この国で一番偉い元カノに復縁を迫られている   作:耳野笑

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第8話 私のために争って!

 

 アレンには護衛(という名の監視役)が付いている。その名はキンジ。

 もちろんリープリの味方である。ちょっとでもアレンが不穏な動きをすると彼女に報告が行き、その度に首を絞められるので、アレンは彼を嫌っていた。

「キンジ嫌い。しりとりしようって言ってきて二言目に『ん』で終わらせる奴を一としたときの二七〇くらい嫌い」

「仕方ないだろ、こっちもクビ掛かってんだから」

「俺もな? そっちは立場上だけどこっちは物理的に掛かってるんだからな?」

「それよりアレン、お前に話しておきたいことがあるんだ」

「なんだ?」

 えらく深刻な顔で、キンジは話を切り出した。

「ロゼルフについてだ。あの男、よくない噂があるらしい」

「どんな?」

「あの男は元貴族だ。それも現ヴェルフェンリート系当主の嫡男だった。しかし今は勘当されているらしい」

「なんでまた」

「流石にそこまでは知らないが……それなりに問題を起こしたんだろうな」

「良い奴に見えたけどなあ……」

 身分違いの恋を真摯に語る姿は、紛れもなく善人のそれだった。

「これだけは言っておきたい。わざと負けるような真似はするな。ロゼルフは良くない。そんな男に、リープリ様を渡してもいいのか?」

 アレンはちょっと悩んで、それから口を開いた。

「大丈夫、俺の計算によれば俺がロゼルフに勝つ可能性は百パーセントだ。そして俺、この戦いが終わったら結婚するんだ。あと、これは俺の大事なものだ、預かっておいてくれないか? そして、ロゼルフは東方第九位なんだろ? じゃあ俺があいつを倒せば一気に名を上げられるぜぐへへへへへ」

「負けたいからって敗北フラグ立てれるだけ立ててくんじゃねえ!」

 マジでリープリから逃げたいアレン的にはこれが最適解だった。

 それでも、アレンは一応キンジの話を受け止めた。

「今の話、考えておくよ」

 

 

 そして決闘の日。

 空は快晴、スッキリとした青である。太陽は燦々と城下町を照らす。戦いに向いた日和である。トンビが一匹、朗々と鳴いていた。

 舞台は巨大なコロシアムである。

 中央の闘技場にはアレンとロゼルフが相対し、外縁の観客席はすべて埋まっている。最も闘技場に近い席には、リープリや賢者たちが座っていた。

「では尋常に、初め!」

「プロミネンスボルト」

「サンダーボルケイノ」

 開幕、雷炎が迸る。

 彼我の中央で激突した雷は大爆発を起こした。黒煙が上がり、闘技場が見えなくなる。

「ファイアストーム!」

「レイクタイフーン!」

「シャイニングスター!」

「ダークムーンバレット!」

 それはさながら一個の戦争だった。闘技場にありとあらゆる力の奔流が激突し、地が抉れ、空が灼け付く。

 視界も足場も悪い闘技場の中、ロゼルフとアレンは互いに突っ込んだ。偽りの夜の中で、剣戟が交差する。

「スターノールの亡霊を壊滅させただけのことはあるな」

「そっちこそ、東方第九位はダテじゃないか」

 位置を入れ替え、距離を置く。爆発やら黒煙やらで、観客席からはまだ二人の様子を見聞きできない。

「一つ聞きたいことがある」

「なんだ?」

「お前、なんでリープリと結婚しようと思った?」

 アレンは戦いの最中だというのに、ロゼルフの真意へと踏み込む質問を飛ばした。

「その様子だと、大方察してるみたいだな」

「ああ、勿論だ(知らんけど)」

「なら隠す必要もないか。俺様は、大賢者の夫として権力を手に入れ、再び偉大なる俺様に返り咲く! そして俺様を追放したヴェルフェンリート家を見返してやるんだ!」

 ロゼルフは絵に描いたような悪人顔を浮かべ、絵に描いたような悪意を語った。

「……それが、お前の本心か?」

「ああ、そうだ」

 アレンは小さく嘆息して、改めてロゼルフを真っ直ぐ見据えた。

「返礼と言ってはなんだが、俺も正直に話そう。俺は中学時代リープリと付き合ってたんだが、だんだん彼女が病んできた。ヤバいと思って別れ話を切り出したら、刺された」

「お、おう……」

 ロゼルフの顔が若干引きつった。

「で、逃げた。海を渡って西方まで逃げた」

「それで?」

「そんなこんなでこうなったから、ぶっちゃけ負けるつもりでここに来た」

 絶対に負けなくてはならない戦いが、ここにはあると覚悟を決めていた。

「だが、こうしてお前と相対してよくわかった。お前にリープリは渡せない。俺よりももっとリープリの隣に相応しくない。失せろ」

 アレンは本気の風魔法を纏い、ロゼルフに突っ込んだ。

「ぐおッ!」

 たちまち荒れ狂う風に黒煙が晴れる。観客席からは歓声が沸き起こった。

「お……のれぇ!」

 ロゼルフは炎の弾丸を撃ち込み、雷の槍をぶつける。しかしアレンはその悉くを逆位相の魔法で打ち消した。

「(負けるつもりだったから)言ってなかったんだけど」

 アレンが鋒を空へ向ける。刹那、雷が天へ駆け昇った。

 『グングニル・セカンド』。星を撃つ光条の槍が地上を遍く照らした。

「なんだ……この魔力量はッ!?」

「俺はアレン・アレンスター。西方第二位の男だ」

 

 

