くま クマ 熊 ビクトール   作:真なる熊の紋章

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6 風来熊、武器屋に行く

 

 フィナの案内で武器屋へと向かう途中、フィナが首を傾げながらビクトールに話しかける。

 

「そういえば、おじさんは剣士さんなのになんで剣を持ってないんですか?」

 

「ま、当然の疑問だわな」

 

 いつかは聞かれると思っていた質問である。というか、先ほどのギルド嬢は疑問に思わなかったのであろうか。

 さて、本当の理由――事故ではぐれた――を言うとより一層突っ込んだ質問が来てしまうだろう。というわけで、前々から考えておいた言い訳でお茶を濁すことに。

 

「クリモニアに来る少し前に折れちまってな。だが、フィナも知っての通り俺は素寒貧。新しい剣を買う金が無いときたもんだ」

 

「なるほどです。貧乏って……辛いですよね…………」

 

「お、おう……」

 

 自分が適当に考えた言い訳が少女の目から光を奪ったことを内心で謝罪していると、フィナの足が一件の建物の前で止まった。

 

「ここです。ゴルドさんという、冒険者ギルドとも繋がりがある職人さんのお店です」

 

「……ちぃっとばかし名前が気になるが、確かにいい音(・・・)響かせてるじゃねぇか」

 

 鍛冶師の名前からどこぞの"白ずくめの白ひげクソオヤジ(白騎士団長のゴルドー)"を連想してしまい、頭を振って脳内から追い出す熊男。

 剣が描かれた看板を掲げる店から響いてくるのは、半年前まで毎日のように聞いていた金属同士がぶつかる音。

 その音でなんとなく職人の腕の良し悪しが分かるようになっているビクトールが期待しながら店内に足を踏み入れると、背の低い少女(?)が二人を出迎える。

 その愛らしい少女(?)と知り合いのフィナが口を開く前に――空気を読まない熊が口を開けてしまう。

 

「よぉ、嬢ちゃん。ちょいと武器を見させてもら、う……ぜ…………!?」

 

「――へぇ、いい度胸じゃないか。女とはいえ、力自慢のドワーフに喧嘩を売るたぁね」

 

「…………おじ、さん? ネルトさんは既婚者さんで、とうに成人していらっしゃるんですよ……?」

 

 ビクトールが言の葉を紡ぐ度に店内の空気が冷え込み、フィナが信じられないものを見るような目でビクトールを凝視する。

 ボキリ、ボキリと拳を鳴らしながら、ゆらりと立ち上がった年齢詐欺の人妻に思わず後退ってしまう。

 シエラという吸血鬼のバb――始祖の女性といい、どうしてこう女ってのは見た目と年齢が一致しねぇんだ、と内心で叫ぶ熊であった。

 

「ま、待て! ドワーフ……ドワーフだぁ!? いや、俺の知ってるドワーフとちげぇぞ!!」

 

「――ほぉん? 挙句の果てには種族の誇りすら汚そうってかい?」

 

「あわ……あわわわわ!?」

 

 ビクトールの世界のドワーフは背が低くて老け顔、排他的な引きこもりで発明狂い、というが特徴だ。

 この世界のドワーフとは身長くらいしか合致しない。なので、この件でビクトールが責められるのは少々酷であろうか。

 

「……はい、冗談だよ。この程度の勘違いくらいならなんとも思わないよ。最後の言葉はちょいと気になるけどね」

 

「だはぁ……勘弁してくれや。冗談で出していい闘気じゃなかったぞ、今のは」

 

「はは、それは済まないねぇ。つい調子にのって結婚前の……いや、忘れておくれ。おーほほほ」

 

 なんだか危険なワードが出てきたような気もするが、触らぬ神になんとやら。さっさと両手剣コーナーの物色を始めることに。

 フィナとネルトの世間話を聞き流しつつ品定めをしてみると――成程、確かにギルドのお墨付きなだけあって品質に問題はなさそうだ。

 

(あとは《武器レベル》をどこまで上げられるかなんだが。というか――)

 

 ビクトールは先ほどからずっと疑問に思っていたことを、半ば答えを確信しつつも聞いてみる。

 

「なぁ、女将さんよ。なんで値札に武器レベルらしきモンが書かれてないんだ?」

 

「……武器レベル?? なんだい、それは?」

 

「あー、やっぱりか……いや、なんでもねぇわ」

 

 

 

 ――武器レベル

 

 ビクトールの世界特有の鍛冶技術に《鍛えなおし》というのがある。完成品の武器を特殊なハンマーと技術を使って鍛えなおすことで、武器の攻撃力をさらに上昇させることが可能となる技術だ。

 この技術によりどの武器も最大十五回鍛えることができるようになる。そして、その武器が今までに何回鍛えられたかを表すのに使われるのが、《武器レベル》なのだ。

 当然、武器レベルが高い武器ほど高価であるため、武器レベルが分からないと付けられている値段が妥当なのかそうでないのかが分からないのである。

 

