補給線となる国境線沿いの道の安全確保と資材運搬作戦。
三週間という、意外と長めの準備期間が設けられたの、王国側の財政的な事情を含め、いくつかの理由からだった。本来ならば悠長に準備などしていられないのが事実。
何せ準備期間中に敵から攻められたら元も子もないのである。
が、それも立派な作戦であった。
遡ることブリーフィング当日───
「どういうことかしらカエデ」
「作戦は明日から結構してくださいと言ったんです」
作戦のブリーフィングを行った一時間後、カエデはヴェロニカの執務室を訪れ、作戦変更を打診していた。
「その理由は?」
「内部の裏切り者を炙り出す為。同時に作戦を成功させるための策があります」
カエデは、そう告げるとヴェロニカは困ったように嘆息する。
「作戦は既に上層部で承認されているわ。それを変更するにはそれなりの理由と根拠、そして裏切り者がいる証拠を提示しなければならない。その証拠は?」
「ありません」
「なら無理よ。貴方がこの国の窮地を救った英雄とは言え、それだけで貴方の意見がまかり通るとは思わないで頂戴。話は以上」
忙しそうに書類を手に取るヴェロニカに、カエデは尚も引き下がることなく話を続ける。
「変更をする必要はありません。特戦独立機動部隊には認められている特別条項がありますよね。“極秘任務”とか。自分もそれなりに勉強していますので、そう言うものがどこの国にもあることは知っています。それを認めてください」
「無理ね。結局“後か先か”の話でしかない。事後承諾で上層部が認めなければ、貴方のいう極秘作戦は逸脱した行為。そして貴方は私にそれを許可させるほどの信頼にまだ足りてない。そうね。貴方が帝国のアームジャケットをもう一機撃破するなりなんなりすれば話は別かしら」
「そんなもの許可がおりないなら意味はないですね。ならこうしましょう。少佐は回収したコアの研究に人を割いているそうじゃないですか。聞くところによれば、コアの研究に結果が出なければ、折角改修した敵国の兵器を解析する功績のチャンスを他に持っていかれてしまう」
「・・・・随分と政治に詳しいのね。でもそれは貴方の推測でしかないわ」
「もし解析を成功させたら?」
「そうね。出来るとは思ってないけれど、貴方にそんな時間はあるかしら?」
「今日中に成果を出して見せますよ」
抑揚のない声音のカエデは、自信も不安も読み取れない感情乏しい顔でそう告げた。
───今思えば、始めから彼は頭の中で今に至るまでのことを描いていたのかもしれない。
そんな事を考えながら、今現在目の前にいる少年を無表情の瞳で眺める。
「貴方のご要望通り、資材と人員は揃えたわ」
「有難うございます少佐。・・・・・お言葉ですが寒くないんですか? 時期的に若干寒そうに思えるんですが」
「お馬鹿! 何でそういう指摘するかな! 折角少佐がサービスタイムを披露してくれてるのに!」
軍服の上着を脱いで、ワイシャツ姿になっていたヴェロニカだが、何故かその豊満な胸元を強調するかのように、胸元が空いている。
どうして彼女が自分なりの大胆の格好を見せつけているのかは、上司に挑発されてカエデに色仕掛けをするためだなどと、この場の誰もが知るよしもない。
「貴方にサービスはしてないわ」
「くは!」
目潰しされたカインがその場に転がるなか、シャイオン兵長が不思議そうに一同を見渡す。
「えーと直前まで聞かされなかったんですが、一体何の任務なんです?」
「ウォーキングよ。アームジャケットによるね。詳細は道中に准尉に確認して頂戴」
ヴェロニカの言葉に、同行者に選らばらたレダスとロイドは心底困った顔を浮かべる。
