この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野 笑

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第11話 い~いないいな~♪ じ~んけんっていいな~♪

 

 

「必ずアレンを取り戻す」

 リープリは薄暗い工房のなか、アレンの座標を確認する。

「……っ。やっぱり解除されてるよね」

 位置情報を知らせ合うミサンガは切られていた。しかしそんなことは想定内だった。

「だって、体のなかにも仕込んでるもん」

 アレンの同意なんてない。リープリは自分のものに名前を書くように、彼の体内に発信器を埋め込んでいた。

「南方……海の向こうか……」

 そのとき、魔術工房の扉が開かれた。

「失礼します。大賢者様」

「どうしたの? キンジ」

「いえ……一部下としては差し出がましいとは自覚しているのですが、あまりにも根を詰めすぎかと思いまして……」

「アレンを取られたんだもん。いまこうしてる間にもあの女が、アレンにあんなこととかこんなことしてるのかもしれないんだよ? 考えただけで腸が煮えくり返って九廻しそうなの」

「では、アレン様の居場所は分かったのですか?」

「うん。南方」

「はっ!? 南方!? それは……外交問題にも発展しかねないのでは!?」

「そうだね。だからこのことは世間に公表しない。戦争になるかもって、みんな不安になっちゃうからね」

「大賢者様……」

 キンジはリープリのヤンデレベルを知っている。ので、てっきり「じゃあ戦争だね」と言って憚りなく国軍を動かすとすら思っていた。

「国民を思うその誠実さ、私は尊敬いたします」

 キンジは深く感銘を受け、彼女に仕えることを誇りに思った。

 そう、リープリは善政を敷く為政者であり、人望も厚い。強さも美しさも賢さも優しさも、全てが完璧なのだ。

「ふふ……待っててねアレン。いま取り戻して縛って盛ってトバして焼いて癒やして依存させて、リープリ以外見えなくしてあげるからね?」

 ヤンデレベルの天元突破さえ除けば。

 

 

「おつかれ、マリア」

「ありがとアレン、いい連携だったね」

 街道に頻出している魔獣を倒し、ふたりは草原に寝転がった。

「懐かしいな~あの頃を思い出すね」

「あの頃……か」

 思い起こすのは、ひとつ前の人生。マリアと共に過ごした日々。

 魔族を倒し、進む道中。疲れきって原っぱに寝転がり、視界いっぱいに広がる高い空。

 一方で今の人生を思い出す。リープリに監禁され身動きを許されない日々。

 甦る記憶は、天井、天井、天井。

「あぁ……あんなん俺の方が病むわ……」

 ひっさびさに人権ある生活を許され、アレンの目は晴れ晴れとしてきた。

「あの頃はさ、大変なこともいっぱいあったけど、私幸せだったの」

「うん、俺もだ」

「だからさ、だからね、これからの八十年もこんな風に過ごせたらって思うの」

 あの頃と重なった空がブレて消える。現実に戻ってくる。

「俺は……まだ、アレンとして生きてきた記憶の方が色濃い。だから、前の気持ちとの折り合いが上手くつかないんだ」

「そうだよね。でも」

 マリアが寝転がったままアレンに抱き付く。豊かな双丘が腕に押し付けられ、柔らかに形を変える。

「アプローチはやめなくていいよね?」

「多分早いかな~って」

「人権あげてるんだから義務も果たさなきゃダメだよ?」

「義務って?」

「(肉体)労働の義務。体で払ってもらう義務。性教育を受けさせる義務」

「絶対早いかな~って!」

「既成事実つくろ?」

「マジでそこ一点勝負なの!? マリア可愛いんだからもっとやりようあるでしょ!?」

「そんな……照れるな。Hしよ?」

「だからああああああああ!」

 

 

 マリアは夕食の席で話を切り出した。

「そういえば、もうそろそろあの時期だね」

「あの時期って?」

「ランキング戦」

「あぁ~もうそんな時期か」

 ランキング戦。北方東方西方南方すべてで行われる、その大陸でのトップテンを決めるトーナメント戦である。

「私は当然出るけど、アレンはどうする?」

「もちろん出る。俺だって男だからな、強さを決める大会に出ないなんて選択肢はない」

「うふふ。頂上で待ってるからね」

「そっか、マリアがディフェンディングチャンピオンなのか」

「うん。過去無敗、一回も負けたことない最強の魔法使いだよ」

 マリアは豊かな胸を存分に主張させて言った。

(時間を操る魔法……いくら南方は魔法が発達してるとはいえ、やっぱり次元が違うんだろうな……)

