「ひらめいた」
天啓だった。アレンは突然ある名案を思い付き、すぐさま実行してみることにした。
「リープリ」
「ん? なあに?」
「頼みがあるんだ。前に俺に飲ませた幼児退行薬、もう一回作ってくれないか?」
「どうして? また小さくなってみたくなったの?」
「違う。リープリの幼少期の姿を見たいんだ」
「ふぇ?」
「頼む。この通りだ」
アレンは頭を下げた。もちろん、リープリ(ロリータver)を普通に見たいという気持ちもある。
しかし本当の目的は別にあった。
「ん~、いいよ。というか普通に余ってるから持ってくるね」
リープリが工房に向かう。残されたアレンは計画が内心ガッツポーズを決めていた。
(いける……! 幼少期のリープリと『将来の夫を刺さないし監禁しない』って約束すればヤンデレ化しないかもしれない!)
幼児期にルールとして学んだものや、原体験により得た感情は、そのまま定着しやすい。かつてショタ化させられ、『リープリのことが大好きでたまらない』という過去を植え付けられた時の効果は絶大だった。だからこそ、それを逆に利用できるかもしれない。
リープリが幼児退行薬と解薬剤を持って戻ってくる。
「えっと、じゃあ飲むね?」
「うん」
リープリが薬を飲む。とたんに彼女は意識を失ったので、アレンが体を支える。そのままアレンは彼女をベッドに寝かせた。
(順調だな……!)
やがてリープリの体が縮み始める。仰向けになってなお主張の強い豊かな胸が平らになっていき、手足が小動物のように小さくなった。どういう理屈なのか服もちょうどいいサイズに変わっていく。
そしてロリリープリが目を覚ます。その傍らに座り、アレンは優しく声をかけた。
「おはよう、リープリちゃん」
「……」
リープリは目をぱちくりとさせて驚いていた。
「ふぇ? お兄ちゃんだあれ?」
「俺はアレン。リープリちゃんのママとパパの友達だよ。ちょっとママとパパが忙しいから、遊んであげてねって言われたんだ」
口調が誘拐犯のそれだった。今この姿をリープリの護衛であるキンジあたりに見られれば、まず間違いなくしょっぴかれる。
「そうなんだ! ところでお兄ちゃんカッコいいね! イケメン!」
はしゃいだ声は、普段の甘い声音より更にとろけるような、砂糖たっぷりのミルクのようだった。
そしてぐいっと顔を近づけられても怖くない。なぜなら。
(ハイライト! ハイライトがある! すごい!)
目に光があった。病んでいなかった。普段の地獄の釜の底から睨み付けられるような深淵色の目ではなかった。可愛らしい大きな桃色の瞳が、キラキラと輝いていた。
「ありがとね。リープリちゃんも可愛いよ」
「ふぇっ!? あ、ありがとう……」
顔を赤らめながらもじもじするリープリ。アレンはここ最近の疲れがぐんぐん癒えていった。
「あの……じゃあ、リープリとおままごとしよ?」
「いいよ。何の役やるの?」
「リープリがお嫁さんでお兄ちゃんがお婿さんやって!」
「分かった」
「じゃあ、一旦部屋から出ていってもらっていい?」
「え? おままごとやるんじゃないの?」
「帰ってきたところからやってほしいの」
「そっか、分かったよ」
アレンは一度部屋を出た。長い廊下が伸びている。
つい脱獄犯の頃の癖で、『全力ダッシュすれば自由の身になれるな』とか思ってしまった。
アレンはドアノブを回し、自らリープリの元へと戻る。
「ただいま~」
「おかえり、アレン。ごはんにする? お風呂にする? それとも、リープリといちゃいちゃする?」
「じゃあリープリといちゃいちゃしたいな」
「わ~い!」
信じられないくらい無邪気だった。鎖に繋ぎ、隙あらば包丁で脅し、衣食住から一挙手一投足までを支配するあのリープリの面影は欠片もない。
曇りのない笑顔のリープリをお姫様抱っこして、ベッドまで運ぶ。
「ん……?」
「どうかした? リープリ」
「女の匂いがする」
「へ?」
「だれ? またあの女の所にあそびに行ってたの?」
「あ、あの、リープリ……?」
「いけない人。やっぱり分からせなきゃダメみたい……ねえ、アレン」
リープリの小さな手がアレンの頬に当てられる。
「リープリ以外を見る目なんて、いらないよね?」
「いやなんでこうなるの!? おままごとにそんな修羅場イベントいらなくない!?」
「え? だってパパとママはいつもこうやってるよ?」
「これは真似しなくていいの! そこのリアリティーは一生求めないで!」
リープリは小首をかしげ、きょとんとしていた。
リープリの父と母は、昔からこんな感じだったらしい。悪い意味で変わらないし、悪い意味で長続きしている。
「あと、もうちょっと穏便に済ませよう? 人の目はとっちゃいけません」
「でもママはこういう風に『分からせなさい』って言ってたよ?」
「改めてなんて教育だ!」
風紀のふの字もない。恐るべしヤンデレ一族のヤンデレ英才教育だった。
(この悪習はなんとしてもここで終わらせないと……)
「も、もうちょっと普通のおままごとしよう? 危なくないやつ」
「ん~じゃあアレンのこと寝かしつけてあげるね?」
「そう! そういうの!」
アレンはベッドに横になる。リープリは傍らに座り、小さな手で彼の頭を撫でながら歌い始める。
「あの日~あなたに出会ってから~♪ 私の運命が始まったの~♪」
(ん? ラブソングなのか?)
