国土交通技官・雪ノ下雪乃   作:Asarijp

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後編

 翌朝。

 

 由比ヶ浜の家のダブルのベッド(引っ越しのときに手伝わされて俺が組み立てた)で目を覚ますと、俺の両サイドには雪ノ下と由比ヶ浜が寝ていた。

 

「うおっ!」

 

 パニックになって飛び起きた後、昨夜なにがあったのかを思い出した。

 

 恥ずかしくて死にそうだ……もうすぐ26になるってのに……。

 

 高校のときの「本物がほしい」発言以来だ。

 俺すごく恥ずかしいことを言った気がする。いや確実に言った。あああああ二人とも墓まで持ってってくれっかなぁ……。恥ずかしすぎて小町にも言えねぇ。

 

「うぅん……」

 

 俺がそうして煩悶していると、雪ノ下が艶めかしいうめき声を上げた。

 

 雪ノ下のまぶたがゆっくり開き、目が合う。

 

「……気持ち悪い」

 

 えぇ……。俺の顔見て言う第一声それ? 昨夜の熱烈なプロポーズはなんだったの?

 

 とショックを受けていると、雪ノ下は突然起き上がり、走って寝室を出ていった。

 慌ててトイレのドアを開けるデカい音に続いて、今度は苦しそうなうめき声とおろろろろ……というリバース音。

 

 由比ヶ浜にタオルケットをかけ直して雪ノ下の後を追う。

 雪ノ下はトイレで便器を抱えて座り込んでいた。

 

「大丈夫か」

 

 雪ノ下の背中をさすってやる。さらにもう二度吐くと落ち着いたらしく、大きなため息をついた。

 コップで焼酎ロック一気飲みしてたらいくら強くてもそりゃ吐くわ。

 

「ほれ、立てるか? 洗面所行くぞ」

「ええ、ありがとう……」

 

 雪ノ下が洗面所で口をゆすいでいる間に、昨日酒の割りものとして買ってきた牛乳を電子レンジで温める。さらに、二日酔いには糖分がいいのでコーヒー用のスティックシュガーを牛乳に溶いておく。俺は2本。

 準備ができたところで、ちょうど雪ノ下が顔も洗って出てきた。

 

「砂糖入りホットミルク、飲むか?」

「ええ。いただくわ」

 

 こたつテーブルで雪ノ下と向き合い、砂糖入りホットミルクをすする。時計のカチカチという音がいやに大きく聞こえる。時刻は11時過ぎ。もう昼だ。

 

「あの、比企谷くん。昨日のことなのだけれど」

「お、おう」

「あなた、ちゃんと覚えているかしら? 酔っていて覚えてないなんてこと、ないわよね?」

「当たり前だろ……。あんな強烈なこと、忘れたくても忘れられるか」

 

 それに忘れたくもない。一生覚えているだろう。

 

 雪ノ下は両手で持ったホットミルクのコップで顔を隠すようにはにかんだ。

 

「そう。よかった……。『酔っていて覚えてない』なんて言われたら、もう一度あの恥ずかしいプロポーズをやらないといけないところだったから」

 

 もう一回あんなプロポーズしてくれんのかよ。かっこいいなお前。

 

「ほんとかっこいいよなお前は……」

「なにが?」

「……なんでもねぇ」

「私のどこがかっこいいのか、愛する人の口からぜひ聞きたいわね。ほら言いなさい」

「言わせんな恥ずかしい」

 

 自分で言って顔を赤くすんなよ……。

 

 そんな話をしていると、寝室のほうからモゾモゾと物音がした。由比ヶ浜が起きたようだ。

 しばらくすると、青い顔でのそっと由比ヶ浜が寝室から出てきた。

 

「……おはようヒッキー、ゆきのん」

「おはよう。由比ヶ浜さんも二日酔い?」

「うん……」

「ホットミルク飲むか? 砂糖入りだけど」

「うん……ヒッキーのちょうだい」

 

 由比ヶ浜は立ったまま俺のホットミルクをすすり、

 

「甘っ!」

 

 と言ってすぐに俺に突っ返してきた。

 

 あまりの甘さで目が覚めたのか、由比ヶ浜は白いヒゲをつけたまま緊張した面持ちで口を開いた。

 

