勇者と子作りすることになった件ww   作:怠惰戦士

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章タイトルを見て、あっ…(察し)となった人。
しーっ、ですよ?(必死)

読者様の中に何人かエスパーが紛れ込んでいるみたいなので。


上里 千夏の章
芽吹いた感情


「千夏ッッッ!!!」  

 

自分の叫び声で、私は目が覚めた。

 

そして自分が知らず、白い天井へ包帯だらけの腕を伸ばしていたことに気づく。

 

「千夏…」

 

なぜ手を伸ばしていた、そんな問いは愚問だろう。彼の背中を夢で見て、それを追いかけて掴もうとしたのだ。しかし、その手は空を切るのみだった。

当然だ。彼はもう遥か遠く、私の手の届かないところに逝ってしまったのだから。

 

その事実が私の胸に暗く、冷たい大きな穴を開け、自分の存在さえも消してしまいそうな酷い虚無感が襲ってくる。

 

気を紛らわしたい。

私は、首を動かしてあたりを見渡す。飾り気のない白い部屋、ベッド脇に花瓶。そしてこの薬品臭。過去によくお世話になった場所。

 

「病室か…」

 

「そうですよ」

 

独り言のつもりだったが返事が返ってきた。

目を動かせばいつのまにいたのか、ひなたが部屋の入り口のところに立っていた。

 

「目が覚めてよかった…若葉ちゃん、4日も眠ったままだったんですよ?」

ひなたが、早足で近づいてきて涙ぐみながら私の手を握る。だが私はその手を握りかえすことが出来なかった。

 

「心配、かけたな」

 

「ええ、本当に。数十本の骨折と、複数箇所の筋肉の断裂。それに内臓もダメージを受けていました。かなり、無茶をしたんですね」

 

「いや…」

 

「若葉ちゃん?」

 

迷う。ひなたに言うべきか。

だがやっぱり言わねばならないだろう。生き残った者の責任として。

 

「ほんとうに、無茶をしたのは、千夏だ…。彼が命を投げ捨てて戦ってくれなかったら今の私達はいなかった」

私がそう言った時、ひなたの顔が一瞬だけ深い悲しみに染まり、すぐにいつもの穏やかな顔に戻った。

 

「ああ、そうですか。やっぱり…」

夏樹ではなく、千夏と言ったのにひなたに驚いた様子はない。

 

「まさか、気づいていたのか…?夏樹が、本当は千夏だったということに」

 

「はい、神樹化が起こるほんの直前ではありますが」

 

「そうか…お前は自力でちゃんと、気づいたのだな…」

 

ひなたに私はなんと言えばいいのだろう。千夏と長い時間を過ごしたくせに、最後の最後にしか気づかなかったわたしが。

彼女とあわせる顔がない。

 

「ごめん、なさい…ひなた…お前の弟を、2度も…」

 

ひなたの顔を見られなくて、私は顔を伏せながら謝罪をする。たとえ絶交されたとしても文句はいえまい。

 

すると突然、両側の頬を挟まれてグイッと顔を上げさせられた。目の前には、ムッとした顔のひなた。

 

「んグッ…、何を」

 

「若葉ちゃんのことだから、どうせ自分のせい、なんて思っているんでしょう?」

 

「だって、それは事実で…」

 

「全然違います。千夏は自らの意思で若葉ちゃんのもとに行ったんでしょうし、全ては私のくだらない嫉妬が原因なんです。若葉ちゃんが気に止むことはありませんよ」

 

「だ、だが…、というより、し、嫉妬?」

 

「昔の記憶を思い出したんですよね?千夏が車に轢かれる、その前に私が嫌いと叫んだ時のことです。」

 

「あの時の…」

 

「単純な話、私は千夏に依存してたんです。だから若葉ちゃんと千夏が仲良くしてることに感情を抑えられなかったんです。」

 

あの時、ひなたが泣いていたのはそういうことか。

だけど、私はひなたを責めることなどできなかった。確かにひなたは千夏をベタかわいがりしていたし、そんなひなたに千夏もよく懐いていた。

依存するのも仕方がないと思う。幼い頃の千夏は、ほんとうに可愛かったのだ。それこそ、私の弟に欲しいと幾度も思ったぐらいに。

 

「お前の気持ちをよく考えずに千夏と遊んでいた私が、悪い。お前のせいではない。」

そう言っても、ひなたの顔が晴れることはない。

 

「もう、やめましょう。すでに終わった話ですし、これ以上は不毛というものです。他に聞きたいことはありますか?」

 

