フェンリル   作:氷雨蒼空

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第一話

大戦という世界的な戦いが終結したのは十数年前。その名残を感じさせる雪原地帯の中に嵯峨楓は立っていた。

おおよそ軍人とは思えない見た目の若さは去ることながら、軍服は着ているが線が細い。

もし仮に彼がこの場で魔法発動媒体の杖か短剣等を所持していたならば、もしかしたらちゃんと軍人に見えただろう。

 

もっともこの国は魔法よりも科学に重きを置くために、基本軍人に支給される武器は銃火器類であるのだが。

 

「国境の監視任務って退屈だな」

 

そんなぼやきを口にしながら、カエデは極東土産の和菓子をポケットから取り出しバリバリ食べ始める。

モロコシと呼ばれる砂糖を固めたような菓子で、毎月故郷から段ボールで送られてくる品である。

こんな雪原地帯で菓子でも食べなきゃやってられない任務。

 

休戦協定を結んだ隣国とは言え、ここ10年近く全くの小競り合いもなく、友好的な関係が続いているのだから、この監視任務が形だけであるのは明白。

 

友好国から受け入れた軍事派遣留学生を、軍上層部は体のよい厄介払い先を作り、そこへ期間一杯まで止めておくのが目的ということは、カエデもすぐに気づいたものだ。

 

元々技術士官志望で、この国にはアームジャケットの技術を学びに来たのだが、実のところこの国の技術は近年他の国と比べて劣っており、むしろカエデの祖国の方が技術は先を行っていた。

 

それなのに留学する必要なんかあるのかと言えぱ、一度慣例として行っていた伝統を急に来年から取り止めると言うのも体裁が悪いと言う、これまた理解不能な都合から、新しい留学生は受け入れないものの、一応今いる留学生は期間一杯まで留学させるに止めていただけの話。

 

本当税金の無駄であるといい加減叩かれているのは、カエデの知らないところである。

 

それでもカエデが派遣された先が全く無縁な場所かと言えばそうではない。

 

国境付近には貴重な兵器であるアームジャケットが派遣され、きちんと移動式ベースキャリアーが用意されている。

 

更には一騎当千の戦闘能力を誇るレヴナントも派遣されていた。

 

「本当俺達意味あんのかね」

双眼鏡で国境を覗くことに飽きた同僚ことカインは、見た感じ事務仕事向きのインテリ系な風貌をしている。

 

メガネは掛けているが、極東風の言葉で言えばインテリヤクザみたいな奴である。

もっともここに来たばかりの時から妙にカエデと気があったせいか、こうして日がな一日つるんでいるわけで。

 

「ある。万が一ってこともない訳じゃない。まあ少しくらい見逃したところで、うちにはスーパーウーマンがいるんだろ?」

カエデの質問にカインは思い出したかのようにベースキャリアーの方角に目を向けた。

 

「ああ、レヴナントねぇ。すげぇらしいぞ」

「何が?」

「男みたいな性格で、ちょっと生意気な口を利くと殴られるらしい」

「ゴリラか何かかよ」

カインの説明に苦笑したカエデは、ゆっくりと立ち上がって、ふと何の気なしに双眼鏡をベースキャリアーへ向けてみると、偶然双眼鏡の視界に入った1人の少女と視線が合う。

 

何かの見間違いかと考えたが、もう一度覗いてみると、やっぱり彼女はカエデを見ていた。

 

「どうしたカエデ」

「誰かわかんないけど、女の子と目が合った」

「おいおい。ベースキャリアーまでいったい距離がどれくらいあると思ってんだ」

 

呆れ混じりのため息をつくカインは、そう言ってカエデの肩を優しく叩くと、悪戯でもするように、呆けたカエデの手元の袋からモロコシつまみ食いする。

 

「あま!」

 

 

 

 

 

監視任務の交代と入れ替わり基地に戻ってきたカエデは、夕食までの間の時間にベースキャリアーへと足を運んでいた。

 

「見にきたって面白いものはないよ。ここにあるAJは訓練機を回収しただけのMサイズだからね」

 

第一世代型汎用機ファーティスと呼ばれるそれは、確かにカエデがデータ端末で閲覧したことのあるものだ。

 

