くま クマ 熊 ビクトール   作:真なる熊の紋章

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7 風来熊と少女と紋章

 

「――む? おお! なんとなくじゃが、わ、分かるぞ! ハンマーからもナイフからも"鍛えたい"、"強くなりたい"という意思が流れ込んできよるわ!!」

 

「えっ!? い、いいんだよ? 強くならなくても、無理しなくても!」

 

 フィナの懇願は華麗に無視され、鼻息荒いゴルドがフィナの解体ナイフにアイアンハンマーを勢い良く打ちつける!

 

「ほっ、ほっ、ほい、どうじゃ!」

 

 キン、キン、キン ―― ズビャア !

 

 フィナの解体ナイフのレベルが"2"になりました。また、攻撃力が"2"から"3"に上昇しました。当然、この情報はビクトール達には分かりません。

 

 

「――ぬ! ギリギリではあるが次もイケそうじゃな!」

 

「ゴルドさん!? も、もうやめてください! 実験は一回で十分ですよぅ……!」

 

「ええい! フィナ(貴様)解体ナイフ(こやつ)の主ならば、信じて見守ってやっちょれい!!」

 

「目の前でわたしの家の家計の生命線が、ハンマーで全力で叩かれてるんですよ!? 心配するに決まってるじゃないですかぁ!!」

 

「きっと大丈夫じゃ……多分、恐らく。――――よし! ゆくぞォ!!」

 

「あああぁぁぁ……」

 

 キン、キン、キン ―― ズビャア !

 

 フィナの解体ナイフのレベルが"3"になりました。また、攻撃力が"3"から"5"に上昇しました。当然、この情報は(以下略)

 

 

 

 涙目のフィナが、無事自分の手元に戻ってきてくれた愛用のナイフを愛おしそうに鍛冶場の隅で抱きしめているなか、見るからに楽しそうな表情のゴルドが口を開く。

 

「ハンマーが教えてくれおったわ。あのナイフを次のレベルにするには、わしの知識と実力が足りていないとな! くくく、こいつは楽しくなってきたわい」

 

「おやおや、実験や修行をするのはいいけど仕事はキッチリやるんだよ? サボったら蹴り飛ばすからね!」

 

「わ、分かっとるわい……オホン! それはそうとビクトールよ」

 

「お? なんだ?」

 

「このハンマーにてできることが他にもあるんじゃないか? なんとなく、そんな気がするんじゃが」

 

 鋭い、とビクトールは内心だけで舌を巻く。

 確かにゴルドの指摘通り、ビクトール達の世界の鍛冶師にはもう一つ大切な役割があった。

 

「……そうだな。武器に一部の紋章を宿すことが可能だ」

 

「もん、しょう……? なんだい、それは?」

 

 紋章を身体に宿すことで魔法(のようなもの)が使えるようになるということは、ビッキー登場の際に軽く触れているが、一部の紋章は武器に宿すこともできる。

 宿した紋章は宿主に様々な効果をもたらしてくれるのだが――ビクトールは実際に見せた方が説明するよりも早いと考え、手持ちの《封印球》をテーブルに並べる。

 ちなみに、封印球というのは紋章の部屋のようなもので、某有名RPGでいうところのモン〇ターボールだろうか。

 

 ゴルドとネルトが適当に手に取った封印球を物珍しげに見ているなか、不思議そうな顔で近寄ってきたフィナが一つの封印球を手に取った。

 

「お、フィナも封印球が気になるのか?」

 

「………………?」

 

「フィナ? どうかしたのか?」

 

「……おじさん。なんとなくなんですけど、解体ナイフ(この子)がこの封印球を――この紋章を宿したがっているみたいです」

 

「ッ!? ダメだ! すぐにそいつから離れろ!!」

 

 フィナの言葉に血相を変えたビクトールが、彼女の手から封印球を奪い取る。

 彼の突然の行動と叱責に驚いた三人の視線が、ビクトールと彼が持っている封印球に注がれ、気まずい空気のなかビクトールが口を開いた。

 

「……とにかく、やめときな。確証があるわけじゃねぇが、恐らくロクなことにならないからな」

 

「なんじゃ、その紋章はいわく付きなのか?」

 

「いや、この封印球自体は仲間から貰ったモンだから問題ない。ただ……"流れ"が気に食わねぇんだ」

 

