くま クマ 熊 ビクトール   作:真なる熊の紋章

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9 風来熊、かつての仲間と再会する

 

 その日は朝からあいにくの曇り空。

 とはいえ、やることは普段通り。フィナに起こされてから弁当にありついたビクトールは今日もご機嫌に大通りを闊歩し、フィナの仕事の有無を確認しに行く。

 すると、今日は仕事があるとのことなのでフィナとは一旦別れ、暇そうにしていた冒険者を酒で釣り、ギルド内の依頼ボードを見て回る。ビクトールはこの世界の文字を読むことができないので、通訳が必須なのだ。

 さて、何故依頼ボードをチェックするかなのだが、これは仕事をしようというわけではなく、『頭に風船をつけて飛んでゆく青い人らしきものを見た。調査して』とか『タライや調理器具が一瞬で消えた。調査して』とか『しゃべる剣が怖い。助けて』みたいな依頼の確認のためだ。

 だが、ボードに気になる依頼は無く、暇そうな冒険者への聞き込みをしていると、昼前くらいに仕事を終えたフィナと合流する。

 とりあえず腹ごしらえをしに行くか、と宿への道を進んでいると――

 

「――ん? なんだか辺りが騒がしくねーか?」

 

「あ、ホントですね。何かあったんでしょうか?」

 

 足を止めて周りを窺ってみると、目に付くのは浮足立つ住民達の姿。ただ、その表情は様々で、好奇や期待に満ちた顔で広場の方へ駆けてゆく者もいれば、不安気に彼らが向かう先を見つめている者もいる。

 周囲のそんな様子に好奇心を刺激されたビクトールが、フィナに寄り道を提案しようとした時、耳に飛び込んできた言葉に目を見開いた。

 

「マジだって! このくらいの赤マントの茶色い毛の生き物が、広場で"ムームー"言いながら空を飛んでんだよ!」

 

(ッ! 赤マントに茶色、だと? しかも、あの大きさは……《むささび》か!)

 

 広場の方から走ってきた青年のジェスチャーと口走った言葉から、ウワサとなっている生物の当たりをつけたビクトールに緊張が走る。

 

 

 ――むささび

 

 むささびは彼が半年前まで滞在していた拠点周辺に大量に出現するモンスターであり、空という人間の死角から食料等をかっぱらっていく、商人や農家の天敵の一種である。

 ただ、性格や人間性(むささび性)の個体差が非常に激しいのも特徴で、特に意味もなく人間を殺しにくる個体もいれば、人間の言葉を理解して友となる個体すらいる。

 事実、フェザーというグリフォンと共に当時の拠点の空を守っていたのは、心優しき五匹のむささびであったのだから。

 

 

 とはいえ、人間の居住地に近づいてくるむささびの大多数は敵対的な個体だ。寄り道などとは最早言ってられず、戦える者の義務としてすぐにでも広場に向かわなければならないだろう。

 

「フィナ! 俺はちょいと用事ができちまったから、おまえさんは先に家に戻ってな」

 

「え……な、なら、わたしも」

 

「ダメだ。もし広場がパニックになっちまったら、身体の小さい子どもはマジで危険なんだ」

 

「……はい」

 

 "圧死"という単語がフィナの頭をよぎる。彼女はそこまで好奇心が強い方ではないので、一歩後退して頷いておく。

 軽く手を振りながら広場へと走っていくビクトールを見送り、家に戻るために踵を返そうとしたところで、フィナはピタッと動きを止めた。

 

『――――♪』

 

「――え? 『イヤな感じはしないからこっそり見に行こう』って? え、えーっと…………うん、分かったよ」

 

 ビクトールは失念していたのだ。

 彼女には主想いではあるものの、基本的に好奇心旺盛で軽い性格をしている相棒がいることを。

 

 

 

 

 

 ビクトールが広場に辿り着くと、そこは既に黒山の人だかり――いや、随分とバラエティに富んだ色の人だかりができていた。

 彼らは広場にある一本の木を遠巻きに取り囲んでおり、その木を指さしたりしながら騒いでいる。

 ビクトールが視線や指先が集中している木の上部に目を凝らすと、そこには予想通りの生物が存在していた。

 

(やっぱ、むささびだったか。だが、これは……)

 

 予想通りの正体ではあったが、その様子はビクトールの予想とは違ったものであった。

 時折聞こえてくる「ムー……」という鳴き声からは人間への害意が感じられず、人間達の好奇の目に戸惑いを浮かべているような表情に見える。しかし、()()()()()()()()()()()ような……

