くま クマ 熊 ビクトール   作:真なる熊の紋章

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8 風来熊、少女を鍛えだす

 

「――――」

 

「…………(おじさん、ずーっと考え込んでる。よくわかんないけど、わたしの紋章術の適性って、やっぱり異常なのかな)」

 

 フィナは夕飯の買い物をしながら、心ここにあらず状態でついてきているビクトールを振り返る。

 

 フィナの五行の紋章との相性確認を終えてから、既に一時間(半刻)ほどが経過していた。

 しかし、フィナが最後に手にした水の札からあの眩くも優しい――まるで母みたいに包み込んでくれるかのような力強い光が放たれて以降、ビクトールの様子が明らかにおかしくなったのだ。

 

 フィナが説明を求めても、光に呼び寄せられたウルフが襲って来ようとも、そのウルフ達の首をへし折っている間も、フィナが涙目で帰宅を促しても、ビクトールの意識が完全にこちらを向くことは無かった。

 仕方がないのでビクトールにウルフ達を持ってもらい、安全な水場で解体し、昨日と同じように売却をした。

 そして、手に入った大量の肉を活かす料理を考えながら買い物をしているのが現在の状況となっていた。

 

 

 

「――たとえ、また廻りだすんだとしても、なるようにしかならんか」

 

「? ビクトールおじさん、どうかしましたか?」

 

「ん? いや、なんでもないぜ。わりぃな、ほっといちまって」

 

「いえ、それは構わないんですが……もうよろしいのですか?」

 

「おう! さて、買い物は終わったんだし、帰るとしようぜ。腹が減ってかなわん」

 

「もうっ! お昼にあれだけ食べておいてどうなってるんですか、このお腹は!」

 

 そう言い、嬉しそうにぺちぺちと腹を叩いてくるフィナの頭を撫でながら、ビクトールは出した結論を再度頭の中で反芻する。

 

(また星や運命がフィナ達を弄ぼうとしてやがるんだとしても、好きにはさせねぇさ。そのためにもまずは保護者の説得、だな)

 

 先ほどまで小さな頭を撫でていた手を握りしめ、ビクトールは説得相手がいるフィナ達の家への帰路についたのであった。

 

 

 

 

 

 

「――フィナを鍛えたい、ですか……?」

 

「ああ、もちろん無理強いはしない。フィナが強くなることを望めば、の話だ」

 

「わたしが……強く? おじさん、それってやっぱり……さっきの実験の結果のせい、ですか?」

 

「ま、それも理由の一つではあるんだがな。一番大きな理由は他にある」

 

 

 フィナ達の家へと帰ってきた二人は昨日と同じように料理をし、四人で夕食を共にした。

 そして、シュリ待望のデザートの時間にて。

 ティルミナが《アイスクリームのレシピ》と《玉子》で作られる《アイスクリーム》を溶かして人肌にまで温めたものを。

 姉妹が《ギョーザのレシピ》に《豚肉》と《さとう》で作られる《フルーツギョーザ》を食べ終えると、ビクトールが本題を切り出したのだ。

 

 ――己に、フィナを鍛えさせてくれないか、と

 

 ビクトールがこのような提案をするまでに至った理由は主に三つ。

 

 一つは先のフィナの発言の通り、今日の昼過ぎに行った実験の結果を受けてのものだ。

 フィナほどの紋章術の才能を持つ人間はそう多くない。ビクトールとしてはあまりオススメはしないが、紋章術師として生きていくとフィナが決断すれば、間違いなく食いっぱぐれることはないレベルだろう。

 ならば、フィナが将来どのような道を選ぶにしろ、今のうちから才能を磨いておくことは決してマイナスにはならないハズなのだ。

 

 では、紋章術の才を伸ばすこととフィナを鍛えることがどうつながっているのか。

 紋章術師としての実力を高めるためには知識、発想力、相性(適性)、魔力の四要素を高めていく必要があるらしい。だが、この中でビクトールが高めてあげられるのは魔力だけなのだ。

 知識と発想力は門外漢だし、相性はほぼ生まれつきで決まっているらしく、後天的に鍛えられるものではないと聞いたことがある。

 しかし、魔力だけは別だ。どんなに才能豊かな紋章術師でも、レベルを上げなければ(鍛えて実力を高めないと)魔力はほとんど成長しない。鍛錬と実戦が不可欠なのだ。

 なので、フィナを鍛えたいというのが一つ目の理由なのである。

 

「もう一つの理由は……暴漢対策、だな」

 

「ぼーかん? ぼーかんってなーに? おねーちゃん」

 

「えっと、こわーい大人の人のことだよ。シュリ」

 

「ビクトールさん、どのみち女の子のフィナではいくら鍛えても……その……」

 

(ふむ、流石にティルミナは現状の危険性は認識していたか。だが、どうすることもできなかったんだろうな……)

 

 さて、ではここでティルミナ一家の家族構成と環境をおさらいしておこう。

 病弱の母と幼い娘が二人の計三人。そして、いずれも美女、美少女ぞろいである。

 そして、立地。

 大黒柱が早逝し、母は働けない。十歳の女の子しか稼ぎ手がおらず、日々の食事にも困窮している家族が住める地の治安状況は果たして良いのだろうか?

