光の中の煌めきは、廻り巡り煌めきを増す。
しかし小さな螺旋はいつしか崩れながら輝きを戻し、大きな螺旋の輪となって再び廻り続ける。
断章 螺旋の果てに待つもの
オリエンスと呼ばれるこの世界では、太古の昔より戦争が繰り返されてきた。
人に大いなる力をもたらすクリスタルを巡り、争っていたのだ。
西方の国、白虎が持つクリスタルは機械なる物を生み出し、それを動かす力を。
東方の国、蒼龍が持つクリスタルは世界に蔓延るモンスターを使役する力を。
北方の国、玄武が持つクリスタルは人の体を強靭に作り変える力を。
南方の国、朱雀が持つクリスタルは人が魔法というものを使えるようにする力を。
オリエンスはこの四つの国に分かれ、それぞれが自国の持つクリスタルの力を利用して争ってきた。
『全てのクリスタルを保有することが出来れば、世界を制覇出来る』
各国の支配者は、そんな野望の為に、1000年にも亘る戦争に明け暮れてきた。
朱雀の
いずれ訪れる
強靭な肉体を用いる玄武との戦いに勝利した。
魔物を使役する蒼龍との戦いに勝利した。
機械を操る白虎との戦いに勝利した。
なのに──
(何が……いけなかったんだ……? どうすれば……良かったんだ……)
マキナの辺りには
オリエンスではごく一般的な現象、死の忘却。人々が思い出に逃げこまないように死者の記憶を消去する、クリスタルの慈悲。
(俺は何も失いたく無かった……大切な人を守りたかった……!)
朱雀が三国に勝利し、世界を統一した直後に何の前触れもなく訪れたフィニス。それと同時に出現したルルサスの戦士なる怪物。そしてそれを率いる審判者。
(もう……何も思い出せない……)
何とか仲間と共に審判者を倒したマキナ。しかしそのために払った代償はあまりにも大きかった。
ルルサスの戦士からの侵略を食い止めるため死んでいった朱雀の
敵の本拠地である「万魔殿」にいき、審判者を倒そうとした0組含めたアギト候補生達。
多くの人と協力し、共に戦った。そのはずなのに何も思い出せないと言うことは、もう皆死んでしまったのだろう。
その事実に打ちひしがれ、呆然としていると、
「……不可視世界の扉が開いた」
急にそんな声が聞こえてきた。はっと顔を上げると、魔導院の魔法局局長にして0組を作り上げた、アレシア・アルラシアが立っていた。
「貴方がアギトになった、と言う事なのかしら。……長かったわね。九十一億五千八百ニ十三万七千四百八十六巡も繰り返すなんて。そう思わない、マキナ・クナギリ」
誰に対しても冷酷な態度を続ける彼女が、喜びの感情らしき物を含めた声で聞いてくる。
何故彼女がここにいるのか。アギトになった、とはどういう事なのか。アギト候補生というのはあくまでもその様な存在を目指し日々戦うという、一種のプロパガンダではなかったのか。繰り返す、とはどういう意味なのか。
次々と疑問を思い浮かべるとそれを読み取ったかのように答えてくる。
「この世界は無限に廻る螺旋の様に、幾度となく繰り返されてきたのよ。アギトを誕生させるため、私が作り上げたオリエンスという舞台は」
「な……に……?」
耳を疑うマキナの前で、彼女は言葉を続ける。
「それぞれの巡の歴史は違ったけど、結末はいつも同じだった。フィニスによって世界が滅ぶ。それを私はずっと見続けてきたの」
その言葉を聞いた瞬間、マキナの脳裏に記憶が流れ込んでくる。今生の記憶でなく、何度も繰り返してきた、過去の巡の記憶が。
──ある巡では
──ある巡では白虎のルシとして戦い抜き、自らの手で大切な人を殺め
──ある巡では戦場で力尽き、
果てしない螺旋の中で繰り返されてきた、死の記憶。その全てが瞬時に蘇り、マキナは言葉を失った。
「そしてようやくアギトが誕生した」
「アギト……?」
彼女の語る真実を何とか受け止め、なんとか口を開くマキナ。
「そう、アギト。オリエンスという繰り返す世界で鍛え上げられた存在。世界が統一されると訪れるフィニスの刻を乗り越える事のできる存在。そして──」
「不可視世界の扉を開き、そこにいる神を殺す事のできる存在。私の……私達『神』の目的を成し遂げることのできる存在」
彼女から語られた、アギトという存在。そして、1000年にも亘る戦争に明け暮れて来た本当の理由。つまり──
「俺達は……そのアギトになる為に……戦争を続けていたのか……?!」
「ええ。クリスタルという存在を与え、人間が争うよう仕向けるのは簡単なことだったわ。まあ、争わせて鍛え上げても、さっき言った通り結末はいつも同じだったわ。フィニスの刻を乗り越えられる存在はいなかった」
だけど、と言葉を区切る。
「ようやくフィニスの刻を乗り越えられる存在が誕生した。マキナ・クナギリ。貴方のことよ」
アギト? 俺が? 神の目的を成し遂げられる存在?
「ふざけるな! 俺達は、アンタの駒になる為に生きてきた訳じゃない!」
叫ぶ。辺りを見渡す。もう名前を思い出せないアギト候補生の亡骸が転がっている。だけど、確かに憶えている。朱雀が世界を統一し、平和になった後の世界で何がしたいか、語り合った日々を。夢を語り合った日々を。
そんな世界を目指し、戦ってきた筈なのに──
「うおおおおおおおおおお!」
気がついたら、武器──ボルトレイピアを握りしめ、切りかかっていた。そんな運命を認めない。認めたくない。
「……哀れね」
しかし武器が当たる瞬間、まるで巨人にでも取り押さえられたかの様な力がマキナを襲う。
「ぐっ…………!」
万魔殿の大理石で出来た床に押さえつけられるマキナ。あまりの威力に意識を失いそうになる。
「アギト、マキナ・クナギリ。不可視世界へと渡り──」
体が痛む。それでも、立ち上がろうとし、ふと腕を見ると謎の紋章が浮かび上がっている。
「不可視世界の神を殺してきなさい」
腕に浮かび上がった紋章を気にせず、何とか立ち上がったマキナ。しかしその瞬間、凄まじい勢いで後方へ引っ張られ──
「うわあああああああああ!」
──とうとう意識を失う。
「……なあ、俺達と同じ奴が来たみたいだぜ」
──野営地で男と女が会話する。ここはアレシアの言う不可視世界とは全く異なるある世界。
「うん……。だけど私達とは少し違う気がする……」
人々が争い続けるわけでも無く、面白可笑しく毎日を過ごす。そんな世界。
「……俺達みたいな棄てられた『座』じゃ無いってことか」
「そうみたい……」
「そんじゃ、どんな奴だかその面拝みにいきますか」
そう言って二人が立ち上がろうとすると──
「…………きゃ!」
何かに躓いたのか、女が声を上げる。
「大丈夫か、ティス」
女──ティスは男の手を借りながら立ち上がる。
「うん……大丈夫だよ、ジョーカー」
男──ジョーカーはティスを立ち上がらせると、そこから撤収するため、手早く荷物を纏める。この世界に来た自分達と同じで、しかし少し違う者に会うために。
そして、新たな輪が生まれ落ちる。螺旋より零れ落ちた歯車を加えて。
新たな輪は廻り始める。それは悲しき輪か、微笑みの輪か、それとも……。
無名の書 最終節