この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野 笑

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第5話 もう一度、君に繋がれる物語

  

 アレンは別の村へ向かった。そして村長に掛け合った。

「見ての通り当てのない身なのですが、ここでも他の村でも仕事があれば紹介していただきたいです」

「ふうむ……そういえば、定職ではありませんが、短期の高額クエストがありました。なんでもこの辺り一体の市町村全てから戦力を集める大規模なクエストなのだそうです」

「どんなクエストなのですか?」

「スターノール市に大量出現したゴーストの討伐とのことです」

「スターノール!?」

 つい最近訪れた場所である。アレンの生まれ育った地で、今も家族が住んでいる市だ。

「被害状況は!?」

「私も詳しくは知りませんが、死者も出ているとか」

 アレンは一も二もなく飛び出した。

 

 

「無事で良かった……!」

 アレンは家族を見るなり、張り詰めていた顔をほころばせた。

「まあ、少し怪我はしたけどな」

 父が袖をめくり上げ、左腕を露わにする。痛々しい裂傷が肩口まで及んでいた。母とカリンも手の甲や脚に少しだけ擦り傷がある。

「それ……!?」

「だがまあこれくらいで済んだなら安いもんだろ! お前の嫁のおかげだ!」

「リープリの……?」

「ああ、大賢者様が俺たちを助けてくれたんだ。ところで、なんでお前は大賢者様と一緒に戻って来なかったんだ?」

「それはその……」

 実は元カノがストーカーになっちゃったんだとは言えず、適当な言い訳を探すアレン。

「いま喧嘩してるんだ」

「それだけの理由で?」

「その……本当にシャレにならないレベルの痴話喧嘩なんだ。あまり詮索しないでほしい」

 父は納得してはいなかったが、息子を慮ってそれ以上何も言わなかった。

 しかしカリンはそうもいかなかった。

「ふーん。浮気でもしたんでしょ?」

「するわけないだろ。めちゃくちゃショックだぞ、俺カリンにそんなことする人だと思われてたのか」

「お兄ちゃんイケメンだから、行く先々で女の子オトすじゃん。攻略してるんだから実質浮気だもん」

「そんな理不尽な……」

「女の子に刺されても知らないよ」

 アレンは無言で服をたくし上げ、刺された傷を見せた。片方は古傷だが、もう一方は刺されたてホヤホヤである。

「マジかコイツ」

 カリンが信じられないという目でアレンを見る。

「お兄ちゃんの方が重傷じゃん、ウケる」

「ウケねえよ!」

 そんなこんながあって、話はゴーストの話題に移った。

「騎士とか兵士はいるけど肝心の敵が見当たらないな。どこにいるんだ?」

「ゴーストは夜しか現れないの」

「この辺りにも現れるのか?」

「ううん、この辺りは平気。けど、私たちの家があった辺りは危険なままなの」

「そうか、分かった。俺がどうにかする」

「え……? 何言ってるの? お兄ちゃん一人にどうこうできるわけないじゃん」

「大丈夫、こう見えてお兄ちゃん強いんだぞ」

 

 

 アレンは義勇兵に紛れ、安上がりの剣を握ってその時を待っていた。

 辺りには女性が多い。魔法少女という言葉はあっても魔法少年という言葉がないことから分かるように、魔力は女性の方が圧倒的に多い。兵に女性が多いのは当たり前のことである。

