この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野笑

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第19話 誰もヤンデレから逃れること能わず

 

「アレンはリープリのことが好き……、きらい……、好き……、きらい……、好き……」

 リープリが庭先で花占いをしていた。花弁を一枚一枚ちぎって落としながら、アレンの愛を確かめていく。

「……あの、リープリ?」

「ん、なあに?」

 アレンがリープリの手を掴む。

「それ仮に『きらい』の方で終わったらどうなるんだ?」

「え、そうだなあ……うふふ……」

「なんだその笑い!? それダメでも俺に非はないよな!? 花弁の枚数が偶数か奇数かに俺の生死は掛かってないよな!?」

「ふふ、大丈夫だよ。アレンの指で同じことしようなんて思ってないから」

「しないなら言わないよな!? 怖いし指の本数って偶数だから結果変わんないだろ!」

「あ、そっか。じゃあ髪の毛でやってみる?」

「この歳で増毛を意識した食生活になるのはやだよ!?」

「アレンなら禿頭でもカッコいいと思うよ?」

「俺は思わないなあ!」

 会話しながら、必死で花弁の枚数を数える。十四枚だった。

「ああ……大丈夫だ。ちゃんと愛してるらしいから」

「あ、アレン今花びら数えたでしょ? ネタバレはダメだよ」

「いや誰だって数えるだろ。命のカウントダウンだったんだぞ」

「もう、指とか髪の毛の話は冗談だってば」

「リープリならあり得るかなって思っちゃって……」

「やらないよ。……でも、浮気したら、ね? 分かってるよね?」

「は、はい……」

(髪の毛一本一本抜くの、拷問の第一線でも通用しそうだな……)

 アレンに関してのみリープリの思考に、倫理や道徳の枷はなかった。

 もし浮気などすれば、アレンの命は花びら一枚と同じくらい儚く散る。

「そうだ。私からのプレゼントだよ。はい、どうぞ」

「ありがとう。……珍しいな、花束なんて」

 赤、白、薄青、色とりどりの花束だった。なかなか受け取る機会もないので、アレンは素直に嬉しかった。

「同室だから、結局一緒にお世話することになるけどね」

「ああ、確か……に……」

 アレンはあることに気がついた。かつて花屋の娘であるノナンの元で仕事をしていた時の記憶がよみがえる。

「い、イカリソウ……」

 確か、花言葉は『あなたを捕まえる』だった。

「うん? どうかしたの?」

「あの、これほとんど知らない花なんだけど、どんな種類なのか聞いてもいいか?」

「ガマズミ、ラベンダー、藍、アングレカム、イカリソウ、サンビタリア、ハナビシソウ、ブーゲンビリア、藤だよ」

「花言葉は?」

「私を無視しないで、私に答えて、あなた次第、いつまでもあなたと一緒、あなたを捕まえる、私をみつめて、私を拒絶しないで、あなたしか見えない、決して離れないだよ」

「怖すぎだろ! これ俺はどういう気持ちで手入れすればいいの!?」

「ごめんね、なんか色も花言葉も似かよっちゃったよね。『あなたを監禁したい』と『浮気したら殺す』って花言葉のお花が見付からなくて……」

「バリエーションは要求してないから! あとそんなピンポイントでパートナーを苦しめる花言葉あるわけないだろうが!」

「あ、そうだ! じゃあリープリが品種改良して新しいお花を作ればいいんだよ! 待っててねアレン! 必ずアレンに贈るのに相応しい花束を作るから!」

「たまに努力の方向性迷子になるのやめようなリープリ!」

 

 

「アレン、お家かえろ?」

「あ~そういえばそんな時期か」

 リープリはアレンの妹であるカリンと、『三ヶ月に一回はアレンを連れて帰る』という約束をしている。

「南方とか西方とか行ってたし、久々のしゃく……帰省だな」

「いま釈放って言いかけたよね? ね?」

「ち、違う……」

「じゃあなんて言おうとしたのかな?」

「しゃく……しゃく……借地借家法の勉強でも始めようかなって思ってるんだ」

「なにを目指してなんの資格を取ろうとしてるの?」

 少なくとも冒険者をやっている上で、借地借家法の知識が活きる場面はなさそうだった。

「もう、最近はアレンのこと監禁してないのに……」

「まあ、鎖で繋がれないし、手錠も足枷もないもんな」

「ちゃんと愛してるのに、何が不満なの?」

「軟禁もやめてほしいなって」

「無理」

「そうですか」

 慈悲もにべも取り付く島もない即答だった。

「アレンすぐ拉致されるもん」

「それに関しては実行犯に言ってほしい」

「ふふ、迎撃準備はばっちりだよ。明日、楽しみにしておいてね」

「ん? 分かった」

 