「でも、アレンに攻められて初めてを奪われるなら良いかもね」

「変な言い方しないでくれ!」

「『俺だって男だから』……ね?」

「そんな意味で言ってない!」

 マリアは妖艶な笑みを浮かべながら、組んだ腕で双丘を持ち上げる。

 アレンは意識してしまったのを誤魔化すようにオニオンスープを口に運んだ。ぜんぜん味は分からなかった。

「ちなみにそれ媚薬入ってるから、今夜こそは狼になってくれるかな?」

「ちょっ……薬盛るのはダメ! それヤンデレベル上がっちゃうから!」

「ヤンデレベルってなに。ていうか指摘するのそこなんだ」

「ヤンデレっぽいところがあると過敏になっちゃってな……」

「ああ……」

 遠い目をするアレンに、マリアは慈しむような憐れむようななんとも言えない目をした。

「大丈夫だよ。私は優しくしてあげるから。鎖で繋がないし、包丁で刺したりもしない」

「ありがとう……君が世界で一番優しい女の子だ。凄く、好きになりそう」

 アレンの目には感激のあまり涙が浮かんでいた。夢に見た『普通の恋愛』が、いま目の前にあった。

「うふふ、不安にならないよう、よしよししながら寝ようね」

「あ、媚薬盛られちゃったので今日はダメ」

「そんなのって……ないよ……」

 とたんに絶望の表情へと変わるマリア。

「そんな世界の終わりみたいな顔しないでくれよ」

「それ勇者が一番救わなきゃいけないものじゃない?」

「もう勇者引退してるから」

「この意気地無し……いいから。私にも考えがあるからね」

「?」

 このときマリアが思い付いた企みは、ランキング戦の最中に明かされることとなる。

 その結果窮地に立たされることを、アレンはまだ知らない。

 

 

 東方、ランキング戦会場にて。

「なんで」

「うぎゃあああああああッ!」

「こんな」

「グアアアアアアアアアアアッ!」

「大変で忙しい時期に」

「助けてえええええええええッ!」

「大会なんか」

「どひょおおおおおおッ!」

「参加しなくちゃいけないのッ!」

「のあああああああッ!」

 地獄絵図だった。

 アレンを奪われ、彼の奪還ばかり考えているリープリにとって、ランキング戦など眼中になかった。

 それでも大賢者として立場上出ない訳にもいかず、結果としてなんの罪もない参加者たちに雷が落ちまくった。

「ああ……こんなことなら職務を口実に出場はお止めするべきだった……」

 部下のキンジはあまりのワンサイドゲームに、対戦相手を憐れむばかりだった。

「ごめんね、ちょっとおこなの。早く終わらせたいから一撃必殺にするね?」

「アギャアアアアアアアアアッ!」

 もう全然戦いとかにはなっていなかった。コロシアムにいるのは戦士と戦士ではなく、災害と被災者だった。

「アーメン……」

 キンジは一人、十字を切って祈りを捧げた。

「どうか怒りをお収めください。あの生け贄がいち早く戻ってくることを切に願います……」

 

 

「ハクションッ! なんか、勝手に捧げ物にされるような悪寒が……」

「大丈夫? 人肌で温める?」

「いや、平気。それより、そろそろ試合だから行ってくる」

「全然スルーされるね……。行ってらっしゃい。ダーリン」

 南方における、アレンの初舞台。しかし緊張はしていなかった。

(まあ、東方と西方のランキング戦経験してるわけだし、これでもうリーチだからな……)

「よろしく、僕はキョードだ」

「俺はアレンだ。本気でやらせてもらう」

 コロシアムの真ん中で、二人の戦士が向かい合う。

「始め!」

 内臓に響く銅鑼の音が、開戦を告げる。

「……ッ!」

 決着は、銅鑼の反響がまだ残っている内に訪れた。

 アレンの剣が、キョードの喉元に突きつけられている。一方のキョードはその得物である矢すら番えられていない。

「見えなかった……」

「は、速すぎる!」

「嘘だろ、誰だアイツ!」

 思わぬダークホースの出現にコロシアムがざわめく。アレンは少し鼻を高くしながら控え室へ戻った。

 途中、チラリとマリアを見ると、アレンよりもっと自慢気にドヤ顔をしていた。

(決勝で会えたらいいな。というか、俺が負けなきゃ会えるかな)

 

 