ひなたの言う通り、どちらが悪いかをいちいち言っていても千夏はもう戻ってこないのだ。私は布団を強く握りしめた後、ひなたに質問する。

 

「今回、樹海の腐食による影響は?」

 

ひなたは事務的な口調でそれに答える。

「巨大な竜巻が起こり、少なくとも5人が亡くなりました。」

 

「5人も…」

進化体はかなり神樹様の近くにまで接近していたし、腐食もだいぶ進んでいた。

だからそれなりに大きな災害が起こるとは思っていた。

だが、やはり死者を出してしまったということで、さらに気分が落ち込む。

 

「なぜ、結界が壊れたんだ?」

 

「大赦の調べでは、神樹様に一部不具合が起こったからだという結論が出ています。」

 

「不具合だと?いったいなぜ…」

 

「それはですね…」

その問いにひなたは言いづらそうに、口を詰まらせて私から目を逸らす。

 

「どんな事実でも受け入れる。言ってくれ」

 

「わかりました…。

その原因は若葉ちゃんの精神が非常に不安定になって、神樹様にもその悪影響が及んだから、だと思われます。今の勇者は若葉ちゃん、ただ一人。だからその分神樹様との霊的回路の繋がりが強くなっていたんです」

 

つまり私の精神が安定していれば、結界が壊れることもなかった…?

覚悟はしていたものの、バーテックス襲来の元凶が私だと知ってまるでガツンと側頭部を殴られたような衝撃を覚えた。

 

「そんな...私の心が、弱かったせいで…」

私の精神が不安定になる。

それは私が勝手に誤解して、千夏と破局したと思っていた間の頃だろう。

私が千夏のことをちゃんと見ていなかったから起こったことだ。そのせいで、千夏を失い人々の中からも死者を出した。

 

項垂れる私に、ひなたが慰めるかのように優しい口調で

「ですが、若葉ちゃんがそうなってしまったのは他の要因が悪く噛んでしまったからだとも考えられます」

 

「他の要因…?」

 

「覚えがありますよね?勇者の力の代償、精神汚染です」

 

「ああ…」

 

「若葉ちゃんが2年前に負ったその代償はあまりにも大きいものでした。和睦がなった時、あなたの精神はすでにかなりの汚染に染まっていた。正直に言えば、いつささいなきっかけで精神に不調をきたし、我を失ってもおかしくなかったぐらいです。」

 

「………」

 

見覚えは、ある。

千夏と深香子やらが仲良くしているところを見て、一瞬で自分の中から制御が全く効かないどす黒い感情が芽生えたし、家に篭っていた時は異様になにもする気が起きずに3日間ぐらいほとんど動かなかった。後から考えてみれば異常なことだ。

でも汚染につけ込まれて、不調をきたした私の精神が弱かったせいなのでは?そうも思ってしまう。

 

「質問は以上ですか?」

 

「ああ」

 

本当は千夏のこともあったが、今は到底そんなことを聞く気分にはならなかった。

 

ひなたが私のそばの椅子に座って、置いてあった果物のバケットからリンゴを取り出した。

「とりあえずりんごでも剥きますね」

 

「頼む」

 

シャリシャリと皮を剥く音だけが無言の空間に響く。私はリンゴを剥く彼女の器用な手つきをぼーと見つめているだけ。

 

「はい、どうぞ」

 

ひなたがそう言って、ご丁寧にもウサギ型に剥かれたリンゴをさらに並べて差し出してきた。

 

「ああ、ありがとう」

 

つまようじでさしこんで、さっそく口に入れる。

だがリンゴを口にした時、私はある違和感に頭を傾げた。

 

「ん?」

 

「どうしました?」

 

「あ、いや…なんでもない」

 

そうは言ったものの、この時にはその違和感の正体に気づいて、ひどくうすら寒いものが私の背筋を這うような、気味の悪い気分を私は味わっていた。

 

………味がしない。

 

本来食べれば感じるであろう甘さを、私は感じれなくなっていた。

 

 

 

 

数週間経って、身体中に巻かれていた包帯もある程度取れたところでようやく退院することができた。

そして今、私は家の鍛錬場にいる。

 

「なにか大きく感じるな…」

 

長年鍛錬を繰り返してきたその場所を私は冷めた気持ちでそれを眺めていた。

入院中もそうだった。私の所に両親だけではなく、他にもたくさんの人が見舞いに来てくれたが、それを嬉しく思う反面私の心は相変わらず冷え切ったままだ。

 