 

(あの困ったような表情、すっげぇ見覚えがあるんだよな……ヨシノに取っ捕まって丸洗いされてる時の()()()にそっくり――)

 

 ビクトールがそこまで思考した時、枝の上で途方に暮れたように座っていたむささびとバッチリ目が合った。

 その瞬間、むささびの目がまん丸に見開かれ――

 

「――ム? ムムッ!? ムンムムムーーー!!」

 

「ッ! やっぱおまえ、ムクムクじゃねーk――ぶはぁっ!?」

 

 どことなく嬉し気に滑空してきたかつての仲間を、ビクトールは顔面で受け止めることになったのであった。

 

 

 むささび特務隊の若きリーダーを務めるむささび、それがムクムクである。

 前大戦の新同盟軍側リーダーとは昔からの友達であり、その縁もあって大戦初期の頃からビクトール達の陣営に加わっていた歴戦のむささびなのだ。

 

 

 さて、そんな仲間と再会したビクトール。

 いくら飛行可能のむささびとはいえ、別れてから半年程度しか時間が経っていないムクムクがここにいるという事実に希望を見出す。

 

「おまえがここにいるってことは案外デュナンに近いのか! それと、フリックとビッキー、星辰剣に会わなかったか?」

 

 だが、興奮気味の彼は忘れていた。

 ムクムクは人間の言葉を理解できるのだが――

 

「ムゥ? ム、ムムムーム! ……ム~?」

 

「……なに言ってんのかさっぱりわかんねぇ」

 

「ムッ!!?」

 

 そう、ビクトールはムクムクの言葉を理解できないのだ。

 かつての仲間の何人(なんにん)かは、何故か当たり前のように獣と意思疎通ができていたが……念のために遠巻きにこちらの様子を窺っている周囲の野次馬どもに視線を向けてみるも、やはり誰もわからないようだ。

 

 とはいえ、自由に飛行可能なムクムクの協力を得られれば人探しの面で希望が見えたのも事実。大きな前進である。

 そこまで思考したビクトールが改めてムクムクの顔を見ようとして――彼の様子がおかしいことに気が付いたのだ。

 

「ん? どうしたんだムクムク。なんか……焦ってるのか?」

 

「ム! ムムンムム、ムームムムーー!!」

 

「…………」

 

 西の方角を指さしながら全身をわちゃわちゃ動かし、顔の筋肉すら総動員して何かを伝えようとしているムクムク。

 その必死な様子から、彼が指さしている方向で何かが起きていることは分かるのだが――

 

 

 ――その時、ビクトールの背後でどよめきが起こった。

 

 

 考え事を邪魔されたビクトールが小さく舌打ちをしながら振り向くと、そこにいたのは周りの大人に支えられ、辛うじてといった様子で立っている馴染みの少女。

 

「フィナ? どうしてここに――って、顔色が悪いじゃねぇか! どうしたってんだ!?」

 

「おじ……さ、ん」

 

「おや、アンタこのお嬢ちゃんの知り合いかい? この子、アンタが抱えてるムクムク(もこもこしたの)がムームー言ってる時に小さく悲鳴を上げてからこの調子なんだよ」

 

「ッ! そうか、解体ナイフ――いや、ききみみの紋章か!!」

 

 ビクトールがそう当たりをつけると、成程。確かにフィナが両手で抱きしめるようにして持っているのは、動物の声を理解できるようになる《ききみみの紋章》を宿す解体ナイフだ。

 

「フィナ! キツそうだが、ムクムクの言葉を通訳できるか?」

 

「ムム!? ムッムムー?」

 

「……う、うん、大丈夫。その子――ムクムク、さん? の、言ってること、全部、伝えられる……よ…………!」

 

 しゃがんだビクトールがフィナの瞳を覗き込んでみると、そこにあったのは"恐怖"という闇に飲み込まれまいと抗う、"闘志"という名の強き光。

 ムクムクが何を言ったのかは分からないが、恐らく精神に相当な衝撃を受けているだろうに、彼女の瞳に宿る意志のなんと頼もしいことか。

 

(まったく、どうしてこう俺が関わるガキどもは、良くも悪くもガキらしくねぇのが多いんだか……)

 

 思い出すのは、二つの戦争で先頭に立っていた二人の少年の瞳。多くの人々を惹きつけてやまなかった、"誘引灯"。

 流石にあの二人と比べれば、フィナの光はまだまだ弱い。比べるのも失礼なほどに差が開いている。

 しかし、僅か十歳の子ども――それも女の子が、ビクトールに正真正銘の英雄となった二人を思い浮かばせるに足りる光を宿していること自体が、既に異常なのだ。

 