 ちなみにアレンはリープリにバレるのを避けるため、グラサンを付け、バンダナで目から下を覆って変装している。

「えらいけったいな格好しとんなあ」

 修道服の上に部分鎧を付けた女兵士がアレンを見て笑う。鋭い八重歯が特徴的だった。

「そうか? 暗殺者みたいでカッコよくないか?」

「明らか不審者やんか。お前らもどう見えるか言うたれ」

 女兵士が後ろにいる三人の舎弟たちに話題を振る。

「コソ泥」

「マフィアの下級員」

「最近ちょっと花粉症辛い人」

「外すわ(半ギレ)」

 アレンはグラサンとバンダナを取って素顔をさらした。瞬間、女兵士の快活な表情が固まる。

「なんだその顔。素顔にまでいちゃもん付けるつもりか」

 ガルルルルと威嚇するアレン。しかし女兵士は頬を朱に染め、彼の手を握った。

「ウチ、ヴァーミリアや。お前は?」

「アレンだ」

「……惚れた。付き合え」

「「「なんだってええええ!?」」」

 三人の舎弟たちが叫ぶ。

「すまない、色々あってその気持ちには答えられない」

「色々ってなんやの」

 アレンは『婚約者がいるから』と言おうかとも思ったが、こんなときだけリープリを言い訳にするのが嫌でやめた。

「元カノから……」

「なんや、ヨリ戻そう言われてんの?」

「逃げ切らないと人権ないんだ」

「どういう状況やねん!?」

 その時、瓦礫の海を冷気が駆け抜けた。

「ちっ……話はお預けやな」

 ヴァーミリアが右手に杖を、左手に剣を構える。

 次の瞬間、ゴーストが姿を現した。骸骨や半霊体が地上を埋め尽くす。

 剣戟の音が響き、爆発音が轟き始めた。

 

 

「終わりだな」

 アレンは一帯のゴーストの内、九割九分を一人で壊滅させた。

「う、ウソやろ……ヤバいなお前……」

「ありがとう、ヴァーミリア」

 誉められたのが嬉しくて、アレンは満面の笑みを浮かべた。

「君の援護も良かった。土壁で敵を分断する動きは密集した戦況で最善手だった。あと、杖と剣を持ち変えて振るったのは驚いたよ。俺にそんな器用な真似はできない」

(な……なんでコイツ戦闘中にそんなウチのこと見てんの!? もしかして気ぃあるんか!?)

