この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野 笑

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第13話 二位じゃダメだ二位じゃダメだ二位じゃダメだ……!

 

「じゃあ、あの女とは本当に前世で恋人だったんだ」

「うん……」

 超お久しぶりなリープリの部屋で、テーブルを挟んでアレンは経緯を語っていた。

「そんなビクビクしないでも大丈夫だよ」

「さ……刺さない?」

「ちょっと考えた」

「やっぱビクビクしてるリアクションで正解じゃん!」

 ガタッと椅子を倒しながら距離を取るアレンに、リープリは慌てて弁明する。

「大丈夫だよ! アレンのこともちゃんと考えて、そんな横暴はやめることにしたから」

「そ、そっか……」

「でも移り気したら正当暴行だよ?」

「そんな四字熟語はない!」

「してないよね? 今は、リープリのことしか見えてないよね?」

「当たり前だ。この世界で一番リープリを愛してる」

「その『世界で一番』って、『他の誰よりもアレンが』と『他の誰よりもリープリを』のどっち?」

「どっちもだよ」

 アレンはまるでリープリのように、真っ正面から真っ正直に愛を告げた。

「うん、その答えが聞きたかったの」

 リープリは幸せそうに、そして満足そうに微笑んだ。

「あと、もうひとつ聞きたいことがあるの」

「また答え間違えたら刺される系の奴ですか?」

「…………………………うん」

「間があったからには否定してくれよ! 『今だいぶ間があったよね!』って言う気マンマンだったのに肯定されちゃったよ!」

「だってそうだもん。ねえアレン、西方にいた三年間の高校生活で、他の女の子と付き合ったことある?」

「ない。『リープリと離れてからの三年間、誰とも付き合う気になれなかった』って言ったはずだぞ?」

「うん、覚えてるよ。『俺生涯付き合ったのリープリだけ』とも言ってたよね。でも、あの女みたいなパターンがないか不安になって、一応確認したの」

「そんなまさか。前世ならまだしも直近の三年間で恋人だったことを忘れるなんてあるわけないだろ……あ」

 アレンが固まる。

「『あ』ってなに? そんなまさかだったりしないよね? ねえ?」

 リープリの瞳がまたしても深淵に落ちかける。アレンは慌てて横に首を振った。

「違うんだ! ただ、似たような約束をしてて、それを忘れてたことに気付いただけなんだ。ちゃんと説明すれば大丈夫って分かってもらえるから、一旦ハイライト戻してくださいお願いします」

「ふぅん……いいよ、話してみて。ぜんぶ、正直に、嘘偽りなくね」

「ああ……始まりは、俺が西方に渡ったときのことだ……」

 

 

 森の中、愚直に剣を振り、獣道を駆け抜け、心身を限界まで追い込んで鍛練する美少年の姿があった。

 十五歳のアレン・アレンスターである。

 彼は中学を卒業してすぐ、リープリに刺され、彼女から逃れるため海を渡って西方の地にいた。

「九九八! 九九九! 一〇〇〇! ハアッ……ハアッ……!」

 素振りが一区切り付いたところで、アレンは剣を置いて草むらに座り込んだ。

「凄絶という他ないな。何がキミをそうまでさせるんだ?」

「ッ! いつの間に!?」

 彼女は気配もなく、アレンの真っ正面にいた。背後でも傍らでもなく目の前にいながら、話しかけるまで気配を感じさせなかった。

 白磁のような肌。白雪姫がボーイッシュになったような凛々しい顔立ち。侍然としたポニーテールに、腰に差した刀。

 そのただならぬ雰囲気に、アレンは動けなくなっていた。

「これくらいは剣士なら当然だ。そして、ボクの問いにも答えてほしいな。キミは誰で、どうしてこんな鍛練をしているんだい?」

「ッ……。俺は、元カノに刺されて逃げてきた。それ以前にも、魔法で押し負けて無理やり言うことを聞かされることが何回もあった! 俺は、もう負けたくない! 俺は絶対、リープリの圧制に負けないくらい強くなって、普通の幸せを手に入れてみせるんだ!」

