものを変えただけで名前が変わる、ある意味奥深い世界でもあるが。
「へー、いいねなんか、お客様に合わせてカクテルを作ったってことでしょ?」
「んんーそれはどうだろう。さっきも言ったけど、ただ単にモヒートの派生ってだけだから」
「それでも島風に合わせて作ってくれたんでしょ? えへへぇ、ありがとね!」
島風の笑顔が眩しい。きらっきらしてる。
でもまぁこんな顔してくれるんなら、またこんな時間を作ってあげたいと思ってしまう。これが父性か。
「さて、それじゃあそろそろ行くね! お勘定は?」
「ん? いいもの見せてくれたからお勘定はなしでいいよ」
「それじゃ悪いよー」
「カクテルは本業じゃないしね。作ったものだってメニューにもないものだし」
「……じゃあ、また今度来た時に何か考えてくるよ!」
なにかとはなんだろう。でも楽しみにしておこう。
「じゃあまた!」
来た時とは打って変わって元気に出ていく島風。やはり島風のイメージは夏の少女だ。元気であってほしいと思う。
しかし、カクテルか……。来る人に合ったカクテルを提供するというのも面白いかもしれない。
島風の喜んだ顔をふと思い出し、少し笑みがこぼれる。
再び静かになった店内には穏やかな音楽が流れ、他にはグラスを拭く音が響いているばかりだった。