アレン・アレンスターは冒険者である。
ギルドからクエストを受け、魔獣を倒して金を稼いでいた。生活費以外は大半を両親と妹のため故郷の実家に入れている。
そんなどこにでもいる普通の冒険者である。
「じゃあ、ゆっくりお話ししよっか」
「なあリープリ、その前にこれ……こすれて痛いんだけど」
「だってアレンが逃げるから」
そんな普通の男はとある豪邸のいちばん奥に監禁されていた。アレンは両手両足に鎖を繋がれ、ベッドに磔にされる形になっている。
「うふふ……あはは……」
そんな彼を見下ろす少女の名は、リープリ・キャペンリッシュ。
満開の桜のように鮮やかなピンクの髪をツーサイドアップにしている。本来なら瞳も、人の心を釘付けにして離さないような美しい桃色だが、いまはスーパーヤンデレ状態なのでドス黒く濁りきっていた。
「あの……なんで乗るの?」
「逃がさないようにするのと、イチャつきたい気持ちの表れ」
程よい体重がアレンの腹の辺りを押さえ付ける。彼は柔い尻の潰れる感触を努めて考えないようにした。
確かにベッドの上でマウントポジションというのは、普通そういうことである。エッチな感じである。もしこの場に成り行きを知らない者がうっかり入ってこようものなら、情事のまっただ中と勘違いしてすぐさまドアを閉めるに違いない。
「なんで……どうして……こんなことに……」
アレンは借金が八桁くらいある人の顔で絶望していた。
「ねえ、アレン」
リープリが濁りきった瞳のまま、彼の首に両手を掛けた。
「ひッ……待って! 落ち着いてくれ! シャレになってないから!」
両手両足を縛られたままでは抵抗できない。彼女の掌に、文字通りアレンの命が握られている。
「アレン、なんでリープリの前からいなくなったの?」
「……正直に答えていいんだよな?」
「もちろんだよ。別れるなんて言ったら……このまま殺してリープリだけのものにしちゃうけど」
(ど……どうしようもねええええええ!?)
「うん、でもリープリのものになってくれるなら、乱暴なことしないよ?」
(選択肢ねえ! 生きてリープリのものになるか殺されてリープリのものになるかの違いしかない!)
暗い瞳がアレンを見下ろす。それでも狂っている訳ではない。これがリープリにとっての正気で、平常運転なのだ。
(どうすんだよコレ……だから別れたかったのに……)
アレンは覚悟を決める。そもそも選択肢が一つしかないので覚悟もなにもないが。
「なあ、リープリ、変わったな」
「えっ? そうかな?」
「すっごく可愛くなった。三年前も可憐すぎて隣にいるだけで幸せだったけど、今はあのときより大人びてて、可愛さも美しさも兼ね備えてて本当に綺麗だ。君を天使に喩えるんじゃなくて、天使を君に喩えてもいいくらいだ」
「え……えへへ……そうかな……?」
リープリは口角をだらしなくゆるめた。
アレンの褒め言葉は全て本心だった。改めてじっくり見ると、なんの誇張もなくリープリが世界で一番可愛いと思った。
ちなみに胸も片手で持てる果物には喩えないくらいの大きさになっていた。
「なら、もうどこにも行かないよね?」
(頷きたくねえ……! でも、まだ死ぬわけには……)
アレンは家族のことを思い出していた。
自分のことを世界で一番慕ってくれる妹。自分が健やかに生きていることが何よりの幸せだと言ってくれる両親。
彼は自分が死ねば彼らが悲しむことを分かっていた。
故に、出した答えは。
「ああ、好きなだけ繋いで縛ってくれて構わない(逃げないとは言ってない)」
アレンは堂々と宣言した。嘘は言っていない。
「うふふ……そっかあ、分かってくれたんだね、アレン。良かった……じゃあ、はい」
リープリはアレンの首から手を離し、彼の右手首に赤いミサンガを結び付けた。
「これは……?」
「魔法が使えなくなるようにする拘束具。ここから出る必要もないから、魔法なんていらないよね?」
「あ……ああ、もちろん」
(やっべ……これうかつだったか……? 詰んでね……?)
