フェンリル   作:氷雨蒼空

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第三話

ブランベルク王国。上空から見下ろすと三割の乾いた大地が所々浮かぶ、大平原と山間部と自然に囲まれた恵み豊かな国である。

平時では友好国からの観光もあるほどの穏やかな国は、軍事よりも国内の内政に力をいれているのが国民の生活に現れている。

 

そんな国が隣国からの侵攻を受けたニュースは大陸中を駆け回り、少しばかり国内に不穏な空気が流れている。

 

主だった交易商人達も、明らかに王国を避けるようになり、友好国の中には情勢を見極めようと付き合いに消極的になるなど、明らかに王国に対してのマイナス面が目立つようになってきた。

 

そんな王国の中で、いたって平常運転な者も中にはいる。

 

 

「全く。特化霊装も装備もせず突っ込むなんてバカなの?」

 

王都アルドブルクの軍事基地。その中のラボラトリーで、主任技術医であるローナ=ルーセントとは、目の前のじゃじゃ馬を素っ裸にひんむいて、寝台の上に押し倒すと、彼女の腕や足に針をぶっ指して、治療用の点滴を投薬し始める。

 

見た感じ乱暴な手つきであるのだが、それで正確に血管にぶっ指しているのだから、彼女の医者としての腕は確かなのだろう。

 

もっとも医者としての側面よりも、患者に対しての暴君ぶりの方が目立つのだが、意外とドMな兵士が多い王国軍の中では、その見た目の美しさからマドンナと評されている。

 

二つ名は【ちょんぎるマドンナ(ナイチンゲール)

 

何をちょんぎるのかはともかく、彼女に逆らえば兵士としての尊厳を踏みにじられることで有名で、ご多分に漏れずレヴナントも決して彼女に逆らう馬鹿な真似はしない。

 

「仕方がねえだろ」

「貴方は国の血税で生まれた存在よ。あの時少佐が部隊を引き連れて貴方の回収に向かっていたけど、あんな奇跡的な勝利でもなければ貴女は敵の手に落ちていた。そうなればこの国の損失よ」

容赦ない言葉を浴びせるローナに、レヴェッカはつまらなそうに横向けになり顔を背ける。

 

「へいへい。俺は血税で造られた兵器ですよ」

「そうね。同時に象徴でもあるわ。だからもっと自分を大事になさい。それにしても」

 

ローナは先の戦いでのレヴェッカの戦闘データを確認すると同時に、映像記録を暇潰し代わりに医務室の壁面モニターで再生する。

 

そこに映し出された映像は、レヴェッカを庇うように敵を引き付け、最終的にインフラ施設を利用して敵を倒すファーティスの映像だった。

 

そんな映像を眺めていたところに、ヴェロニカが訪れ、モニターの映像に視線を向けると、

 

「どう思う?」

 

無表情で無感情の声音で尋ねてくる。

 

「普通なら、敵の第二世代を前にして、状況を冷静に判断なんてできないわ。少なくとも王国の男兵士(うちのおとこたち)に、そんな奴はいないわね」

 

率直な意見を口にするローナだが、兵士達が聞いたらショックで寝込むレベルである。

 

「でしょうね。彼に探りを入れてみたのだけれど、彼は幼少から家庭で英才教育を受けているみたい」

「興味深いわね。どんな?」

 

「瞑想を取り入れたメンタルトレーニング。それと心理学の研究を応用した学習トレーニングと、合理性を追求した体力トレーニング。聞いてるだけでもこっちの頭が疲れてきそうな専門学の詰め合わせね。他にも脳科学と認知科学と呼ばれる、未だこちらでは未発達の分野ばかりの研究が行われて、実証されたものを用いてトレーニングに応用しているらしいわ」

 

「まるで人間一人を使った合法実験ね。それで?」

「ご覧の通りよ。我が国やエルテミナ帝国では知られていない知識を知っている。海の向こうの和国は、魔法に関する技術は他国と変わらないけど、学問に関してはかなり進んでいるわ。そんな国から彼が何故留学してきたのか気にならない?」

「興味の域でしかないわ。政治的な慣習だってあるわ。彼がたまたま留学生の切符の抽選をとれたとかであれば、その推測はするだけ無駄だと思うわよ」

 

ローナは換気扇の前に立ち、タバコに火をつける。

 

そんな彼女の意見を耳にしたヴェロニカは、それ以上話題を続けることなくレヴェッカへと視線を向ける。

 

「今日付けで貴女の出向は終わり。イレブンへの復帰よ。それとカエデ=サガは和国からの出向軍人としてイレブンが預かることになったわ」

 

「本当か!」

「ええ。良かったわねレヴィ」

それだけ告げて医務室を出ていったヴェロニカ。

 

あまりの嬉しさにレヴェッカが顔を緩めていると、ローナがじっと見つめていることに気付いて慌てて顔を背けた。

 

「もしかして、そのカエデって子のこと気になってるのレヴィ?」

 

「ち、ちげーよ! アレだ! 一緒に戦った中だし、あいつはお菓子くれるからな!」

 

何だか苦しい言い訳に聞こえなくもないが、それ以上追求することなく、ローナはふと紫煙を吐き出す。

 

(あのレヴィが恋ねぇ。はぁ・・・・・私より先に彼氏作られたら困るわね!)

