この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野笑

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第18話 会いたくて愛したくて震える

 

 

 

「ボクの敗けだ。ああ……本当に、強くなったね」

 ミーアの視界に映る空は、憎らしいくらいに青かった。

「ミア。俺はそれでも、リープリを選ぶよ。強くなった今でも、今だからこそ守りたいって思うんだ」

 ミーアは立ち上がり、アレンを真っ直ぐ見つめ返した。

「納得はいかないけれど、負けてまで縋るのは流石にやめておくことにするよ。いや、プライドなどないから負けても尚喚くことはできるけれど、そんな醜い真似をしてアレンの気持ちが変わることもないだろう。ならせめて、アレンの中で美しく終わりたい」

「ミア……」

 アレンはミーアの言葉に驚愕していた。そこにいたのは、まるで初めて会ったときの、高潔なミーア・アムルスタントだった。

「師匠を越えることは弟子としての理想で、弟子に越えられることは師匠としての本懐だ。もう伝えることはないよ。免許皆伝だ」

「ありがとうございました。師匠のおかげで、ここまで来れた」

「どういたしまして。そして、こちらこそありがとう、幸せだった」

 最後に、ミーアは涙を流さなかった。

 現実に藻掻く泥臭さよりも、理想に殉じる高潔さを、その身で表してみせたのだ。

「さようなら、アレン」

「ああ……さよなら、ミア」

 

 

 東方に戻る船の甲板。アレンは一人風に吹かれていた。

 暗く吸い込まれそうな海がどこまでもどこまでも広がっていて、なんだかアレンは不安になった。

『顔が良くて好きになっただけかもしれない。でもそれなら生首だけでいい』

「ミアらしいな……」

 物騒で、不器用で、それでもミーアの心からの想いだった。

「泣くな……俺が泣く権利なんてないだろ……」

 アレンは耐えた。どうしようもない悲しみの波が引くまで耐えた。

 そうして、彼は黒い海原に一滴も雫を落とさなかった。

(俺に会わなかったら、ミアはずっと強くて高潔なままだったのかな……? いや、俺の顔が良くなければ、別に好かれもせず、ただの師弟かそれ未満で終わってたのかな……?)

 それはそれで、悲しい話だった。アレン・アレンスターは人が悲しむ姿が苦手だった。

 けれど今は、なかったことにしたくない悲劇もあると思えた。

「俺……イケメンなのかな?」

 黄昏れながら言うとすこぶるナルシストなセリフで、彼は少し笑ってしまった。

「はっず……」

 周りに誰もいなくて良かった、と思った。

 本人は気付いていないが、もしも他に人がいたとして、それが女の子であったなら、月下に涼む彼の姿に魅せられまたひとつ悲劇を生んだに違いなかった。

 最低のすけこましである。

「……え? あれ、え?」

 そして、アレンはあることに気付いた。

 自分の容貌に付いてあまり頓着していなかったからこそ見落としてきた事実に、ようやくたどり着いた。

「なん……で……?」

 

 

 アレン・アレンスターは生まれ育った地に降り立った。

 リープリの居城へ戻ると、仕事の早いことに城の修復は完了していた。

 そして。

「ア……アレン?」

「ただいま、リープリ」

「アレン……! 良かった……おかえり……!」

 憔悴しきったリープリは、アレンを見るなり花のような笑顔を咲かせ、泣きながら彼に抱きついた。

「戻って来てくれないかと思った……」

「信じてくれよ」

「だってアレン浮気するもん……」

「浮気判定はまあ置いといて、これからすることはないから絶対に安心して」

「これからしたら絶対に乱心するからね。刺すからね」

「そのときは流石に刺されるよ」

 アレンはリープリとの抱擁もそこそこに、真剣な表情で、遂に気付いた疑問を切り出す。

「なあ、リープリ。聞きたいことがあるんだ」

「なあに?」

「リープリって、俺と出会ってから今まで一回も俺の容姿を褒めたことないよな?」

 リープリの瞳が大きく見開かれる。

 付き合っていた三年間も、再会して監禁とかされてた半年ちょいも、一度たりとも、アレンはイケメンであることに触れられていない。

 彼がリープリと再会し、『可愛くなった』と言ったときでさえ、彼女はアレンを『カッコよくなった』と言っていない。

「ただの、意地だよ。みんなみんなみんなみんな、アレンの顔しか見てない。イケメンだとか一目惚れだとか、そんなの愛じゃないもん。リープリは、アレンが優しいから好きになったんだもん。他の女と、一緒にしてほしくなかったの」