 

 そして翌日。

 アレンとリープリの前には、超改造された魔動車があった。

「魔力砲十門、マジッククオーツ製の甲板、水上用スクリュー、空中用のプロペラを付けておいたよ」

「戦争でも行くの?」

「陸路水路空路ぜんぶ行ける、リープリ渾身の一機だよ。褒めて!」

「正直凄いし偉い、マジで尊敬する」

 つい最近まで馬車を使っていたのに、あっという間に架空の存在でしかなかった自走車両を作ってみせたのは、本当に天才の所業だった。普通にやれば五世紀は掛かる。

「それに、リープリ魔力量には自信あるから、リープリが乗ってれば無限に撃てるよ。もう負け犬が来ても追い返せるから安心してね」

「あ、ああ……」

(相当悔しかったんだな……)

 アレン誘拐犯対策が凄まじかった。確かにこれなら拉致られずに済みそうだった。

「じゃあ乗ろっか」

 リープリと共に車内へ入る。中も広く、ちょっとした小部屋のような造りだった。

「じゃあシートベルトを付けよっか」

「待て待て待て、俺の目に間違いがなければそれは鎖だぞリープリ」

「うん」

「うんじゃなくて」

「前科一犯。情状酌量の余地なしだよ、アレン」

 前回の帰省の際、アレンは車中から逃げ出したという前科があった。

「で、でももう逃げないからやめてほしいなって」

「しょうがないなあ。有刺鉄線と糸ノコギリどっちがいい?」

「鎖でお願いします!!!」

 マジで慈悲はなかった。罪人は黙って刑罰を受けるしかないのである。

「よしよし、偉いねアレンは」

「泣きたい……」

 半ば自業自得とはいえ、拘束がキツくなっていた。こういう部分で妥協し続けると、いつか本当に獄中生活になりそうで怖かった。

「むふふ……アレン……好きだよ……」

 車が走り出す。リープリは、動けないアレンにぎゅっと抱き付いて頬擦りしている。左腕に柔らかい感触が当たる。甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 アレンはブンブンと首を振って、違うことを考える。

「……これ重犯罪者の移送みたいだな」

「そうだね。リープリを裏切った罪は重いよ。一生かけて償ってね?」

 小動物のような上目遣いだった。しかしその奥に宿るのは、この世で一番強い肉食獣の独占欲である。

「は、はぃ……」

 もう、身も心も、がんじがらめに捕らえられている。変な気を起こすつもりもなかった。

「ちょっと休憩する時も、他の女の子を見たり話したりしちゃダメだよ? やいちゃうから……」

「しないから大丈夫」

「火力砲で……」

「嫉妬じゃなくて焼殺の方かあ」

 悲しいかな。リープリの考えに慣れ始めていた。刺したり焼いたりが感情表出として当たり前に思えてきてしまった。

「罪の話で思ったんだけど」

「うん」

「リープリって感情表現が喜怒哀楽じゃなくて七大罪だよな」

「そう?」

「『リープリのこと好きに決まってるよね?(傲慢)』。『他の女の子と話しちゃダメだよ? やいちゃうから……(嫉妬)』。『全部が欲しいの。誰にも渡さない(強欲)』。『斬殺と刺殺と絞殺と圧殺と焼殺どれがいい?(憤怒)』。ほら。……改めて考えると酷いな」