他国では魔導技術を盛んに取り入れているが、このブランベルク王国では、財政予算の都合上から魔導技術を全く採用していない。

 

そればかりか、この世界情勢の中で一番の弱小国とも評されている。

 

実のところカエデのような軍事派遣留学生が、今のところ無難とされる監視任務に追いやられるのも、友好国に配慮してのことである。

 

もっともそんなせいじてき事情などカエデにとって知るよしもないが。

 

「祖国も科学技術寄りののアームジャケットが主流ですから。これはこれで俺は好きですけどね」

 

整備チーフのロイドは物珍しいものを見る目でカエデの瞳と髪をみやり、ポンと手を叩く。

 

「ああ! その銀髪と鮮血色の瞳、君は極東からの軍事派遣留学生か。極東と言えば黒髪にブラウンの瞳が当たり前だから、一時有名だったよ」

 

「何で有名か知らないですけど、まあ見た目に関してはよく言われます。染色体異常の病気らしいですけど。モロコシ食べます?」

 

友好の印として砂糖菓子をロイドに渡すと、

 

「あま!」

 

なんとも言えなそうな複雑な顔を浮かべるロイドであった。

 

そんなロイドに差し出した袋に、脇からひょいと手を突っ込む者が現れる。

 

「んだよ。くそ甘いな」

深紅の髪に左頬まで覆った漆黒の眼帯の女性は、モロコシを一つ食べ終えると、もう一つつまみ食いし、いつの間にか袋ごと取り上げていた。

 

「お気に召した?」

「何がお気に召しただ覗き魔。これは勝手に覗いた分の慰謝料だ」

「え? 覗いたのかい君?」

 

ロイドにあらぬ方向に誤解されたカエデだが、カエデは特に慌てるようすもなく、淡々と事実だけを述べた。

 

ある意味肝っ玉が太いというか、平常心が鋼で固定されている。

 

「監視任務の際にベースキャリアーに双眼鏡向けただけですよ」

 

「お前つまんない奴って言われるだろ」

 

悪戯に失敗したのが不満だったのか、少女はつまらなそうに嘆息すると、空になったモロコシの袋をカエデに押し付け、そのまま立ち去っていく。

 

「彼女はレヴェッカ。みんなにはレヴィって呼ばれてるけど、あの子がレヴナントだよ。あれで15歳なんだぜ? 見えないだろ?」

 

ロイドに言われ改めてレヴェッカの後ろ姿を見やるが、身長は170を優に越え、出るところは出て引っ込むところは引っ込んでる、そんなプロポーションを更に美しく見せるような、大胆な露出過多の衣服に、確かに15歳には見えなかった。

 

「今時の子って発育いいんですね」

 

そんなカエデの感情の乏しい間の抜けた感想に、ロイドは心底不思議そうな目を向け、

 

「君、時々面白いって言われるだろ?」

 

不躾とも思える言葉を無意識に口にしていた。

 

 

 

 

「くそ。本当退屈だ。いい加減攻めてくりゃいいのに」

 

翌日の監視任務は少し違っていた。

 

国境沿いを覗き見る仲間が一人増えたのである。

 

「なぁおい。どうなってんだよカエデ!」

 

カエデにそっと耳打ちしてくるインテリヤクザな友人は、若干だが酒臭かった。

恐らく昨日は仲間内で酒呑みながらポーカーでもしていたのだろう。

 

カエデはそんな推測を頭の中で交えながら、少しばかり首をかしげさせ、

 

「こうなってる」

 

「みたまんまじゃねえか! り ゆ う ! 理由だよ! 俺がポーカーで負けている間にお前に何があった!」

 

「やっぱりポーカーか。そして負けたんだな」

 

推測が当たっていたことと、結果が負けであったという答えを知り、どことなくスッキリしたカエデは、満足した気持ちで双眼鏡を覗きはじめる。

 

「おい勝手に納得して勝手に話終わらせるな! なぁ、うちのエースと何でお前しれっと仲良くなってんだ?」

 

「仲良くなってない」

 

「おい、アレ出せアレ! うお! マジかよ。鳥ってあんな交尾の仕方すんのかよ」

 

 

退屈そうに双眼鏡を覗いていたレヴィが、片手をカエデに差し出し催促するので、カエデはその手に袋から出したモロコシを載せる。

 