「あなたの瞳にみいられて~あなたの笑顔にひきつけられて~♪」
甘くて高い声。微笑ましい、ほのぼのとした気持ちになる。
「だから~あなたの体が冷たくなって~♪ もう笑いあえなくても~♪ 一緒にいられるなら永遠だから~♪」
「……え?」
「もう~離さない~♪ あの女が付いてこれないところまで~一緒に行こう~♪」
「俺死んでるじゃねえか!!!」
「え? 寝れなかった?」
「寝れないよ! この世で一番入眠に向かない歌だよ!」
ある意味で永眠してはいたが、怖すぎて飛び起きた。二番とか絶対聴きたくなかった。
「でも声はかわいい」
「えへへ~ありがと~!」
胸板に顔をすりすりされる。頭を撫でてやると、嬉しそうに満面の笑顔を浮かべる。
「あ、あの……お兄ちゃん、彼女さんいいる……?」
「いないよ?」
「や、やった……! あの、ひとめぼれしちゃったの! リープリと本当に、結婚してほしいなって……思ったり……」
左右の人差し指をつんつんと合わせながら、上目遣いで求婚するリープリ。あれだけ恐怖を抱いていたのが嘘のように愛らしかった。
「うん、いいよ。リープリちゃんが結婚できる年齢になったらね?」
「やったあ!」
「でも、一個だけ約束してほしいんだ」
「うん、なあに?」
「好きな人を包丁で刺したり、鎖で縛って監禁しちゃだめだよ。約束してね?」
「うん! 分かった!」
行けた気がした。子供は言われたことを吸収しやすい。幼少期に憧れの人から言われた言葉なら、きっと容易に軸となりうる。
(勝った……! 俺の監禁人生は今日で終わる……!)
「その代わり、お兄ちゃんにもお願いしたいことがあるの!」
「うん、なに? なんでも聞いてあげるよ?」
「後ろ向いて?」
「うん」
アレンには言われるがまま後ろを向く。ぶすり、と左腕に何かが刺さった「え……?」
たちまち動けなくなって、仰向けに倒れる。
「ちっちゃいリープリなら再教育できるかもって思った?」
「……え?」
ピンクの髪。くりくりの大きな目。人形のように可愛らしいリープリに、深淵色の瞳が戻ってきていた。その手には、筋弛緩剤の注射針。
「な、なんで……?」
「アレンの考えてることなんてぜんぶ分かるよ? 愛してるもん」
「あ、あぁ……」
「さて、アレン。リープリの頭をいじろうとしたんだもん。いじり返されても文句はないよね?」
「ひッ……ひぃッ……!」
頭を膝枕に乗せられる。柔い肉感がつぶれて、心地よく沈む。しかし背筋は凍ったまま、心臓を鷲掴みにされているような絶望感が襲う。
「さあ、お仕置きの時間だよ?」
アレンは完全に理解した。もう一生、リープリには敵わないのだと。
*
「おめでとおぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」
アレンは珍しくうるさかった。テンションも高かった。お祝い事の席に相応しい、百パーセントの笑顔だった。
「ありがとな、アレン」
黒髪俺様系のイケメン、ロゼルフが照れながら笑う。かつてリープリをめぐって戦(った振りをしあ)い、リープリから逃げられなくする原因を作った男である。
「お前の半生を思うと……俺……俺ッ……!」
「なんでお前が泣くんだよアレン」
ロゼルフの妻であるマイカが身籠ったという報を受け、アレンとリープリはお祝いに来ているのだった。
「マイカさんにもおめでとうって伝えておいてくれ」
「直接言っていけよ」
「リープリにダメって言われた」
「お、おう、そうか……」
「大体既婚者相手に間違いがあるわけないのにな」
「それもそうだな」
「大体女の子と話すの禁止はエグくないか? 生活上の不便が凄いんだよ」
「まあな、やっぱりそういうところの不満は結構あるのか」
「山のようにあるし海のように深い」
「そうか。ところアレン、後ろを見てみろ」