「怠惰と暴食と、し、し……色欲は違うもん!」

「まあ、ちゃんと働き者だし節制できるもんな。色欲は……リープリはそんなつもりないんだろうけど、俺が意識させられてるし……」

「アレンの変態! えっち!」

「ごめん、でもこれくらいは許してくれ」

 ミーアには夜這いをかけられたし、マリアに至っては公開逆レ○プ(未遂)をされた。それだけに、リープリの性に対する疎さは微笑ましかった。

「セクハラで訴えるよ!」

「一審で笑われて棄却されるわ」

「この国の司法権持ってるのリープリだよ?」

「忘れてた!」

 アレンの人権は紙に描いた餅で、砂上の楼閣で、泡と消える空理空論だった。

「でも、その……アレンがそういうことしたいなら、リープリも答えられるようにしないと、だよね……」

「合わせなくていいよ。ゆっくりでいい。リープリに無理させてまでするようなことじゃない」

「アレン……! 好き! 大好き! 愛してる!」

「ちょっ車中で押し倒されると危なッ……鎖がッ! 鎖が絡まって痛いからやめてええええええッ!」

 

 

「おかえりお兄ちゃん」

「ただいま、カリン」

 カリンにハグで迎えられた。家族との再会は何回目でも嬉しさが込み上げる。

「リープリさんも、久しぶり」

「うん、久しぶり、カリンちゃん。元気だった?」

「元気だったよ。お兄ちゃんとリープリさんはどうだったの?」

「アレンが浮気者すぎて心労がたたってたかな」

「うわお兄ちゃん最低、縁切るね」

「ちょっ……」

「二人でお仕置きする?」

「する! サンドバッグにしよう!」

「決まりだね!」

「俺帰っていい?」

 願いは叶わず、あっという間に家内に連行され、再びベッドにくくりつけられるアレン。体に二人分の体重がのしかかる。

「なんでお兄ちゃんっていっつも縛られてるの?」

「リープリに聞いてくれ」

「だってアレンが逃げ出すんだもん」

「ひょうひわれても」

 リープリに頬をぐにぐにと引っ張られる。カリンはアレンの腹を膝でぐりぐり痛め付けながら、興味深そうに尋ねる。

「日頃からこんな感じなの?」

「ううん、普段は放し飼いにしてるよ」

「危なくない?」

「最近はおとなしいから平気かな」

「俺人権なさすぎない? というかこれ両親に見られたらなんて説明するの?」

「お兄ちゃんに『いじめてほしい』って頼まれたっていう」

「俺勘当されるしそれに嬉々として応じてるカリンも少なからずお説教はされるぞ!」

 この後不安や不満を一身にぶつけられた。シンプルな悪口と、時おり本気の折檻で、じりじりと身も心も削られていく。

「うぅ……カリンが反抗期だ……」

「そうだ、ちょっと待っててね」

 カリンがとたとたと自室に向かい、一冊のノートを取って戻ってきた。そして再びアレンの腹の上にダイブする。

「ぐふっ……なにそれ」

「これはいつかお兄ちゃんをいじめるために取っておいた『お兄ちゃんの恥ずかしい話を記録したメモ帳』だよ」

「なにそれ! 見たい見たい!」

 リープリがキラキラと目を輝かせながら、ノートを覗き込む。

「別にそんな恥ずかしいことしてないと思うけどな」

「お兄ちゃんは小学六年生まで、お化けが怖くて夜トイレに行くとき無理やり私を起こして付いてこさせてた」

「アレンにも可愛い時代があったんだね」

「……お、覚えがないな」

「お葬式の席で出されたお酒を飲んじゃって、べろべろに酔った末に『将来はカリンのお婿さんになるんだ~』って言ってた」

「可愛い! そういえば酔ったアレン見たことないかも!」

「ちょ、待って」

「中学の頃、リープリさんと付き合いたての時、デートで失敗したくないから練習に付き合わされた」

「え、そうだったの!?」

「も……もうやめてくれ……」

 アレンはリンゴのように顔を真っ赤にしながらうつむくことしかできない。カリンはそんなアレンの顎を持ち上げ、強制的に上を向かせる。

「まだまだこれからだよ?」

「アレンの過去、リープリも全部知りたいな」

「ひ、ひぃん……」

 

 

