「…ん。」
彼女、鬼崎楓華は幽霊だ。だが、生活リズムは人と変わらない。寝巻きであった白い着物を脱ぎ、お気に入りの緋色の着物を身につける。それには白い花弁があしらわれていた。勿論、下着も一応つけている。彼女は幼女体型ではない。着物の上からでも分かる立派なものを持っていた。その後は顔を洗い、歯を磨く。洗面所の鏡に移る自分の顔は以前よりとても晴れやかだった。
「…そういえば、昨日はみんなで遊んだっけ…。」
朝ごはんを食べた後、またもう一眠りしてしまったようだ。あの三人はあの三人で仕事があるため、帰って行ってしまった。そう思うと少し寂しいが、また来てくれると約束した。別にこの場所に束縛もされていないので、こっちから出向いてみようかと思っている。一番近いのは魔理沙の家だ。少し行ってみても良いかもしれない。
「…お日様が真上にある…。もうお昼だ。」
邪魔な腰までの黒髪を白いリボンで束ね、台所に立つ。本当に使われているのかと思うほど綺麗なまな板と包丁を取り出し、素早い手捌きで魚や野菜を切っていく。鍋の味噌汁は仕上げに塩で味を整え、釜のご飯の仕上がりに楓華は少し微笑んだ。
「よし…。」
そのタイミングで扉の開けられる音が聞こえた。楓華はその足音を知っているため、嬉々としてそれを待ちわびている。
「よっ。今日も悪いなっ。」
八重歯を見せ、笑う黒と白のメッシュの少女。幻想郷の大罪人、鬼人正邪がやってきたのだ。普通なら、悲鳴なり、怒号なりぶつけるだろうが、楓華は違った。
「いらっしゃい。」
花のような笑顔を正邪に見せ、正邪も久しぶりに会う親友のように返事を見せた。楓華は、今日が正邪の来る日だと知っていた。手紙を貰ったからだ。事の発端は、霊夢達と楓華の会う一、二年前。自警団から逃げていた正邪は幸運にも森の中の綺麗な屋敷を見つけた。正邪はそこに隠れ、一晩を明かすと翌朝、正邪の体には毛布がかかっていた。玄関先で眠っていた正邪を楓華が心配し、かけたものだった。
そして、正邪は、帰るわけにもいかず、屋敷の主人を探して礼を言うため、立ち上がるとなにやらリビングの方から美味そうな匂いがした。昨日からなにも食べていなかった正邪は、その匂いの方へ向かうと、華奢な着物美人がどうぞと、二人分の料理を机に乗せていた。その後はなんやかんや話しつつも、楓華のご飯に舌鼓を打ち、時々、昼飯や夜ご飯を食べる奇妙な仲が続いていた。因みにだが、正邪は楓華のことも霊夢達と同じくらい知っている。知っているが、正邪は楓華のことをそこまで気にしてはいないため、楓華も居やすいのだ。
「昨日、博麗の巫女が訪ねてきたらしいじゃねえか。大丈夫なのかよ…。」
「大丈夫。霊夢は良い人だから。」
「…ッ!!私は心配だね。…お前は人を信じすぎるんだから。」
正邪の言葉は天邪鬼らしからぬ、素直な心配だった。こうやって、一緒に昼ごはんを食べて他愛のない話をするのを正邪自身も楽しんでいたからだ。それに…巫女と楓華は幽霊…。
人の形をした魂をいつ弔いに来てもおかしくはない。しかし、当の本人は此方の心配など他所に、良い人だからと微笑みながら笑う。あまりにもお人好しだと思いつつも、正邪はその渇いた喉に味噌汁を一口入れる。
「相変わらずだな。これなら、嫁に貰いたいと思う奴も多いんじゃね?」
「ほんと?なら、正邪が貰ってよ。」
にっこりと笑いながら、冗談…いや、当の本人は冗談だともお世辞だとも思っていないだろう。そこが良いところでもあり、意地が汚い部分でもある。正邪の顔はその言葉に熱を帯びていた。自分の皮肉が返されたのだ。正邪にとっても楓華にとってもお互いの存在は特別である。嫌われ者の正邪と記憶が朧げな楓華。奇妙ではあるが、おかしくはない関係。
「ま、まぁ?貰ってやらねえことも?ねえけど?」
「ほんとっ!?やったぁぁ!!」
天邪鬼の言葉にも耳を貸し、皮肉や嘘を本当のことのように喜ぶ楓華。喜んだ勢いで楓華は正邪に飛びつくように抱きついた。
「こらっ!!食ってるだろが!!