 アレンの目には修羅が宿っていた。ちょっとやそっとの感情ではなく、本気で自由を欲する激情だった。

「餓えている者だけが渇望する。満たされている者に本気の努力はできない。ボクはキミの目に、確かな全霊を見た」

 女剣士は凪いだように穏やかな微笑を湛えた。

「それって……」

「戦おう。剣士なら、剣で語らおうか」

 

 

 アレンは草むらに仰向けになって、大きく目を見開いていた。

「凄い……」

 一方で彼を打ち倒した女剣士は、土一つ付かず、疲れの色すら見えない。

 死者のように気配がなく、しかし凛として剣気を纏ったまま在り続ける彼女に、アレンは慄然とした。

「強くなるのに近道はない。しかし遠回りはある。ただただ愚直に進むより、確実に強くなる段階を踏むべきだ」

 そして、女剣士はアレンに手を差し伸べた。

「ボクはミーア・アムルスタント。西方第一位の剣士だ」

「なッ……」

 アレンはミーアに起こされながら、その口上に頭を殴られたような衝撃を受けた。

 そしてそのまま、彼はミーアの手を両手で強く握った。

「ミーア。俺の師匠になってくれ!」

「へ……?」

 両掌から伝わる温もり。無垢で熱情に満ちた精悍な眼差し。なにより、目が眩む程美しい顔立ち。

 ミーアはアレンに思いっきり顔を近付けられ、今まで感じたことのない熱が胸に宿るのを感じていた。

「な……うん、そうだね。ボクでよければ、喜んで」

 色白なミーアの頬は、分かりやすく朱に染まっていた。

 

 

 その後、アレンはミーアと同じ高校に入学した。

「まさか同い年とはね」

「しかも同じクラスとは」

 二人は同時に笑いだした。

「これから三年間、よろしくお願いします。師匠」

「ああ、このボクが育てるんだ。絶対に西方第二位まで導いてみせるさ」

「第一位じゃなく?」

「王座を譲るつもりはないよ。無論、引き摺り下ろすつもりで掛かってきてもらうけどね」

「が、頑張ります」

 そんなこんなで期待と緊張の入り交じる四月が過ぎ、弛みと倦怠感の支配する五月へと入る。

 二人は教室棟と実務棟に掛かる渡り廊下を並んで歩いていた。

「あの、師匠?」

「なんだい、アレン?」

 二人はすっかり仲良くなっていた。

「最近、俺思ったんだけどさ」

「どうしたんだい?」

「俺、師匠にお世話になりすぎじゃないかなって。毎日稽古を付けてもらえるのは嬉しいんだけど、迷惑じゃないかなって」

「ボクと一緒にいるのに飽きたのかい?」

「そんなわけない」

「じゃあ、もううんざりしたんだろう? こんな剣しか能のない女とべったりの高校生活が嫌になったんだろう?」

 ミーアはアレンに捨てられたと感じていた。彼女の言葉は、カッコよくて優しくて人望も厚いアレンに対する、強い劣等感の発露だった。

 春に潜む冬がひょっこりと顔を表したように、皐月の風が渡り廊下を吹き抜ける。

「師匠、来てくれ」

「えっ……」

 アレンはミーアを引っ張っていって、そのまま人目につかない校舎裏へと出た。

「ど、どうしたんだい?」

「俺は君を心から尊敬している」

「えっ……?」

 アレンの表情は、真剣そのものだった。

「何かひとつに捧げる人生というのは、美しく高潔なものだ。君にとってそれが剣の道であり、だからこそ高一で西方第一位になれてるんだと思う」

「う、うん……」

「それは本当に凄いことだし、剣士の俺にはそれがよく分かる。君に対して、強い尊敬を持っている。君に弟子にしてもらった幸福を実感しながら生きている」

「そ、そうかい……?」

「だから、さっきの師匠の発言は絶対に違う。俺はミアと一緒にいれて幸せだし、そして何より、師匠には剣しかないなんてことない。『見ず知らずの俺に、毎日稽古を付けてくれる』くらい優しいって、俺は知ってる。師匠は分かってなくても、俺は分かってるんだ」

