太陽が照らした翼   作:ユーユーリ

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とある飛行隊の記憶

彼らは突然、やってきた。穴の向こうから、計り知れない技術を以て我々に新たな翼を授け、文化も教えてくれた。優しい人もいれば、怖い人もいた。だが、ほとんど、勤勉な人たちであった。しかし、突然、多くのモノを放置して穴の向こうに帰ってしまった。これは、キリエたちが暮らすイジツの時代から約70年以上前の話である。彼らとは、ユーハング・・・またの名を日本軍という。

 

帝国陸軍飛行第13戦隊の12機が訓練飛行中に、空に突如として生じた穴のようなものに入り込んでしまった。訓練空域は曇っていたのでどんな状況だったかよく分からない。気づけば、一面の荒野が見える。我々は内地の訓練空域を飛んでいたはず・・・。日本ではないと直感的に感じた。陸軍航空兵の中野伍長は頭の中が真っ白であった。しかし、なぜだか分からないが、乗っていた九七式戦闘機の発動機の調子がなんだかいい気がする。僚機とも無線の感度が良い。戦隊長が乗る最新鋭機、一式戦闘機 隼 に九七式戦闘機のエンジンの調子も凄く良さそうである。

「おいおい!どこだここは。まるでシネマで見た西部劇みてぇな場所だな!」

佐藤軍曹が主翼をヒラヒラさせて周りを見る。見慣れた街や山、海が見当たらない。不毛な大地と時折存在する緑が見えるだけだ。

「なんかの小説みてぇだな。ここはメリケンの土地みでぇだが。兵庫上空からメリケンさんのとこまで一瞬で飛んで行ったんかのう・・・」

大山曹長も呟く。いつも聞いている濁声が空の上でもはっきり聞こえる。

「飛行場と連絡がつかん、どうしたものか。飛べば何か見えてくるはずだ。総員に告ぐ、冷静に飛行に集中し、建築物及び飛行場があれば報告し、目標上空を旋回、視認せよ」

戦隊長の近藤中佐は困惑していた、だが飛び続けるしかない。

「戦隊長!!左上方より不明機接近!数は5、機種も不明!」

目のいい仲谷中尉が報告する。戦隊長も頼りにするほどだ。

「分かりました!!海軍の九六式艦戦が2、残り3機は零式戦です」

「我々は陸軍飛行第13戦隊!接近中の海軍機に告ぐ!!我々は陸軍飛行第13戦隊!!友軍だっ!!!」

12機で一斉にバンクをする。すると零戦と九六式艦戦がやっとのことでバンクを返し、並んで飛ぶ。鮮やかな日の丸が見える。海軍機から無線が入る。

「こちらは帝国海軍第201特別飛行隊、我に続け 我に続け!」

特別飛行隊?中野伍長は困惑する。兄は海軍航空兵であり第一航空戦隊に所属し、空母「加賀」航空隊にいると聞いた。兄から大まかな海軍の編成を聞いたものの、特別飛行隊などとは聞いた事がない。だが、取り敢えず、このよく分からない場所に友軍機がいたことに安心した。

 

海軍機に従って飛ぶと、大規模な飛行場に、工場、小規模な住宅地が見えてきた。すぐ近くには西洋風の家が並ぶ。飛行場の駐機場にはたくさんの航空機が見えた。海軍機に陸軍機も見える。しかしそれにしても一式戦や零戦が多い、まだ内地では運用が始まったばかりである。見たことのない航空機もいる。あれは開発中の試作重戦闘機キ-44だろうか。隊員の数人が喚く。なんとドイツから輸入されたBf-109E-7もいる。陸軍飛行実験部が所在するのか。だが、ここは立川や多摩では無いのは明らかである。飛行隊隊員は訳もわからず、着陸をする。機体から降りると、戦隊長がここの基地司令らしい海軍中将に陸軍中将と何やら話をしている、陸軍の人間はどこかで会ったような顔である。奥にはもう2人、陸軍と海軍の人間が見える。恐らく大将であるだろう。戦隊長は司令所に入っていった。戦隊長以外の残り11人の我々は憲兵に囲まれて、トラックで、空いていた宿舎に送り込まれた。佐藤軍曹が憲兵に向かって声を荒げる。

「おいおいおい!ここはどこなんだぁ!?俺たち何も悪いことしてねぇだろ!内地を守る俺たちに鉄砲突きつけるのかい?」

憲兵が睨みつける。口を開き、大声を出す。

「いいか!ここで見た一切の人間、航空機、施設、そしてここがどういう場所であるのか決して口外するな!!!口外した者は理由の如何を問わず、陸軍違警罪で処分す!貴様らが二度と空を飛ばないようにしてやる。いいか!」

「畜生・・・憲兵の野郎・・・!」

佐藤軍曹ほか隊員数人が拳を握りしめる。すると、憲兵少尉がやってきて全員に頭を下げた。

「謝罪する。飛行13戦隊の貴官らには全く罪は無い。だが、ここでの出来事は内地に帰ったその時から忘れて欲しい。ここは軍機よりも重く、密な場所である。」

中野伍長が憲兵少尉に尋ねる。

「少尉殿、ここは外地なのでありますか。ここは一体・・・」

少尉が重い口を開く。

「私にもこの場所は分からん。恐らくここにいる全ての日本軍人は理解がつかない。司令も含めてな。よいか、あくまでも私の推測だ。ここは帝国日本でもなければアメリカでも満州でもない。そもそも地球ではない可能性が非常に大きい。」

