この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野 笑

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第4話 一ヤンデレ去ってまた一ヤンデレ

 

 澄んだ青空が広がっている。初夏の風は涼やかに大地を撫で、花々を波のように揺らした。

「なんだか夫婦みたいですね」

 アレンが花畑の手入れを手伝っていると、ノナンがそんなことを言った。

「そう……かもな」

 アレンはドキマギした。けれど心地よかった。こんな風に落ち着いた夫婦生活を営めたら、どんなに幸せだろうと思った。

 彼はちらりとノナンを見た。

(もしかしたらノナンがお嫁さんになるかも……なんて)

 そう意識するとその考えが頭から抜けなかった。

「「あ……」」

 目が合った。照れながらもお互いに視線は外さない。まぶしい太陽の下、爽やかな風が通り抜ける。

「えへへ……照れますね」

 ノナンははにかんだ。

「おぉ……おぉ……! 俺……いま初めて、監禁も依存もされない普通の恋愛ってものをしてるかもしれない!」

「え、えぇ……?」

 奴隷が貴族の戯れで拾われて、普通の衣食住を与えられて泣いているようなリアクションだった。

「拾ってくれたのがノナンで良かった。俺にできることがあったら何でも言ってほしい」

「結婚し「それはまだ待って」

「えへへ……冗談です」

 茶目っ気たっぷりに笑うノナン。

 しかし彼は気付いていなかった。綺麗な花には毒があるというのなら、彼女もまた棘を持つ女の子であるということに。

 

 

 アレンは夕食を済ませ、自分の部屋でくつろいでいた。

「幸せだなあ……」

 ベッドにいながら拘束されていないのが嬉しくて仕方なかった。

 鉄枷が手首足首にこすれるのは痛い。自分の意思で動けないというのはもっと辛い。

「ん……?」

 隣の部屋から賑やかな声が聞こえてくる。

「ああ、そういえばノナンの友達が来るって言ってたな」

 仰向けになりながら、地元の友達と西方の友達のことを考える。木目の天井はまだ慣れなかった。

 コンコンとドアがノックされた。

「アレン君。ちょっといいですか?」

「いいよ」

 ノナンがドアを開く。

「あの、もしよかったらなんですけど、私の友達に顔見せてあげてくれませんか? アレン君のこと話しても、『出会いがなさすぎて現実と妄想の区別が付かなくなった可哀想な娘』みたいな扱いされるんです」

