この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野 笑

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第6話 結婚式か御葬式か、好きな方選んで

 

 ゴースト討伐が終わり、アレンは再び囚われの身となっていた。

「辛かった……つらかったよ……」

 リープリはアレンに抱きついて泣いていた。

「リープリ……ごめんな」

 アレンは彼女の頭を優しく撫でた。ジャラジャラと音が鳴る。手首足首に山ほど鎖が繋がれているせいである。

「リープリ……頑張ってアレンの家族守ったんだよ……スターノールの人たちも助けたんだよ……」

「うん、本当にありがとう。昔からお化けとか苦手なのに、よく頑張ったな」

「うん……」

 リープリはアレンの体に食い込まんばかりの勢いで密着する。

(タイミング最悪だったな……せめてこの騒動の後に逃げ出せば良かった)

「朝起きてアレンが隣にいないのが辛かった。ゴーストと戦って、でも大賢者だから弱音も吐けなくて一人で震えながら眠るのが辛かった」

「ごめん……本当に悪いと思ってる」

「ホントに許さないから……もう絶対離さないからね」

「ですよね」

 運命の赤い鎖でがんじがらめナウである。逃亡への道のりは果てしなく険しくなった。

「ねえアレン」

「なに?」

「結婚して。今後こそちゃんとリープリのものになって」

「その話一旦置いとこうか」

「取りに戻る気ないでしょ?」

「いやほら、甘えていいから。いっぱい頭撫でてあげるから」

「今いっぱい神経逆撫でしてるって自覚ないのかなぁ……?」

 狂気を孕んだ甘い声。体温を感じられる距離でハイライトを消され、アレンはガクブルで声を震わせる。

「ま、ま、まって……」

「まだ抵抗するの? またリープリから逃げ出すの?」

 それでも、アレンは吹っ切れた。一回詰んだのだ。死ぬことなど恐れるものでもない。

「ああ、逃げ出す。俺は今後こそリープリから逃げ出して、ちゃんと普通の女の子と恋愛して、普通の幸せを手に入れるんだ」

「へぇ……もう隠す気もないんだ。いいよ、今度こそ完璧に完膚なきまでに調教してあげる。楽しみにしててね?」

 リープリがアレンの抱擁をほどき、彼の首を両手で包んだ。

 

 

「飲んで」

「直で……!? ついに料理に混ぜるつもりもなくなったのか!?」

 リープリが真っ正面から薬を差し出した。

「これはいつもの惚れ薬じゃないよ」

「惚れ薬に『いつもの』って副詞が付く時点で何かおかしいと思わないのか?」

「思わないよ?」

 リープリが可愛いらしく小首を傾げる。

「ああそう……今はいいや、それは何だ?」

「これは幼児退行薬だよ。身も心も五歳になっちゃうの」

「そんなもの飲ませてどうするつもりだ。まさかショタコンだったのか?」

「だったら付き合ってないでしょ」

「だから付き合ってないってば」

 ポンと音を立ててビンの蓋が外される。

「はい、口空けて」

「断る」

「リープリの薬が飲めないっていうの?」

「酒みたいに言うな。飲めない」

「そう……」

 リープリは邪悪に笑った。サイドテーブルにビンを置き、マウントポジションを取る。

「な、なにを……」

「えい」

 リープリはがんじがらめで動けないアレンの脇に両手を突っ込み、くすぐり始めた。

「ふ……あはははははは! やめて! 俺弱いんだってば! やめて!」

 服の上から弱い部分をまさぐられ、涙目になりながら許しを乞う。そして懇願のために開けてしまった口へ、リープリは右手の人差し指を突っ込んだ。

「あ、ひまった……」

「はい、どうぞ」

 リープリは飲み薬をアレンの口へ注ぎ込む。彼女の指を噛めば抵抗できたが、勿論アレンにそんなことはできない。

「なん……で、こんなことが……できるんだ……」

「ラブだよラブ。える・おー・ぶい・いーだよ」

「俺は……ぴー・てぃー・えす・でぃーになりそうだよ……ガクッ」

 

 