「俺達まで駆り出されるとはな」
「良いじゃない。人が足りてないの。一応は軍事訓練受けているのだから頑張ってきなさい。そういうわけでレヴィ、万全じゃないところ悪いけど同行お願いね」
「カエデの頼みだって言うからな。仕方がねえ。俺がいないと駄目らしいからな!」
どこか嬉しそうにカエデの頭を撫でるレヴィ。
こうしてカエデは極秘作戦へと繰り出すのだった。
※
防寒装備に身を包んでいるとは言え、コックピットの中は若干冷えていた。
暖房機能が壊れている訳ではなく、意図的に切っているのである。
最も密封性が高いので空気循環システムは機能しているのだが、エンジンの排気熱で暖まるような設計になっていないのである。
これぞ技術が遅れた国の兵器。
『なぁ、暖房使っても良くないか?』
シャイオンが寒さに耐えきれずに通信で相談してくるも、
『途中で燃料切れになったらアウトだぞ小僧』
アームジャケットのメカニック兼研究員らしい実に現実味を帯びた言葉に、シャイオンだけでなく、あれこれ理由を考えていたカインも押し黙った。
「たく、鍛え方が足りねぇな」
カエデの乗るファーティスのサブシートに座っていたレヴェッカは、薄着のわりに平然とした顔を浮かべ、カエデの持ち込んだ寒天ゼリーを堪能していた。
「さて国境線だけど、シャイオンが先行し、レダスとカインはついていってくれ。ロイドは少し間隔を空けて後に着いていき、互いの距離を維持したままc地点を目指して進んでほしい」
寒空の下、越冬後期と呼ばれる冬の終わりの季節であっても、国境付近では未だ大地を埋め尽くす雪原の光景が広がっていた。
なだらかな斜面の脇を巨大な石壁が蛇のように続いている。
大昔に造られた国境の防壁は、今もなおこうしてエルテミナ帝国からの進軍を阻むように建っている。
前回のネイルアート、王国軍のコードネームではカロッゾと呼ばれている敵アームジャケットであれば、難なくレーザーで焼き斬ってしまうだろう。
「魔物がいないんだな」
「あん? あぁ、カエデは極東出身だからわからねえのも無理ねぇな。この冬の時期は食えるもんがねぇから冬眠すんのさ。最もいたとしてもゴブリンくらいだ」
「ゴブリンねぇ」
「そ。連中は冬の時期になると集落を襲いに来る。家畜や保存食を狙ってな。他にも女子供と老人が狙われる。女は孕み袋にされ他は餌だな。まぁ今じゃゴブリンの魔石も金になるからってんで、集落にはゴブリン目当てに常駐する腕利きもいる。だからここ数十年はゴブリンによるね被害は滅多に聞かねぇな」
そう言ってサブシートの背もたれに背中を預けたレヴェッカは、膝まで覆うニーハイブーツに包まれた脚を抱え、外の雪景色を退屈そうに眺めた。
そうして雪中行軍が何事もなく完了し、c地点に到着したカエデは、ファーティスが背負っていたコンテナをアンテナ施設へ運び込む。
これで一仕事終えたとばかりに、焚き火の準備を始めるカイン。
それを眺めていたシャイオンは何かを思い付いたとばかりに銃を持ち出してきた。
「こんな冬の時期でもベルク鹿がいた筈だよな」
「ベルク鹿?」
カインが支度した焚き火の前に座ると、カエデは聞き慣れない動物の名前に首をかしげる。
「なんだ。ヒーロー様でもベルク鹿を知らないとはな。ベルク鹿の
旨そうに肉を頬張る仕草を交え、カインが丁寧に説明するなか、
「生食は危険だけど、一度軽く炙れば生肉も食えるんだ」
「まじかよ!」
シャイオンの豆知識にカインが驚き、それを想像したのか口から涎を垂らしそうになる。
「生食の発想はなかったな。むしろ王国で生食されてるのは綺麗な土の畑で取れた秋刀魚とか鯵に、マグロくらいか」