味も感じれずに病院食をただ胃に押し込む日々だったが、それも特段つらいとも思わなかった。前よりも世界が色褪せて見えるせいか。

 

中に進んで、千夏の所定位置だった所に座ってみる。彼が見ていただろう景色を見るも、木版の床と器具の数々が見えるだけ。つまらない。

 

「私にとって、千夏は…」

 

それを見ていて、ふと気になった。

今の私にとって、千夏は幼馴染みだ。だが、それだけで片付けてはいけない気がする。

ならば彼が夏樹だった頃は?少なくとも昔に何の関係もなかったと認識していた夏樹との暮らしは悪くなかった。

 

その生活の中で私は夏樹をどう思っていたのだろう?分からない。その時の感情など怒涛に起こった出来事のせいで忘れてしまった。

 

持ってきた生太刀を引き抜く。

激闘を経た後でも刃こぼれ一つ見当たらない。本当に素晴らしい刀だ。今の私には不似合いにも思える。

 

それを見ていると私と千夏で力を合わせて、最後の進化体を倒した時のことが蘇ってくる。

ーーアイツの手は暖かくて、頼もしくて、触れ合っているとなんでもできそうな気がして…

 

「…ッ!」

えもいわない感情が溢れてきて私はすぐに刀を鞘に納めた。

 

頭を振り、そのかわりに端にかけてあった木刀を手に取る。

 

 

 

 

 

「心頭滅却…」

 

すぐに心を揺らすから、汚染につけ込まれて、あんなことになったのだ。揺らしてまた失うくらいなら刀を振り続けて、心なんて失ってしまえばいい。

 

私は何度も繰り返した型でまずは一振りする。

 

続いて一振り。

 

それをひたすら繰り返す。

 

 

 

 

 

「フッ…!フッ…!」

 

辺りはすでに暗い。ここにきたのは昼だから、まだ半刻しか刀を振り続けていない。

まだ腕も、体力にも余裕がある。

 

 

ぜんぜん足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フッ…フッ…」

周りが明るい。刀をがむしゃらに振り続けておそらく1日が経っただろう。

刀もまぶたもすごく重い。

 

だが足りない。

 

いまだにときおり私の中に千夏の顔が浮かんで、どうしようもなく剣線が鈍る時がある。

 

 

 

まだまだ心を殺すのには足りない。

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ッ、…ッ…」

 

 

 

もうどれくらい時間が経ったなど分からない。ただ自分が腕を動かしていることだけが分かる。声なんて出せる余力はなくなった。

 

 

 

いい感じで追い込めている。この調子だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…ん!」

 

「…ゃん!」

 

何だ?誰かが何か言っている。いや、呼んでいるのか?

 

 

「…ちゃん!」

 

 

ちゃん?

もしかして、千夏か?!

 

急激に意識がはっきりしてきた。

「千夏!!」

 

真っ暗だった視界がだんだんと明瞭になってくる。

 

そして視界に映ったのは、眉を寄せて覗き込むひなたの顔。

 

「ひ、なた…か?」

 

私の声を聞いて、彼女はほっと息をついた。

 

「もう、驚かせないでください…若葉ちゃんが心配になってきてみれば、ここで倒れてたんですよ?あやうく私の心臓が止まるところでした」

 

…倒れていたのか、私は。

 

「う、ぐ…」

ゆっくりと起き上がり、すぐ近くにあった木刀を手に取るが、

 

「…痛っ…!」

手に鋭い痛みが走って思わず刀を離してしまった。見れば、手の平の豆が潰れていた。

 

「何をしてるんですか?!」

すかさずひなたが木刀を取り上げ、私から遠ざける。

 

「返して、くれ…まだ足りない、もっとしないと」

 

「気絶するまで、刀を振って何をするつもりなんですか?」

 

「私の、弱い心を…壊すまで…」

 

その瞬間、バキッ!!!と何かが砕ける音が私の口をつぐませた。

おそる、おそるひなたの手を見ればいくつもの木片がパラパラと零れ落ちているがわかった。

 

では、さきほどのは私から取り上げていた木刀を素手で破壊した音か。

 

……そんな馬鹿な…

 

「は?」

 

あまりの怪力におもわず私が目を丸くしていると、そんな冷え切った声がひなたから発せられた。

 

「バカ…なんですか?いや、若葉ちゃんはお馬鹿さんでしたね。

そんなことをしても、体を壊すだけです。とりあえずお風呂に入ってきてください」

 