 ビクトールの世界の紋章は、無条件で宿主の味方になってくれるような殊勝な存在ではない。多くの紋章は力を貸す対価として、それなりの代償を要求してくるし、明らかに代償の方が高くついている紋章すら存在している。

 そして、そういった紋章の多くは人間を引き寄せる(・・・・・・・・)

 良くも悪くも紋章と関わりが深いビクトールには、その様はアリジゴクや食虫植物のようにも感じており、どうしても警戒してしまうのだ。

 

「でも、おじさん。その封印球からイヤな感じはしないよ?」

 

「フィナちゃん?」

 

「それに解体ナイフ(この子)もなんだか寂しがっているような……わたしと、おんなじ、よう……な?」

 

「……むぅ、ビクトールよ。これは……」

 

「…………チッ」

 

 言わんこっちゃない。

 ビクトールはフィナと出会ってまだ一日だ。だが、それでもこの少女が基本的には聞き分けが良いことは知っている。

 そんな少女ですらこの有り様だ。こうなってしまっては、たとえこの場をやり過ごさせても、結局は紋章に引き寄せられてしまうだろう。

 ビクトールは苦虫を嚙み潰したような表情で、己の迂闊な行動を悔やむ。

 

(……仕方ねぇ。信じるぞ、バド。おまえさんから貰ったこの紋章、こいつがフィナを守ってくれると!)

 

 ビクトールが頭をガリガリと掻きながらフィナに封印球を手渡す。それを嬉しそうに受け取ったフィナが、ナイフと共にゴルドに託す。

 鍛えなおしの時とは真逆の反応に戸惑っているのか、ビクトールに"良いのか?"と視線で訴えてくるゴルドに、黙ったまま首肯を返す。

 

 金床の上に置いたナイフと封印球を前にして、ハンマーを持ったままウンウンと唸っていたゴルドであったが、一度だけ頷くと集中を始める。

 そして、ナイフの上に重ねた封印球に慎重にハンマーを三回落とす。

 すると――

 

「――――うむ、成功じゃ!」

 

「――きれい」

 

 己の手の中に戻ってきたナイフの刀身を見たフィナがうっとりと呟く。

 その言葉の通り刀身にはうっすらと紋章が宿っており、まるで水面に映る月のように、ゆらゆらとその姿をうつろわせている。

 

 しかし、そんな幻想的な光景をしばしの間熱っぽく眺めていたフィナの目が、突然カッと見開かれた。

 

「――え? ええっ!? う、うん、初めましt――って、"フィナりん"はやめてぇ!!?」

 

「「……は?」」

 

「…………そうきたか。動物だけじゃなくて、武器の言葉も翻訳できる(イケる)のか。《ききみみの紋章》は」

 

 

 

 ――ききみみの紋章

 

 モンスター使いの一族、バドという男が使いこなす紋章。

 彼はこの紋章の協力により、友好的かつ一定以上の知能があるモンスターや動物とコミュニケーションを取ることができる。

 

 以下、本作独自の設定。

 ききみみの紋章は武器にも宿すことが可能であり、宿すと主限定ではあるが宿した武器の声を聞くことができるようになる。当然、本来の効果である動物とのコミュニケーションも可能。しかも、()()()()

 ビクトールがこの封印球を所持していたのは、彼との初対面時にバドが熊だと勘違いしたことに起因する。

 熊とのコミュニケーションのために差し出した封印球を、自分へのプレゼントだと勘違いしたビクトールが遠慮なく懐におさめてしまったのだ。

 バドはすぐに勘違いに気がついたものの、厳つい顔とは真逆の引っ込み思案な性格のせいで返却を切り出すことができず、泣く泣く諦めたというのが真相だったりする。

 

 

 

 閑話休題。

 どうやらフィナの解体ナイフは彼女のことを"フィナりん"と呼ぶことからも分かる通り、相当にお調子者のようで、今も主をぽかーんとさせたままマシンガントークを繰り広げているらしい。

 そんな折、どういう流れか彼女――フィナ曰く、ナイフは女の子なのだそう――に名前を付けてあげることになったらしく、フィナが可愛らしく考え込んでいるのが現状となっている。

 

「う~ん、う~~~ん…………あ! シルヴィア! シルヴィアっていうのはどう?」

 

「おや、これまた可愛い名前だねぇ。なんか由来でもあるのかい?」

 

「この子はゴルドさんが作ってくれたナイフ。つまり、ゴルドさんの"娘"の一人。ゴルド、ゴールド! ゴールドの子ならシルバー、シルバーの女の子で――シルヴィア、です!」