「「ちょっと待って欲しい」」
レダスの言葉にカエデは感情乏しい顔に疑問の表情を浮かべ、シャイオンも驚きを隠せない顔を浮かべていた。
「どうしたカエデとシャイオン。何か気になることでもあったのか?」
「秋刀魚や鯵に鮪は海にいる生き物の筈」
「あははは。カエデは面白いこと言うな。魚は皆 畑で獲れる土属性の生き物だろ。というか海を渡ってきたカエデならいざ知らず、シャイオンまで知らないとは」
「俺の故郷では魚なんか畑で育ててねえょ。まぁ王国でも田舎中の田舎だからな」
肩を竦めて見せたシャイオンは、話もそこそこに立ち上がる。
「そんじゃ取り敢えず鹿でも取っ捕まえてくるよ」
「一人で大丈夫かい?」
ロイドが心配そうに森へと視線を向けるも、シャイオンは得意気な顔で鼻を鳴らした。
「これでも鹿狩りはガキの頃からやっている。熊もその気になれば仕留めるぜ」
そう言って雪が降り積もる森の中へと消えていった。
「中々に逞しい奴だ。さてカエデ、お前の相棒はどうしたんだ?」
レダスが先ほどから姿が見えないレヴェッカについて尋ねてくると、カエデは不思議そうに首をかしげる。
「よく分からないが、ゴブリンを色仕掛けで誘ってしけこんでくると言っていた。どういう意味だ?」
「額面通りに受け止めればアレだカエデ。男と女が二人きりになってやるやつだよ。まぁレヴェッカの場合は間違いなくゴブリン相手に暇潰しするんだろうけどな」
「男と女? 二人きり?」
カインからの情報を元に頭の中でピースを再構成し始めたカエデは、とある少女の如く名推理を疲労する。
「ポーカーか」
「「「どうしてそうなる!!!」」」
普段誰よりも優れた知識と推理力を発揮する少年でも、大人のピンクな事情に関しては無知と鈍感さが目立っのだった。
※
c地点でのキャンプを終えた一行は、その後王国からa地点に向かう途中の街道に展開された小型ベースに戻り、再びコンテナを持ってa地点からc地点を目指すという繰り返しの行軍を行った。1日に一往復というペースで行われる行軍であるが、この作戦で行われているのはコンテナ運送のみ。
コンテナを開封して資材を組み立てることは決してしなかった。
最もこの作戦の意図や目的を知っているのはカエデだけで、他の者達はヴェロニカの命令をただ遂行しているものだと思っていた。
そして不可解なのは、時折カエデ以外の人員が毎日一人は入れ替わることだった。
そうして10日ほどそれが続いた頃。
「そろそろこの雪中行軍の意図と目的を教えてくれないか?」
c地点で手慣れた手つきでキャンプの準備を行うカインの横で、どこか疲れた顔を浮かべるシャイオン。
初日と同じメンバーの中で、回数的にはこの中で多く行軍に参加しているシャイオン。
「意図と目的?」
「とぼけないでくれ。ヴァレンタイン少佐の命令とは言え、この作戦目的を知っているのは君だけなんだ」
シャイオンの若干苛立ちのこもった言葉に、年長者でカエデと同じ准尉階級のレダスがため息をついて割り込む。
「シャイオン兵長。お前は意図も目的も知らなければ命令に従えないのか?」
「詭弁ですよレダス=マールグリッド准尉。下の階級だって進言するくらい認められています。それは隊の責任者だって人間で、時に判断を誤ることもあります。ですが下の階級の者の意見がそれを助けることもありますよね? ですが作戦の詳細を知らなければ」
「極秘任務。だから兵士が詳細を知らなくても、最低限の行動命令だけで実行できるように最適化されている。俺達は決まったルートを通りコンテナを運びこみ、それを繰り返すだけだ。シャイオン。兵長試験を受ける際に、指揮命令課程の講義は受ける筈だが忘れたか?」