「じゃあねお兄ちゃん、またいじめられたくなったら帰ってきてね」

「お、おう……元気でな……」

「お義姉ちゃんも、またね」

「うん、元気でね! カリンちゃん!」

 恥部をさらされ、精神をとことん削られた末に、アレンは解放された。

 あといつの間にか、呼び方が『リープリさん』ではなく『お義姉ちゃん』になっていた。外堀の埋め方が凄まじい。

 そしてまた鎖に繋がれ、車に揺られる。次の目的地は、リープリの実家だった。

「ああ……リープリのご両親は元気そうなのか?」

「うぅん……今は微妙かも」

「え、何かの病気とか?」

「ううん、違うかな。なんというか、見れば分かるよ」

「そうなのか」

 そしてアレン(がんじがらめ)とリープリは、リープリの生まれ育ったキャペンリッシュ邸に着いた。

「ただいま!」

「ご無沙汰しています、お義母さん」

「あら、久しぶりね、リープリ、アレンくん。さあ中に入って」

 リビングに通され、ふかふかのソファーに腰掛けた。紅茶からは柑橘系の甘い香りが立ちのぼる。

 錦糸で編まれたカーテンに、毛足の長い絨毯、金メッキの施された什器。大富豪の邸宅らしい、豪奢な内装だった。勝手知ったるリープリの城では感じない、優雅なモーニングの特別感があった。

「お義父様はいらっしゃらないのですか?」

「ああ、あの人は「アレンくぅうううううううううん! 助けてくれぇえええええええ! もう一ヶ月も監禁されてるんだ! 頼むうううううううううう」

 優雅なモーニングの景観が一瞬で損なわれた。

「あの、今の」

「あら、ちょっと失礼するわね」

 リープリの母が立ち上がり、廊下の奥に消えていった。

「ひっ、ちょ、ただメイドさんと談笑してただけで本当にやましい気持ちなんてなかったんだ! だからもう出してく……おいそれはそうやって使うものじゃない! 死んじゃう! 死んじゃうから! ひぃああああああああああああああああああああああああああああッ!」

 しばらくして、リープリの母が戻ってくる。何もなかったかのように、にっこりと笑いながら。

「結婚相手の実家に来て断末魔を聞いたのが始めてなもので、ちょっとどうすればいいのか分からないんですけど」

「うるさくてごめんなさいね。放っておいて大丈夫よ」

「ふふ、ママとパパは変わらないね」

「そうね、あの人には困っちゃうわ」

「でもラブラブだよね」

「しっかりと愛を伝えて『分からせる』ことが円満の秘訣よ、リープリ」

「は~い、真似するね!」

 リープリがアレンににじりより、彼の腕に組み付く。柔らかさと甘い香りを感じるのに、不思議と蛇に巻き付かれているような気分になる。

「愛してるよ、アレン」

「あ、ああ……」

「浮気したら、パパと同じことになるからね?」

「は、はい……」

(この親にしてこの子ありすぎる……!)

 真っ直ぐに病んでいた。新月の暗黒のような、一ミリの光もない瞳に射竦められる。

「良かったわねリープリ。中学生の頃からアレンくんのこと大好きだったものね」

「うん! ずっとずっとずっとアレンのことだけ考えて生きてきたの!」

「痛いくらい知ってるよ……」

 むしろ痛みで教えられてきた。

「なんか監禁したくなっちゃった。アレン、そろそろリープリの部屋行こう?」

「ひぃ……」

 リープリに袖を引かれ、彼女の自室へと連行される。リープリの母は微笑ましいものを見るような目をしていた。

 リープリの部屋に入る。壁と天井にびっしりとアレンの盗撮写真が貼り付けられている。アレンは頭痛がしてきた。

「いつ見ても気分悪くなる……」

「うふふ、愛の証だよ」

 なんとなく本棚を見る。

(『監禁学入門』、『コンパクト洗脳魔法集Ⅲ』、『拷問から始める恋愛法講義〔第4版〕――)

 途中で目を逸らした。ラインナップが地獄すぎる。

「あ、そういえば『監禁学発展』買うの忘れてた」

「俺が普段されてるの初級編だったの!? ここから尚進化を遂げる余地があるの!?」

「ふふ、もっといっぱい愛してあげるからね。楽しみにしててね?」

「もうやだ助けてお義父さああああああああああああああああん!」

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