「って、野鳥観察かよ! ってドコドコ! ちょ、俺もみたいんだけど!」

 

都市から遠く離れた基地では、それなりに欲求は溜まるもので、野鳥の情事にすら興味を抱くほどカインもまた飢えていた。

そうして小一時間でモロコシはレヴェッカの胃袋に全て収まり、空になった袋はこれまたカエデが片付けることとなる。

 

「さあて戻るか。よしお前。今晩今の菓子」

「モロコシ」

「そうそうそれだ。それとトランプ用意しておけ。そうだな。酒も欲しいなー」

 

カインを見てわざとらしく棒読みで催促するレヴェッカに、カインはそっと視線を剃らした。

 

「えーと」

「違法賭博」

 

「喜んで用意させて頂きます!」

 

「俺はオレンジジュース」

「お前は優等生か!」

 

 

 

その日の夜からカエデの部屋は、レヴェッカの溜まり場となり、モロコシの催促が増えたことで、祖国の家族からの手紙に糖尿病を心配する文面が書き加えられ、家族にカエデがモロコシが大好物になったと誤解されることとなった。

 

そんな平和的日常が突如終わりを告げたのは、それから間もなくのことであった。

 

 

 

 

 

 

例えばだ。10年もの間、小競り合いも何もない友好的な形が続いていたとしよう。

政治的な外交戦略の賜物と言えば聞こえはいいが、特に何もしないでそれが続いていることに疑問を感じなかった時点で、盤上では詰んでいたのかもしれない。

 

国境監視という任務は何も片方だけが行っているわけではない。

どこかの哲学者が『深淵を覗けば深淵もまた覗いてる』とはよく言ったもので、隣国はブランベルク王国の動きをよく見ていたのである。

 

もっともそれに王国が気づいた時には、ブランベルク王国とエルテミナ帝国の間に設けられた国境線は、エルテミナ帝国側からの攻撃に晒された後であった。

 

立ち上る炎と黒い煙が無数に上がる中で、敵のアームジャケットが単騎で姿を現していた。

 

エルテミナ帝国製の魔導装備を備えた第二世代型アームジャケット、“ネイルアート”

 

一般的に魔導のシステムを組み込んだアームジャケットには、コアと呼ばれる物が備わっており、そのコアの性能の良さで特殊能力の数が決まってくる。

 

もっともコスト的な理由から、複数の特殊能力をもつアームジャケットは滅多に存在せず、エルテミナ帝国が今回送り込んできたネイルアートも、特殊能力は一つしか有していない。

 

たった一機建造するだけで膨大な金が掛かるアームジャケット。

だがその一機存在するだけで戦局は大きく変わる。

魔導装備もなく、特殊な能力もない第一世代タイプのアームジャケットが複数揃ったところで、この戦いは既に勝敗は決していた。

 

上がる火の手に敵のアームジャケットの攻撃の威力を前に、国境線を守備していた兵士達は最早モチベーションもへったくれもないくらいに意気消沈していた。

 

 

これが戦争。目の前で銃口を突きつけられたような恐怖の中で、この国境線の守備を任されていた指揮官は、最悪の命令を下す。

 

全軍撤退。殿にはレヴナントを使い、持ち出せる物資はできうる限り後方へ運び出すと。

 

 

「カエデ! 聞いたか! てめぇは友好国からの預かりもんだ。後方へ撤退する一番機の車両に載れだとさ!」

 

慌ただしくなっている基地の中で、カインが慌てた様子でカエデの部屋を訪ねてくる。

 

「カインほどうなる?」

「俺か? 俺は・・・・・今回の件は監視任務を行っていた連中に責任の一部が回ってきた。ここの指揮官は監視任務班にも、最後まで残れとさ」

 

悔しそうに顔を歪めるカインに、カエデはなるほどと頷いた。

 

「そうか。なら俺も残る」

 

カエデは背負っていたリュックから必要なものだけ取り出し、そのまま部屋を出ていこうとしてカインに止められた。

 

「待てよカエデ! 何もお前が残る理由はないだろ」

 

「あるさ。友達を置いてここを離れることは出来ない。それに」

 

 

カエデはカインの手を自分の肩から外して真っ直ぐにみやる。

 

 

「勝てばいいんだろ?」

 

 

 

 

 

 

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