 アレンは人を誉めるのが好きだった。自分が誉められるより好きだった。

 まして自分の好きな人が自分を損なうような発言をすれば、赤面するまで誉め倒すと決めていた。

「あ、ああ……ありがとう。その、自信のなさから出た失言だったということは自覚したし、キミがボクを嫌っていないということはよく伝わった」

 ミーアの表情は、アレンに捨てられたと思い込んだときからは大分よくなった。しかしまだどこか、翳を帯びていた。

 だからアレンは、更に誉め殺すことにした。

「好きだ」

「へっ……?」

「まだ分かってない。俺は師匠が好きだ」

 そう、まだ分かっていない。こういうことやってるから刺されるのだと。

「ッ……!?」

 ミーアの色白な頬は、もう分かりやすく熱情を灯していた。

 剣だけに捧げてきた人生で、初めて誰かから好かれたという事実だけで、今までのセカイが音を立てて崩れる。

「師匠? 急に胸を抑えてどうしたんだ? どこか苦しいのか?」

「ああ、そうだね。キミのせいだ。だから」

 ミーアがアレンを押し倒し、強引に唇を奪った。

 現実感のない空がアレンの目に映る。校舎裏、木陰のなか、無理やり襲われている。

 そう実感してようやく抵抗する。が、西方第一位のミーアに押さえ付けられて、抜け出せるわけがなかった。

「ん……ッ! ッ……やっ……んっ……!」

 口内に舌をねじ込まれ、息もできないほど蹂躙される。両手は掌を合わせ指を絡めるように、がっちりと固定されて動けなかった。

「っ……ぷはっ……ハアッ……! 師匠、なんで!?」

 ようやく解放され、アレンはその真意を問うた。

 ミーアは頬を上気させたまま、粘着的な瞳で彼を見下ろした。

「ミア」

「え……?」

「師匠だなんて呼ばないでくれたまえよ。今は、一人の女の子として見てほしいんだ」

「そんなこと言っても……俺はそんなつもりじゃ」

「口答えするんじゃない。弟子が師匠に逆らっていいわけないだろう」

「言ってることと言ってることが違う!」

 抗弁しながらも抜け出そうと抗ってみるが、西方最強の拘束は固かった。

(ダメだこれ、石の下に三年くらい動けない)

 なので、アレンは必死に説得した。

「ミア。ここ、学校だぞ? 人来たらまずいだろ」

「じゃあ、家に帰ったらいいのかい?」

「うっ……それは……」

 そもそも東方から来たアレンには家がない。なので今はミーアの家で同棲していた。

「そもそも学内でこれは退学処分もありえるぞ」

「大丈夫さ、どうせバレても西方第一位のボクを退学になんてできない」

「俺は秒でクビにされるんだけど!」

「おかしいよね、さっきと断る理由が違っている。場所が原因ならそれを変えればいいだけだったのに、論点をずらして学則を原因にしている。さっきから、何かと理由を付けてボクを否定しているんだよね?」

「うっ……」

 ミーアは恐ろしく冷静に、アレンの矛盾を突いた。なお、自分の矛盾は関係ない。

「なんだ、やっぱりボクのことなんかどうでもいいって思ってるんじゃないか。そうだろうね。ボクにはキミしかいないけど、キミにはたくさん好いてくれる女の子がいるのだからね」