 そして決勝の時は訪れる。

 コロシアムの中央で、アレンとマリアが向かい合う。

 白馬の王子様然とした金髪のイケメンと、月の姫のような銀髪碧眼の美少女の組み合わせは、一種の幻想画のようだった。

 なにやら笑いを堪えているような様子のマリアに、彼は訝しげに問うた。

「なにかおかしいか?」

「真剣なアレンもカッコいいね……顔が良い」

「あ、ああ。ありがとう」

 不敵な笑みじゃなくて不適な笑みだった。これから本気の戦いをするというのに、少し雰囲気が弛緩する。

「戦いの最中にうっかり服だけ破いたりうっかり変なとこ触っちゃったりしても、戦いだから仕方ないよね?」

「直ぐにそんな余裕なくなるぞ」

 舐められている。というか舐め回すような目で見られている。

「はぁ……アレン・アレンスターだ。本気で行くからな!」

「マリア・マリーメイル。私も本気で行くよ」

 銅鑼の大音響に、火蓋が切って落とされる。

 先制したのはマリアだった。火の玉が一直線にアレンへ向かう。

「!?」

 衝突の寸前、火の玉はかわすまでもなく直角に折れて地面へ落ちた。爆発が起こり、土煙が立ちこめる。

(ロゼルフ戦と同じだな……)

 視界はゼロ。気配だけでマリアと撃ち合い、交錯する。

「ブラックカーテン」

 マリアが黒煙を放ち、戦場はますます暗闇に染まる。観覧席からは何も見えない状態である。

 瞬間、アレンは、殺気とは違う何かが突き刺さるような感覚に襲われた。

(今の……なんかすごく身に覚えが……)

「オクトパス・テンタクル」

「しまっ!?」

 突如、暗闇から伸びてきた八本の脚。かわしきれず、四肢を絡め取られて動けなくなる。

「うわっ! なんだこれ!」

 絡み付く触手から粘性の液体が噴き出し、アレンの身体中をヌメつかせる。

 生理的な嫌悪感に、思わず眉をひそめる。思いっきり暴れ、腕力で触手を引き千切ろうとするが、ヌルヌルと動いて上手くいかない。

「ふふふ……うふふふふ。これでもう抵抗できないでしょ?」

 マリアの目は、衆目を阻む暗闇の中で妖しく光った。その瞳には、『性的に乱暴してやる』という興奮しかなかった。

 強引に唇を奪われ、口内を蹂躙される。息をするのをやっと許してもらえたかと思うと、今度は粘液に溶かされた胸元をつつーっと撫でられる。

「マリア……もう『うっかり』のレベルじゃないだろ……! こんなとこでなに考えてるんだ……!」

「どうせ見えてないよ。それとも見えてた方が興奮する?」

「何を馬鹿なことを……ッ!」

「ほら、体は正直じゃない。男なんでしょ? 獣欲に体を預けてよ」

「こ……のッ!」

 屈辱と快感。入り交じる羞恥心に、怒りとも恥じらいとも興奮とも分からない熱が猛る。

「ッ……うっ……このッ……んッ……」

 喘がされながら、暴れる力が弱くなっていく。蝕むように、徐々に徐々に、快楽に体が支配されていくのを感じていた。

「うふふ、良い顔。ダークホースがすっかり種馬に堕ちちゃったね」

 マリアは勝ち誇って、自身の躾けた奴隷を見下した。

 南方最強。勝てるはずのない相手。どうしたって埋まらない、一位と二位の差。

「黙って、犯されなよ」

「ッ……そんなのって……」

「ブラックカーテン」

 闘技場へ更に黒煙が放たれる。

 夜擬きの戦場。そのまま、強化で底上げされた膂力に組み伏せられる。被マウントポジションのまま、アレンは無防備に肌をさらすしかない。

「ほら、もう服もボロボロ……今煙が晴れたら、コロシアム中のみんなに視漢されちゃうよ?」

「ッ!」

 マリアが暗視の魔法をアレンに掛けて、視界がよく見えるようになった。おびただしい、人、人、人。見えていないはずの視線が一身に突き刺さって、あまりの羞恥心に顔が真っ赤になる。

「ひ……やめて……」

「抵抗しなければ、この後服も巻き戻しで直してあげる。抵抗するなら……ここにいる全員に裸見られながら強漢されちゃうよ?」

「ッ……」

 その瞳に爛々と輝く獣欲が、アレンを射竦める。

 その隙を見逃さず、再び口内へ舌を入れられる。舐られ、舐められ、酸素の不足も相まって体から力が抜けていく。

 ぼーっとして、頭が動かない。

(違う……違うんだ……)

