フェンリル   作:氷雨蒼空

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第六話

補給部隊の進行路の安全確保任務まで残り10日と迫る中、カエデ達がベースからa地点へと到着し、いつも通りの布陣でc地点を目指し始めた頃。

 

「無数の敵意が感じられる」

 

コックピットの中でレヴェッカが何かに反応するように、国境沿いの防壁を睨んだ。

 

「数は?」

「わかんねぇけど沢山」

 

大雑把にそう告げるレヴェッカに、カエデはレヴナントが感覚に優れた生き物であることに理解を示しつつ、その勘を信じて機体の動きを止めた。

 

「どうすんだよ」

「恐らく敵は二分している。情報は漏れている筈だから、敵はアンテナ施設にも向かっている筈だ」

 

「このまま向かえば壁を突破してきた部隊に挟み困れる可能性もあるな」

「もしかしたらそのまま直進してベースがやられるかも。何にしても敵はそのまま王都に向けて直進し電光石火の攻略を狙える。王都にはエルテミナ帝国の第二世代を食い止める兵器はない。王都にたどり着かれたら終わりだ」

 

 

カエデのファーティスが防壁に向き直ると、異変に気付いたカインが通信回線を開いて来る。

 

『おいカエデ、急に立ち止まってどうした?』

「作戦変更する。四人はそのままベースに戻り王都に報告を。敵が攻めてくる」

 

『わ、わかった。でもどうするんだよ!』

「ここは俺が時間を稼ぐ」

 

カエデのファーティスが防壁に向けて移動するなか、

 

『一人じゃ大変だろ。手伝うぜ』

 

シャイオンのセカーテが背後に随伴する。

 

「敵は第二世代。遭遇すれば生き残れないと思った方がいい」

 

『でもお前は生き残っただろ? ヤバくなったら逃げるさ』

 

軽いノリでそう話すシャイオンに、カエデは小さく嘆息しながら、それ以上何も言わずに機体を移動させる。

 

 

仲間達と別れ移動を開始してから、天気はいつの間にか猛吹雪に変わっていた。この行軍を開始してから初めての悪天候に、

 

『本当、敵の歩兵部隊には同情するぜ』

 

心底うんざりした様子でシャイオンが口にする。それに関しては同感だと思いつつ、カエデは視界が悪い中で防壁の輪郭を確認すると立ち止まった。

 

 

『どうした?』

 

「思えば不思議だったんだ」

 

カエデはファーティスをセカーテに向けて振り返らせると、そのコックピットハッチを開けて姿をさらした。

 

『なんだ急に?』

 

「裏切り者はお前だ。シャイオン=アルベール兵長」

 

唐突な裏切り者扱いに対し、シャイオンは怒るわけでも困惑するわけでもなく、最初こそポカンとして表情を浮かべた。

 

そしてシャイオンもコックピットを開けて外に身を乗り出すと、その耳にインカムを充てる。

 

『どうしてそう思ったんだ?』

 

その顔は猛吹雪の中でもよくわかるほど笑っていた。

 

「簡単だ。お前はこの国の出身じゃない。最初にお前は一つ失敗を犯した。最初の鹿狩りの際に発砲音が森に響かなかった。それは森にいるゴブリンをおびき寄せるから使わなかったんだろう。だが鹿の死体の傷にも気を配るべきだった。あの鹿はエルテミナ帝国兵に用意させたもの。魔法、それも風魔法の刃で斬った切り口だった。エルテミナ帝国兵士が使う魔法の刃は、風を圧縮し高速で回転させる術式が主流だ。そのせいで断面はどうしても削られたようになってしまい、ナイフで斬った時の切り口と大きく違って見える」

 

『へぇ。よく見てたじゃないか。でも俺が魔法を使える可能性もあるだろ?』

 

「使えるなら何で軍に報告しない? お前の兵長試験の際に提出された書類に記載されてなかった。レダスが調べたよ」

 

そこでもシャイオンは驚くこともせずに肩を竦めて見せる。

 

『それだけで俺が裏切り者って思ったのかい?』

「鹿肉を生で食べる発想。エルテミナ帝国はかつて放浪する流民だった。その際に野生肉を生で食べる習慣があった。エルテミナ部族独特の習慣だ」

 

『・・・・・何で生肉を食べる習慣があったと思う?』

 

「さあ」

 

『エルテミナの部族は強者が全て。真に強い者は生肉を食っても生き残るだろう。そんな下らない理由で生食を行ってたんだ。本当にくだらねえ理由さ』

 

自嘲気味に笑っているそれは、既に自分が裏切り者であると認めているものだった。

 

それを静かに眺めていたカエデに、シャイオンは銃を突きつけた。

 