(ま、一番異常なのは、そんなヤツらに早くから関わることになっちまう俺の方なのかもしれんがな)

 

 と、心の中だけで自嘲するビクトール。

 だが、それも一瞬だけのこと。一度だけ己の頬を叩いて気を引き締めると、フィナを落ち着かせるために彼女の肩に手を置き、再び視線を合わせる。

 

「なーーに、大丈夫、大丈夫。おまえには、このビクトールさまがついてるって。……だから、ゆっくりでいいんだ。落ちついて、ムクムクの言葉を俺に伝えてくれ」

 

「う、うん。……うんっ!」

 

 母が倒れてからというもの、フィナに()()()()大丈夫と言ってくれる大人はいなかった。

 頼れる大人はいたが、目の前の大男のように自信満々の笑顔で寄り添ってくれる大人はいなかった。

 

 だから――子どもという生き物が、堂々としている大人が一人いるだけでこんなにも救われる単純な生き物だということを、フィナは初めて認識したのだ。

 

(ムクムクさんの"警告"の内容も知らないし、大丈夫って根拠があるわけでもないのにね……ほんと、不思議な人だなぁ)

 

 フィナは"はふぅ"、と一息つくと――窮地に陥り、今も助けを求めているであろう人々のために、己ができることをまっとうする覚悟を決める。

 

「あ、あのね。西に……クリモニア(この街)の西にある村がね……っ!」

 

 口に出そうとすると身体が震える。

 想像してしまった光景が頭から離れない。

 許されるのなら、ただただ泣き叫び、家で母に縋りついていたい!

 

 だが、それでも――――フィナは肩に置かれたビクトールの手に自分の左手を重ね、勇気を分けてもらう。

 

「村が! 緑色の醜悪な小人に! 恐らくだけど……"ゴブリン"の群れにっ!! 襲われているんだって!!!!」

 

「はあっ!?」「えっ――!?」「んなっ――!?」「マ、マジかよ……」

 

 フィナがムクムクの言葉を通訳した瞬間、周囲の人々が様々な反応を見せ、それに彼女の目がうばわれる。

 野次馬達は様々な感情を表情や態度で表しているが、全員に共通しているのが――疑いのまなざし。

 

 "まぁ、それも当然かな"とフィナは思う。右手の中の相棒は周囲の反応にプリプリと怒っているが。

 自分は子ども、情報提供者は小動物(?)。疑う理由は数多くあれど、信じるに足る理由は一つもない。

 残念に思う気持ちがないわけでもないが、自分の事情を知らない者達の反応としては妥当である、と納得する。

 

 ならば、事情を知っている――どころか、大体の元凶なんじゃないかとすら思えてくる人はどうなのだろうか。

 

 そう考えた時に思いが表に出たのか、ビクトールの手に重ねていたフィナの左手に僅かに力が入る。

 すると、それだけでフィナの内心を見抜いたのか、ビクトールはフィナの視線を自分に向けさせると、わざとらしいくらいの不敵な笑みを浮かべる。

 

「おーけーおーけー。ゴブリンってのは知らんが、なんとかなるさ。大丈夫だ」

 

「おじさん……! うんっ!!」

 

 ビクトールの"信頼"が嬉しかったのか、僅かでも笑顔を見せたフィナ。

 これでひとまずフィナの心は大丈夫だと判断したビクトールは、先ほどからうるさく主張してくる自身の苦い記憶へと向き直る。

 

(さあて、急がないと《トト》や《リューベ》の二の舞だ。あんな思いは二度とごめんだぜ!)

 

 先の大戦の初期頃、敵軍の"士気高揚"という名目――実際は一人の狂皇子の憂さ晴らし・八つ当たり――のために焼き打ち、村人皆殺しの憂き目にあった二つの村。

 どうすることもできなかったトトはともかく、リューベが襲われたとの一報を受けた時の怒りと無力感は、未だ昨日のことのように思い出せる。

 リューベの時は第一報が遅れに遅れたことと、ビクトールら責任者が迫る戦争への準備にてんてこまいだったことも重なり、当時の拠点から歩いて数時間程度の距離しかなかった村での暴虐を許してしまった。

 

 だが、今回は違う。

 第一報はムクムクとフィナのおかげで早期に伝えられ、少なくとも自分は何のしがらみもなく自由に動ける。それに、頭の上に陣取っているムクムクが急かしてこないことを鑑みるに、時間はきっと残されている。

 

 間に合う。

 まだ間に合うのだ!