ひなたの声音が、まるで何かを抑えるように震えている。間違いなく、怒っている。

 

だけど、私は弱い心を克服すると決めたのだ。これでビビっていれば、私は弱いままだ。

 

「こ、断る…」

 

震える心を叱咤してひなたを睨み付けるが、

 

「わ〜か〜ば〜ちゃ〜ん〜?」

 

ひなたはそれ以上に恐ろしい形相だった。ニッコリと笑っているが額にはいくつもの青筋が。

完全にキレてらっしゃる。

 

「はい…はいります…」

 

抵抗などできようもなかった。

魔王の如き禍々しい威圧を前に私の心は完全に折れ、私はすぐさま立ち上がってお風呂場に直行するのだった。

 

 

■■

 

 

「は〜〜」

 

お風呂で疲れが溜まっていた体を休めた後、無駄に体が火照ってしまった私は短パンとシャツ一枚という千夏との生活では考えられないほどラフな格好で居間に入る。

 

「ちゃんとお風呂に入ったようですね」

入ってきた私を見たひなたが、キッチンでの作業を止める。

 

「ああ、またおまえに余計な心配をかけた。ほんとうにすまなかった」

 

あとから冷静になって考えれば、私がやっていたことはただの自暴自棄でしかないと気づいたのだ。ほんとうにひなたの言うとおり。身体を壊すだけの愚かな行為。

 

「ええ、二度と、もう二度と自分を痛めつけるようなことはしないでくださいね。あなたの体はもはやあなただけのものではないんです。もし、千夏が命を捨ててまで守った意味をまた無為にしようとしたら、私、若葉ちゃんといえども絶対に許しませんから。」

 

真顔でそう言ったひなたの目を、私はたぶん一生忘れることができないだろう。

 

「ああ。絶対に、もうしない」

震えそうになる舌を意地で抑え、なんとか誓いの言葉を返した。

それにひなたはうんと頷いて、笑顔を浮かべる。

 

「じゃあ、話は終わりということで!若葉ちゃんがお風呂に入っている間にご飯を作っておきましたよ!」

 

ひなたは、皿にたくさん盛られた骨付きどりをテーブルに持ってくる。彼女は、そのままテキパキと箸や皿を並べてあっという間に食事の準備を整えてしまった。

 

「さ、食べましょう?」

 

「あ、ああ…」

私も椅子に座り、手を合わせる。

 

「では」

 

「「いただきます」」

 

箸を握るが、私は残念ながら大好物だった骨付きどりを食べる気にはならなかった。どうせ味など感じないだろうし、匂いで食欲が刺激されることもない。そんな私にひなたが念を押すように声をかけてきた。

 

「ちゃんと、食べてくださいね?若葉ちゃん、すごく痩せ細ってしまっているんですから。

栄養はしっかり摂らないと」

 

「そう、だな」

 

箸を伸ばして、とりを掴む。そのまま口に運ぼうとするも

 

「あっ…」

つい箸がプルプルと震えて、取り落としてしまった。なんてもったいない。せっかくひなたが作ってくれたのに。

 

「若葉ちゃん」

そしてひなたが私を呼んだ。間違いなく、怒られるだろう。

 

ビクビクとしながらも、私は俯けていた顔を上げて

 

「むぐっ!!」

ひなたの方を向いた瞬間、口に何かを入れられた。 

 

「あれ…?」

ーーーちゃんと味がする。

口の中に広がる鳥の肉の味。骨付きどりだ。それにどこか見覚えのある味。そうだ。

 

 

………この味付けの仕方。千夏が作っていたものと、とてもよく似ている…

 

呆然とひなたを見れば、彼女はてこりと首をかしげて

 

「おいしい、ですか?若葉ちゃん」

 

………あ。

 

私を見つめるアメジストよりも綺麗な紫紺の目、その仕草。

その時、味を窺うひなたの顔がふと千夏の顔と重なって、

 

『おいしい…ですか?』

 

千夏がひなたのように、骨付きどりを私に食べさせた時のことが頭の中に蘇った。

 

あの時は、千夏の綺麗な顔があまりにも近くにあったもので思わず鼻血を吹き出してしまった、黒歴史ともいえるものだったけど、なんだかんだで幸せだった。

 

 

ストン、と腑に落ちるものがあった。

 

「そう、か。そう…だったんだ…」

 

やっと、気付いた。

 

成長した千夏とはじめて会って、あの微笑んだ顔を見た時からわたしの胸に芽吹いたよく分からない感情。

それは、彼との日々を過ごしていくうちにさらに昂っていった。

 