 アレンが目が覚ました。知らない天井に知らない部屋。そしてなぜか腕と足を鎖に繋がれていることに首をかしげる。

「なんだろ……これ」

「おはよう、アレン」

「わっ!? ビックリしたぁ……お姉ちゃん誰?」

「私はリープリ。アレンのお嫁さんだよ」

「お嫁さん? ボク、お姉ちゃんと結婚するの?」

「うん。だから仲良くしてね、アレン」

 リープリはベッドに入り、アレンの体を引き寄せて頭を撫でた。

「お姉ちゃん良い匂いする~」

「うふふ……ありがとね。アレンも可愛いよ、目がおっきくて、体がこんなにちっちゃくて、ずっと抱き締めてられそう」

 ド犯罪もいいところであった。大きい状態のアレンならまだSMプレイで言い逃れできるが、ショタ状態のアレンだと事案以外の何物でもなかった。

「お姉ちゃんの方が可愛いよ。お人形さんみたい……っていうと違うなあ。そうだ! 女神様みたい!」

「ふっ……ふふふ……ありがとね、すっごくすっごく嬉しいよ。大人になっても言ってね?」

「うん!」

「約束しよ?」

「いいよ!」

「「うーそつーいたーらはーりせんぼんのーます、指切った」」

 幼いアレンには、その約束の意味する所を理解できていない。目の前にいるのが本気で針千本を飲ます人間であると分かっていないのだ。

「ところでこの鎖なに? なんだかペットみたいできゅうくつだよ」

「ん~? 夫と妻はずっと一緒にいなきゃいけないんだよ? アレンもリープリと離ればなれになんてなりたくないよね?」

「うん! リープリお姉ちゃんのこと好きだから、ずっと一緒にいる!」

「良い子だね~よしよし」

 そうしてリープリとショタアレンの生活は二週間続いた。

 アレンにリープリ以外の女性を見せず、アレンにリープリ以外の声を聴かせず、リープリ以外の匂いを嗅がせず、リープリ以外を触らせず、リープリの作った料理以外を食べさせなかった。

 そこそこ惚れ薬も入れたが、子供舌にはちょうどよかったのでアレンは喜んだ。

 ちなみに免疫もなく、めちゃくちゃ顕著に効果が現れ、アレンの方からリープリを離さなくなっていた。

「そろそろいいかな」

「なに? どうしたの?」

 リープリは解薬剤を取り出した。

「はい、あーん」

「あーん」

 アレンは雛鳥のように素直にそれを飲んだ。

「お姉ちゃん……」

 薄れゆく意識の中でリープリを求める声を聞き、彼女は満足げに笑った。

 

 

