*この話以降主人公の名前を佳奈美と表記
佳奈美にとって今年の花火大会は特別だった。中学校に進学してからは毎年友人である優と二人で言っていたが、今年は少し年の離れた友達である志保も一緒に行くことになったのだ。
待ち合わせ場所である三国小学校の校門前に佳奈美が着くと、そこにはすでに優雅待っていた。白地に青紫の紫陽花が描かれた浴衣が目に涼しい。
「ごめん、待った?」
「ううん、私も今来たとこだよー」
首を横に振る動きに合わせ、優のポニーテールが揺れる。まるで恋人の待ち合わせのようなやり取りに自然と笑いが混みあがる。
「何これ?この流れなら服でも褒めなきゃいけない?」
「別に私達はそんなんじゃないのに。でも、優似合ってる。色がいい」
「それをさらっと言えるのが佳奈美よね。人たらし。これで浴衣が似合ってるのが腹立たしいわ。そうやって小学生もたらしこんでんのね」
「そんなことない。思ったことを言ってるだけだって。って、たらし込んでる?私が誰を?」
佳奈美の問はスルーされ、ジットリトした視線で頭から足まで見られる。浅緑の地にピンクの朝顔が描かれた浴衣は、中学生になった頃から着ているものだ。短い髪を止めるピンには透明なピンクの球が付いており、佳奈美が動くたびに揺れるのがポイントだと姉が言っていたのを思い出した。
「はあ、こんなのが友達だと困っちゃうわねえ」
ため息をつかれる心当たりがないので首を傾げれば、そういうとこ、とまた突っ込みが入った。
そうやって油を売っていると、桜並木の方からサンダルを鳴らして走る足音が聞こえてきた。振り返ると、空色の地に黄色い小花が散りばめられたワンピースを着た小学校中学年程度の少女が二人めがけて走ってくる。
「佳奈美ちゃあん!」
「やあ、志保ちゃん。そんなに急がなくて大丈夫だから足元に気を付けるんだよ」
佳奈美の忠告に従ったのか、友人が見えたことで焦りが消えたのか、少女、志保の歩みが緩やかになった。
「こんばんわ。三日ぶりかな。そのワンピース似合ってるよ」
「えへへ、ありがとう。お母さんが浴衣より動きやすいから、これを着てきなさいって言ってたの。志保の一張羅だから綺麗な浴衣にも見劣りしないって。一張羅って何?」
「簡単に言うと一番良い服ってことかな」
「へえ、そうなんだ」
志保はひとしきり佳奈美と話すと、優の方を向いた。
「こんばんは。金子志保です。今日はよろしくお願いします」
元気な挨拶をし、ペコリと頭を下げた志保を見て、優は目を輝かせた。
「わあ、可愛い子!私は天野(あまの)優(ゆう)。佳奈美の中学からの友達だよ。よろしくね」
二人の自己紹介を眺めながら佳奈美は安心していた。この調子なら志保が年上の女子二人に囲まれて緊張するということはないだろう。
「じゃあ、そろそろ行こうか。志保ちゃんは私と優の間に来て。はぐれると大変だから手をつなごう」
「はあい」
3人並んで会場の公園へと歩みを進める。高校生二人は志保の歩幅に合わせていつもより歩く速度を緩めた。三つの影が長く伸びる。
「佳奈美、まるで志保ちゃんんのお姉さんじゃない」
「佳奈美ちゃんは志保のお姉さんだよ。優ちゃんも」
「何この子?可愛すぎる!!」
「優は落ち着きなよ。優の弟も妹もこんな感じじゃないか」
「あのねえ、家族だとこう可愛く見えないの!妹はまだしも弟は生意気だし」
「優ちゃん、妹と弟がいるの?」
「そうよ。小学5年の双子」
「へえ、いいなあ。私は一人っ子だから羨ましい。佳奈美ちゃんにはお姉さんがいるし」
「寂しかったら私の家でも佳奈美の家でも遊びに行けばいいじゃない?」
「ちょっと、優?勝手に巻き込まないで」
「へえ、佳奈美は志保ちゃんが家に来るのが嫌なんだあ。酷いねえ」
「そんなことは言ってないって。変な言い方しないで」
小さい子供がいると、いつもより空気がにぎやかになる。佳奈美が優の家を訪ねた時は下の子とはあまり遊ばないので、新鮮な気分だった。遠くから流行りのJポップが風に乗って流れてくる。公園はもうすぐだ。
花火大会の会場である公園んに着くと、そこは人で賑わっていた。
「ひゃあ、すっごい人の数!まだ6時前なのにね」
「いつもこんなに混んでるの?」
「ああ。年に1回のイベントだから、みんな見に行きたくなるんだよ、きっと。志保ちゃんは優と手をつないでて。流石に人が多いから、3人だと邪魔になる」
「はあい」
「志保ちゃんを独占だ!」
