この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野笑

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第21話 立てば灼熱、座れば暴君、歩く姿は鬼瓦

「さあ、おいでアレン。私と結ばれるのが貴方の本懐なの」

「は、はあ? 俺の本懐? なに言ってるんだ?」

 アレンは困惑していた。例によって言いがかり婚約を迫られていると思った。

「誰か知らないけど、アレンは渡さない。もういい加減にしてよ。アレンはリープリと幸せになるの」

 リープリは強くヴァレンシュタインを拒んだ。

 南方のハレンチ魔女に西方のメンヘラ師匠と、立て続けにアレンを拉致られ、そろそろ堪忍袋の緒が切れる頃合いだった。

「そう、ならアレンに聞いてみましょうか。おいでアレン、私が愛してあげるわ」

 その言葉を聞いた途端、アレンがヴァレンシュタインの元へと歩き始めた。

「……ッ!?」

「アレン? 刺すよ? いっぱい刺すよ?」

「いやちがっ!? 体が勝手に動いてるんだ!」

「そっか、じゃあそんな悪い手足とは今日でバイバイしようね?」

「しないで! もうちょっと一緒にいさせて!」

 意思に反してヴァレンシュタインに近付きながら、アレンは焦る。

「待ってリープリこれホントに抵抗できない!」

「それが貴方の意思。本望だからよ」

 深紅の王女が嗜虐の笑みを浮かべた。その様子に、流石のアレンも焦り始める。

「なんだ……この魔法! 俺に何をした!?」

「恋……かしら」

「そういうことじゃねえよ! 何をもって告白のタイミングと判断した!?」

 そんなこんなでアレンと女の距離が詰まる。しかしあと一歩で腕の中に収まるというところで、雷の槍が割って入った。

「……邪魔。アレン、その女を倒しなさい」

 アレンはくるりとUターンし、リープリへと右拳を振り上げた。

「させるかあッ!」

 まだ自由の効く左拳で右手を殴って砕いた。

「アレン……?」

「リープリ、俺の手足切り落としてもいい。止めてくれ」

「分かった。ヘヴィチェーン」

 アレンの四肢に鎖が絡み付く。本人が抵抗しないのもあって、たちまちがんじがらめにされて身動きが取れなくなる。

「ごめんねアレン! こんな乱暴な縛り方するの今だけだから! 非常時じゃなかったらもっと優しく縛るから!」

「乱暴か否かに拘らず日常的に縛るのはダメだからな!?」

 ずれたリープリをたしなめながら、アレンは再び紅の女へと尋ねる。

「お前は誰だ? 俺と面識があるのはなんとなく分かったけど」

「ヴァレンシュタイン・ウルスマグナと聞いて思い出すことはないかしら?」

「思い……出せない!」

 出せなかった。

「そう、そう……帰ったら燃やすわ。しばらく嫉妬と怨恨に身を焼かれながら、己の不誠実を悔いなさい」

「ホントに誰だ!? どこで会った!? 北方って言ったか? 俺南方と西方は行ったことあるけど北方には行ったことないぞ!」

「そう、なら私が拐えばコンプリートね」

「そんな不名誉なスタンプラリーはいらない!」

 悲しいかな、アレンはそこら辺の世直し人より大陸を渡っていた。

「この魔法解いて。今すぐアレンを解放して」

「嫌よ、それにこれはアレンの意思なの。私の『約束魔法』は相手の自由意思に基づく同意がないと成立しない。アレンが私に従っているのは、心から私と結婚する意思があるから」