 

 

 閑話休題。

 ボリボリと頭を掻きながら、なにやら考え込んでいるビクトール。

 そんな彼の様子を眺めながら、女二人の話題は先ほどの謎の単語へと移ってゆく。

 そして、フィナが恩人のフォローをするために、ビクトールが遠く離れた地からやってきた旅人だと話してしまった。

 

 ――そう、この国の常識や技術(・・)とは違う場所の人間だということを。

 

 フィナの受難は……自爆から始まったのだ。

 

「ということは! さっきの質問は未知の鍛冶技術ってことかい!? アンタ! ゴルドーー!!」

 

 正解に辿り着いたネルトが店主であるゴルドを呼ぶ。その隠そうともしない喜色満面の声に、ビクトールが焦りの表情を浮かべる。

 

「やべぇ!? フィナ! すぐにこっちに来るんだ! 逃げるぞ!!」

 

「――え? ええっ!?」

 

「させないよっ! ごめんねぇ、フィナちゃん。ちょいと我慢してね」

 

「ひゃあ!? ――むぎゅっ」

 

 僅か数メートルとはいえフィナと離れていたビクトールが彼女を回収するよりも、フィナの真横にいたネルトが彼女を抱え込んでしまう方が圧倒的に早かった。

 傍から見ると暴漢から妹を守ろうとしている健気な姉にしか見えないが、実際には圧倒的優位に立っているのがその姉()なのだから始末に負えない。

 

 女相手に力ずくで、なんてことができるハズもない熊男が手をこまねいているうちに、店の奥から筋骨隆々とした男性がのそりとやってきてしまう。

 

「なんじゃい――――いや、ホントにどんな状況なんじゃ? コレ」

 

「……俺に聞かないでくれや」

 

 傍から見た状況は前述したとおりだが、ゴルドに焦りの色は無い。妻が発した声でなんとなく察しているのだろう。

 こうなっては何の情報も渡さずにこの場を去ることは不可能だと悟ったビクトールは、深いふか~いため息を吐き、置いてあった椅子にどかりと腰を落ち着かせたのだった。

 

 

 

 

 

「――つまり、こういうことか。おまえさんの国には一度完成した武器の威力を何倍にも引きあげちまう技術があるってか」

 

「ああ。何倍どころか、条件が整えば二十倍、三十倍くらいになる可能性すらあるな」

 

「はえぇ、そりゃまたなんとも……」

 

 ビクトールは話した。

 彼自身も技術の詳細は知らないため概要のみであるが、この世界のバランスを崩しかねない技術の存在を。

 一応、他言無用だと約束しているし、どのみち専用の道具が無ければ再現不可能な技術だ。

 なので、話す分にはさほど問題は無かったのだが――

 

「…………むぅ」

 

「ほれ、フィナ。俺は気にしてねぇんだから、いつまでもむくれてちゃあカワイイ顔が台無しだぜ?」

 

「ご、ごめんよぉ、フィナちゃん。おばさん、ついつい興奮しちゃってねぇ。どうか許しておくれよ……」

 

「フィナよ。わしからも謝らせてくれ。ネルトのやつがすまんかったのぅ」

 

「……うぅ、分かりました。おじさんがそう言うなら、わたしももう気にしません」

 

 自分が人質のようにされたことをフィナが怒ってしまったのだ。

 ――当然? はい、その通り。

 

 情報提供が決まったことで解放されたフィナは一目散にビクトールのもとに行き、ひたすらに頭を下げ続けた。

 ビクトールが構わないと許し、その時には既に正気に戻っていたネルトの必死の謝罪により変に(こじ)れることはなかった。

 しかし、いくら精神年齢高めの彼女でも感情を処理しきれなかったのか、説明の間ずっとイジケていたのだ。

 

 ただし、そこは聡明なフィナ。ドワーフの鍛冶狂いも理解しているし、ネルトに悪気が無かったことも理解している。

 なので、引きずるのはここまで。仲直りの印にネルトの側に移動し、ニッコリと笑う。ネルトがその笑顔にノックアウトされたところでゴルドが話し出す。

 

「惜しいのう。世に出すかどうかはさておき、是非とも研究したかったのじゃが……せめて道具があればのう」

 

(……ま、実は道具袋の中に最下級のハンマーならあるんだけどな)

 

 そう、実はビクトールの持ち物の中に《アイアンハンマー》が眠っているのだ。

 これは半年前の夜、こっそりと旅に出ようとしていたビクトールに、テッサイという鍛冶師の仲間が託してくれた物である。

 彼曰く、自分と弟子には無用の長物。旅先で志高き鍛冶師に出会ったら是非とも渡してあげてほしい、とのことであった。

 

 お分かりであろうか。まんま、今の状況がテッサイが想定した状況であることが。

 