 

 ビクトールは昨日の段階では"もしかしたら美醜感覚が自分達とは違うのか"とも考えていたが、その考えも冒険者ギルドに入った瞬間に否定されていた。

 受付などの容姿が一定の武器となる係を担当していたのは、彼から見ても普通に美男美女が多数であったからだ。特に女性は。

 

 となると正直な話、この三人が今日まで無事だったのは…………本当に運が良かった、としか言いようがない。

 そして、これから姉妹が成長していき、どんどん()()()()()()()()ことを考えると、自衛の手段は絶対に必要となるのだ。

 

「おまえさんの懸念は分かる。俺だってフィナだけだったら焼け石に水だと思ってたさ。……"そいつ"がいなければ、な」

 

 そう言い、ビクトールが難しい顔で指さしたのは――

 

「え……? 解体ナイフ(シルヴィア)が、ですか?」

 

「そうだ。なぁ、フィナ。おまえさん、昼間の戦闘中はシルヴィアの指示に従って動いていなかったか?」

 

「あ、はい。そうですけど……もしかして、ご迷惑でしたか?」

 

「いや、迷惑なんてありえねぇ。むしろ、フィナの位置取りは完璧だったぜ。おかげで戦いやすかったのなんの、ってな」

 

 後になってから気が付いたことだが、あの時のビクトールは戦闘にイマイチ集中しておらず、フィナへの指示が疎かになっていた。

 にもかかわらず、フィナはビクトールがいてほしい場所に常に陣取り、周囲の警戒すらしていたのだ。とても戦闘経験が皆無で、前日に恐怖体験をした少女ができることではない。

 考え事を終えたビクトールがこの異常事態に気が付き、当時のことを振り返ってみると――ナイフを握りしめながら、時折"こくん"と頷いていたフィナの姿を思い出したのだ。

 

「流石は主を守りたい一心で無茶苦茶やらかしてくれたじゃじゃ馬娘だ。フィナの安全を第一に考えられる、出来た相棒だぜ」

 

「えーっと、『だ、だれがじゃじゃ馬よ! このくまーー!!』――と言ってます。分かりづらいかもですが、褒められて照れてるみたいですね」

 

「お、おう。ともかく、戦闘指示を的確に出せるヤツが傍にいるなら、あとはフィナが指示通りに素早く動ける身体を作ってやればいいだけだ」

 

「んー? ねー、くまさん。シュリ、よくわかんないけど……てきをやっつけるおべんきょうはしなくていーの?」

 

「……なるほど。フィナの性格上他人を傷つけるのは難しいでしょう。そこで頼るのも、やっぱり"その子"なんですね?」

 

「はっはっはっは、流石は元冒険者。その通りだぜ」

 

 再び、四人の視線が"その子"こと解体ナイフに集まる。

 このナイフはこれからのゴルドとフィナ次第ではあるが、見た目からは考えられないほどのデタラメな切れ味と強度を獲得していくことになる。

 なので、フィナが自衛さえできるようになれば、人を傷つけられずともそこら辺にある物を適当に切りつけて、笑顔で『ぶっ殺しちゃいますよ♪』みたいなハッタリをかますだけで、立派な抑止力となるのだ。

 さらにオマケとして、ビクトールはフィナに《ねむりの風の札》と《土の守護神の札》、()()()()よく効く即効性の《おくすり》を複数持たせている。

 自衛ができるようになったフィナと合わせれば、暴漢数人くらいまでなら家族を護りきることが可能となるだろう。

 

 そして最後に、三つ目にして最大の理由があるのだが……今は語る時ではないので伏せさせていただく。もちろん、フィナ達にも伝えなかった。

 

「ま、最初の頃はあんま深く考えなくていい。今日みたいに仕事が無い日や空いている時だけで十分だしな」

 

 それに加え、今日のように外で鍛えている最中にウルフ辺りが寄ってくれば良い臨時収入となる。

 さらに、未加工の薬草を入手することもできるし、本日購入した医学書と薬学書で知識をつけたフィナならば効能を上昇させた薬を作れる可能性だってあるだろう。

 

 以上の理由――特に最後の薬――を聞いたフィナも大いに乗り気となり、ティルミナの説得に加わる。

 自分のために愛娘がやる気になってしまった以上、元々強く反対していたわけではないティルミナもすぐに折れた。

 一つだけ、複雑な表情で条件を添えて。

 

()()()()()フィナを危ない目に遭わせないでください。……あの人は冒険者としての仕事中に帰らぬ人となりました。元冒険者として甘いことを言っているのは承知ですが、どうか……!」

 

「お母さん……」「おかーさぁん……っ」

 

「……ああ、()()()()ぜ」

 

 その言葉を聞いて、ホッと安堵の息をつく母親を見つめながら、ビクトールは人知れず拳を握りこむ。

 

(すまねぇな、ティルミナ。残された時間があまり無い以上、場合によっちゃあ約束を破らせてもらうぜ……!)