「・・・・・覚えてますよ」
「命令に疑問を持つことは大事だが、“誰が”“何のために”“どういう状況で”“誰に”命令したのか考えろ。相手の立場に立つことも必要だ。後は俺から言うことは何もない」
そう告げたレダスは雪の上に敷かれた断熱シートの上に横になる。
「ち!」
どこか面白くなさそうな態度で、シャイオンは立ち上がって銃を背負うと森の中へと向かっていくのだった。
「いいのかカエデ?」
「鹿でも狩りに行くんだろう。本人の気が済むようにさせればいいんじゃない?」
特に気に止めるようなこともせず、カエデは乾燥した冬の空に浮かぶ星を眺めるのだった。
※
「よくぞ参られたプリーシュケルト伯爵」
エルテミナ帝国領土の南西に位置し、ブランベルク王国の西側にあたる国境付近に展開された3000人規模の軍勢。
ノイッツェ=ゼーレバルト伯爵は、長年の盟友でもあるカタール=プリーシュケルトはがっしりと再会の握手を交わして出迎える。
「こちらこそ汚名返上の機会を与えてくれて感謝する」
「ふむ。貴君の配下であるライアン=オニール卿のネイルアートが鹵獲された報告は聞いた。よもや敵にそのようなことが出来る者がおるとはな」
「真偽は定かではないが、劣等種族相手に遅れをとったのは事実。何れにしても我がフライハイの牙を連中に突き立てるまでは死ねん」
「よくぞ仰られた。我がアームジャケットのハンマーヘッドとそちのフライハイが組めば恐るるに足りん」
各国でも特殊能力を有するアームジャケットの保有数は数える程度。だがエルテミナ帝国は各国のそると比べ倍以上の数を有している。
もっともアームジャケットの開発や製造は、貴族達が独自に行っているからと言う理由からなのだが、とりわけ伯爵クラスになると、その配下の者も特殊能力を有するアームジャケットに載っていることが多い。
ゼーレバルト伯爵もご多分に漏れず、その配下である者はアームジャケットに載っているが、今回はその姿が見えない。
「ゼーレバルト卿。貴殿の配下であるカルヴァドス卿が見えないが?」
「レイナは私の変わりに北西のローグ山脈のドラゴン討伐に出向いておる」
「なるほど。帝国将軍からも信頼が厚い若き騎士と専らの噂だがドラゴン討伐か」
「何れ私の跡を継ぐであろう。実に有能な騎士だ」
誇らしげに語るゼーレバルトは、どこか父親のような顔を浮かべ笑みを絶やさない。
「して作戦開始はいつ頃で?」
「ふむ。忍び混ませている草の報告では、小癪な細工を始めているようだ。連中はこれよりおよそ10日後辺りに国境に沿って行軍を行い、我々を倒す秘策を決行するとか」
「もしやそれは・・・・・・」
「ふむ。恐らくだがネイルアートを鹵獲した時に行われた何かであろう。その兵器らしきものがこの場所で組み立てられるらしい。ここを襲撃し、敵の目論見を阻止した後、ここを機転に侵攻作戦を行う」
ゼーレバルトが地図を指し示した場所は、王国軍のアンテナ施設のある場所であった。
「成る程! ではもしかしたらそこへネイルアートと戦った第一世代が現れるかもしれませんな」
「うむ。だが万が一のことを考え部隊を二分する。我が部隊はこのまま直進し、壁を破壊して王国を目指す。プリーシュケルト卿にはこの場所の制圧を行って貰いたい」
「感謝する」
深々と頭を下げるプリーシュケルトの肩に、ゼーレバルトは首を横に振る。
「数少ない昔ながらの盟友だ。さっさと連中を叩き潰して祝杯と行こうじゃないか」
「そうだな」
男達は再び固い握手を交わし、それぞれの機体へと乗り込んで行くのだった。