 潤む瞳から真下のアレンに一筋の涙が落ちた。

 それがこの世界で何より強く、彼の心を締め上げる。

「ミア」

 もう拘束下にあることすら忘れ、アレンは懸命に彼女の名を呼んだ。

「大丈夫、俺は今誰かのものじゃない」

「なら、ボクのものになってくれたまえ」

「もしノーと言ったら……?」

「今から無理やりボクのものにする」

「うぅん……」

 最早ミーアを止められるものはない。学則だって無視するし予鈴だって耳に入らない。

 それでも大人しく食べられるわけにはいかない。

「あの、俺って居候だよな?」

「そうだね。ボクたちは同棲している」

「なら、俺ってそもそもミアのものだぞ。出ていけって言われたら路頭に迷う他ないし、家主って立場上でも師匠って立場上でも、俺は初めからミアのものだ」

「ふぅん……」

 ミーアは答えに窮した。

「だからこんな乱暴にしなくても、ちゃんと好きにできる。ミーアのことが好きだから、俺はちゃんと時間を掛けて仲良くなりたい。ダメか?」

「……ダメじゃない」

 ミーアは最後に一回だけアレンの頬にキスを落として、彼の上からどいた。

「他の女の子には『アレンはボクのものだ』と主張してもいいんだね?」

「ああ、事実だからな。でも、ホントの関係はもっとゆっくり進めよう。急ぎすぎると……なんというか、ほら、ブスリな未来が待ってる」

 腹の刺し傷を抑えながら、アレンは暗い目でそう言った。

「そうだね、すまない。今のボクは最低だったよ。だがどうか捨てないでくれたまえ。これからその女とは違うことを証してみせるから」

 まだ涙ながらにミーアは訴えた。その瞳に抗う術など、アレンは持たない。

「ああ、大丈夫だ」

「ぜったい捨てないでくれたまえよ? ぜったいだぞ?」

「大丈夫だってば」

 アレンはめちゃくちゃ弱った。

 彼は人が悲しむ姿が嫌いな上に、守ってあげたくなるような人がタイプである。

 つまるところ、ミーアは完全なるアレンキラーだった。

「むしろ俺のほうが捨てられたら困るんだが……」

「そんなことはないさ、どうせ他にも当てはある。どんな女生徒もキミなら喜んで泊めるだろうし、キミだから襲われたいと思うだろう」

「そうなってもミアが止めるだろうし、俺はミアだから教わりたいと思う」

「……キミは、つくづく本当に……」

 ミーアは赤面しながら、照れと呆れとの混ざったため息を吐いた。

「このすけこましめ」

「なんでだよ……」

「ふん、自分の胸に訊いてみたまえ」

 こうして、アレンとミーアの間に吹いた寒風は、涙を伴って去っていった。

 

 