 

 そして、そんなビクトールの悲壮な覚悟は、本人が想定していたよりもはるかに早く、三日後に現実のものとなってしまう。

 

 

 ――――人間と魔物との"戦争"に巻き込んでしまう、という最悪のカタチで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、ビクトールがこの世界に転移してから三日目。

 今日もフィナに仕事はなく早速外へ――の前に防具屋へと向かう。そこでフィナの運動着として、子ども用《けんぽうぎ》数着と《風のはねかざり》を購入する。

 そしていつもの門へと向かい、兵舎の一角を借りて着替えてから門外へ。

 

 そして、薬草探しを兼ねて森を歩き回る二人。ただ、昨日とは違って腕を振り、しっかりと(もも)を上げさせてフィナの身体に負荷をかけさせる。

 すると、草葉を踏みしめる音やフィナが流す汗の臭いに反応したのか、散発的にウルフとふさふさが襲い掛かってくるのでビクトールが体術のみで倒していく。

 剣を使わないのは、彼が剣で斬りつけると死体に大きな傷が残り、著しく素材価値を落としてしまうからだ。

 

 薬草を手に入れる頃には複数の魔物達の死体ができあがっているので、休憩をはさんでフィナが安全な水場で解体を行う。

 解体が終わると一旦街に戻っていつも通りにウルフ肉を除いた素材の売却をし、宿で予めエレナに頼んでおいた昼食を受け取ってティルミナ達を交えての食事となる。

 食事後、フィナはシュリに手伝ってもらいながら身体を清め、二着目のけんぽうぎに着替えたら姉妹揃ってのお昼寝タイムだ。その間、ビクトールはティルミナからこの国の常識を教わったり、外で情報収集をしたりしながら時間を潰す。

 

 姉妹が起きるとティルミナによる女性向け身体の動かし方講座が始まる。この辺りは性別も体格もフィナとは真逆のビクトールには教えられない部分だ。

 そして講座が終わると、教えられたことをすぐに試すための室内鬼ごっこの時間となる。

 これは、"ビクトール&シュリvsフィナ"というハンデに加え、追いかけられるのはフィナで固定、捕まるとシュリにくすぐられるという大変理不尽なものとなっていたりする。

 実際、鬼ごっこが始まってから十分(じっぷん)と経たないうちにフィナはボロボロとなり、早々に母の寝台に逃げ込んで慰められていた。

 

「しくしくしくしく……」

 

「よしよし、よく頑張ったわね、フィナ。……シュリはもうちょっと手加減してあげなさい?」

 

「えへへ~♪ ごめんね、おねーちゃん!」

 

「んじゃ、フィナはしっかりと休んでおけよ。ほれ、シュリは俺さまと一緒に買い出しに行くぞー」

 

「うん!」

 

 フィナの本日分の修業が終わると、ビクトールはシュリの買い物の付き添いの時間となる。

 "はじめてのおつかい"状態のシュリのフォローをしつつ帰宅し、夕食を共にしてからビクトールは酒場をはしごしていく。夜の酒場は情報収集にもってこいなうえ、普通に吞兵衛熊の欲求も満たせるスポットだ。行かない手はない。

 

 ほろ酔いになったあたりで切り上げ、宿に戻って風呂に入る。そして、入浴後は即就寝してビクトールの一日は終わりとなった。

 

 

 

 その翌日も多少の差異はあれども同様に過ごし――さらに翌日、ビッキーのうっかりテレポによる転移から五日目、状況は大きく動き出すこととなるのであった。

 

 

 






【悲報】フィナとシュリの髪色と瞳の色、アニメ版で変更される


……いやぁ、ショックです。
書籍版ではビクトールと同色の黒髪・黒目であった二人でしたが、先日発表されたアニメ版のキービジュアルではバッチリ変更されていました。漫画版に合わせた……のかな?
まあ、本作は書籍版の黒で通しますが、アニメで『くまクマ熊ベアー』を知ってから本作を見てくれた方は戸惑うんだろうなぁ、と。
これで性格とか言動とかもweb版から変更されてたらどうしましょう……怖いなぁ。


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