 

「なるほどなぁ。いいんじゃねぇか? な、ゴルドさんよぉ」

 

「…………ふん。そいつは捨てるハズだった物じゃわい。別に貴様のために打ったわけではないわ」

 

 そう言い、そっぽを向くゴルド。そんな彼を二人はニヤニヤと、残りの一人はニッコリと見つめている。

 フィナは思う。実はナイフが彼のことを"お父ちゃん"と呼んでおり、先ほどのマシンガントーク中に自分の誕生秘話を自慢げに、赤裸々に披露してくれていたことをこの場で言及したらどうなるのであろうか、と。

 まあ、フィナという少女は相手の気持ちをキチンと立てることができる子だ。なので、一瞬考えるだけで決して口には出さないが。

 

 さて、ナイフの方も主が考えた名前を(いた)く気に入ったようで、フィナが「シルヴィア」と呼びかける度に刀身に映る紋章を揺らめかせている。

 そんな微笑ましい光景を眺めつつ、大人達は"大人の契約"へと進んでゆく。

 

「……やはり、売ってはくれぬか」

 

「このハンマーを俺に託してくれた仲間の想いを汲むためにも、譲り渡すのも有りっちゃ有りなんだが……今は保留にさせてくれや」

 

「ま、このハンマーの危険性を鑑みれば、貸してもらえるだけでも重畳じゃろうて」

 

「えっと、研究するのは自由。でも、実際に客の武器を鍛えるのは不可。例外はビクトールの旦那が許可を出した客のみ、と」

 

「あと、しつこいようだが他言無用で頼むぜ」

 

 ビクトールの念押しに神妙な表情で頷く二人。そんな二人の様子にホッと息を吐くと、アイアンハンマーをゴルドの手に託す。

 代価として銀貨三十枚と一番手に馴染んだ両手剣を受け取り、早速とばかりにその両手剣をレベル3まで鍛えてもらい、ついでに"とある紋章"を宿しておく。

 ビクトールとしては仲間に託された物で利益を得るようなことは()()()したくなかったのだが、未知の革新的技術の一端をタダで受け取ることはできない、というゴルド側の言い分をのんだカタチだ。まあ、彼の懐具合を見抜かれたというのもあるが。

 

「よし、随分と長居しちまったが大分マシになったな。フィナ、昼飯でも食いに行こうぜ」

 

「はい。それではお二人とも、また来ますね」

 

「あいよ。またね、二人とm――いや、お三方!」

 

「ふん、次来る時までにはナイフ(そやつ)を次なる高みに昇らせてやるわ。せいぜい腕を上げておくがよい」

 

 ゴルドの素直じゃない言葉に見送られ、武器屋を後にした二人は昼飯と情報を求めてエレナの宿へと向かう。何故エレナの宿なのかというと、一度評判の料理を食べてみたいというフィナの希望からだ。

 宿に着くとエレナに六人前の料理を頼み、包んでもらうことに。道中で、どうせならフィナの家で食べようということになったからである。

 

 ――え? 料理の数と人数が合わないって?

 大丈夫。フィナとシュリが1ずつ、ティルミナが0.5、そして、熊野郎が3.5。合わせて六人前でピッタリである。……異論は認める。

 

 さて、料理の準備ができるまでは情報収集の時間となる。

 幸いなことにフリック、ビッキー、星辰剣の二人と一振は特徴的だ。目撃さえされていれば、必ず情報として流れてくるハズである。

 しかし、今回は空振りに終わる。どうやら、彼らはこの街や周辺には転移していないようだ。

 

 気を使って励ましてくれるフィナの頭を撫でつつ、料理を荷物袋の中に入れてフィナの家へ向かう。

 そして、フィナの家にてビクトールの姿を一目見たシュリが――

 

「うえぇぇぇん! くまさんだったくまさんが、くまさんっぽいくまさんになっちゃったのーー!!」

 

「……だが、結局は熊なんだな」

 

 と、泣き出してしまうハプニングがあったりしたが、ビクトールがプレゼントした()()()()()()()()()と、美味い飯で満腹になったことですっかりご機嫌になったのはなんとも微笑ましいものであった。

 