「信じてたよ、アレン」

「めっちゃ疑ってたよな? なんなら試合中、最前列から俺に強化の魔法掛けまくってたよな?」

「し、信じてたもん」

「嘘つくな」

 コロシアムの控え室。アレンは軽口を飛ばしながらも、満足そうな顔でリープリの頭を撫でた。

「でも、ありがとな。俺のこと応援してくれて」

「リープリのためだけどね」

「でも俺は嬉しかったし助かった」

「えへへ……じゃあ、どういたしまして」

 リープリは幸せそうに笑った。

(もしかしたら、無気力プロレスを演じるかもって疑ってたんだけどなあ……)

 しかしその予想は見事に裏切られた。アレンは全力でロゼルフを打ち倒したのだ。

 つまり、リープリを渡したくないという何よりの証拠だった。

「本当は、ずっと分かってたんだ」

 アレンは真剣な表情で、リープリを見つめる。

「リープリのことが今でも好きだって。でもやっぱり怖くて、そしてそれ以上に、俺よりリープリのことを愛せる男がいるはずだと思った。だから、リープリから離れようと思った」

「うん……でも、好きなんだよね? そうじゃなきゃ、そのチョーカー付け続けてるわけないもんね」

 アレンの首に付けられた黒のチョーカー。それは魔法的な拘束力があるわけではなく、ただリープリのものであることを示すだけの首輪である。

 アレンは逃亡生活の中ですら、ただの一度もこのチョーカーを切ろうとは思わなかった。

「俺はリープリのことが、昔も今も好きなままだ。今までたくさん迷惑掛けてごめん。愛してる」

「リープリもだよ。あぁ……やっと、リープリのものになってくれるんだね」

 そして二人は抱き合った。三年と半年の隙間を埋めるように、熱く抱擁した。

 そのままどれくらいの時間が経っただろうか。ロゼルフはめっちゃイライラしながら、控え室の扉を開けた。

「邪魔しないように待ってたが、長いわ。いつまでやってんだ」

「ロゼルフ……どうしてお前がここに!? まさか場外乱闘でもしに来たのか!?」

「ちげえよ。金の話だわ。ここまでとは聞いてない。追加で医療費を要求する」

「あ、ごめんロゼルフ。経費で落とすよ。思いっきり色付けておくから、マイカちゃんとハネムーン行っておいで」

「なら許す。邪魔したな」

「ちょっと待ておい!」

 出ていこうとしていたロゼルフをアレンが呼び止める。

「なんだ?」

「ど、どういうことだよ? なんで知り合いでなんのやり取りをしたんだよ、お前ら」

 狼狽するアレン。しかしリープリはイタズラを仕掛けた少年のように笑った。ロゼルフもどこか愉快そうだった。

「知り合った経緯は俺から話そう。俺にはマイカという恋人がいる。彼女は平民で、俺は貴族だった。そして、この国には身分差の著しい者同士の結婚を禁じる法律があった。が、それは撤廃される予定だった」

「でも、ロゼルフの家はその法律の撤廃前に急いで政略結婚を強要したの」

「困った俺は大賢者様に助けを求めた。そしたら」

「リープリが、思いっきり法律撤廃を前倒しして、ロゼルフとマイカが結婚できるようにしてあげたの」

「そのせいで俺はヴェルフェンリート家から追放された。が、悔いはない」

 確かな覚悟を決めた人間の目だった。アレンはそのただならぬ愛のなせる精悍さを、美しいと感じた。

「ま……まさか、それで、今回はお前がリープリに協力したってことか」

「そういうことだ」

 ロゼルフは恩返しとして、噛ませ役という名のキューピッド役を買って出たのだ。

「あの状況に追い込んだら戦わないわけにはいかないもんね」

「そしてこの俺がわざと負ければ、万事大成功ってわけだ」

「俺がわざと負けようとしたらどうするつもりだったんだよ!」

「煙幕が晴れた瞬間、大の字になって『や~ら~れ~た~』って叫ぶ予定だった」

「あの、護衛のキンジから聞かされた話は?」

「もちろんリープリの仕込みだよ、ロゼルフにヘイトを向けさせて、本気になってほしかったんだ」

 アレンは鳩が豆鉄砲を食らったように呆然とした。

「うそ……だろ……あれ? いつから……? ぜんぶ台本通り……? しかも俺が主演だった……?」

「ちなみに、ゴーストを討伐した後、お前の逃亡を妨害したのもこの俺だ」

「あのときの仮面男か! もうマジで……。なんだこれ怖すぎだろ……」

「うふふ……ふふふふふ。そうだよ。アレンはリープリからぜったいに逃げられないの。この国にいる以上どこにいても必ず見つけ出すし、リープリの隣にいる以上ぜったいに逃げ出させない。リープリの周りはみんなリープリの味方。アレンの人生は初めも真ん中も終わりもリープリの隣。

 もう、もうぜ~ったいに離さないし逃がさないよ?」

 愛に狂った深淵色の瞳が、アレンを射竦める。もはやそれは主従や上下関係に喩えるレベルですらなく、食物連鎖レベルの力量差だった。

「なあ……ロゼルフ」

「なんだ?」

 アレンは一縷の望みを懸けてロゼルフを見る。

「お前、家系に苦しんだんだよな? 権力のせいで自由恋愛を妨げられたんだよな? なら俺の気持ちも分かってくれ「お幸せにな」

「にべもない……ッ!」

 詰みだった。

「もう諦めてよアレン。リープリから逃げるなんてぜったいムリなんだからね。ね?」

 アレンを抱きしめ、『逃がさない』のポーズを取るリープリ。

「あぁ……さよなら、自由……」

 偽りの三角関係は役目を終え、アレンの人生も詰み詰みの詰みとなった。

 が、アレンの修羅場はこの程度では終わらない。

 彼の物語にはこの後、ガチの三角関係が待っていることを知る者は、まだ一人もいない。

 

 

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