 

(まず優先すべきは兵力の確保かね。ゴブリンとやらの詳細も規模も不明だが、俺とムクムクだけでどうにかなるもんでもないだろ)

 

 そう判断したビクトールはフィナを抱え上げる。

 

「フィナ、おまえが知っているなかで一番大きな兵舎に行くぞ! 案内してくれ!」

 

「はい! えっと、いちばんおっきいのはですね……」

 

 ビクトールの腕の中におさまり、敬語を使う余裕がでてきた(ある程度平常心を取り戻した)フィナが、思考の海の中に潜ろうとした時――

 

「ま、待ってくれ! 仲間には……兵達には俺が伝えに行く。だから、アンタらは冒険者ギルドに向かってくれ!」

 

「ん? 誰だおまえ――って、アンタは俺が酒を売った門番じゃねぇか」

 

 ビクトールを呼び止めたのは、転移初日に世話になった門兵の男。非番なのか私服姿である。

 さて、正体が分かったところで彼の提案についてだが――前半は悪くない。正確にはこの街の住人ではないビクトールと、子どものフィナが伝えに行くよりかは確実だろう。

 だが、腑に落ちないこともある。

 

「冒険者ギルドに伝えたって依頼は誰が出すんだ? 後で村人に請求すんのか? というか、アンタは今の()()()()()()()を信じてくれるのかい?」

 

 冒険者は依頼が出ないと動かないし、動けない。基本的にはこれが大原則だとギルド嬢は言っていたハズだ。

 無論、個々人の良心に基づき無報酬で行動することを制限したりはしないだろうが、動いてくれる冒険者がどれほどいるか。

 

「ここの領主様は慈悲深いお方だし、ギルド長も機転が利く人だ。情けない話だが、即応力だけなら兵士よりも冒険者の方が高い。早く動けることだろうよ」

 

「……つまり、金は後で領主が立て替えてくれるってことか」

 

「ああ。それと、さっきのお嬢ちゃんの言葉を信じるのかだが――」

 

「っ……!」

 

 言葉をいったん切り、チラリとフィナを見る門兵。

 その視線に息をのみ、ビクトールの腕の中で身体を縮こまらせるフィナ。

 

「――信じるぜ。お嬢ちゃんはこんな人騒がせなウソはつかない。数ヶ月とはいえ、俺たち門兵はお嬢ちゃんを見守ってきたんだ。それくらいは分かるさ!」

 

「も、門番さん……!」

 

「へへっ、そうかいそうかい」

 

 門兵は感極まった様子のフィナの頭に手を置き、彼女を励まそうとしたのか余計な一言を付け加える。

 

「はは、もっと自信を持ちなよお嬢ちゃん。君は今年の"孫・息子・弟の嫁に欲しい女の子選手権"の優勝者なんだk「門番さんッッ!!?」――おっとと、今のは忘れてくれ。んじゃ、頼んだぜー!!」

 

 そう言い残すと、ぴゅーっと走り去っていく門兵。

 残されたのは大口を開けて笑うビクトールとムクムク。そして、顔を耳まで真っ赤にしたフィナ。

 

 

 

 原作では神工(じんこう)チート持ちである原作主人公の陰に隠れがちだが、実はフィナのスペックもチート並みである。

 (よわい)十歳にして解体技能はプロ級、家事万能、語学堪能。しかも、これらの技能を母の看病と妹の世話をしながら習得している。

 オマケに容姿は端麗、性格は非のうちどころがない程に善良。家柄も嫁にもらいやすい下級平民ときたものだ。

 

 正直な話、年齢を考慮したとしても未だに縁談の話が来ていないことが不思議でならない程には、超・優良物件なのがフィナという少女なのだ。

 

 

 

 閑話休題。

 たまたまなのか狙ってなのかは知らないが、門兵のおかげで良い感じに肩の力が抜けた二人と一匹。あとは一刻も早く動き出すだけだ。

 

「しゃあ! ギルドまで飛ばすぜぇ! 二人とも、しっかりつかまってろよ!!」

 

「はい!」「ムムムーー!!」

 

 "ぎゅっ"、"もふっ"――二人の準備が整ったことを確認したビクトールは全力で走り出した。

 

 

 (おの)が使命を、果たすために!

 

 

 

 

 

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