「ま、まあ褒められて悪い気はせんな! てかお前何者やねん。そんなめちゃくちゃな強さで無名とかありえへんやろ」

「冒険者として東方で活動している期間が短いからな。レイドもこれが初めてだし」

「パーティーとか入ってないんか?」

「ああ、無所属だ」

「よし、ウチのパーティーに入れ。待遇はよくしたるで」

 ヴァーミリアはまたしてもアレンの手を握る。今度こそ首を縦に振るまで離さないつもりだった。

「俺は……」

「ウチはお前がほしい」

 真っ直ぐ見詰められ、その熱量にアレンは気圧された。

「だから、お前をウチに寄越せ。幸せにしてやるわ」

「へぇ……そっか、リープリから逃げ出してそんなことしてたんだ」

 その甘い声に、一瞬でアレンの脳が凍りつく。真冬の海に落とされたように、ガタガタと体が震える。

 それは、彼にとって死神の呼び声だった。

「大賢者様……? なんでこんなとこに……って、まさか」

 ヴァーミリアが事情を悟り、思わず手を離す。

「酷いなあアレン……またリープリのこと裏切ったんだね……」

 アレンはギギギギギと振り返る。その目には夜より深い深淵が宿っていた。

「リープリ……」

「帰ろう? いろいろ話したいことあるんだ」

 小さくて柔らかい手が、アレンの右手を包む。

 けれど彼にとってその手は恐怖の対象でしかない。手を繋ぐより、首を締められた回数の方が多いのだから。

「そっちの娘も、覚悟できてるよね?」

「待てリープリ! ヴァーミリアは何も悪いことなんて「そうじゃないよ」

 リープリはアレンの言葉を遮った。

「窃盗十七件、強盗四件。証拠は上がってるんだよ、野盗さん」

 瞬間、ヴァーミリアと舎弟三人の表情が一変する。

「今回は火事場泥棒ってところかな。被災した家から家財を盗み出そうっていう魂胆なんでしょ」

「……違う。確かにここに来たときはそうしようと思ってた。でも今ウチが盗もうとしてるのは別のもんや」

「それは、一体なんなんだ?」

 うつむくヴァーミリアに、アレンが問い掛ける。

「それは……」

「それは?」

「お前の心だああああああああッ!」

「『お前の後ろにだああああああッ!』みたいに言うな!」

 襲いかかってきたヴァーミリアを一蹴し、地面へ転がす。

 舎弟の一人がリープリへと棍棒を振りかぶった。瞬間アレンが剣を抜いて、十字に交差する形で受ける。

「ライトニングショット」

 リープリの放った雷弾が宙へ飛ぶ。そのまま弧を描くようにアレンを飛び越え、舎弟の頭上へ。

「あぎゃああああああッ!」

 残り二人の野盗は逃げ出したが、一人はアレンのドロップキックに、もう一人はリープリの炎弾に倒れた。

「凄い……さすがは大賢者様だ!」

「なんという慧眼! 素晴らしい才覚だ!」

「完璧な連携だったが、隣の男は一体誰だ!?」

 にわかにザワめき始める義勇兵たち。アレンはその雰囲気に嫌な既視感を覚える。

 そう、ちょうど中学生のあの時、尾ひれの付いた噂に浮き立っている教室のような。

(あ、これヤバ……)

 ゆっくりと、リープリを振り向く。

「彼はアレン・アレンスター。私の……恋人ですっ」

 無慈悲に『あのとき』は再現された。

 花も恥じらう乙女のように、いかにも恋する乙女のように、大勢の前で、リープリはアレンの逃げ道を潰した。

「なんだって! これは大スクープだ!」

「全国紙に乗るぞ! すげえ場面に立ち合った!」

「あはははははははははははは! 終わったかな! 俺!」

 爆笑しながら人生の終焉を嘆く男が一人。アレン・アレンスターである。

 しかし予想外のところから、彼に救いの手が伸びた。

「待てや」

 比較的軽傷のヴァーミリアが立ち上がる。

「コイツ、元カノから逃げたがってたんや。それってアンタのことやろ?」

「リープリは元カノじゃないもん。昔も今もずっと彼女のままだもん。ね?」

「ひぃッ……! えっと……」

 さっき殺した幽霊を全部集めても敵わないくらい殺気のこもった『ね?』だった。

「言われへんならウチから言うたるわ。『元カノから逃げ切らないと人権ない』言うとったで」

「なに……? そんなこと言ったの? そんなこと思ってたの? ねえアレン、ねえ、ねえってば」

 情緒は不安定。ハイライトは行方不明。

 それでも、アレンは奮い立った。せっかく終わった人生に続きを作ってくれたヴァーミリアのために。

「思ってたよ、もう君には付き合いきれない」

 アレンはリープリの手を払った。

「え……? なんで? なんで? なんでなんでなんでなんで? アレンはリープリのことしか好きじゃないのになんで?」

「重いんだ。俺には受け止めきれない。もうちょっと心が強い人に愛してもらってくれ」

「そっか……ごめんねアレン。リープリが間違ってたよ。手足を縛るなんておかしいよね」

「リープリ……分かってくれたのか?」

 苦しそうに胸を押さえうつむくリープリ。その様子に、アレンは一瞬改心を期待する。

「本当にリープリだけのものにするなら、手足を切り落とさなきゃダメだったんだね」

「恋の病じゃなくていよいよちゃんと病気じゃん」

 希望なんてなかった。

「逃げえアレン! この女はもう手遅れや! 不治の病なんや! 頭は真っピンクで心は真っ黒や!」

「失礼なこと言わないで、リープリはおかしくないもん。おかしくなってもアレンは愛してくれるもん」

 アレンは背を向けて駆け出そうとした。しかし黒ローブに仮面を付けた男が、その行く手を阻んだ。

「まったく……素直になれよ、お前」

「ッ!?」

 仮面男の放った神速の二撃を、辛うじていなす。

(コイツ……強い!?)

 踏み込んだ三撃目で剣が折れる。アレンはバックステップで下がった。

 そこで仮面男は詰ませたのを確信し、剣を鞘に収める。

「捕まえた」

「あっ……」

 リープリががっしりとアレンに抱きつく。

「ねえ? あの仮面男と東方最強のリープリの二人相手に勝てると思う?」

 無理だった。仮面男だけでも苦しいレベルだった。

 アレンは今度こそ『人生の詰み』を確信し、夜空を仰ぎ見た。

 

 


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