 嫌なわけではなかった。ただ、こんな形で、なんの覚悟も決めることなく、流されるままされるのだけは違うと思った。

「…………」

 一瞬、桃色の髪が風に揺れるのを幻視した。

 いつか見た情景か、完全なる空想か、それともその中間か。

「ごめんな」

「え?」

 それが誰に対しての謝罪なのかは、ぼんやりとしたままだった。

 ただ逆転の契機がすぐそこにあることを、アレンだけが知っていた。

「グングニル・セカンド」

 その必殺奥義に、剣はいらない。魔力だけで構築された光条が、絶対破壊の槍と化す。

「うそ……!?」

 ゼロ距離ではかわせない。巻き戻そうがそこにあり、遅送りしようが届いている、懐への一撃だった。

「勝者、アレン・アレンスター!」

 銅鑼の音が鳴り、決着は告げられる。マリア・マリーメイルの無敗神話は終わり、新たなる最強の戴冠に会場は沸き立った。

 

 

「絶対ヤれると思ったのにぃ……」

「『考えがある』とは言ってたけど、まさかアレだとは思わなかった」

 むしろ考えなしでやってくれた方が良かった。冷静な頭で公開レ○プとか思い付いてほしくなかった。

「あれは酷いわ」

 アレンはシンプルにドン引きした。その冷ややかな視線に耐えきれず、マリアは目線を逸らす。

「公衆の面前で乱暴しようとしたんだぞ。なにか反省の弁はないのか」

「私は悪くない。なかなか良心が痛まないのが悪い」

「聞いたことないタイプの言い訳!」

 全然開き直ってきた。これには流石のアレンもちょっと強めに言おうかなと思う。

「それで油断して南方一位から脱落してるんだぞ。恥ずかしいと思わないのか」

「うるさいな。もういいよ、シンプルに襲うから」

 ガバッとベッドに押し倒される。腹に腰を下ろされ、両肩を凄い力で押さえつけられているので抵抗できない。

(あっもう魔力残ってないから反撃できない……!)

「うふふ……私の無敗神話も終わったんだし、アレンの童貞もここで終わっちゃえばいいんだ」

「八つ当たりで獣欲の限りをぶつけるな!」

「ほらほら、アレンをグングニル・セカンド(意味深)してあげるよ」

「俺の必殺技を淫語にしないで! ねえマリア! 俺別に怒ってないからやめよう!?」

「やめない! やめたら、この劣等感をどこにぶつければいいの!?」

「劣等感じゃなくて劣情だろうが!」

「私は!」

 マリアは真下にアレンを見下ろしながら、ゆっくりと本音を口にする。

「アレンをメチャクチャにしたい」

「なんの宣言だ! ちょっやめああああああああああああッ!」

 

 

「リープリは病み病みの闇だったけどえっちなことが苦手で、マリアはちゃんと愛してくれるけどえっちな押しが強すぎる……か」

 事後ではないが事案の後、アレンとマリアはテーブルを挟み、落ち着いて話し合っていた。

「足して二で割ったらちょうどよくなりそうだな……」

「割り方間違えたらえっちな押しの強いヤンデレになるよ?」

「あっそれヤバそう」

 もしリープリがエッチなことの苦手な箱入り娘ではなく、そういうことに旺盛であったなら。と、いう仮定で監禁された日々を思い出す。

「もう三十人は子供できてるわ……」

 恐ろしすぎてガクブルだった。

「ていうか、もう忘れてよ。あんな女トラウマしかないでしょ? これから幸せになるんだから、もう話題に出さないで」

「う、うーん……」

 それでも、今アレンの頭には何故かめっちゃ『不倫』の二文字が浮かんでいた。

 前世からの恋人。そして、今世での恋人。

 覚えていなかったけれど確かに愛し合った人。そして、愛していたけれど壊れてしまった人。

 どちらにも相応の責任はあった。だからこそ、それでも、選ばなくてはならない。

 そして、アレンの出した答えは。

「俺は……「失礼します! マリア様! アレン様! 緊急連絡です!」

 マリアに使える近衛が、慌てた様子で二人の部屋に飛び込んできた。

「どうしたの?」

「これを見てください!」

 近衛が差し出したのは新聞だった。そこに記されていたのは。

「スターノール市で……ゴーストが再復活!?」

 アレンの故郷に訪れた、再びの災厄だった。

 

 


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