「あと、これも」
リープリは続けて彼の左手に青いミサンガを付ける。
「こっちは……?」
「このミサンガを付けてると、どこにいても必ずお互いの位置が分かるの。信じてるけど、万が一逃げ出そうとしたら……ね?」
「あはははは……ひどいなリープリは……」
「でも前科あるもん」
「ごめんなさい……」
いよいよ逃亡が不可能になってきて、アレンの目が真っ黒に染まり始めた。ちょうどリープリと同じように。
「あとこれも……」
「まだあるのかよ!」
続いて取り出したのは、黒いチョーカーだった。アクセとしてハートが付いている。
これが嘘ついたら死ぬ系のヤーツだったら、本当に逃亡は諦めようと覚悟した。
「これはどんな効果があるんだ……?」
「ううん、ただのチョーカー。なんにも魔法的な効果はないよ。ただ私のものってことを示すための首輪」
「……」
リープリははにかんだ。アレンは不覚にもドキッとしてしまって、心のなかでブンブンと首を振った。
(いやいやいやいやいや! いーやいーやいーやいーやいーや! 絆されるな冷静になれ! おかしいだろどう考えても!)
「今日はこのまま一緒にいよ? リープリのことしか考えられなくなるくらい愛を囁いてあげるね?」
*
「俺はリープリが好き俺はリープリが好き俺はリープリが好き……ハッ!?」
ふと我に返り、顔を青くするアレン。
「ヤバイ……このままじゃマジで洗脳される……」
彼はまだ人生を諦めていない。普通の女の子と恋愛して、普通に結婚して、普通に家庭を持つという夢がある。
そしてリープリにも、もっとちゃんと彼女のことを理解して愛せる伴侶を見つけてほしいと願っている。
「アレン、ご飯できたよ~」
「!?」
ノックもなしで突然入ってきたリープリ。ビクンと跳ねるアレン。
「どうしたの?」
「いや、なんでもない……というかなんでリープリが料理を作ってるんだ? この豪邸なら専属シェフくらいいるだろ」
「アレンの口に入るものは全部リープリが作ってあげたいの」
なんでそんな当たり前のことを聞くの?といった様子でリープリは首を傾げる。
「そ、そうか。嬉しいな。ところで食べるときくらいは手錠とか全部外してほしいなって思ったり……」
リープリがジト目で睨んでくる。
「逃げない?」
「逃げない」
流石に彼女を目の前にして無策で逃亡は無理である。
アレンは拘束具を外してもらい、リープリと向かい合う形でテーブルに付く。しかし彼女は直ぐに椅子を動かしてアレンの隣に移動した。
「近くない?」
「テーブルおっきいとあーんがしづらい」
「そ、そうか……」
リープリがスプーンでカレーを掬い、アレンの口元に差し出す。
「はい、あーん」
「……あの、リープリ。俺の間違いだったら非常に申し訳ないんだが、一応確認させてほしい。変なものとか……入ってない?」
「? 入ってないよ?」
リープリはまるで心当たりがないといった表情をした。実際血や髪の毛といった体の一部は入っていない。しかし。
「ならなんでルーがピンク色なのかな~って……思ったり……」
ショッキングピンク色のカレールー。もはやルーに惚れ薬が入っているというより、惚れ薬でルーを作ったレベルのどえらい色をしていた。
「惚れ薬入れてるからに決まってるでしょ?」
「入ってるじゃん! 変なもの! 料理以外の目的を持つものが!」
「惚れ薬は変なものじゃないもん。愛情が隠し味なら惚れ薬だって同じだもん」
「じゃあ愛情で留めてくれよ!」
アレンは必死であーんを拒否した。
「食べてよ」
「やだよ! だってピンクじゃなくてショッキングピンクだよ!? 一万歩譲って惚れ薬が入ってるのはいいとしても絶対用量・用法守ってないでしょ!?」
「ぐすっ……アレンのために、せっかく作ったのに……喜んでもらえるって思ったのに」
