目を覚ますと森の中だった。
「ここって……」
アレンは、そこがどこであるのかを感覚で理解した。
忘れもしない三年間。そこは、かつて師匠と出逢った地であり、共に鍛練した森だった。
「やあ、目を覚ましたかな?」
「う、ミア……?」
白髪の彼女は、月下に映える。白磁の肌は蒼白い光に照らされ、清廉なる瞳は吸い込まれそうなくらい美しい。
「そうだ、キミだけのボクだ。そして今からボクだけのキミだ」
「……もしかして、海越えて拉致られたパートツー?」
「ワンがあったことに驚きだが概ねそうだね」
ぶっちゃけ否定してほしかった。
「なんで森のなかなんだ? 拉致するなら拉致するで、ベッドに縛られてるものかと思ったんだけど」
「おや、それは期待と捉えてもよろしいかな?」
「捉えないで。あと捕らえないで」
「……フラットチェストには興味もないと言いたいのかい? そうだろうね、流石は東方に帰ってまで巨乳を愛した男だ。強く軽蔑の念を覚えるよ」
ゴミを見るような目だった。
「ちょっ!? 違う違う! 別に胸を理由にリープリを好きになったわけじゃない!」
リープリ本人に言えば嫉妬と恥ずかしさから二×八=十六裂きにされるが、胸だけでいうならマリアの方が大きかった。
「でも男なら大きい方が好みだろう?」
アレンは『西方に拉致られてまで何を話してるんだろう?』と思いながら首を振る。横に。
「どっちが似合うかは人それぞれだし、ハグしたときに密着できるから小さい胸も好きだ」
「ほう。では、AカップのボクとFカップのボクならどちらを選ぶ?」
「………………………………F」
「死にたまえ」
「すいませんっしたっあ!」
ガチの斬撃を横に飛んでかわすアレン。
「いや今のは話の流れ的にそう答えた方が面白いかなって思ったんだ! 絶対ミアは今のAカップのままの方が似合う! 侍然とした師匠には細身でバランス良い方が綺麗だ!」
「命が危機に晒されてから褒め始めて、それを信じてもらえると本気で思っているのかい?」
「マジなんだって!」
めっちゃブンブン斬撃が飛んで来る。アレンは紙一重でそれをかわしながら、全霊でミーアの貧乳を讃える。
「俺はミアの胸も好きだ! 冗談でも言っていいことと悪いことがあった! ホントにごめん! 反省してます師匠!」
「なに、気に病むことはないさ。それがキミの偽らざる本音なのだろう? 別にボクを慮って嘘を言ってほしかったわけではないし、そう言われて腹を立てているのでもない。ただ少し強めに折檻をしたいなって思っているだけさ」
「ゴリゴリにキレてるじゃないっすか!?」
明らかに刀身を超えた長さの斬撃が飛んで来る。
鋒の延長線上にある木々がまとめて斬り倒され、アレンは血の気が引くのを感じた。
「懐かしいな、この感じ。往時の訓練を思い出すようだ」
「こんなワンサイドゲームはなかったでしょうが! 優しい師匠に戻ってくれ!」
「なら素直な弟子に戻ってくれたまえ」
衝撃波で幹が真っ二つになる。草むらが地面ごと抉れて吹っ飛ぶ。もはやミーアは歩く嵐だった。
「あ、えと、それは……」
アレンは今度こそ答えに窮した。もう戻りたくても戻れない理由がある。
彼の胸には、もう二度と消えぬ愛の灯火が燃えている。
「ごめん、ミア! 俺はリープリを愛してる! 君の想いに答えることはできないんだ!」
ピタリ、と嵐が止まる。だがそれは、更なる大きな嵐の前の静けさだった。
「なあ、アレン。そもそもキミは何のために強くなろうとしていた? 圧政者たる元カノから自由を取り戻し、キミ自身の意思で恋愛をするためだろう?」
「あ、ああ……」
「しかしキミは今その元カノを愛していると言った。おかしな話じゃないか。もしや、彼女に屈してしまったのかい?」
「違う」
「では、勝てないと悟ってしまった?」
「違う」
「なら洗脳されているのかい?」
「ちが……うって言えない! かなりされたことあります!」
悲しいかな、クスリも監禁もやられているせいで、それが本心だという証明はできなかった。
「でももう、それならそれでいい。本気で愛してるんだ。そんなこと関係ない」
「あるだろう! 君が勝ち取りたかったものと一番関係あるだろう! キミがボクに鍛練を頼んだのは、あの女を守るためではなく、あの女から逃れるためだろう!」
「うぐっ……」
中学の三年間を共に過ごした女の子と、高校の三年間を共に過ごした女の子。
どちらもアレンにとっては大切で、人生の天秤を揺らすに足りるくらいには重きを置く存在だった。
「でもなあ、もう結婚の約束までしちゃったからなあ……」
「知るか、破り捨てろ」
「言葉悪いですよ師匠。まあでも、刺されて死にかけたんだから破綻はしてるんだよなあ……」
一瞬だけハイライトが生存していた頃のリープリに戻ってはくれたものの、やっぱりガチで刺してこようとしたので、上手くいかない気がしていた。
「なあ。ボクでは、不満かい?」
「そういうわけじゃ……」
「嫌なところがあるなら直そう。髪型が嫌いならツインテールにでもショートヘアーにでもするし、言葉遣いが気に入らないなら平易な言葉で話すよう努力しよう。胸はまあ……キミの期待に添えるよう頑張るから、どうかボクを見捨てないでくれ」
「ミアのポニーテール好きだし、その口調も落ち着くし、さっき言った通り胸も今の方が綺麗だ」
アレンはミアを抱きしめ、宣言通りハグをすると密着することを証明してみせる。
「なら……あとは、強いのが嫌いなら弱くなってみせるよ」
「……ッ!?」
アレンはトンカチとハンマーと砲丸とジャベリンとグングニル・ジ・オリジンに殴られたような衝撃を受けた。
彼は人が悲しむ姿が嫌いな上に、守ってあげたくなるような人がタイプである。
そう、アレンより強いことに疑いのないミーアが、もしアレンより強くなければ、彼のストライクゾーンど真ん中なのである。
「う……ぐっ……のおッ……」
「おや、そこなのか。意外だね、てっきり胸か性格と思ったが、強さだとは」
「いやその……」
中学生活で出会ったリープリと、高校生活で出会ったミーアと、逃亡生活で出会ったノナン。
初めに出会ったのがリープリだったからこそリープリと付き合ったものの、もし彼女らと出会ったのが全くの同時だったなら、彼はノナンを選んでいたかもしれない。
それくらい彼は、『守ってあげたくなるような』『小動物的な可愛らしさ』を持つ女の子が好みだった。
「でも、違うだろ。ミアは強いから綺麗なんだ。剣だけに人生を捧げたから今のミアがあるんだ。それを捨てさせるなんてあり得ない」
「いいや、違うね。ボクのアイデンティティーはキミを愛することだ。キミに人生を捧げる覚悟があるからボクなんだ。もう、キミのためなら家族でも友達でも世界でも捨てられるんだ」
純粋すぎるのか、濁りきっているのか。ルナティックな愛が、ミーアの瞳には宿っていた。
「師匠……いや、ミア」
アレンはミーアの想いを正面から受け止め、彼女の瞳を真っ直ぐ見据えた。
「俺と、決闘しよう」