飛行13戦隊の隊員は驚愕した。大人しくなった皆は宿舎に入っていく。宿舎内部では皆、終始無言であった。

 

「中佐、ここは異世界と言うようなものだ。3年前より、我が陸海軍が進駐しておる。詳細については私からも説明できない。偶然起きたとだけ述べておく。海軍の砲艦や輸送艇も派遣されたが、海水位がほとんどなく、航行できなかった。この不毛な地には石油や鉄鋼などはわずかばかりしか出ない。戦略上、重要でない。また、我々がいつまで内地に戻れるか分からない。あの穴のようなものは、内地に通じている。しかし、ごく稀に消滅することがあるためだ。だが、何故だか分からないが、ここでは航空機の状態が非常に良好となる。そこで短期間ではあるが、我が皇軍の航空機実験部隊および飛行隊が派遣され、試作機や量産機の試験飛行を行なっている。また、陸海軍量産機の製造を、陸軍航空工廠、海軍航空技術廠を主体として、一部三菱・中島・川崎・愛知・立川などの航空機開発企業にもここで行ってもらっている。ほとんど軍が主導しているがな。さらに海軍としては現状、第一、第二航空艦隊以下の空母部隊が出払っている。空母艦上機に乗る搭乗員の育成もここで行う。あくまで海軍が建造中若しくは改装中の空母が竣工するまでの暫定的なものだ。」

司令所に戦隊長、近藤中佐は通され、陸軍中将から説明を受ける。だが、膨大な情報量から全く理解が追いつかない。最後に中将から耳打ちされる。

「算出部からの計算では、およそ1時間後に基地上空に穴が生じる。貴官ら飛行第13戦隊は速やかに穴を通って内地へ帰還せよ。」

内地に帰還という言葉を聞いた近藤中佐は口を開く。

「中将・・・、我々は必ず内地へ戻れるのですか」

「必ず内地へ通じておる。算出部の数値は絶対的だ。心配は全く無い。中佐、最後に痛いほど忠告する。決してここでの出来事を口にはするなよ、隊員に下命し、厳守せよ」

近藤中佐は敬礼を返し、隊員たちがいる宿舎に向かった。道中、憲兵や整備兵、民間航空会社の社員、そしてテストパイロットとともすれ違った。敬礼を返した。海軍空技廠飛行実験部のパイロットのようだ。近藤中佐に一言伝える。

「私の弟は貴官が務める飛行第13戦隊に所属していると思われます。よろしくお願いします。」

近藤中佐は理解した。恐らく、中野伍長の兄であろう。彼と伍長は再び会うことはあるのかと、中佐は思った。その後、近藤中佐以下飛行第13戦隊は飛行場を後にした。前方には誘導機として、試験中とされるキ-49が飛び、後方から追随機として十二試陸攻が飛ぶ。

「よし!13戦隊、穴は安定している。編隊を維持したまま、突入せよ。無事内地へ帰還することを願う。内部では意識混濁が起きる可能性がある、注意されたし。突入!」

キ-49と十二試陸攻が離れ、飛行第13戦隊12機が穴へ入っていった。内部は風が凄く、周りは雪のように真っ白であった。そして、全員を目眩が襲う。

「我に続け・・・あと少しだ・・・みんな」

戦隊長の声がどんどん遠くなる。中野伍長も意識が朦朧とする。そんな中、実家と家族を思い出す。ほぼ意識は無かったが目に涙があるのがしっかり分かった。

 

「・・・中野・・・返事をしろ・・内地・・かぇっ・・」

はっと中野伍長は我に返る。周囲を見渡すと隼や九七式戦が見える。時計を見る。穴に入った時の時間は覚えている。あれから4時間は経っただろうか。

「総員、聞こえるか。訓練飛行を完了し、これより基地に帰投する。私から基地司令には訓練飛行中、無線障害および視界不良により同訓練空域を逸脱して日本海上空まで飛行と報告する。皆、分かっているな。内地に戻ってこれたぞ。」

燃料系を見ると、ごっそり減っている。基地までにはギリギリの量だ。あの飛行場で、整備員たちが燃料の量をどうにか調節して、長時間飛行したかのように見せかけた。飛行中、無線から啜り泣く音が聞こえる。発動機音くらいしか聞こえなかったのだな。

「・・・・っ!おいおい!航空服を鼻水で濡らすなよ!別嬪さんが見たら海軍さんの方へ走っていくぞっ」

佐藤軍曹が無線で喚く。

「佐藤!お前だけだろ、女に逃げられたのは!ははははっ!!」

大山曹長がロールする。一同が吹っ切れたように笑い合う。やっと内地へ戻ってきたと実感できた。近藤中佐も笑う。その晩、皆で酒を飲み、あの場所のことを綺麗さっぱり流そうとした。

 

「中将、飛行実験部より報告、試作陸攻の試験飛行も順調のようです。算出部および観測部からの報告では、明朝、基地から南西におよそ70海里の地点、800メートル上空に穴出現可能性大とのこと。これは定期便じゃありませんな」

「観測機と念のため、海軍特201飛行隊と陸軍特1飛行隊を護衛につけよう。」

基地司令の1人である、田中陸軍中将書類を整理し終え、報告に耳を傾けた。

報告を終えた伊藤大尉は部屋を後にする。廊下には中野少尉がいた。

「忙しくなるな」

「ああ・・・このよく分からない場所にいる限りな」


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