 三年後、ランキング戦にて。

「グングニル・ジ・オリジン」

 莫大な魔力が収斂し、解放される。星をも墜とす光条が、アレンもろとも地を抉り、天を灼いた。

「っ…………負けたぁ! やっぱりまだ師匠には敵わないな」

「むしろよく戦ったと誉めたいくらいだ。たった三年でよくここまで来た」

 西方第一位を決める舞台。西方最強の槍、ミーア・アムルスタントが見事その座を死守した。

 彼女は、辛くも敗北したアレンへ手を差しのべる。

 彼は起こされながら、悔しさと嬉しさと感謝の間で揺れ動いた。

「師匠、俺がここまで来れたのは貴女のお陰だ」

 アレンの目にはまだ闘志が燃えていた。その火を消さぬべく、ミーアは師匠として彼を煽った。

「だがまだ、だろう?」 

「ああ、そうだな。来年こそは、必ず勝つ」

「うん。それでこそ、だ。だから、一つ約束をしよう」

「約束?」

 たった今激戦を繰り広げたコロシアム。その真ん中で向かい合う二人の会話に、大勢の観客が耳を傾けていた。

「キミは圧政者(元カノ)から逃れるため、強さを求めた。そしてボクはキミの師匠として、キミを鍛えた」

「ああ」

「でもボクの役目は終わっていない。キミを強くさせると決めた以上、キミが強くなるまでその役割を果たせたとは言わない」

「うん? う~ん……まあ、そうなのかな?」

「だから、来年こそキミが優勝できなければ、それはボクの責任だ。キミを最強まで強くしてあげられなかったという罪だ」

「そ、そうか? なんか飛躍しすぎじゃ……」

「故に、もし来年のランキング戦でキミが負けるようなことがあれば、ボクが全ての責任を取る」

「あれ……なんか変な流れ……」

「次にキミが最強にならなければ、ボクは永遠に、キミを守る盾となろう」

 ミーアは一つ間を置き、清廉なる眼差しで想いを告げた。

「死が二人を分かつまでキミと共に在り続けるよ」

「えええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええッ!」

 コロシアムが、西方中の視聴率を集める戦場が、歓声で満たされる。

 観客席も水晶越しに試合を見ていた市井も、そのプロポーズに沸き上がらない者はなかった。

「待て待て待ってくれ師匠」

「師匠ではなく、ミアと呼んでくれたまえよ。いつものように」

 ミーアはますます熱狂に油を注ぐ。過熱する民衆。胆が冷えるアレン。寒暖差はフリーフォール。

「ミア、あの、今の理論おかしいよな?」

「責任を取ってボクがキミの盾となることの何がおかしいんだい?」

「盾じゃなくて建前だろ! しかも矛盾だらけだよな!?」

「西方最強の槍であるボクに矛盾の概念はない」

「意味わかんないウソ付くな!」

「大体なにをそんなに慌てているんだ。今のはあくまで仮定の話でしかない。まさか今からもう負けるつもりでいるのかい?」

 その問いに挑発の意図があることは分かっていた。

 しかし、師匠と弟子という関係。沸き上がる観客たちから向けられる、期待のこもった視線。それに――

「まさか。俺は勝つ! 次のランキング戦で君を倒し、必ずやその冠をいただく!」

(じゃねえええええええええッ! バカか俺はあああああああああああッ!)

 ――なにより、男としての意地が、それに乗らないことを許さなかった。

「よろしい、受けて立とう。くふ……やった、これでアレンはボクのものだ……」

 ミーアはもう来年の勝利とアレンを手に入れたつもりで、遊山船にでも乗ったような顔をしていた。

(乗っちゃった……ッ! 泥舟に……ッ! 断れなかった……ッ! ここが敗着だッ……!)

 アレンは確信していた。ミーアは最強である。

 多分勝てないし多分沈む。背水の陣どころかもう首元までガッツリ水に浸かっている

「ふふ……ボクに溺れる日が今から楽しみだ……」

 

 

 次の日。

(学校あるある。イベントの翌日でも休みにしてくれない)