彼の料理はものすごく美味かった。彼はわたしの代わりにさまざまな家事をしてくれた。彼といるとものすごく居心地がよかった。

 

そして、誰も来るはずのない樹海化した世界で、私が絶望と孤独に耐えきれずに刀を落としてしまった時。彼が駆けつけてくれた。そして傷つきながらも私を守ってくれた彼の姿は、とてもカッコよくて、目が離せなかった。

 

 

そのときにはもうすでにわたし自身を胸から体中を焼き尽くしてしまいそうなほどに、その感情の熱はどうしようもなく高まっていた。

 

 

「わたし、わたしっ、千夏のこと、すき、だったんだっ…!」

 

ーーこの狂ってしまいそうなほどに熱く私の胸を焦がす感情の正体こそが、恋だと、ようやく自覚した。

 

あんなに悩んでいたのに、答えはたったの二文字。

 

こんなに簡単だったのに、今まで気づかなかったなんて本当に馬鹿みたいだ。 

 

ーーーもっと早く気付けば…!もっと、もっと早くに…!

 

ヒントはたくさんあった。

気付いていたら、そもそも結界が壊れることなんてなかったかもしれない。今も千夏の隣で、彼の美味しい料理を食べれていたかもしれない。

 

でもそれはもう後の祭り。すべてが手遅れ。千夏は死んでしまった。

 

まるで世界がぐらついたようだった。

 

「あ、あぁ…」

震える私の手から箸が抜けて、カランと床に落下する。そんな音もどこか遠くで鳴ったようにしか聞こえない。

私は椅子から転げ落ち、床に蹲った。もうそうするしかなかった。そうやらねばこの激しい悲しみと悔恨の嵐に、殺されそうだった。

 

「若葉ちゃん!??」

 

そんな切羽詰まった声がして、ひなたが無様に這いつくばる私を抱きしめた。暖かい。

 

私は彼女に縋り付いて、壊れたラジオのようにどんどん溢れてくる千夏への想いを口にする。

 

「好き…すき…っ、すき…ちなつ…ちなつぅぅぅぅ…」

 

ひなたは何も言わない。ただ私の背中を、好きなだけ泣けというかのようにポンポンと優しく叩いた。

もう、抑えることができなかった。

 

 

「ううーーっ、うわあああああああああああーーーーーーーっっっ!!!!」

 

 

今までに募らせていた千夏への想いが、大きな筵となって襲い来る。

苦しくてしょうがない。痛くてしょうがない。

今まで負ってきた怪我なんかと比べものにならない。

 

私は外聞もなく、ひなたの腕の中で喉が潰れるぐらいに泣き叫び続けた。

涙はあの時にとっくに流し尽くしたと思っていたのに、溢れてやまない。

 

………私に芽吹いたばかりの、ほんの少し甘い初恋は、あっけなく終わった。

 

 

 

■■■■■■■■■■■■■■

 

 

 

 

 

耳を、塞ぎたかった。

彼女の泣き声が途方もない悲しみと悲痛を帯びていて、聞くのがつらかった。

 

今も私の腕の中で弱々しく身体を震わせ、子供のように泣き叫ぶ若葉ちゃん。

彼女を強く抱きしめながら、こみ上げてくる苦い思いに臍を噛む。

 

……あんまり、じゃないですか。

 

若葉ちゃんはかけがえのない仲間を失っても、折れずにずっと人のためと勇者の役目を全うし続けたのを私はそばでずっと見てきた。

だから彼女の家に泊まりにいった時、千夏と楽しげに話す若葉ちゃんを見て、ようやく彼女も人並みの幸せを掴めると思って、安心していたのに。

 

ーバキッ。

噛みすぎて、奥歯が砕けた。だけど、そんなことは気にならなかった。

 

………あの女さえ、あの女さえいなければ若葉ちゃんがここまで憔悴して、自殺まがいのことをするほどまでに追い詰められることもなかった。

あの女が、若葉ちゃんの幸せを容赦なく散らした。

 

…………あの女が、私の可愛い弟を、千夏をあんな変わり果てた姿にした…!

 

 

血の匂いが口の中に広がる中、私の胸に沸騰する、憎しみがついに臨界点を超えた。

 

 

 

……矢見、深香子ぉ…!!!

 

 

私はこの時、初めて人を殺したいと明確な殺意を覚えた。

 

 

 

 




バーサーカー化したひなた。
これはもう逃げられませんわ〜(棒読み)

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