「そんなのない! だって俺と君は会ったこともないんだから!」

「それは貴方が忘れているだけ。それに、あの娘の存在が私と貴方が結ばれることを証している」

「なんなの、このストーカー女……」

 リープリも大概だったけどな。という一言をぐっとこらえるアレン。言ったらまた監獄行きだし、今はそれどころではない。

 身に覚えのない過去。あり得ないはずの未来。彼女の言葉を全て妄言と切り捨てるには、あまりにも状況が不可解だった。

「無駄な議論ね。折衝で解決できないなら、武力を以て決着するしかないわ。アレン、最後のチャンスよ。私のものになりなさい」

「それはできない。俺はリープリを愛してる」

「クズね。でもまだ焼却はやめてあげるわ。今ここで考え直せば半熟で許してあげる」

「半殺しのノリで言うな」

「どうなの?」

「答えは変わらない。俺の恋人はリープリだ」

 瞬間、炎の津波が押し寄せる。リープリは金剛の盾を展開し、炎熱を遮る。

「灰は灰に、アレンは塵に」

「アレンのままでいさせろよ!」

 鎖に縛られたままなので、アレンは叫ぶことしかできない。そんなアレン目掛け、尚もヴァレンは炎を放つ。

「レアにする? ミディアムにする? それとも、ウェ・ル・ダ・ン?」

「キミ実は楽しんでるだろ!?」

「アレン? なにイチャついてるの?」

 どこから取り出したのか、リープリは包丁をアレンの首筋に当てる。薄く切れた皮膚からこぼれた血が鎖骨をなぞる。

「待て待て待て待て! そんなことしてる場合か!? リープリに縛られてリープリに脅されたらもうこれ普通に敵じゃない!?」

「ねえアレン、痛め付けられるのと炒められるの、どっちが好み? リープリはアレンの趣味を尊重するよ?」

「MかドMかの二択しかないだろ! 後者がドMなのかも怪しいけど!」

 なぜか対立から鼎立し、鼎立から孤立してしまった囚われのアレンは、なす術なくツッコミを入れることしかできない。

「だから、言ったわよね?」

 そんなアレンの鎖が、灼熱の一閃に断たれる。

「「ッ!?」」

「アレンに折檻していいのは私だけと言ったはずよ。生憎だけど、寝取られる趣味はないの。私と共に来なさい」

 ヴァレンがアレンの耳元に唇を寄せる。吐息と共に甘美な命令を耳の中へ流し込まれ、『約束』に逆らえない奴隷は彼女の下に頭を垂れる。

「私の足に敷いて、私の手で虐げて、私の法に強いられて、私を悦ばせなさい」

「こ……のッ!」

「ウォーターバレット・レイピア!」

 極限まで収斂された水の槍がヴァレンへと迫る。しかし、彼女に隷属するアレンが彼女の体を抱え、距離を取ってかわした。

「アレン……その女に触らないで! リープリ以外の女にお姫様抱っこなんかしないで! 今すぐお城の十階まで上って落としてきて!」

「いや俺だってしたくてしてるんじゃない! これなんとかしてくれ!」

「良いわよ」

「「えっ」」

 アレンに抱かれたまま、ヴァレンは微笑む。

「ただし、条件があるわ。一月私と共に過ごして、それでもあの女を求めるなら約束魔法は解除してあげる」

「一ヶ月……? なにするつもりだ。全然耐えられるだろ」

「ふざけないで! アレンと一ヶ月も離れたらリープリが耐えられないもん!」

「伴侶を名乗るなら信じて待ちなさい。それとも貴方の愛はその程度なのかしら?」

「アレンは全然浮気するもん!」

「なんでそんな信頼されてないの俺」

「自分の胸に聞いてみてよ!」

「私の胸に聞いてもいいわよ」

「やめろ押し当てるな!」

 ヴァレンはお姫様抱っこされたままアレンに抱きつき、彼に胸を押し当てる。

 瞬間、リープリがハイライトを消した。

「そういうところだよ……? ホントにそういうところだからね?」

「不可抗力だろ! というか俺、前世の恋人も青春時代を一緒に過ごした師匠もフったんだぞ!」

「ダメなものはダメなの!」

「我が儘なお姫様ね。良いかしら? この提案は私からの慈悲なのよ。私がその気になれば、一生アレンを私のもののままにもできるの。この提案を受けない選択肢はない。喚けば喚くだけ大賢者の名が泣くわよ?」