「あはは、いいよ」

 二つ返事でノナンの部屋へ行く。待っていたのは三人の女の子だった。みんな村娘らしい、清楚な印象だった。

「初めまして、アレンです」

 女の子たちは固まった。突如現れた絶世の好青年を前に、思考が凍り付いて動かなかった。

「ふふ……ふふふ。ね? だから言ったでしょ?」

 ノナンは満面のどや顔を見せ付けた。

 女の子たちの凍り付いた思考が、嫉妬の炎で融けて燃える。

「羨ましくない、羨ましくないよ。ただただ憎い」

「グーで顔面殴っていい?」

「死ね」

「あはは、醜いねみんな」

 ノナンは罵詈雑言をものともせず笑う。

「てかマジ? え? 都会で偶然困ってるイケメンを助けて同棲生活? は? 妄想じゃないの?」

「マジだぞ。ノナンは俺の恩人だ」

「ノナン、お願いだから刑事罰ぜんぶ受けてから地獄に堕ちて」

「嫌です、みんなは指を咥えて見てればいいんです」

 ノナンはめちゃくちゃ得意げに胸を張る。女の子たちの歯ぎしりの音が凄かった。

「アレン君、もう戻ってもいいですよ」

「うん、分かった」

「ま、待って!」

 素直に踵を返そうとしたアレンを、カチューシャの女の子が呼び止める。

「私、ミレアっていうの! 友達になってください!」

「だめ」

「なんで俺じゃなくてノナンが断るんだ……いいよ。俺はアレン、よろしく」

 アレンはミレアと握手し、そのまま抱き寄せてハグする。

「なっ……」

「えっ」

 全員が呆気に取られていた。特にミレアは再び凍り付いて、直後真っ赤になって頭から湯気を噴き出した。

「あ、ごめん。俺三年間西方にいたからつい……東方じゃこんなことしないよな」

「は……ぷしゅぅ……死ぬ……しんじゃぅ……」

 ミレアはその場に倒れこんだ。天に昇るような、幸せそうな表情だった。

「ずるい! 私も殺して! 私サキっていいます! さあ、お願いします!」

 メガネの女の子はもう手を差し出すどころか、腕を広げていた。

「うん、よろしくね」

 サキはゆっくりとその温度を味わい、やがて死んだ。

「ジェリアです。一思いにやってください」

「なんで処刑人みたいになってるの俺……」

 サイドテールの女の子を抱きしめる。あまりに反応が過剰なのでアレンは調子に乗って、ジェリアの耳元で『よろしくね』と囁いた。彼女は死んだ。

 そうして、屍の山が完成した。

「あはは、なんか変なことになっちゃったな……ッ!?」

 アレンが黙ったままのノナンを振り向いた。どす黒い瞳だった。

「ねえ……アレン君。ちょっとお話ししましょうか……」

「あ、はい……」

 この後めちゃくちゃハグした。

 

 

 翌朝。

 アレンはノナンを起こしに彼女の部屋へ入った。

 彼女は可愛らしく、リスのように布団を抱きしめて寝ている。

「むにゃむにゃ……もう食べちゃいたいよぉ……」

「……ごはんの話だよな?」

「アレン君を……」

「やめて」

「いただきまぁす……」

「やめて、起きて」

 アレンはノナンの体を揺らして、夢の中で食べられるのを防いだ。

「あ……アレン君……」

 ノナンの顔は赤かった。が、アレンは気付かないフリをする。

「おはよう、いい朝だね」

「はい。アレン君に起こしてもらえるならいつでもいい朝です」

「嬉しいな。もうご飯できてるよ」

「あの、アレン君」

 ノナンはちらっとドアが閉まっているのを確認して、布団を掴みながら言った。

「襲ってもいいですか?」

「せめて夢の中だけにして!」

 

 

 やたらとミレアたちが遊びに来るようになった。

「なんで二日おきくらいに来るの」

「友達の家に遊びに来るのに理由がいる?」

 ノナンとミレアが話している。ちょっとノナンは不機嫌そうだった。

「アレン君に会いたいだけでしょ」

「だって私もうアレン君にハグされないと死んじゃうもん。アレン・アレンスター・アレルギーだよ」

「それはむしろ触っちゃダメじゃない?」

 アレンはちょいちょいと袖を引かれた。

「ねえアレン君、あの二人放っておいてイチャつきましょう」

 サキがアレンの右手を両手で握る。

「抜け駆けはなしだよ、サキ」

 すると、ジェリアがアレンの左腕に抱きついた。

「なにしてるの……いい加減にしてよ……」

 目を離すとすぐ女の子にサンドイッチされるアレンを見て、ついにノナンがキレた。

「もうハグするの禁止です! ミレアたちもうちに来るの一週間に一回までにして!」

「そんなの横暴じゃない! 添い寝させて!」

「そーですよ、私たちにもイケメンの恩恵を享受する権利があります! せめてキスくらいは!」

「ノナンのそういうところよくないよ、一緒にお風呂入らせて」

「あの、みんな落ち着いて」

 にわかに不穏な空気が流れたので、アレンは立ち上がった。ノナンの隣に行き、彼女の頭をポンポンする。

「ごめん、確かに軽率だった。受け入れてくれるから甘えてたけど、やっぱりハグはこっちの風習に合わないな。これからは控えるよ」

「アレン君……」

 次にミレアたち三人を振り向いて、頭を下げる。

「皆もごめん。でも会えなくなるわけじゃないし、仲良くしよう。俺のせいで皆がケンカするのは嫌だ」

「……分かりました」

「アレン君がそういうなら従います」

「残念だけどね」

 三人は渋々ながら納得し、その夜はお開きとなった。ミレアたちが帰り、二人きりになる。

「昔からこうなんだ。俺がいるとグループが壊れる。なんでなんだろうな……」

「本気で言ってるんですか? 悪い男……」

「ちょ……ノナン、目が怖いぞ」

 ノナンは虚ろな目でアレンに迫った。アレンは一歩後ずさるが、足がベッドに当たってそれ以上下がれない。

「何もしないよ? 本当だよ?」

「何かするつもりの人はみんなそう言うんだ」

「お姉さんとちょっと良いことしよう? ね? こわくないよ?」

「なんでむしろ寄せに行ってんだ!」

 ベッドに押し倒される。

「ふふ……さ、お仕置きの時間だよ」

 