 

王国軍所属の女性の中で、男性に人気のある女性の7割は独身彼氏無し。この中から必死に抜け出そうとするローナは、レヴィの恋心に焦りを感じ始めるのだった。

 

 

 

エルテミナ帝国からの侵攻を受けたことで、国内軍備の見直しと再編が行われ始めたのは、友好国からの支援の本格的に開始が決定したことが、使者から伝えられた数日後のこと。

 

国内を領として分割してそれぞれ貴族が治めているのだが、その領を治める有力貴族達がこぞって顔を合わせる定例会議。

 

その定例会議で話し合われた内容を報告書類で目にした時、ヴェロニカは思わずその手の中で報告書を握り潰していた。

 

「・・・・豚ども」

 

普段から無表情で無感情の声音だからこそ、その底冷えするような一段と低い声音に、報告書を持ってきたルナリー=ペイシェントは、思わずその場から逃げ出したくなる気持ちに駆られていた。

 

明らかに内容はヴェロニカを不機嫌にさせる内容である。

 

 

「何を考えているのかしら。第11特戦独立機動部隊(イレブン)は、所々の要請を受けてレヴィを出向させ、そのせいでダメージを負い療養中なのに、今度は西側の境界線沿いの安全ルートを確保しろと?」

 

他にも独立機動部隊は存在する。が、この勅命は明らかに第11特戦独立機動部隊を指名してのものだった。

 

理由に心当たりが無いわけではない。むしろありすぎるほどだ。

 

第11特戦独立機動部隊は、先の戦いで唯一特をした部隊である。

それはたまたまレヴィを派遣したことで得られたものだ。

 

そもそもそれだってレヴィを派遣したのは、他の貴族たちの嫌がらせから端を発したものである。

 

国の血税で造られた兵器を保有するだけで、特に何かさせているわけでもないというつまらない言い掛かりからである。

 

確かに国民の視点でなら分かる言いがかりであるが、他の貴族達は自分達のことを棚上げし、下らない会議の場で話題に挙げてきた為に、静かなる猛禽類の如く、ヴェロニカはこれに噛みついた。

 

そしてレヴィを国境の監視任務に派遣し、戦争が勃発と同時に救援に向かい、真っ先に逃げたした指揮官をフルボッコにし、鹵獲したネイルアートも自分のラボへとさっさと持って帰ったわけだ。

 

それだけでなく、ネイルアートを倒したカエデをあの手この手を使い自分の部隊へと配属されるように手を回しもした。

それだってレヴィを助けた恩人でもあり、彼が他の貴族にいいように使い潰されるのを避けるためであったし、国王もそれを察し協力してくれた。

 

その結果がこれである。

 

単なるやっかみ。

 

この一言で片付く大貴族による定例会議の決定に、ヴェロニカ程度の将校が逆らえるわけもない。

 

むしろヴェロニカの更に上である、直属の上司は定例会議で頑張ってくれた方であった。

今は腐った豚達を黙らせるための実積が足りなすぎる。

 

「えーと、ヴァレンタイン少佐、私はこれで失礼してよろしいでしょうか?」

 

恐る恐る尋ねてくる自分より3つも4つも歳上の部下に、考え事をしていて存在をすっかり忘れていたヴェロニカは対策頷いた。

 

「ごめんなさい。下がっていいわよ」

 

ヴェロニカの許しを得たルナリーは、一礼するとそそくさと部屋を退室するのだった。

 

そしてルナリーが警戒していた“八つ当たり”の矛先は、束の間の休息時間を酒とポーカーに費やしインテリヤクザ系の幸薄い上等兵と、事情も何も知らない鈍感系ヒーローへと向けられることとなる。

 

 

 

「さて、やってくれたわねカイン」

 

男達の憩いの場(カインの部屋)では、女性達で構成された警務官達による“ガサ入れ”が行われ、違法賭博と、王国軍の女性士官達のブロマイドの闇売買が摘発されていた。

 

ゲスな者を見る目を浮かべる女性警務官が不機嫌なのも無理はない。

 

王国軍は男の割合が多く、尚且つ出会いは職場である王国軍の中がほとんどであるため、それは一応の身だしなみには気合いをいれるし、好みでもない男達とは言え、それなりにチヤホヤさるたいものだ。

 

そして異性からどう思われているのか気になるのも普通のことである。

 

おまけに軍の中での恋愛は自由であるものの、意外と不倫とか略奪愛とかもあるので、恋愛に関しては軍内部は乱れていることも多い、

 

そんな環境下だからこそ、女性は自分の魅力が余計に気になる。

 

結果、自分達の写真が想像以下の安さで売買されることを知り、更に不機嫌の顔を浮かべていた。

 