 とか現実逃避をしながら、アレンは気だるい授業を受けていた。

 ちなみにあの後、アレンは三位決定戦で勝利を収め、西方第二位の称号を手に入れた。

「起立……気を付け……れい……」

 しょんぼりとしたアレンの号令に、クラスメイトが不思議そうな目を向ける。

「疲れてるのかな……?」

「昨日の今日でしかも連戦だもんね……」

 ヒソヒソと噂されるなか、控えめな女生徒が意を決してアレンの前に出た。

「あ、あの……大丈夫? アレン君」

「あ、ああ……平気だ……心配してくれてありがとう……」

「あの、力になれることとかあったら言ってね! 私、アレン君のためならなんだってできるから!」

「俺のためにそこまで言ってくれるなんて……ありがとう」

 アレンは女生徒の手を両手で包み、超絶イケメンフェイスで微笑んだ。

「くぅ……ぐふっ」

 女生徒は一瞬顔を真っ赤にし、直後オーバーヒートで倒れた。

「だ、大丈夫?」

「平気でしゅ……」

「アレン」

 そんな中、たった今教室に入ってきたミーアの一言で、場の雰囲気が一変する。

「あ、ミアか。どうし「何をしてるんだい?」

 ミーアの瞳は鋭かった。

 そのただならぬ雰囲気に教室中、というか廊下を通りかかった生徒すら注目している。

 というか現・西方第一位と第二位がいるのだ。嫌でも目につく。

「えと、世間話だけど」

「世間の話でいたいけな女生徒を陥落させるとは驚きだね。どんな話題を振ったのか是非とも聞きたいものだ」

 ミーアは皮肉たっぷりに王子プレイを糾弾する。アレンは胃をキュウキュウと締め付けられ、謝罪に汲々とする。

「いや、あの、本当にすいませんでした」

「まあいいさ。さあ、一緒に帰ろうか」

「あ、ああ」

 鞄を持ち、二人は教室を出た。廊下を歩きながら、アレンはミーアに問い掛ける。

「なんで教室まで迎えに来たんだ? いつもは校門で待ち合わせなのに」

「キミが女の子を誑かしている気配を感じ取ったのでね。おっとり刀で駆けつけたのさ」

「西方最強の剣士がそれで刀置いてこないで」

「何を余裕たっぷりに軽口を叩いているんだい? まさにボクの懸念通り、キミはそのプリンスフェイスで女の子をオトしていた。つまり、現行犯で捕まったんだよキミは」

 殺気がアレンの心臓を貫き、冷や汗が噴出する。

「冤罪だ……」

「この期に及んで否認とは、良い度胸だ。今日の訓練は覚悟しておきたまえ」

「ひぃえぇ……」

 アレンは震えながら、死地に向かう。

「ああ、夜の訓練は『ひにん』しなくて結構だぞ」

「何言ってるのか分からないです……」

「なら分かりやすく言ってみせようじゃないか」

 ミーアは立ち止まり、まだ衆目のある校舎の中で、堂々と宣言した。

「キミは一年後ボクに負けたら一生ボクのものになる。つまり、ボクはキミの童貞を予約してるんだ」

「キャンセル料はいくらですか?」

「体で払ってもらう」

「詰んだ!!!!!」

 

 

 夜、ミーアがマジで夜這いしに来た。

「え、は、マジですか師匠?」

「マジだ。大人しく愛されたまえ」

 仄かな月明かりが、カーテンの隙間から差し込む。蒼白く輝く光がベッドを照らし、清潔なシーツすら妖しげな色に染め上げられる。

 そしてその上に、重なる男女が二人。

「待ってくれ。俺がミアのものになるのって一年後だろ?」

「でも試食くらいいいだろう?」

「試食じゃなくて侵食だよ、訴えればギリ勝てるよこれ」

「……なあ、アレン、キミに恩義はないのかい?」

「恩なら貞操以外で返させてくれよ……」

 ミーアのネグリジェがはだけて、雪のように白い肌が際どいところまで見えている。美しくも、抱き締めれば壊れそうな体だった。

「やだ、なんならもう主食にしたい……」

「もうぜんぜん本音隠す努力とかしてくれない!」

 抱き締めなくてもとっくに壊れてた。

「うっ……ううっ……」

「えっ」

 突然ミーアが泣き出し、アレンは彼女を抱き締めながら頭を撫でた。

「どうしたんだ?」

「ここまでしても……まだダメかい? そんなにボクのことが嫌いなのかい?」

「な、まさか。好きだよ。師匠がいなかったら今の俺はここにいない。俺は師匠のために死んでもいい」

 月光が淡く照る夜には、似合いの言葉だった。

「なら、ボクを退けるんじゃない。受け入れてくれ、愛してくれ。ボクを……否定しないでくれ」

 その涙は宵闇に溶けることなくアレンの胸に沁みた。

 まだ刺された方がマシだとすら、彼は思った。

「ミア」

 月色の雫を拭い、温かな声で、アレンは彼女の名を呼んだ。

「心配しなくていい。もう今、俺はミアを退けられない。たくさん不安にさせてごめん。ミアがそう望むなら、もう一年後じゃなくていい。今ここで、ミアのものになるよ」

 その目には、いつかの彼と全く同じ、諦念によく似た優しさが宿っていた。

「っ……! ちが……違うんだっ。そんな、情に訴えてとかで、キミを手に入れたいわけではないんだ」

「そう……なのか?」

「うぅっ……もう、どうすればいいのか、分からないんだ……」

 怜悧で、物事を見透かし、弁舌に優れ、西方最強の槍として君臨し続けるミーアが、アレンにだけ見せた本当の弱さだった。

「一年」

「え?」

「一年後のランキング戦。そこに全ての覚悟を決めて俺は立つ。だから、ミアの言った通り、そこで全ての決着をつけよう」

 これからの一年間で、ミアに対する想いも、師匠に対する想いも、すべて咀嚼して、ちゃんと結論を出して彼はその戦いに臨むと決めた。

「アレンは、それでいいのかい?」

「男に二言はない」

 こうして、月夜に契りは果たされた。

 

 

 しかし、そう。この一年後、アホのアレンは前世の恋人に拉致され南方にいるのである。

 愛も人生も何もかもを掛けたミーアの前に、このクズ野郎は現れなかったのである。

 であればその末路は、推して知るべし――そして、新たなヤンデレ地獄が始まる。

 




 第12話が謝って二重投稿されていたため、片方を削除しました。しおりを挟んだ方は消えてしまっていると思います。ご迷惑をお掛けしました。

 また、二重投稿の報告をしてくださった皆様には、この場を借りてお礼申し上げます。ありがとうございました。

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