* 

 

 難は逃れた。キス未満のことしかしていない。

「はあ……」

 アレンは健全な恋愛がしたかった。そういうことはまだ早い。

 それに最近のノナンはヤバい目をしていることが多い。

(あの目、リープリと重なるんだよなあ……)

 体がブルリと震える。

「いや、大丈夫だ……」

 自分に言い聞かせる。

 ノナンを起こしに行こうと立ち上がったとき、ドアがノックされた。

「どうぞ」

「あ、もう起きてたんですね。おはようございます」

「おはよう」

 ノナンはうろんな目でアレンに近付いた。

「ハァハァ……いま何色のパンツ穿いてますか?」

「それ電話口で聞くやつね」

「じゃあせめてパンツください」

「譲歩するニュアンスで攻めてこないで」

 この有り様である。リープリに比べればまだ軽症だったが、病状が悪化すればその先は推して知るべしだ。

 

 

 その日の朝ごはんは少し懐かしい味がした。ほのかな隠し味。後味が強い甘さ。

(盛ったな……まあ、これくらいなら可愛いレベルだけど……)

 惚れ薬だった。アレンは直球で聞いてもはぐらかされると思い、しばらく気付かないフリをした。

 そして何事もなく夜になり、ノナンが完全に油断したところへ疑惑をぶつける。

「俺に隠してることあるよね?」

 ノナンは目に見えてうろたえた。そして直ぐそのリアクションが全てを物語っていることに気付き、観念して白状した。

「お風呂に撮影水晶忍ばせてました」

「……………………うんそれも後で詰めるけど、とりあえずそれ以外で」

「アレン君が留守のとき裸でベッドに潜り込みました」

「おいこら」

「洗濯かごからアレン君の下着取り出してオカズにしてました」

「余罪しか出てこねえ!」

 甘かったのは惚れ薬ではなくアレンの認識だった。

「もう惚れ薬うんぬんはいいや、どうせ効かないし。あのねノナン、そういうことするのよくないよ」

「ごめんなさい。でも、アレン君もよくないですよ。あんな風に男の子慣れしてない田舎娘をいっぱい誑かして……私、不安で不安で、そうでもしないと辛くて……」

 泣きそうなノナンに、アレンは胸が締め付けられるような感覚になった。

「それはその、不安にさせてごめん。でもこのままじゃ良くない。俺、しばらく隣のガロアおじさんの家に厄介になるよ」 

「なっ……ダメです! なんでそんなこと言うんですか!」

「こういうとき、仲直りのために一緒にいようとしても逆効果だ。余計こじれる。冷静になるために、一旦距離を置こう」

「分かりました。でも、その前に一回だけハグしてください」

「いいよ」

 アレンはノナンを優しく抱きしめた。瞬間、腹に鋭い痛みが走った。

 彼女を離して腹部を見る。真っ赤な血が止めどなく零れていた。

「嘘……だろ……」

 溢れ出す血を抑えるように、傷口へ左手を持っていった。

 回復魔法で内臓を修復して、そこで魔力は尽き掛ける。癒やすのは諦め、光線で傷口を焼いて塞いだ。

 思っていたよりずっと冷静だった。

「ハア……ハア……なんで、なんでそんなに冷静なんですか!?」

「二度目……だからな……」

 アレンはノナンの首筋に手刀を入れて倒した。そのまま抱き抱え、彼女の部屋へ運ぶ。

「ごめん」

 意識のないノナンに謝り、部屋を出る。

 彼は荷物を持ち、外に出た。空は雲に覆われて、人の心には優しくない暗闇が広がっている。

「お世話になりました」

 アレンはノナンの家に向かって頭を下げた。そして、村から離れた。

 

 


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