 リープリは、桜色の瞳にほんの少しの深淵色を混ぜ、アレンを見詰めた。

 それが、リープリの中では絶対に譲れない真実だった。

「でも悪いこだわりだったよね。アレンはリープリのこと可愛いって言ってくれるのに、リープリはアレンのことカッコいいって一回も言ってないもん……ごめんね、アレン」

「いや、いいんだ。うん……ぶっちゃけ今の今まで自分が選んだことをまだ迷ってた最低な俺だけど、いま確信したよ。俺はリープリが好きだ。愛してる」

「アレン……リープリも愛してるよ。今までごめんね。気付いてくれてありがとう。今まで意地で言えなかったこと、言っていいかな?」

「良いんじゃないか?」

「あのねあのね、リープリはアレンのことずっとカッコいいって思ってたんだよ。さっきも言ったけど顔しか見てない他の女と一緒にされたくなかったから、言いたくなかっただけで、本当に本当にカッコいいなって思ってたんだよ。三年間一回も言ってなかったし再会してからも言ってなかったから信じてもらえないかもしれないし、信じてもらえたとしてもどれくらいカッコいいと思ってるか絶対にちゃんと伝わりきってないから今から頑張って伝えるね。今さらって思わないでね? アレンはすっごく顔が良いんだよ? 見てるだけで幸せになれるくらい造形が良くて、睫毛が長くて綺麗で、二重だし目は一目で優しいなって分かるくらい穏やかで、鼻が高くてすっごくすっごくイケメンで、ほっぺたも触る度に頭の中が幸せになれるし、キスする時顔が近づくとすっごい綺麗だなって思ってたの。本当に本当なんだよ? でも他の女とキスしたことあるのはかなり許せないし上書きしたくらいじゃ煮え繰り返った腸も沸騰した頭も冷えないから、唇だけ切り落としたいなって気持ちも本当はあるんだけど、アレンが『変わっていこう』って言ったってことはそういうところ変わって欲しいって意味だと思うから我慢するね? 偉いよね? あとでいっぱい褒めてキスしてね? あと声が好きだよ。声くらい普通に褒めれば良かったなって今でも思うけど、『イケメン』って褒めるのと『イケボ』って褒めるの同じくらい低俗なことに思えちゃって褒めたいのに褒め言葉が出てこなかったの。好きだよカッコいいよすっごく好きなの。ベッドで一緒に寝るときすごい密着するよね? あのとき小声でささやかれるたびにすっごく温かくて気持ちよくなってたの。あ、落ち着かないって意味じゃないの。落ち着くんだけど、やっぱりカッコいいし、なんなら他の誰にも聴かせたくないからやっぱり唇縫うくらいならいい? ダメだよね、えへへ。じゃあリープリがキスで塞げばそれでいっか。あとねあとね、アレンがプール入った後とかお風呂出たときとかすっごい魅了されるの。だってイケメンすぎるもん。カッコよすぎるもん。鏡見たとこある? この世界の言葉をぜんぶ知ってても言葉にできないくらいキレイで魅力的なの。本心だよ。あともうここまで来たらぜんぶ言わせて欲しいな。愛してるよ。だってそんなにカッコいいのにそれで驕らないし、誰に対しても優しいし、人が悲しんでると自分もすっごい悲しそうにするよね? そういうところ好きなの。リープリもね、悲劇は嫌なの。だから良い国作りを頑張ってるし、できるだけ良い方向に法律とか色んなことを変えてるの。でもリープリが色んな人を幸せにしてもアレンは他の人に優しくしてほしないなって強く思ってて、顔だけで絶対女の子から好かれるのに優しくしたらぜったいぜったい愛されちゃうもん。やめてほしいにも程があるもん。実質浮気じゃない? 浮気だよ。カリンちゃんも同じこと言ってたでしょ? リープリがカリンちゃんにそう言ったことあるもん。というかカリンちゃんだけじゃなくてアレンのお母さんとお父さんとも仲良くなったんだよ? もう何回も『くれる』って言ってくれたし実質アレンはリープリのものだし、独占していいんだから多少は女の子との接触に制限掛けたりしていいよね? というか犬も歩けば棒に当たるじゃないけど、アレンは外に出すと必ず女の子をオトすから、やっぱり部屋から出さないのがいちばん正しいって思うんだ。だからやっぱり監禁したいな。『変わっていこう』って言われても限度があるもん。ちゃんと家族には会わせてあげるからダメ? え、なんでリープリを誘拐犯みたいな目で見るの? 大丈夫だよ、アレンが逃亡を企てたり女の子に拐かされたりしない限りは優しくするもん。というか褒めないだけじゃなくて謝ってもなかったよね、ごめんね。あの女狐がアレンを連れ去ったとき守れなくてごめんね。東方最強だからちょっと驕ってたけど全然弱かった。あと、それ以降お城の結界を強く張ったんだけどダメダメでまた壊されちゃった。