『俺の生まれはこの国境の先さ。エルテミナ帝国では弱き者は最底辺とされる。それが例え貴族の息子であろうとなんだろうとな。俺は不幸にも生まれた時に高熱を発して弱者認定され、弱者が身を寄せあって生きる集落に棄てられた。年の半分は雪に埋もれる大地で、作物を育てるのもままならない環境で、俺達は魔物すら食って生きてきた。その結果がこれだ』

 

白の迷彩柄の軍服の胸元を開け、シャツをビリビリに破いて見せた胸元は、その一部の皮膚が水晶のような、赤黒いもので覆われていた。

まるでこびりつくフジツボのようなそれに、カエデは頭の中の記憶から知識を引っ張り出してくる。

 

 

「魔石症。魔物は体内の魔力の元である魔素を排出する術を持たない。それ故に真珠貝が体内で真珠を生成するように、魔物は魔素を蓄積して魔石とする。人間が魔石を宿さないのはそういう生体構造をしていないから。まあ胆石とかあるけれど、取り敢えず大抵の人間は魔法として魔素を外に放出するか、野菜を食べることで食物繊維が便と一緒に魔素を出すからだ。お前のそれは魔物を食べ、魔素を排出する以上に過剰摂取した結果だな」

 

 

『本当、お前は博識だな。そういうことだ。お陰で俺の命は長くない。でもな、ここで帝国に貢献すれば集落にいる妹に少しくらいの財産を残してやれる』

 

「家族を連れて亡命しようと考えたことは?」

 

『は? 第二世代アームジャケットも保有せず、蹂躙されるのも時間の問題の国にか? 冗談よしてくれ。それこそこっちのセリフだ。こんな国に肩入れせずにさっさと国に帰れば良かったものを。せめてもの情けだ。投降しろカエデ=サガ』

 

猛吹雪が二人の横っ面を叩くなか、最初に動き出したのはシャイオンではなかった。

 

そしてカエデでもない。

 

 

森の中にじっと潜んでいた何かが、高速でセカーテの脚部を走り登り、あっという間にコックピットへ到達すると、目の前で軽くジャンプすると、その腕に脚を絡ませてねじり倒す。

 

『ぐああああああ』

 

関節を決められ押し倒されたシャイオンの悲鳴がインカムから聞こえた後、

 

『制圧完了だ相棒。つうか、いい加減待ちきれなくて動いちまったよ』

 

数メートル先で得意気に手を振るレヴェッカに、カエデは肩を竦める。

 

 

『くそ! こんなこたしてもなぁ! もう遅いんだよ! 今頃連中は』

 

 

「侵攻作戦ならとっくに知っているさ。この辺りで動いてくれるようにお前を通して誘導してたんだよ」

 

『な!?』

 

驚きに絶句するシャイオンだが、心当たりがない訳じゃなかった。最初に気付いたのならどうしてその後も黙って鹿狩りに偽装していた情報流出を見逃していたのか?

 

「そもそも俺達が運んでいたのは“アンテナ資材”じゃない。地形を見て気付かなかぢたのか?」

 

『何だって?』

 

 

カエデがタブレット端末を取り出すと、はるか先のc地点に向かう複数の光点が表示されていた。

 

 

「さて。いい加減エルテミナ帝国に気づいてもらわなきゃいけない。彼らが本当に戦っている相手が何者なのかをね」

 

そう告げるとカエデはインカムで別の誰かに連絡をとり始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

ブランベルク王国軍のアンテナ施設へと侵攻を開始していたカタール=プリーシュケルト部隊。

歩兵の数はプリーシュケルトが引き連れてきた物資運搬人員を含め500人程度。

猛吹雪の中の行軍であるために、その歩行速度は遅いものの、カタールの機体のフライハイが先を行き足場を均していたこともあり、順調に進んでいた。

 

「このゲイルペール山脈の山間は天候が荒れると聞いていたが、ここまで酷いとはな」

 

標高1000メートルを越す急勾配の山の麓を突き進んでいると、登り坂の先にアンテナ施設を発見する。

 

「アレが敵の秘密兵器のあるところか」

 

一体どのような兵器なのか皆目見当がつかないプリーシュケルト伯爵であったが、蓋を開けてみて有用そうであれば接収し、ゼーレバルト伯爵に今回の礼として差し出すのもいいだろうと考えた。

 

 

だが、もしかしたら罠かもしれないと警戒も忘れない。

 

一度前進するのを止め、様子を伺おうとした時だった。

 

アンテナ施設の前に一機のセカーテが立っていた。

 

『お待ちしておりました。今現在ここにはブランベルク王国の部隊はおりません。今のうちに兵器の回収を』

 

セカーテからのオープン回線に耳を疑ったプリーシュケルト伯爵だが、事前にゼーレバルト伯爵が内部協力者の話をしていたことを思い出す。

 