3人は人の合間を避けて歩きながら屋台の並ぶ一角へと進む。モーターの稼働する大きな音や鉄板で何かを焼く音、綿菓子の甘いにおいや肉の焼けるこうばしい匂い。どれもが気分を高揚させる。
「何買う?」
左右に並ぶ屋台を視界に入れながら、佳奈美は後ろを振り返って尋ねる。
「私は焼きそば」
「私も!」
志保と優は元気よく答える。
「了解。それじゃ、焼きそばの屋台を探そう。さっきまでのとこにはなかったよね?」
「うん。あ、あれじゃない?あの3軒先の。今焼きそば持って帰ってる人いた」
優の指さす方を見れば、大学生と思しき大柄な男子が焼きそばの入った袋を手にして店から離れていいくのが見えた。
「そうみたいだ。行こう」
「佳奈美ちゃんはどうするの?」
「私も二人と同じでいいかな。後同じとこで焼きとうもろこし売ってるみたいだから買おう。他に買いたいものない?」
「さっきの通ったとこで売ってたラムネ買おうと思ってる。みんなも飲むならまとめて買ってくるよ」
「私もせっかくだしラムネ買おう。こういう時しか飲まないし。なら志保ちゃんと優でラムネ買ってきて。私は焼きそば買ってくる」
「うん。どちらかが先に終わったらあそこの木の前で待てばいいよね」
優が視線を向けた桜の木をチラリと見て佳奈美は頷くと、3人は二手に分かれ、それぞれ屋台へと向かっていった。
少しして佳奈美が焼きそば三つと焼きとうもろこしを買って桜の木のもとへ行くと、ふたりはまだ戻っていなかった。
(あっちの方が混んでたからなあ)
ボンヤリと藍色の空を眺める。空には一番星が輝き始めていた。
(ここに来るまででもあんなに楽しかったんだから、前から3人で遊んでれば良かったな)
佳奈美は特殊な体質だが、人を寄せ付けたくないわけではない。現に優とは中学生の頃から3年以上友人関係を続けている。花火大会には毎年行っているし、互いの家に泊まりあったこともある。優が小さな子の扱いに慣れているのは、彼女が年下の兄弟と接するところを見ていれば分かること。小学校の頃に知り合った志保を何故二人の遊びに誘っていなかったのか、改めて考えてみると皆目見当がつかない。暇に慣れば人は余計なことをしたく成るもの。佳奈美は自分と志保の交流の軌跡を辿ろうとしてハッとした。
(あれ?3日前って志保ちゃんと何したんだっけ?)
確かにさっき自分は志保と3日ぶりに会った、と言葉を交わした。しかし、3日前に彼女とどんなことをしたか思い出せない。
「な、何で?」
こぼれ落ちた言の葉。困惑と恐怖が佳奈美を支配する。
(だって私は志保ちゃんと小6の頃に会って・・・うん?)
佳奈美は小学6年製の夏に小学3年製の志保と出会った。それならば今の志保は中学1年生になっているはずだ。
(でも、私は志保ちゃんが成長した姿を見たこと無い)
佳奈美の心を煽るようにザワザワと葉ずれが聞こえる。喧騒が遠退いていく。
(おかしい。何かが変だ)
勝手に思考の速度が加速し、足元を睨みながら自分の記憶を整理する。
「私と志保ちゃんが出会ったのは私が小6の時。学校近くの桜並木で会って、友達になろうって言って。それで家に行って志保ちゃんのお母さんにも会って」
思い出せるだけのことを口にして顔を上げた。
(そんな)
それ以降志保と関わった記憶が思い出せなかった。しかし、それも当然のことだった。
佳奈美が小学生の頃に出会ったのは志保の幽霊だったのだから。
「こんなことって、あるの?」
全身から力が抜け、耐えきれずに尻餅をつく。目の前で火花が散った。
気がつくと佳奈美は自室の床に倒れていた。
「あ、れ?」
壁掛け時計の秒針の音がやけに大きく聞こえた。冷たい床の手触りが佳奈美を現実へ引き戻す。
「夢、だったのか」
ベッドから落ちた時に打った左腰を摩りながら起き上がり、ベッドへ戻る。枕元のモバイルを起動すると、画面には今が8月の台2土曜日の2時過ぎであることが表示されていた。そのあまりの眩しさにモバイルを放る。天井に貼られた星型の夜光塗料付きシールから発される淡い緑の光が目に入ると、自分の部屋に居る実感が湧き、少し気分が楽になった。
「花火大会、か」
先程まで見ていた夢を思い出す。志保は友達と遊びに行くことが多くなかったまま亡くなったそうだから、彼女に楽しい思い出を残したかったと言う自分の未練があんな夢を見せたのだろう。佳奈美は重いため息をついた。
(残される方が未練引きずってどうすんのさ)
佳奈美は今日、優と二人で花火大会に行く。
キラキラした話を書こうとしたら、爆誕したのは悲しい話だった。後悔はしていない!