「でも…………」

「安心してくれリープリ。三年間離れたときだってリープリは俺のことをストー……探し出してくれた。だから今こうして、もう一度恋人になれた。一ヶ月くらいなんてことないだろ」

「……もし戻ってこなかったら、終わらせるからね。アレン」

「主語も目的語もないの怖いから……。大丈夫、絶対戻ってくる。愛してる、リープリ」

「……! うん! リープリも愛してる! 待ってるから!」

 

 

「で、俺をどうするつもりだ」

 アレンは地下牢に幽閉された。四方の壁にびっしりと拷問器具が掛かっている。

 頑強な拘束具で壁に磔にされた上、『逃げるな』と命令されているので、とても脱出はできない。

「ヴァレン様」

「は?」

「ヴァレン様と呼びなさい。アレン」

 ヴァレンが壁に掛けてあった鞭を取った。クリノリンドレスを揺らし、床に打ち付ける。壁にめり込みそうな威圧感だった。

「ヴァレン、様……」

 意志に反しておもねる言葉が出てしまう。約束魔法の効果だった。

「……なんなんだ、君は。説明してくれよ。本当に会った記憶がないんだ」

 息がつまる。冷や汗がにじむ。酸素が薄くなってきて、血の巡りが悪くなっていく。それは、自分では絶対に叶わない存在への畏怖。

 例えるなら、賢者ではなく軍神になったリープリ・キャペンリッシュとでもいうべき覇気だった。

「並行世界論って知ってるかしら?」

「……バカにしてるのか?」

「あら、知ってるのね。話が早くて助かるわ」

「いや知らないけど」

「じゃあ素直にバカにされておきなさいよ。なんで強がったの」

 ヴァレンは呆れたようにため息をついて、並行世界論について説明し始める。

「並行世界は、違う選択肢を選んだ世界よ。大陸が割れなかったり、大戦が起きなかったり、そういう選択肢を違えた別の世界のこと。私たちは常に一つの世界しか認識できないけれど、この世界以外の無数に並行世界は存在しているわ」

「それが、どうしたんだ?」

「私は、並行世界からの転生者よ」

「えっ……」

「厳密には、こっちの世界の私と入れ代わったのよ。そして私の世界は――」

 ヴァレンは目を伏せ、一拍置いた。

「貴方がリープリ・キャペンリッシュからの逃避行先に、西方ではなく北方を選んだ並行世界よ」

「なッ……!?」

 パズルのピースがはまる。彼女が一方的に自分を知っているという状況に納得がいった。

「でも! 君が俺のことを「黙りなさい」

 しなる鞭がアレンの脇腹を打った。その部位がじんじんと火傷したように熱い。

「誰が私の話を遮ることを許したのかしら?」

「……」

「なにかしらその目は」

「ぶっちゃけリープリの折檻よりだいぶ優しい……」

「貴方どんな生活送ってたの……?」

 ヴァレンは複雑そうな表情を浮かべる。

「まあいいわ。さっき話した前提に立って、私の過去を聞きなさい」

 ヴァレンが咳払いの変わりに、鞭を床に打ち付ける。赤いクリノリンドレスが大きく揺れた。

「北方が軍事国家だらけなのは知ってるでしょう? 特に私の家は軍人の家系だから、苛烈な生き方を強いられたわ」

「……本当は自由に生きたかった?」

「そうね。十代の半ばまではそう思っていたわ。けれどある日、私の前に運命が現れた」

 ヴァレンは空いた左手で、アレンの頬を包むように触れた。敵意と冷酷さに満ちた紅の瞳が穏やかにとろけて、まるで恋に落ちた少女のように潤む。

「血と鉄と戦場しか知らず、一片の自由もない人生を強いられた私。かつて恋人だった女に傷つけられ、大陸を渡ってまで逃げてきた貴方。互いを近しく思うのに充分なくらい、境遇は似ていた。直ぐに親しくなって、私たちは恋人になったわ」