「えへへ…。うれしくって。」
「全く…。」
こう言うところは雑だと正邪は思った。残りカスみたいな味噌汁を吸い、台所に正邪は食器を持っていく。ある程度の礼儀は正邪とて弁えている。奇妙な関係…。本当は交わることのなかった二人。
風のように自警団から逃げ惑う正邪とずっとそこにいる花のように佇む楓華。楓華は嫌われ者の天邪鬼を一切として嫌わなかった。それどころか、客人としてもてなしてくれた。いつしか、そんな二人の間に友情というには、少し気持ちの悪い絆が生まれた。正邪としては言葉には出していないが、自分のことを一方的に信じてくれる楓華のことを少し心配しつつ、台所の水に食器をつけた。
「そういえばさ、なんか思い出したの?自分のこととか…。」
「…まだ何も。霊夢達がお手伝いしてくれるって…。」
正邪には、楓華の顔が少し沈んで見えた。いつもは無理して笑う端正な顔。それが暗く見えるのだから、よほど彼女にとってデリケートなのだろう。
「…そうか。良し!!この話は終わりだっ!!昼飯も食ったし…。何する?遊ぶ?」
ニヤリと八重歯を見せて笑う正邪。それに合わせて口元を隠して上品に笑う楓華。
「しっかしなぁ…。」
「なぁに?」
正邪はジッと楓華を見た。楓華はその正邪の様子に疑問を持ち、小首を傾げて聞いた。
「…いや、前々から言ってんだろ?楓華は可愛いんだから、もっと着飾ったら良いってさ。それも良いけど、毎回おんなじ服じゃ味気ないだろ?」
「それ、正邪が言う?正邪だって一緒の服じゃん。」
「そりゃそうだけどよぉ〜。折角の美人なのに勿体ないじゃないか。私みたいにあっちこっち行くわけでもないし…。」
「…正邪だって可愛いと思うな〜。」
「…ンなことねえよ。」
正邪は、出かける理由が欲しかった。ただ単に家で遊ぶだけでも良いが、買い物以外で出かけることが楓華には無かったからだ。幸い、楓華と出会ってから、人里では悪業は働いていない。今の自警団や人里の若者にはただの少女で通る筈だ。そして、正邪は楓華の変わらない着物を気にした。お金がそこまであるわけではないが、ある程度はある。とある料理店で働いている為、その代金だ。店長に全力で頼み込み、なんとか働くところまで行った。そして、それによって自身のイメージは次第に払拭されていき、普通の少女として接してもらうまでとなった。遊ぶ為のお金はある程度あるが、楓華にはあまり物欲がない。腰まである艶めく黒髪の手入れも自身でするし、服はお気に入りのを何着も持っているし…。食料品ぐらいしか買いに出かけない。だから、出かけたかったのだ。
楓華と一緒に団子を食べたり、着物を買ったりしたい。正邪の素直な気持ちだった。
「と・に・か・く!!行くぞ。」
「うふふ。照れちゃって。」
「て、照れてなんかっ!!」
「嘘だよ。お顔真っ赤だもんっ。」
「こ、これは…///」
正邪の顔は真っ赤になっていた。誰が見ても真っ赤だと言うほどに。
「う、うるせぇ!!」
「キャッ。…びっくりしたぁ。」
「…あれ?だ、誰かに馬鹿にされたような気がしたんだが…。気のせいか。…で、どうする?行くのか?行かねえのか?」
「…行く。正邪と一緒ならどこでも楽しいしね。」
「…ッ!!」
こういう時、楓華の純粋すぎる笑顔はずるいと思う。正邪は可愛いと思いながらも、真っ赤になって熱を浴びる顔を手で隠した。
「…正邪?」
「うるせぇ!!…ほんっと、可愛すぎだろ…。」
正邪の本心はキョトンとしている楓華には届かなかった。正邪は楓華に手を伸ばし、楓華は笑顔でその手を取った。その時の正邪は楓華にとって、まるで童話の王子様のようだった。
「しゃあっ!!行くかっ!!」
「うんっ!!」
ニカッと八重歯を見せながら笑う正邪と微笑む楓華。二人は手を繋ぎながら、人里へと向かった。
…その頃、霧の湖の紅魔館では…。
「そろそろでございます。」
「はじめましょう?パチェ…。」
「ええ…。」
真っ赤な霧が紅魔館から現れた。その霧はたちまち幻想郷中を包み込んだ。まさに日の光を遮るように…。
楓華メモ②
強いか、弱いかと言うと…。
早めにやめないとこのメモ機能ちょっと後悔してます。そのうち、ふと消える。では次回。紅霧異変で会いましょう。