あの負け犬めちゃくちゃ強いよね? あ、でももう大丈夫だよね? アレンはその負け犬に打ち勝ってリープリのところに戻ってきてくれたんだもんね? でも不安なの。リープリよりアレンの方が強かったらいざというとき実力行使で言うこと聞かせられなくなっちゃう。そういう意味でもやっぱり魔法使えなくしてお互いの位置が常に分かるようにした上で両手両足繋いでおくのが一番確実かなって思うの。ダメ? じゃあ発想を逆転させてみない? アレンはリープリのこと監禁したくない? 他の男と話してたら不機嫌にならない? 嫌じゃない? 話してるだけじゃそこまで思わない? う~ん……やっぱりアレンはリープリのこと愛しきれてないなって思うの。リープリがアレンに対する愛に対して、返ってくる愛があまりにもか細くて不安になっちゃうの。どうすれば好きになってくれるの? どうすれば愛してくれるの? 惚れ薬とかじゃダメかな? ああでもまだ試せる薬いっぱいあるんだよ? 剣術じゃあの負け犬に劣るかもしれないけど、魔法ならリープリの方が得意だし、いっぱいそういう薬開発できるの。もちろん薬だけに頼るなんて論外だよね、ちゃんと好きって言い続けるよ。アレンはかなり言ってくれるし褒めてくれるけど、リープリも負けないからね? 好きだよ愛してるよ閉じ込めたいよ。あと、そうだ。なんでこれ言ってなかったんだろ。アレンにカッコいいって言えないのが辛すぎてノートに書きなぐったりしてたんだ。見せてあげるね? 四十冊超えちゃったんだ。ううん、ウソだよ。四百冊だよ。収まりきるわけないもん……あ、中学生の頃のもそうだけど、高校生の頃のも見てほしいな。アレンが西方で浮気してるときリープリがどんな気持ちだったのか痛いほど分かると思うから。というかこのあと実際に拷問器具とかで痛め付けるね。あ、アレン人が悲しそうな顔してるの苦手だよね? きっとリープリの日記見たら胸が張り裂けると思うな。腹は切り裂かないよ、大丈夫。もう刺さないよ浮気しなかったらだけど。リープリも頑張って変わっていこうかなって思ってるの。アレンが隣にいてくれないの辛すぎるから、アレンが自分からリープリと一緒にいたい一緒に添い遂げたいって思えるように頑張るよ。あ、そうだ。あの女狐見てて思ったというか一個気になったことあったんだけど、アレンって『ダーリン』って呼ばれ方したのリープリが初めてだよね? 冗談めかして言ったけど中学生のときリープリが言ったからリープリが初めてだよね? もしかしてリープリに会う前、小学生の時に言われたことあったりする? もしそうだったらそろそろ本気で病んじゃうんだけど……ないよね? ないよね、そうだよね。そもそもリープリが最初で最後の彼女だもんね。呼ばれる機会なんてあるわけないよね。リープリにとってもアレンが最初で最後の彼氏だよ? 他の男の人なんて考えないし考えられないもん。アレンにとってもそうだよね? 離婚なんてしてあげないしさせないもん。そもそも法律変えられるからもうアレンにそれ以外の選択肢ないもんね。あ、でも東方から亡命されると法律もなにもないんだよね。やっぱり監禁するしか……ううん、もうアレン繋ぎ止める方法これしか思い付かないっていうか、拉致されないためには監禁が有効なんじゃないかなって。拉致はアレンの努力でどうこうできるものじゃないし、それでアレンに責任を求めるのもやっぱり酷だもん。その点はリープリが管理してあげれば、納得できるの。アレンの自由意思も尊重してあげたいけど、まあ……アレン次第かな。アレンが自分の意思で浮気したいならもうリープリの国で人権なんてないもんね。ね?」

「お、おう……」

(これヤバいこれヤバい結婚は人生の墓場って言うけど、ホントに結婚したら人生終わっちゃうのでは……?)

 西方へ引き返すかここを墓場にするかの二択が頭を過る。

 可愛らしくもそれ以上に圧倒的に恐ろしい恋人に見詰められ、アレンはガクガクと震えながら笑うしかなかった。

(笑えない状況と笑うしかない状況ってどっちが追い込まれてるんだろうな……?)

 今目の前にある現実から逃げ始めた脳髄が、どうでもいいことを考え始める。

「アレン? どうしたの?」

「いや……なんでもない。愛してるよ、リープリ」

「リープリもっ!」

 強く強く抱き締められる。柔らかく暖かいはずの抱擁は、アイアン・メイデンにでも入れられたような感覚だった。

(でも、俺は自分の意志でリープリを選んだんだ。大丈夫、絶対大丈夫に決まってる)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(でも一応遺書は作っておこうかな……)

 

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