アレンはロゼルフがそう言うなり、後ろを振り返らず走り出した。が、ロゼルフに足をかけられてコケる。背中に一人分の体重が乗り、温かい体温と柔らかい感触を覚える。
「ねえアレン? なにが山のようにあるの? なにが海より深いの?」
「……てっめえロゼルフ、嵌めやがったな」
「お前が勝手に嵌まったんだろ。まあせいぜい、そっちもお幸せな」
「思ってないだろ! お幸せになれそうにない組み敷かれ方してるだろ! 助けろ!」
ロゼルフは笑いながら奥の部屋に消えていった。残されたのは、これからボコボコにされるアレンとボコボコにするリープリだけ。
「ひどいなあ、こんなに愛してるのに」
「加減を覚えてくださいッ……!」
「リープリの気持ち、もっとちゃんと受け取ってね?」
「ちょっ折れる折れる折れぎゃああああああああああああああああああああああああああああ!」
*
「子供かあ……」
「ほしいの?」
帰りの車中で、リープリに尋ねられる。
「まだちょっと早いけど、将来的には欲しいかな」
アレンは例によって身体中を鎖でぐるぐるにされながら答える。
窓外を見ると、町並みに夕日が暮れなずむ。果物や野菜を売っている露店、西方風の食事処の煙突からは白い煙がもくもくと立ち上っている。
「でも、少し不安かな。主に子育てが」
「そうなの?」
「ヤンデレにはならないようにしてあげないと……」
男の子か女の子かは分からないが、自分が味わった恐怖を、子供の想い人に味わわせたくなかった。
「上手くできるか、正直分かんないや」
こればかりは本当に不安だった。自分が父親として上手くやれるのか、子供を幸せにしてあげられるのか。そういう悩みが心の中を満たす。
「……じゃあ、リープリとアレンの子供に直接『あなたは幸せですか? あなたの両親は円満ですか?』って聞いてみればいいんだよ!」
「ど、どうやって?」
「お家帰ったら教えてあげるね」
そして帰宅後。
アレンはリープリの工房に招かれた。そこには大きなガラスのドームがあった。
「これは未来から人を呼び出す魔法装置だよ」
「……さらっと凄いこといってるな」
「じゃあアレンの子供を呼び出してみるね」
「お、おう……」
リープリがボタンを押す。するとドームが光り始めた。
アレンは正直、ドキドキしていた。これで、自分の子供に『不幸だ。あなたたちの子供になんて生まれたくなかった』と言われた時のことを考えると辛かった。
アレンの手は震えていた。リープリはそんなアレンの左手を握る。
「リープリ……」
「大丈夫だよ。どんな答えでも、リープリはアレンさえいれば幸せだから」
「……そうだな」
もしそうなら、子供は作らなければいい。それだけが幸せの形ではない。二人だけで死ぬまで一緒に暮らすのも幸せのひとつである。
アレンの震えはおさまった。緊張しつつ、リープリとともにその瞬間を待つ。
そして、光が爆ぜた。
「え、どこなの、ここ? って、え? お父さん!? 若い! しかもイケメン!」
ドームの中から女の子が現れた。年齢は小学生の高学年くらい。太陽のように赤いポニーテールと、元気いっぱいのはつらつな笑顔が特徴だった。
「見た目、ちょっとカリンちゃんに似てるね、アレン」
確かに似ていた。アレンも、自分の子供だというのを直ぐに感じ取っていた。
「初めまして……じゃないな。俺は過去のアレン・アレンスター、将来君の父親になる男だ」
「あ、私はフレア・アレンスターだよ。これってタイムスリップ的なあれ? 凄いね! ちょっと一緒に写真撮ってよお父さん! うわあマジで若い!」
ぐいぐい来る。ぴょんぴょんと跳ねる。近づいてこられると、より自分に似ているというのが分かった。
と、ここで、アレンはあることに違和感を覚える。
(ん……あれ? フレア・アレンスター? 俺って婿入りするんじゃないのか……?)