ヴェロニカの八つ当たりから始まった男達に対する弾圧であるが、よりにもよって一番ショックを受けていたのはヴェロニカである。

 

「私のプロマイドがたったの5万ベルク。随分安い女に見られたものね。せめて100万なら罪の軽減を考えても良かったけれど、慈悲を与える理由はこれでなくなったわ」

 

「ちょっと待ってください! プロマイドで100万にしたら抱き枕カバーやポスターの値を吊り上げなくちゃならねぇじゃないですか! ・・・・しまった!」

 

「へぇ他にもあるのね? 場所はどこかしら?」

 

そっとカインの顎の下に閉じた鉄扇子を充てて、ヴェロニカは殺意の視線を向けるも、カインは仲間達の決死の仕入れの苦労を思いだし、そっと顔を背けて最期の抵抗を見せる。

 

「本当に大事なものは意外な場所に隠す。抱き枕カバーならリネン室、ポスターは軍の標語ポスターを被せた二重の細工」

「あ! カエデてめぇ!」

 

「ナイスよカエデ」

 

この場に何故カエデが連れてこられたのか、本人は全く理解していなかったが、ヴェロニカ達がカエデの推理力と発想力を宛にしていた。

結果、男達の闇売買用の商品は全て回収された。

 

「そう言うわけでカイン=ハワード上等兵含め、それに関わったお馬鹿な連中には、信頼回復のための任務を与えてあげるわ」

 

「ふざけんな! 俺達のモチベーションを返せ! そしてカエデ! 仲良くなった女性警務官達と合コンセッティングしやがれ!」

 

「仲良く? ただプライベートの端末ID交換しただけだけど」

「それを仲良くなったって言わないなら、俺達軍の男達はどうなるんだよ!」

 

血の涙を流すカインがしきりにカエデの肩を揺らすなか、ヴェロニカは馬鹿を放って話を続けるために、作戦会議室に設けられたモニターに地図を表示した。

 

「馬鹿な話は生きて帰ってからにして頂戴。作戦概要を説明するわ。我々の今回の任務は、この西側の国境線をa地点からb地点に向け北上しながら安全ルートを確保していく。ここを我が国の60陸軍大隊が後に補給線を通す手筈になってるわ」

 

「国境線って、結局敵との国境なんだから安全確保しても意味ないんじや?」

 

カインの後ろの席に座っていたシャイオン兵長が挙手すると、ヴェロニカはカエデをみやる。

 

「カエデ。貴方ならどう考える?」

「この作戦の前にロードマップを。それを推測しなくてはならない。無論そんなロードマップを立てて部下達に情報共有したら、裏切り者が出た場合、全てが無駄になる。この時点でロードマップが出ていないことは、これは何がなんでも成功させなくてはならない。そして、一見無意味に見える作戦だけど、地形図を見てほしい」

 

カエデがそう告げると、ヴェロニカは手元のモニタースイッチを切り替え、地形データを映し出す。

3Dモデルのような立体地形を長めながら、カエデは幾つかの点をレーザーポインターで指し示した。

 

「国境線a地点付近、ここから3キロ西側に並列するようにそって軍事境界線が存在する。ここはレッドゾーン。この線より西側がエルテミナ帝国領。もし仮にこっちから進撃してきた場合、補給線を国境にそって築けば、間違いなく真横から狙い撃ちにされるだろう。だがそれでも得られるメリットがある」

 

カエデはc地点付近をレーザーポインターで指し示した。

 

「このc地点に通信用施設が存在する。こいつを改良した場合の有効射程は、このルートをカバーできる。つまり、この補給線を狙って襲撃した敵のアームジャケットに対して遠距離からの電子レンジ攻撃が可能となる。だがその為には一度安全ルートを確保し、改造用の資材を運ばなくてはならない。逆からc地点へ向かうルートは、アームジャケットはエルテミナ帝国側のレッドゾーンの道を通らなくてはならなく、そうなった場合敵の魔導荷電粒子砲の射程圏内にギリギリ入ってしまう。今後のことも考えこの荷電粒子砲を無力化するためにも、結局この作戦を成功させなくてはならないわけ」

 

地形データが表示されていたルートには、×や○と書かれた幾つものrouteが表示されており、カエデはその最適ルートと任務の性質をヴェロニカの代わりに答える。

 

「見事よサガ准尉。彼の言うとおり、この国境線を制すれば、国境線の三割を抑えたことになるわ」

 

「たったの三割かよ・・・・・」

項垂れるカインだが、ヴェロニカはそれに対して首を横に振る。

 

「たったではないわ。三割“も”よ。正直私達王国軍が世界でも弱小国とされている。軍事国家エルテミナ帝国相手に国境線の三割を制することが出来たら、そるは快挙どころではなく、この戦争を静観している諸国の態度も変わることでしょう。ある意味国の今後がこの作戦に懸かっている。失敗は許されないわ」

 

告げられた言葉の重みに、この場に集められたもの達は緊張の面持ちを浮かべ、押し黙るのであった。

 

 

 

 

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