 昼食後は宿に皿を戻し、本屋へと向かう。

 本屋の店主に頼んで地図と魔物関連の書、それらにプラスして簡単な医学書、薬学書、歴史書も購入する。

 流石にお高くついたそれらの本を、売っていたブックベルトで纏めると、さも当然のようにフィナに手渡した。

 

「え? お、おじさん?」

 

「フィナ、家でできる仕事だ。字が読めない俺の代わりにこれらを読んで、必要な時に俺さまに説明できるようになっておいてくれ」

 

「でも……こんな高価な……」

 

「貸すだけだし、仕事だって言っただろ? 仕事に必要な物を用意するのは依頼主の務めだ。気にせんでいいぞ」

 

「っ……! おじさん!!」

 

 感極まった表情で腰に突っ込んできたフィナを慌てて受けとめるビクトール。

 本人はとぼけているつもりだろうがフィナは分かってしまった。昨日の雑談時にポロっとこぼした、知識がなくて母に満足な治療ができない、ということをビクトールが覚えていてくれたことを。

 そして、他人からの無償の施しを性格上素直に受け入れられない自分を気遣って、わざわざ"仕事"というカタチにしてくれていることを。

 

 ――嬉しくないわけがない!

 

 一方、腰に抱きついたまま嗚咽を漏らしているフィナをあやしながら、ビクトールは冷や汗をかいていたりする。

 実は先ほどから自分達を観察している店主――老婆の目が訝し気に細められているのだ。

 自分達の状況を客観的に見てみれば……成程。確かに"年端もいかない少女の弱みに付け込み、高額な品で気を引こうとしている中年男"に見えなくもない。

 

(まったく……どいつもこいつも勘弁してくれや)

 

 ビクトールは勝気な姉御肌の女性。それも、どちらかというと年上の女性を好む傾向にある。

 なので、(現時点の猫被り状態の)ティルミナですら彼の恋愛対象にはなりづらく、当然ながらフィナは対象外だ。心外にも程がある。

 

 とりあえず必要になるものはそろったので、そそくさと退店して次の場所へ向かう。目的地は昨日も通った街の外へと続く門だ。

 道中、楽し気に本をブラブラさせて遊んでいるフィナを見て、フリックにご執心な、どこぞの金髪追っかけ爆裂女学生の姿を幻視してしまい、ブックベルトを買ったことを少しだけ後悔したりしつつ歩いてゆく。

 

 昨日の門兵は非番なのかいなかったので適当に通過し、森の入口へ向かう。目的は薬草の補充である。

 だが、昨日の今日で薬草が生えてくるわけもなく、仕方ないかと昨日のフィナと同じように森の奥へと侵入していく。

 その際、フィナが若干の怯えを見せるが、ビクトールの服の端っこと解体ナイフ(シルヴィア)をぎゅっと握りしめて薬草を探していた。

 

(強い子だってのは間違いねぇんだが……どうにも危なっかしいというか背負いすぎというか……どうしたもんかね)

 

 周辺警戒と考え事をしつつ薬草を探すこと十数分。運が良いことに早々に薬草を発見し、採取を終える。

 想定以上に早く用事が済んでしまったことで、"さて、どうしたもんかね"とこれからの行動を考えていたビクトール。なんとなしにフィナを見、その右手に握られているナイフを見た瞬間、とあることを思いつく。

 

「フィナ。ちょいと試してみたいことがあるから開けた場所を探すぞ」

 

「? 分かりました」

 

 人目には付かないけれど奇襲を受けづらい場所を求めて移動し、程なくして理想的な場所を見つけたビクトールはその場に腰を落ち着ける。

 疑問符を浮かべているフィナが隣に座ると、これから行う実験の説明を始めた。

 

「さて、おまえさんにはこれから《五行の魔法》との相性を判別するための実験をしてもらう」

 

「魔法、ですか? ……実験するまでもなく、わたしには魔法の才能はありませんよ」

 

 そう断言し、僅かに肩を落とすフィナ。

 

「あー、ちげぇちげぇ。俺が確かめたいのは紋章を使った魔法、紋章術との相性だ」

 

「もんしょう、じゅつ……ですか?」

 

「そうだ」

 

 ビクトールは見向きもしなかったが、実は先ほどの本屋には【初級魔法】というタイトルの初心者向けの本が売られている。

 そして、この本には魔法を発動させるための手順の第一にこう書かれている。

 

『まず、魔力を集めます』

 

 ――と。

 

 どうであろうか?