「ところでお父さん、そっちの女の人誰?」
ピシィッと空気が凍った。リープリは無表情で、フレアに問い掛ける。
「ねえ、フレアちゃん。お母さんの名前、教えて?」
アレンは邪気と怒気を感じて離れようとしたが、繋がれた左手が握り締められる。血が止まりそうな程、握りつぶすように、万力のような怪力で、手を握られて逃げられない。
「えっと、ヴァレンシュタインだよ。旧姓はウルスマグナ」
「ギルティ」
「ぎゃあああああああああああああああああああッ!」
ありとあらゆる魔法の暴力がアレンを襲う。炎に焼かれ、風に切り裂かれ、土の半身を埋められ、アレンは叫んだ。
「違う! これは何かの間違いだ!」
「間違いなんかじゃないよ。紛うことなき浮気の証拠だよ」
「ウケる。修羅場なう」
「写真撮るな! 余裕か!」
フレアがパシャパシャとシャッターを切っていた。
「ねえアレン……リープリ、本当に苦しいよ……なんでアレンはリープリのこと愛してくれないの……?」
「だから、これは何かの間違いだって! 俺は浮気なんてしない! リープリ以外と結婚しないし子供も作らない!」
「じゃあこれはどういうことなの!?」
「俺にも分かんないんだって!」
仮に浮気が真実だったとして、まだ会ったこともない浮気相手とのけじめなんて付けられる訳がない。
「ふふ……アレン、今日から本気の監禁するね? もう、そろそろ嫉妬も限界なの。胸が……焼けそう」
「っ……ごめん、リープリ」
こればかりは、もう仕方ない気もした。監禁されて、外界と隔離されることで、物理的に女の子と接触しないことを示せば、リープリも分かってくれると思った。
「正直嫌だけど、いいよ。俺は受け入れる」
「アレン……うん。愛してるよ。絶対他の女になんて渡さないからね」
「うわ、重……」
フレアがドン引いていた。リープリは不機嫌そうに彼女を睨む。
「あなたは絶対に産まれてこれない。少なくともこの世界線で、アレンがリープリ以外と結婚する未来はなくなったの」
「いやあ、無理だと思うな。そんな生活一生続けられるわけがないよ」
フレアは確信を持って笑っていた。一見すると無邪気に見えたが、その裏の顔は不敵だった。
「そういえば、昔お父さん言ってたっけ。『この国で一番偉い元カノに復縁を迫られてた』って」
「――ッ」
リープリが怒りに駆られ、風魔法を放とうとする。しかしその寸前で再び光が爆ぜて、フレアは未来に帰った。
そして次の瞬間、工房の天井が崩れた。爆炎が降り注ぐ。炎の瀑布とともに舞い下りてきたのは、紅玉が燃えるような、真っ赤な髪の少女だった。
「ねえ、何してるのかしら。アレンにハグしていいのも拷問していいのもキスしていいのも折檻していいのもこの私以外にいないというのに」
しかしそれは救いの手などではなく、地獄で羅刹に会ったような、不幸に不運を重ねてミルフィーユにしたような、どうしようもない修羅場の幕開けだった。
「だれ?」
リープリがいよいよもって深淵の瞳を闖入者に向ける。
しかし彼女は臆することなく、リープリをにらみ返した。
「私はヴァレンシュタイン・ウルスマグナ。北方第一位にして、かつてアレンと将来を共にすると誓った伴侶よ」
女は紅の豪奢な軍服を纏っていた。マントにクリノリンドレスという華美さにも拘らず、それが軍服と分かるくらい、上衣は階級章やエポレットの数々が彩られている。
そして、なにより致命的なことに、猫の額ほどもハイライトがなかった。
「もう許さない……渡さない……絶対に消す……」
こっちもない。微塵もない。対抗するようにリープリもガチ病みモードである。
深淵色の瞳をした女の子に挟まれ、アレンはガタガタと震えるしかなかった。
「さあ帰りましょうかアレン。私に屈従してくれるまで、たっぷりお仕置きしてあげるから」
初めまして、『この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている』の作者、耳野笑(みみのわらい)です。
今回は皆様に、お伝えしたいことと、お願いしたいことがあって後書きを書いています。
まずは、お伝えしたいことから。
この作品をここまで読んでくださって、本当にありがとうございます。第1話から第20話までで、大体ライトノベル一冊分くらいの文量になります。未熟なところも多い拙作に、ここまでお付き合いしてくださった皆様には本当に感謝しています。
温かい感想に励まされ、推薦に後押しされて、ここまで続けることができました。この作品の執筆を続ける上で、心の支えであり、モチベーションの源でした。本当に、本当に、感謝しかありません。ありがとうございます。伝えても伝えても伝えきれません。
すみません、最終回ではありません。紛らわしい言い方になってしまったので一応注釈しておきます。
これからも皆様に笑顔になっていただけるよう、頑張ります。
次に、お願いしたいことです。お手数ですが、皆様にTwitterのフォローをお願いしたいのです。僕は本気でライトノベル作家を目指しています。
もしもの話ですが、受賞して書籍化が決定した場合、それを多くの方に広める力が必要です。また、単にネット上で活動するだけでも、発信力は重要です。
売れたいです。多くの方に作品を届ける力が欲しいです。お手数ではありますが、どうかご協力よろしくお願いします。
僕のユーザー情報から飛べると思います。もし無理であれば、Twitterで直接『耳野 笑』もしくは、『@mimino0314』と検索してください。よろしくお願いします。