「おはようアレン。気分はどう?」

 アレンは目を覚ました瞬間、唸りながら頭を押さえた。

「うーん……なんか変な感じだ……」

「ねえアレン」

「ん?」

「結婚してほしいな」

「ッ……!?」

 アレンの心の中に、その求婚を喜ぶ気持ちがあった。慌ててそれを疑うが、どうにも本気でしかなかった。

「なんで……嬉しいんだ?」

「だってリープリのこと、子供の頃から好きだったもんね?」

「え……あ……あが……あがががががああああぁああああッ! 幼少期にリープリが好きでたまらなかった記憶が上書きされてるぅうううう! なにこれ超怖いぃいいいい!」

「あは、やった」

「やったじゃねえ! どうして……くれ……る……ん……あっダメだ好きだ」

 アレンがリープリを抱きしめる。

「おかしい……! 体が言うこと聞かない!」

「もう素直になりなよ。アレン」

「嫌だ!」

「じゃあこれ見て」

 リープリが水晶玉を操作すると、映像が壁に投影された。映っているのは、ショタアレンとリープリである。

『お姉ちゃんの方が可愛いよ。お人形さんみたい……っていうと違うなあ。そうだ! 女神様みたい!』

『うん! リープリお姉ちゃんのこと好きだから、ずっと一緒にいる!』

 次々と写し出されるショタアレンの素直な告白に、現実のアレンは呻くことしかできない。

「な……は……ぅ……(顔真っ赤涙目)」

「ふふ……可愛い」

「見ないで……」

「なんだかんだ言っても本心から好きなんだね。安心した。素直になろっ? ねっ?」

「違う……こんなの俺じゃ……」

 『ない』とは言えなかった。好きなのだから。

「好きだよ。けど……」

「けど?」

「……なにもない。ただ好きなだけだ」

「じゃあ結婚してくれるよね?」

 深淵色の瞳が爛々と輝く。

 アレンはリープリの気持ちに応えたいと思った。心は完全に奪われている。

 しかし頭の片隅の冷静な部分は『普通にアカンやろ』と主張していた。

「もう少しだけ考えさせてくれ。多分答えは変わらないけど、覚悟の時間がほしい」

「まあ……いっか。ダメ押ししてあげるから」

 リープリは大人になったアレンにも更に惚れ薬を差し出した。

「あはは……押しがしんどい」

 アレンは苦笑しながら、多分アルコールよりやばい飲み物をイッキ飲みした。

 

 

「リープリ、アレンの髪の毛とか切った爪ぜんぶコレクションしてるんだけどさ」

「前置きなら本題入らないでくれ。まずそこ問い詰めたい」

 突然ドエラいカミングアウトをされ、アレンは頭を押さえながら話を制した。

「? なにか変なところあった?」

「あるわ変なとこ、変なとこしかないわ。変なとこが十割を占めてるわ」

「これがおかしいっていうなら、今度こそ調教レベルだよ? こんなことすら許してくれないならもう痛覚に訴えたいって思うもん」

「じゃあやめとこうかな……」

 抵抗できないし。指の一本すら自由に動かせないし。

「まあ……うん。いいや、使ったスプーンとかお風呂の残り湯とかじゃないだけまだマシだから」

「あ、それいいかもしれな「勘弁してください」」

 拘束のせいで土下座もままならないので目で土下座する。目は口ほどにものを言うのだ。

「そろそろ本題入っていい?」

「どうぞ(ガクブル)」

「アレン、作ってみた」

「……は?」

 リープリが部屋のドアを開く。入ってきたのは、アレンと全く同じ姿のホムンクルスだった。

「成分の解析と細胞の培養で、アレンとまったく同じホムンクルス作ってみたんだ。これでうっかり落としちゃっても安心だね」

「合鍵みたいに言うな。どこで失くすんだよ」

「ちなみにリープリの魔法知識も全部入れてみたよ」

「上位互換!?」

「あと思いっきり素直にしてみたの」

 リープリが腕を広げると、ホムンクルスのアレンが彼女を抱きしめた。

「リープリ、愛してる。結婚しよう」

「……(チラリ)」

「なに言わせてんの。ていうか『ならこっちはいらないか』みたいな目で見ないで!」

「どうせなら……素直な方だけいればいいよね」

 リープリが包丁を持ったままアレンに近づく。

「え? 『うっかり落としちゃっても』って命!? 落命のこと!? 待って……! 嫌だ! こんな死に方嫌だ! 俺も言うから! 愛してるって言うから許して!」

 アレンは泣きながら慈悲を乞う。

「せーのっ」

 リープリが包丁を振り下ろした。しかしアレンの頬を掠めただけで、そのままシーツに突き刺さる。

「冗談だよ。そう言ってほしかっただけ」

「う……うわぁああああああん!」

「よしよし。怖い思いさせてごめんね」

「グスッ……」

 ガチ泣きしているアレンの頭をリープリが優しく撫でる。

 アレンは最近、心折れぎみだった。

「好きだよ……絶対俺の方がリープリのこと分かってるし好きだから……」

「うんうん。ありがと、愛してる」

 リープリは満面の笑みだった。

「でもね」

 ハイライトを消して、ホムンクルスのアレンへと向き直る。

「ウインドブレード」

 ゴトリ、と音を立てて生首が床に落ちた。風魔法の刃がその首を切り落としたのだ。

「裏切ったらこうだからね。ね?」

「は……はひぃ……」

 

 