 恐らくではあるが、この本を読んだ一般人の多くがこうツッコムのではなかろうか。

 

『…………いや、どうやってだよ!!?』

 

 ――と。

 

 どうもこの世界の魔法の才の有る無しは一般的な魔力の有無や大小ではなく、体内魔力の操作を特に訓練したりすることもなく"できる"か"できない"かで決まるようだ。

 よって、ここで言うフィナの"魔法の才は無い"という申告もそれに準拠している。つまり、フィナの魔力量や各属性との相性は未知数なのだ。

 もし、フィナに常人よりも多い魔力と適性が眠っていた場合、彼女の魔力操作を補助してくれる存在がいれば(あれば)――彼女は化ける可能性すらあるのだ。

 

 そして、都合のいいことにビクトールの世界にはその存在がいる(ある)

 それこそが――

 

「紋章――封印球はゴルドんとこで見せたから置いといて……これだ。この《紋章札》を使って相性を調べるぞ」

 

「もんしょう、ふだ……?」

 

 

 

 ――紋章と紋章札

 

 紋章は星の数ほど存在すると言われているが、その中でも最も有名なのが、火・水・土・雷・風の《五行の紋章》である。

 そして、この五行の紋章に属している紋章の魔法をお札に封じ込める技術が、ビクトール達の世界で確立されている。それこそが紋章札なのだ。

 この紋章札、何と言っても最大の特徴にして利点が存在する。

 それこそが、"相性が最悪であっても、誰でも各札に対応した魔法の使用が可能"となる手軽さである。ただし、適性がゼロの者が使用しても効果はうっすい模様。

 

 紋章自体を身体に宿して魔法を使おうとする場合、問題となる可能性がある要素が三つ存在する。

 

 ①紋章を宿せる場所――紋章を宿せる代表的な部位は額・右手・左手の三ヵ所。だが、三ヵ所全てに紋章を宿せる生物は稀である。

 

 ②相性――相性が最悪の紋章を宿すことは不可能となっている。

 

 ③魔力量――上記二つをクリアして無事魔法紋章を宿せたとしても、術者の魔力量次第では"最下級の魔法一発で限界"などという悲しい結果が待っていることも。

 

 これら三つの問題を無視して、(効果の大小はともかくとして)札に封じた魔法を発動できるのが紋章札である。ちなみに、使い捨てなのは要注意だ。

 

 

 

「――とまぁこんな感じなんだが、ついてこれてるか?」

 

「はぅぅ……な、なんとか」

 

 ビクトールの顔や性格通りの大雑把な説明をどうにか飲み込んだフィナを気遣いつつ、いよいよ実験に入ることに。

 道具袋からあらかじめ取り出しておいた一枚の札を掴むビクトール。

 

「フィナ、こいつは《火炎の矢の札》と言ってな。広範囲攻撃を得意とする火の紋章の最下級札だ」

 

「火……ですか」

 

「あとは"発動しろ"と念じればいいんだが、今は無駄打ちになっちまう。数に限りもあるしな。……ならどうするか? "反応しろ"とだけ念じれば――!」

 

「! ひ、光った! キレイな黄色だぁ!」

 

「今の光の強さを覚えておけよ。この光の強弱でだいたいの相性が分かるからな」

 

 興奮気味なフィナをなだめつつ、実験を続けていく。

 

 次の雷は単体高威力の魔法を得意とする紋章だ。

 ビクトールは火の時と同じように最下級札を手に取り、反応させる。すると、先ほどの時と同程度の光があふれ出した。

 

「いいか? 今の二つが相性・適性的には標準となる。俺は紋章術は不得手でな。五行の中ではこれが最高適性なわけだ」

 

「はい。バッチリ覚えましたよ」

 

 次は土。攻撃よりも補助魔法が主軸となる紋章だ。

 ビクトールが札を反応させると、成程。確かに先の二つと比べると光が弱いようだ。

 

「次は風だな。風は攻撃と戦闘補助、かいh…………」

 

「おじさん? どうかしましたか?」

 

「……いや、なんでもねぇ。風は攻撃と補助の割合が半々くらいの紋章だ」

 

 何故か途中で言いよどんだビクトールであったが、粛々と説明を続ける。

 風の札の反応も先の土と同じで弱めの反応となった。

 

 そして、最後の水の札の番になった時、一瞬だけビクトールの表情に影が差す。その表情の変化を、まだ出会ってから日が浅いフィナは気が付くことができなかった。

 