「ねぇヒッキー、ゆきのん。昨日のこと、夢じゃないんだよね?」

「ええ、夢じゃないわ。現実よ」

「俺もちゃんと覚えてる。安心しろ」

「そっか。よかった……よかったよぉ……」

 

 

 

 

 

     ***

 

 

 

 

 

「今後のことなのだけれど」

 

 私がそう切り出したのは、比企谷くんお手製のブランチを終え、食後の一服をしているときのことだった。

 

「私たちの関係を対外的にどう説明するか、考えておきたいの。つまり、今の日本では三人で結婚することはできないから、職場に対してどういう方便を使うかということよ」

「まぁ確かに妻が二人できましたなんて職場に説明できないな」

「職場に説明できないということは、社会保険や待遇などで経済的に不利益を被ることになるわ。妊娠したら産休育休もどうなるか」

「に、妊娠ってゆきのん……」

「あら、私は比企谷くんの子供を産みたいけれど、由比ヶ浜さんは違うの?」

 

 ぶっ、と比企谷くんがコーヒーを噴き出した。

 

「突然なんてこと言うんだお前……」

「あたしもちょっとびっくりしちゃった……。でも、ゆきのんの言うとおりだよね。あ、あたしもヒッキーの子供欲しいし!」

 

 由比ヶ浜さんも比企谷くんも、顔を真っ赤にしている。おそらく私もだ。三人とももう25歳なのだが。

 

「子供を作るかどうかは置いておくとしても、どう説明するかは考える必要があるわ。例えば私か由比ヶ浜さんのどちらかが比企谷くんと結婚して、一方とは内縁関係になる方法。これなら法律婚をしたほうは結婚による法的保護や経済的利益を受けられる」

「それはだめ」

「由比ヶ浜……?」

 

 由比ヶ浜さんの断固とした拒絶に、比企谷くんと私は驚いた。

 

「あたし、ゆきのんとは対等でいたいもん。だから、それはだめ……」

 

 由比ヶ浜さんがそう言ってくれたことがなんだかうれしくて、私は思わず笑みを浮かべた。

 

「そうね。私もあまりやりたくない方法だわ。そこで2つ目。私と由比ヶ浜さんがパートナーシップ宣誓をして、比企谷くんとはそれぞれ内縁関係になる方法」

「それならいいかも! あーでもそれだとヒッキーが……」

 

 由比ヶ浜さんが困った顔で比企谷くんを見やる。しかし比企谷くんは特に気にしていないというふうに頬杖をついた。

 

「俺は別にいいぞ。さっきのよりバランスもいいし、いいんじゃねーの」

「この方法のデメリットは、法的保護がなく、経済的に不利益を被ること。パートナーシップでは税や社会保険制度上の効果がないから。ただし、大企業では同性パートナーを法律上の配偶者と同じく扱うところが出てきているし、由比ヶ浜さんの会社や官庁でもそういう動きがあるかもしれないから、職場の待遇面では無意味ではないと思うわ」

「うー……でもヒッキーがいいなら、あたしはそれがいいかな。お金はほら、あたしがいっぱい稼ぐし!」

「私もこれが落としどころだと思う。最終決定はもちろん専門家に相談してからの話になるけれど、基本的な方向性としては二人とも異存はないかしら?」

 

 二人は揃ってうなずいた。差し当たって考えておくべきことはこんなものだろう。

 住む場所やお金の話は後日改めてすることにし、今後はできるだけ毎週末顔を合わせるようにしようと申し合わせて、堅苦しい話は終わりにした。

 

 これからの人生はこの二人と歩んでいけるのだ。今になって急にそんな実感が湧いてきた。

 

 一世一代の大仕事を終えた気分だった。昨日の二人へのプロポーズは準備もなにもない行きあたりばったりのひどいものだったし、今振り返れば私の都合で二人に重大な決断をさせてしまった形になったが、それでも二人は私を受け入れてくれた。

 今までの人生でこんなにうれしいことがあっただろうか。

 