 リープリが風邪を引いた。

「ゴホッゴホッ……」

「やっぱりこの状況でも離してはくれないんだな」

「絶対離れたくないもん」

 リープリは熱があり辛そうだった。それでもアレンに抱きついたまま離れない。

「いいよ。俺縛られてなくても同じことしたし」

「そうだよね……」

 風邪のときは心が弱る。人肌が恋しくなる。アレンはこういうとき、本人が嫌がらない限り一緒にいようと決めていた。

「好き……あったかい……このまま熱に溺れたい……」

「いいよ、でも熱かったら言うんだぞ」

「うん……」

 リープリはいつになくしおらしかった。けれどいつもよりアレンが優しいので幸せそうだった。

「そういえば、風邪って人に移すと早く治るっていうよね?」

「そうだな」

「ちゅーして」

「うん」

 

 

 案の定今度はアレンが風邪を引いた。

「どういう風邪のぶり返し?」

「どういう風の吹き回しみたいに言うな。君から回されたやつだ」

 アレンはぐったりとしていた。体が火照り、心は冷たくて虚ろな感じがある。

「風邪ってどうしようもないよね……はっ! 良いこと思い付いた!」

「なに……?」

「一生風邪が治らない魔法作ればずっと一緒にいてくれるよね?」

「多分リープリもただじゃすまないからやめようか……」

「それもそうだね、お薬取ってくる」

「待って……もうちょっと一緒にいてほしい、寂しい」

「っ~~~~!」

 潤んだ瞳で『行かないで』と哀願するアレンに、リープリは胸をキュンキュンさせていた。

「あはっ、可愛い。好きだよアレン、大丈夫だからね、ずっと一緒にいてあげるから」

「ありがと……」

 リープリの撮影記録がまたひとつ増えた。

 

 

「むぅうううう~」

 リープリが頬を膨らませている。

「ど、どうしたんだ?」

「アレンを外に出さなくちゃいけなくなった」

「え?」

 リープリは事の顛末を説明した。

 スターノール、エンドール、ジョートンの三都市にゴーストが大量出現した時特に優秀な働きしたとされる三人に、勲章が贈られることになったのである。

「本当は大賢者の叙任式なんだけど、ついでに叙勲もやっちゃうんだって、国王命令で」

「へ~そういえばスターノールのゴーストほとんど俺が倒したもんな。エンドールがリープリだっけ?」

「うん」

「良かったな、おめでとう」

 アレンはリープリの頭を撫でたが、それでも彼女は不機嫌そうな顔だった。

「一瞬でもアレンを外に出したくない……」

「リープリが嫌なら辞退しようか?」

「無理。辞退するにしても叙勲式には出なきゃダメなの」

「そっか。でも大丈夫だよ。もう逃げたりしない、俺はリープリのことが好きだ。リープリ以外見えてない」

「でも前科二回だよ。二度あることは三度あるって言うじゃん。リープリはそれが怖いの」

「多分それ俺の方が恐れてるけどな」

 二回逃げようとして二回刺されている男は、そろそろ命にリーチが掛かっている気がしていた。

「ぜったいぜったいぜ~ったい逃げないでね?」

 狂気の宿った瞳をぐいと近づけるリープリ。しかしその近さで見詰められても、アレンは全く動じなかった。

 なぜなら彼ももう、度重なる洗脳に頭をやられていたからである。

「神に誓うよ」

「リープリに誓って」

「同じじゃない? 女神だもん」

「ふふ……もう、アレンってば」

 リープリは頬を染め、やっと嬉しそうな顔をした。

「いいよ、苦渋の決断だけど、外に出るのは許してあげる。でもその代わり……」

「その代わり?」

「叙勲のとき、リープリにプロポーズして。国王と大臣と国民全員の前で」

「マジで?」

「うん。できるよね? リープリのこと好きなんだもんね?」

「勿論だ。思えばそれ以上のタイミングもないな! ありがとう、愛してる」

「リープリもだよっ」

 二人はひしと抱き合った。

 アレンはまだ知らない。この後、国中の話題をかっさらい、後世にまで語り継がれる、衝撃の事件が起こることを。

 

 


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