「……水。できることは()()()()。それも、魔法の種類が少ない紋章だ。……あんまり期待しすぎない方がいい紋章かもな」

 

「へぇ~、おじさんが持っているのもその()()()()()()()()()()()ですもんね。五行と一括りにされていても、結構差があるんですねぇ」

 

「…………そう、だな」

 

 普段よりも若干歯切れの悪いビクトールが札を手に取るも、いつまで経っても反応がない。

 

「おじさん?」

 

「これでも"反応しろ"って念じてるんだぜ。要するに、この無反応こそが相性最悪・適性皆無の反応ってわけだな。一応発動を念じれば魔法は使えるんだが……効果はお察しレベルだ。無駄打ち以外のなにものでもねぇな」

 

「なるほどです。――――わくわく」

 

 これで五行の説明が終わり、いよいよフィナの番となる。

 そのフィナだが、妙に楽しそうである。普段は魔法のことなど意識の片隅にも存在しないが、そこはやはりまだ子ども。魔法が使えるかもしれないとなると、精神年齢高めの彼女でも期待せずにはいられないらしい。

 

「まずは火からですね。えっと……反応、反応――!」

 

 フィナが《火炎の矢の札》を手に取り「ん~~!」と念じ始めると、程なくして札が淡く輝きだす。

 

「ふむ、俺の土と風の時と同じくらい。適性は"小"だな」

 

「わあ! わ、わたしでも魔法が使えるかも! ですよね?」

 

「はっはっは! まぁな」

 

 まあ、お札の数に限りがある現状でビクトール以下の適性では使う機会があるかは微妙だが。というか、攻撃用の札をフィナが使うことになるなんてこと自体、起きてほしくなどないのだが。

 

 さて、次は雷。火の時と同じようにすると、反応もほぼ同じであった。つまり、フィナの雷紋章適性も"小"ということだ。

 

 そして、次は土の番。

 既に三回目ともなれば慣れたもの。「えいっ♪」と気楽に念じてみれば――

 

「お、おじさん! な、なんかすっごい光ってるよ!?」

 

「おー、マジか。やるじゃねぇか、フィナ」

 

 相性・適性普通――つまり、ビクトールの火と雷の時よりも強い光が、土の最下級札《土の守護神の札》から発せられる。

 そのことに対して焦りまくるフィナと、対照的に落ちつき払ったままのビクトール。

 

(懐かしいねぇ。トウタのやつが初めて水の札を使った時なんざ、フィナの比じゃなかったもんなぁ)

 

 たまにいるのだ。他の紋章との相性はからっきしでも、たった一つの紋章とだけは妙に相性が良い生物が。

 ビクトールが真っ先に思い出したのが、その代表例にして筆頭格であるトウタという少年だ。彼は実験中にフィナ以上の強い光を突然発生させてしまい、本人も周囲も大パニックに陥ったことがあった。

 まあ、その時の経験のおかげで今回は取り乱さずにすんだのだから、人間どんな経験が役に立つのか分からないものである。

 

 隣にいる熊がどっしりと構えているおかげですぐに平常心を取り戻せたフィナが、風の最下級札である《ねむりの風の札》に手を伸ばす。

 

「えっと、次は風――――って、わわわ! さっきと同じくらい光ってますよ、おじさん!」

 

「――ッ!! ……………………だなぁ」

 

 風の札から発せられた光の強さは、土の時と同程度の光量であった。つまり、フィナは土と風との相性が良好、適性"大"ということ。

 この事実を認識したビクトールの心が激しく波立つ。

 

(おいおい、五行のうち二つ以上に良適性を持っているやつなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだぞ! しかも、風……! クソ、俺が()()()を持っていれば可能性の芽が出てたかも、ってか……!)

 

 フィナに決して内心が悟られないよう、不自然にならない程度に顔を隠すビクトール。

 彼は後悔の海に半身を沈めていた。こんなことになると分かっていれば、青い腐れ縁に()()()()()()()()()()のほとんどを預けたりはしなかった、と。

 

 そんな内心を知る由もないフィナが、最後の札に手を伸ばす。

 そして、少女は掴んだのだ――

 

「きゃあっ!? ま、まぶしい!!」

 

「うッ!? この光、トウタやヨシノと同等か、下手したらそれ以上じゃねぇか……! マジか……」

 

 ――――運命を覆すための、文字通りの"切り()"を

 

 

 

 

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