「ッ……ごめん」
リープリが涙目になったとたん、アレンはあーんを受け入れた。
彼はいつか怖いもの見たさで食べたイチゴ味のカレーを思い出した。ルーのとろみに甘ったるい味がブレンドされ、非常に苦しい。
「残さず食べてね? はい、あーん」
「あーん」
それでもアレンは食べた。彼は善意が悲しみに繋がる瞬間が苦手だったのだ。
ラブレターをイタズラだと勘違いした人が読まずに捨てたりとか、友達の誕生日にサプライズで用意したケーキを箱から出すときうっかり床に落としてしまったりとか、そういうのを見るのが本当に苦手だった。
たとえピンク色のカレー(笑)でも、そんな表情をされたら食べないわけにはいかない男だった。
「美味しい?」
「前衛的なお味ですね……」
*
お風呂のときは解放された。
(変わってないな……リープリ)
湯船に浸かりながら、リープリの弱点らしい弱点がそのまま残っていることに安堵する。
彼女は箱入り娘である。故に性的なことから隔離されて生きてきた。
普通に付き合っていた当時、(ヤンデレなのにも拘らず)お風呂場でラッキースケベをやらかしてビンタを貰った。今でも覗きに行けば貰えるに違いない。
リープリ・キャペンリッシュは、温室育ちどころか無菌室育ちレベルで初心なのだ。
(とはいえ浴室から逃げるのは無理だな……自由時間として使える余地がある、くらいかな)
防水性のミサンガをじっと見つめる。リープリから聞かされたことには、防水どころか防火まで完璧な一品である。
「これがなあ……」
*
アレンはお風呂から上がり、ベッドに横になった。もちろん再び鎖に繋がれている。
(わざわざ繋がなくても、抱きつかれてるから逃げられないのに……)
「はぁ……良い匂い……しゅきぃ……」
「同じシャンプーだろ」
リープリはアレンに密着したまま、匂いを嗅いで恍惚としていた。瞳は蕩け、どこまでも幸せそうに頬をゆるめている。
もちろんアレンもこの距離でドキドキしないということはない。顔を埋めれば窒息死できるほど成熟した胸に、お風呂がりの暴力的な色香。
しかし耐えた。リープリはそういう目で見られることが好きではないということを知っていたから、必死で耐えた。
なお、そもそも首輪まで繋がれて完全に屈従している状態なので、手を出そうとしてもソッコーで躾けられるのがオチである。
「ところで、なんでリープリは大賢者になんてなったんだ?」
アレンは出し抜けに尋ねた。単純に気になっていたが、地獄のドキドキ洗脳タイムでそれどころではなかった。
大賢者。皇族を除けばこの国において最も偉い位。リープリはまだ十代であるにも拘らず、その実力と功績が評価され、国王から大賢者に任じられることになった。叙任式は秋と決まっているので、正確には暫定であるが。
「三本の矢って話知ってる?」
「え、ああ。一本の矢だと簡単に折れるけど、三本なら折れにくくなるって話だろ?」
「そう。そんな風に、司法立法行政ぜんぶ掌握すればアレンもどうしようもなくなるかなって思ったんだ、てへ」
「ただの独裁者じゃねえか!」
「革命起こしたら即ブスリだよ?」
「ひぃいいい!」
良い意味でも悪い意味でも、リープリは全然変わっていなかった。どこまでも自分中心の考えを、まるで法のように強いる。否、今となってはもう、本当に法を敷ける立場の人間なのだ。
「逃がさないよ……ずっと、ずっと……」
「…………」
アレンはどうすればいいのか分からなくなって、とりあえずリープリを抱き締めた。彼女はアレンの胸板に顔を当て、深く息を吸い込んでいる。
(毎日惚れ薬飲まされたら本当にヤバイ……だから)
アレンは胸の中で、覚悟の炎を灯した。
(絶対に、脱獄してやる! そして病んでない女の子と普通に付き合って結婚するんだ!)