「比企谷くん、由比ヶ浜さん。昨日のこと、突然切り出されて驚いたでしょうけれど、受け入れてくれて本当に……本当に、ありがとう。なんと言えばいいのかわからなくてもどかしいのだけれど、私、いま心の底から幸せよ」

 

 私が思わず破顔するのを見て、由比ヶ浜さんと比企谷くんも微笑んだ。

 

「こちらこそだよ。ゆきのん、ありがとね。あたしたちの居場所、いつも作ってくれてたのはゆきのんだったから。……奉仕部のときも、今も」

 

 それはそんなに感謝してもらうようなことではない。

 奉仕部は平塚先生に言われてできた部活だし、そこに彼らがやってきたのもすべては平塚先生の指導の結果だ。

 今回の家族になろうというのも、元はと言えば私の事情から切り出した話だった。

 

 そういう話をすると、由比ヶ浜さんは首を振った。

 

「それでも、奉仕部の部室をいつも開けててくれてたのはゆきのんだったし、昨日家族になろうって言ってくれたのもゆきのんだよ。だから、ありがと! あたしもね、すっごい幸せだよ!」

 

 由比ヶ浜さんの言葉に、涙があふれてきた。

 

 奉仕部にいた頃の私はあれでよかったのだと優しく肯定された気がした。大学受験から今まで、私はずっとあのときの無力感を晴らそうと努力してきた。その無力感が今、由比ヶ浜さんの言葉で一気に晴れ渡り、今までの努力がすべて報われたような、そんな気がしたのだ。

 

「俺も、お前が奉仕部という場を作ってくれてたから、依頼を受けてそれを解決できてたんだ。そんで、これからも世話んなる。……雪ノ下、これからもよろしくな」

 

 比企谷くんの言葉で、私の心にはひとつの目標が浮かび上がってきた。

 

「ええ……ありがとう、二人とも。これからもよろしく」

「うん!」

 

 この二人をいつまでも支えていこう。私たちの関係はきっと世間からの風当たりが強いだろう。人の無理解に傷つけられることだって少なからずあるだろう。でも、私はそうした理不尽に対する盾になろう。

 

 そうすることが、二人に出会うまでの、理不尽に晒され続けた私への手向けだと思うから。

 

 

 

 

 

 2028年。

 予定から1年遅れての開業となったリニア中央新幹線の開業式典に、私はスタッフとして参加していた。

 

「リニア新幹線の最初の構想が始まったのは今から66年前、1962年のことでありました……」

 

 国土交通大臣の挨拶が始まった。

 

 私は33歳になり、昨年から本省でリニア新幹線を所掌する課長補佐になっていた。

 この8年で産休と育休を2回取ったが、一時期は国際機関に派遣されたこともあり、毎年目が回るほどの忙しさだった。だが、子供が生まれてから比企谷くんが専業主夫になってくれたこともあり、なんとか無事にやってこれている。

 

 私たち三人の家庭は、やはり順風満帆というわけには行かなかった。さまざまな世間の無理解にぶつかり、涙を飲んだことも少なくない。

 一方で、私たちの親にはいろいろとお世話になっている。由比ヶ浜さんのお母さまに子供たちを預かってもらうことなんて日常茶飯事だし、私の母も理由をつけては孫を預かろうとする。比企谷くんのご両親は相変わらず忙しく仕事をされているが、暇ができるとうれしそうに孫の顔を見に来てくれる。

 

 私たち三人はいつもどおり、誰が大病することもなく平常運転。私は遅くまで残業し、由比ヶ浜さんは外回りでヘトヘトになっているのを、いつも比企谷くんが家で出迎えてくれる。最近は子供たちが出迎えてくれることも多い。一日の疲れが吹き飛ぶ瞬間だ。

 

 大臣、運行会社社長、地元自治体首長の挨拶に続いてテープカットも終わり、いよいよリニア新幹線が動き出す。

 

 ふと、車内で高校生くらいの男女3人が楽しそうに話をしているのが目に入った。

 

 ――奉仕部にいた頃の私たちも、あんなふうに見えていたのだろうか。

 

 そう考えて、私はなにか胸の奥からこみ上げてくるものを感じた。

 

 

 

 リニア新幹線最初の列車は、静かに速度を上げ、ホームを滑り出ていった。

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