 アレンは黙って聞いていた。ヴァレンの覇気に怯えたからではなく、約束魔法に強制されたからでもなく、ただ彼女の告白に口を挟めなかった。

 きっと、今もヴァレンの脳裏には、恋人だったアレンの姿が刻まれているのだろうと思った。

「私は幸せだった。アレンがいたからどんなに苦しい訓練も耐えたわ。なのに――」

 紅の瞳が赤熱する。鉄製の床を踏み割らんばかりの激怒が、牢獄を震わせる。

「世界が変わってしまった。それだけならまだ良かった。でも、この世界の貴方はあの雌豚と結ばれていた」

「それは――」

 頬に当てられていた手で頬をぶたれる。血が止まるくらい強く足を踏まれる。

「貴方は私を裏切った。私を捨て、違う女と契りを交わした」

 紅の瞳が鋭く裏切り者を射る。アレンを燃やし尽くさんばかりの憎悪が燃えていた。

「さあ、抗弁があるなら聞くわ」

「あるに決まってるだろ! この世界の俺は君に愛を誓ってない! そんなので裏切りなんて言われても俺には何の非もない!」

「いいえ。貴方は私に愛を誓った。だから、たとえ違う世界でも私以外に愛を誓えば裏切りなのよ」

「なッ……!?」

 ヴァレンは本物の暴君だった。彼女の前で彼女の論理のみが正しく、彼女に従わないものは全てが悪と見なされる。

「こ、の……」

「生意気ね」

 強引にヴァレンに唇を奪われる。

「んぅっ……!?」

 舌を入れられ、乱暴に口内を舐られる。柔い凶器に歯茎も頬の内側を愛撫され、心の中まで蹂躙されていく。

「んぐっ……んっ……! んぅっ……!」

 息が苦しくなって、視界が白くなり初めてようやく解放される。唾液が糸を引いて淫靡に光る。苦しそうに肩を上下させるアレンを、ヴァレンは恍惚とした表情で見ていた。

「このっ……次舌入れてきたら噛み千切るからな……」

「その反抗的な態度も、直ぐにしつけてあげるわ」

 ヴァレンが鞭を振るった。痛打が左腕を襲い、後に引く痛みが治まらない。

「見れば分かると思うけれど、この部屋には古今東西様々な拷問器具が揃えてあるの」

「それが、なんだ」

「端から順番に使っていってあげるわ。何百種類目で心が折れるのか楽しみね」

 アレンの顔が青ざめる。想像するだけで地獄だった。

「早めに素直になった方がいいわよ。たくさん痛め付けた分、ちゃんと愛してあげるわ」

「いらない。家に帰ればリープリが愛してくれるから」

「そう、じゃあまず一つ目」

 ヴァレンは端にあった器具を設置する。鎖の両端に歯車が付いていて、更にその歯車を経由して重石がぶら下がっていた。

 アレンは初めて見るはずのそれに、妙な既視感があった。ヴァレンは彼の体にてきぱきと鎖を巻き付ける。

「この重石、強力な磁石なの。お互いに反発し合って、左右に引っ張られるようにできているわ」

「おい、まさか……」

「体が左右に引き千切られんばかりの激痛を味わえるわ。牛裂きの刑の超強化版って言えば分かりやすいかしら?」

「こんなの人間のやることじゃない! 悪魔の所業だ! 心は痛まないのか!? 君は狂ってる!」

「さっき襲撃した時、あの女の工房にも同じのあったけど……」

「…………」

「いるの? 家に帰れば愛してくれる人」

「…………俺どうすればいいかなあ?」

「は、始める前にそんな絶望しきった目をされても困るのだけど……」

 

 

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