 とはいえ、仲間の願いをすぐに叶えるわけにはいかなかった。

 《鍛えなおし》の存在が予め知られている場所ならともかく、未知の地域にこの技術を無闇に広めてしまえば地域のパワーバランスを崩しかねない。

 だが、ビクトールの目的を達成するのに、《鍛えなおし》もしていない武器ではあまりに心許ないのも事実。

 

 そのため、ビクトールは試しているのだ。この二人の鍛冶狂いが信用に値するのかを。

 

「世に出すかはさておきって……出しゃいいじゃねぇか。それで冒険者や兵士の生存率が格段に上がるんだぜ?」

 

「そんな単純な話ではないわ。慢心して実力以上の魔物に挑んでぶち転がされる()が目に浮かぶようじゃ」

 

「それに兵器への転用も怖いねぇ。ここの領主様はまだしも、他のろくでもない貴族やらの耳に入ったら……ああ、やだやだ」

 

(へっへっへ……! テッサイよぅ、どうやらおまえさんの願いがこんな辺境で叶いそうだぜ?)

 

 こうしてビクトールは二人の前にハンマーを差し出し、店内は再び――今度はゴルドすら――阿鼻叫喚に包まれたのだった。

 

 

 

 

 

「――むぅ。これだけ叩いてもこんなボロに刃こぼれ一つ付けられんとは。なんとも不可思議なハンマーじゃのぅ」

 

 かれこれ十分ほど廃棄予定の武器にアイアンハンマーを打ち付けてみるも傷一つ付かず、また反応も無かった。当然、ハンマー自体にも傷は付いていない。

 

「又聞きになっちまうが、特殊ハンマー(こいつ)を使って武器の底力を引き出すには幾つかの条件があるらしい。一つ、鍛冶師の腕。二つ、ハンマーの質。三つ、武器の主の実力。そして四つ目が…………時勢」

 

「む? 鍛冶師の腕とハンマーの質は分からんでもないが、後ろの二つはなんじゃ?」

 

「……その前に一つ。あんたらは武器が生きている(・・・・・・・・)って聞いて、信じるかい?」

 

「武器が……」「生きているって……?」

 

 ビクトールの問いに、お互いの顔を見合わせる夫婦。

 しかし、すぐにビクトールの方を向くと――

 

「「なに当たり前のことを改めて聞いているんだ(い)?」」

 

「――ふ、はっはっはっは! そうか、当たり前か! そいつはくだらない質問をしちまったな!」

 

 彼ら鍛冶師にとって武器や素材、火や水が生きているというのは当たり前の概念だ。なにせ、同じ環境に同じ手順で打っても、二つとして同じ物は作れないのだから。

 

「なら、こう考えてくれ。俺さま達剣士が剣を"相棒"と呼ぶように、武器達もまた使い手達を"相棒"と思っているんだ。なら、"使い手に(おく)れを取りたくない"とか"使い手の足手まといになりたくない"とか考えてもおかしくないだろ?」

 

 つまり、武器自身が強くなりたいと願わなければ力が引き出されることはない、ということだ。

 

「そして、ある意味最も厄介なのが時勢。武器達は俺達人間よりも……なんというか、"運命や宿命"だったり"流れ"といったものを感じ取る力が強いんだ」

 

「……えっと、それはこういうことかい? 武器は主が単独では立ち向かえない運命と対峙した時、共に立ち向かうために強くなろうとするとでも?」

 

 ビクトールが無言で頷くと、感嘆のため息を吐いたり、アゴに手を当てたりと三者三様の反応をしている。

 

「実際、俺も二度も経験しているからな。戦争末期に苦労して最大まで強化した武器が、戦争が終わるとほんのひと月ほどで半分近くレベルが下がった経験がな」

 

 しかも、ビクトールの場合はこの事実を剣本人から聞かされた(・・・・・・・・・・)のだから堪らない。それも、『貴様が腑抜けておるからだ』という(あお)り付きで。

 

 まあ、それはともかくとして、ビクトールの話を頷きながら聞いていたゴルド。

 話が終わってからもしばしの間黙考していたが、ふと何かを思いついたのか、両膝をパンと叩いてから立ち上がる。

 

 ――――フィナの顔を見つめながら

 

「ふむ。ならばフィナの解体ナイフで実験してみるとしよう」

 

「――え」

 

「なるほどな。フィナの解体の腕は相当なモンだ。可能性は十分にあるわな」

 

「――――え」

 

「フィナちゃんはその子を大切にしてくれてるからねぇ。その子もフィナちゃんの役にもっと立ちたいって考えていても不思議じゃないかも」

 

「――――――え」

 

「というわけじゃ。ほれほれ、さっさとそやつをよこすんじゃ!」

 

 

 

「――――――――え゛えええええっ!?!?」

 

 

 

 今、この時こそが――――(のち)にフィナが不本意ながら獲得してしまう二つ名『解体聖女』のフラグが立った瞬間であることを…………今はまだ、誰も知らない。

 

 

 

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