くま クマ 熊 ビクトール 作:真なる熊の紋章
幻水側の魔法使いの呼称を《紋章術師》に変更しています。理由は原作である、『くまクマ熊ベアー』側の魔法使いと混同してしまうからです。紋章師はそのままです。
《デュナン統一戦争》と呼ばれる五つの国を巻き込んだ大乱の終結からおよそ半年。とある林の中で、パチパチと焚き木が爆ぜる音が響いていた。
その音の発生源である焚き火の側には二つの人影があり、思い思いの格好でくつろいでいるようだ。
その二人のうちの一人――髪は茶と黒のメッシュ。格好は青いバンダナに青マント、剣もブーツも青色という全体を青で統一している優男が、対面で大あくびをしている男に話しかける。
「なあ、ビクトール――――いや、この林のヌシよ」
「だれが森のくまさんだぁ、フリック。なんでわざわざ言い直してんだ、おめぇは」
面倒くさそうにボリボリと伸び放題の頭を掻きながら、ビクトールと呼ばれた巨漢の男が上体を起こす。
このビクトールという男、以前から冗談交じりに熊呼ばわりされることがあったが、今はよりいっそう"
というのも――
「熊呼ばわりがイヤならヒゲぐらい定期的に剃れ。行く先々で怯えられてかなわん」
「……あー、なんか面倒でなぁ。というか、獅子みたいでカッコイイじゃねえか、これ」
そう言い、満更でもなさそうな表情で自身のヒゲを撫でるビクトール。
だが、他者の目から見ると――
(熊か山賊の親玉にしか見えないんだよ……)
もしくは湖賊である。彼らが半年前まで暮らしていた拠点的に。
この様子では改善は無理そうだ、と諦めたフリックが話題を変える。
「そういえば聞いたか? 昨日の村の酒場で話題にあがったウワサ」
「おー、アレだろ? この杉林には妖精だか精霊だかがいて、気に入ったヤツにイタズラするっての」
「ああ。そのイタズラってのが――」
フリックが胡散臭げにイタズラの内容を口にしようとした時、彼らの近くでヒュオンという風切り音に似た音と共に、眩いばかりの光が発生する。
「うォッ!? まぶしっ!?」
「な、なんだ!?」
二人は咄嗟に目を庇い、反射的に己の得物に手をかけた。モンスターがはびこる世界で旅をする以上、必須技能ともいえる超反応である。
警戒を続ける二人が戦闘態勢を整えた頃に光が収まり、二人の目に人影が飛び込んでくる。
(人だと!? ……いや待て、この現象、前にどっかで……)
既視感を覚えたビクトールが脳内で疑問符を浮かべていると――
「――あれ? あれれー?? ここどこー? みーなさーん?」
「「――――は?」」
突如、なんの脈絡もなく目の前に現れた
光が現れた場所にいたのは白いローブに身を包んだ黒髪の美少女。常にとぼけた表情をしていることが多いトラブルメーカー。
その少女の名は――
「おまえ、ビッキーじゃねーか!」
「ほぇ? わ、わ、フリックさんと……ビクトールさん? ですよね?」
「なんだその間と疑問形は……おう、久しぶりだな。ビッキー」
「……久しぶりー? さっきぶりの間違いじゃないですかー?」
「さっきぶり? ……そういえば半年前の建国記念パーティーの最中に、なんの脈絡もなく行方不明になっていたな、たしか」
「えっ? えっ!? もしかして、ま、ま、またやっちゃったんですか? わたし……」
そう、
このビッキーという少女、格好――杖所持ローブ着用――を見れば分かるように紋章術師だ。
紋章術というのは、その名の通り《紋章》を手や頭に宿すことで使用可能になる魔法のようなもので、ビッキーは数多ある紋章の中でも《瞬きの紋章》という名の紋章術のスペシャリスト()なのである。
そして、その《瞬きの紋章》というのが要はテレポート魔法で……ビッキーは超が付くほどのおっちょこちょいというのが問題だ。
彼女のテレポートはそこそこの確率で失敗し、見当違いの場所に飛ばしてしまったり――――時には時空の壁すら超えてしまう。
実際、ビッキーはビクトールとフリックの二人が参加した二つの戦争にも途中参戦しているのだが、その加わった際の出来事が今回とほぼ同じなのだ。
違うのは片手にシャンパン入りのグラスが握られていることと、顔が少々赤いことくらい。どうやら今回のうっかりの原因は酔っぱらったせいのようだ。
幾度となく似たようなことを繰り返すさまは、本人的には不本意だろうが最早てっぱん芸の領域である。
「あうあう……皆さんにキチンとお別れしたかったです。人として」
「うっ……」「ぐふっ……」
しょぼーんとしているビッキーが付け足した言葉に、思わず胸を押さえる二人。仲間に何も言わずに旅に出てしまった二人の心に
「そ、それよりもビッキーはこれからどうするつもりなんだ?」
「う~ん、そうですねぇ。ここが何処なのか分からないと私の目的地に飛びようがないですし……しばらくご一緒しても?」
「おう、もちろん歓迎するぜ。ま、目的もない気ままな旅だ。おまえさんの
「むぅ~、なんですかその言いぐさは~。イジワルなクマさんはテレポしちゃいますよー!」
「おお、こえぇこえぇ。おまえといい林の精といい、おっかねー場所だなぁここは」
「……ハヤシノセイ? なんです、それ?」
聞いたことのない存在に首を傾げるビッキー。
フリックが昨日近くの村で聞いたウワサ話だと前置いてから説明を始める。
十六歳という年相応の――むしろ、年齢以下の――リアクションを返してくれるビッキーがいるからか、フリックの話にも段々と熱が入ってくる。
「――ごくり。そ、そ、それで? そのイタズラっていうのは何をされるんですか?」
「ああ、なんでも林の精は気に入ったヤツに魔法をかけてだな――」
「ま、ま、魔法をかけて――!?」
「杉の木の近くでくしゃみを――」
「へえ゛えええええっく゛ち゛ゅん゛っっ!!!!」
「「――は!?」」
"杉の木が近くにある場所でくしゃみを止まらなくさせてしまう"と言おうとしたフリックの機先を制するかの如く、年頃の女の子が決してしてはいけないレベルのくしゃみをしてしまうビッキー。
その瞬間、彼女の右手から目を焼かんばかりの光があふれ出し、空中に紋章らしきものが出現する。
ビクトールとフリックの二人が経験的に"あ、これはヤバイ"と察した瞬間――
『いかん! ビクトールよ、私を掴むのd――』
ビクトールの傍に立てかけられていた人面の大剣が光の中に消える。
「「「「「ムム、ムンムムーーーーー!?」」」」」
たまたま林の上空で編隊飛行をしていたもさもさ動物達が光の中に消える。
「くっ……! ビ、ビクトール!?」
フリックが光の中に消える。
「だあああ! ビッキー! てめぇ、後でおぼえてやがr――」
ビクトールが光の中に消える。
「ぴぃぃん!? ご、ご、ごみぇんなしゃあああい! くちゅぅんっ!?」
そして、最後に元凶が光の中に消えた。
数秒後、光が収まり紋章も消えると――そこには誰もいなくなっていた。
パチパチと枝が爆ぜる音も
彼らに温もりを与えてくれていた炎も
――――やがて消えた
ビッキーは悪くありません。花粉が悪い(私怨)。