「そうか。貴殿が協力者であるか。では今そちらに向かう」

 

再び全軍前進の合図を行い行軍を開始した時、セカーテが突如斜め上方に向かってアサルトライフルを連射する。

 

「何事か!」

 

 

『いやぁすみません。でもこれ以上前に来ない方がいいぜ』

 

「我を謀ったか! 第一世代ごときで劣等種が!」

 

そこで通信機に割り込んでくるものがいた。

ノイズ混じりに聞こえてくる声は、どこか抑揚の無い声であったが、はっきりとした敵意だけは感じ取れた。

 

 

『血や遺伝子の優れた人間でも絶対に勝てないものがある』

 

 

その敵意の声に呼応すらように、プリーシュケルト伯爵達に襲いかかる振動と、迫り来る音。

 

 

 

『それは自然現象だ。お前の魔法障壁と分厚い装甲板は、何十トン以上もの雪の重さに耐えられないだろう。もし耐えられたとしても、高密度の雪の牢獄に閉じ込められたら呼吸は出来ないだろう』

 

 

迫り来る雪崩に向けてフライハイが両腕を飛ばし、振動兵器と化した腕が雪崩の波を崩壊させようとする。

 

 

『げ! まじかよ!』

 

まさかの展開に驚いたカインは、セカーテの中でぶるりと体を震わせるも、

 

『どうせ魔法か何かを使うことは読んでいた。でも時速百キロを越えるスピードの大規模な雪崩なんて、戦術魔法クラスの威力でも無い限り止めることは不可能だ』

 

カエデの言葉が指し示すように、雪崩はあっという間にプリーシュケルトの機体と歩兵部隊を丸呑みして、防壁まで到達して破壊したところで収まった。

 

アンテナ施設の側にいたカインは巻き込まれることはなかったが、それでも雪崩の余波はセカーテの数メートル先まで迫っていたことから、その恐ろしさを改めて実感する。

 

 

「これ、下手すれば俺も危なかったじゃねぇか」

 

予めシャイオンのいないところで作戦を打ち明けられていたカイン。ただ敵の前に立ち、雪崩を引き起こさせるだけというシンプルな作戦に、安易に乗っかったものの、改めて考えてみれば誘導されていた節もあったことに気付く。

 

『大丈夫。一応計算してたし。万が一巻き込まれた場合、ヴァレンタイン少佐は国葬にしてくれるって言ってたから』

 

 

「全然大丈夫じゃねぇよ!」

 

 

 

 

 

ゼーレバルト伯爵がプリーシュケルト伯爵の信号が途絶えたことに気付いたのは、大気を震わせる発砲音の次の瞬間に、現在いる場所から見える遠方のゲイルペールの山が雪崩を起こした光景が目に入ったのと、その後にプリーシュケルト伯爵と繋がる魔導回線に、プツンと小さな音と共に切れたことだ。

 

 

「プリーシュケルト伯爵! プリーシュケルト伯爵! カタール! 返事をせぬか!」

 

焦るゼーレバルトは、頭の中にプリーシュケルト伯爵の死を思い浮かべ、拳をダッシュボードへと叩きつけた。

 

「よもや帝国の誇る第二世代アームジャケットが二機も倒されたとは。まるで噂の飛燕を相手にしているみたいだな」

 

わなわなと震えながら呟くゼーレバルト。

わずかにでも耳にしたことのある、戦場を渡り歩く殺し屋の噂。

どんなに強力なアームジャケットや歩兵の軍勢を揃えても、そいつが暗躍すれば選局がひっくり返されてしまうという眉唾ものの噂。

 

だが、これまでの経緯から、ゼーレバルトももしかしたらと思い始めていた。

素性も何もかもが謎に包まれた存在に、ゼーレバルトは今一度首を横に振る。

 

「馬鹿馬鹿しいが、相手は我々を迎え撃つ能力があると考えて挑むべきだろう」

 

雪の中を突き進みながら、ゼーレバルトの機体であるハンマーヘッドが防壁を視認できる位置にたどり着いた時、歩兵部隊がハンマーヘッドから離れる。

 

同時にハンマーヘッドの右手が防壁の一部に向けられると、ハンマーヘッドの周囲に強力なエネルギーが紫電を伴い発生し、その次の瞬間にはハンマーヘッドの右手から光弾が放たれ、衝突した壁を呑み込んで圧砕すると同時に、その場に大きなクレーターを生み出す。

 

 

「ふははははは! このハンマーヘッドのグビティカルの前に、全てを蹂躙してくれる!」

 

 

そして破壊された防壁の周囲にまう土煙の中から姿を表す一体のアームジャケット。

 

 

それは情報にもある、王国軍の第一世代機であった。

 

 

 

 


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