アレンは再び日常に戻った。
鎖に繋がれ、衣食住から一挙手一投足までを支配される日常に。
「うふふ……愛してるよアレン、リープリだけのアレン……」
リープリは抵抗できないアレンにくっついたまま、無限に愛をささやく。
そしてアレンにも、もう抗う気はない。
全国民の前で結婚を約束してしまったのだ。今さら「ごめんなさい」すれば末代まで国賊扱いである。
「うふぅ……しゅきぃ……」
アレンは死んだ目でされるがまま頬擦りされていた。
「ところで、つかぬことをお伺いしますが」
「なに? アレン」
「俺、結婚してからもずっとこの城から出してもらえない感じ?」
「うん、もちろん。アレンのぜんぶをリープリで満たしたいの。おはようからおやすみまで。揺りかごから墓場まで、ね?」
「もう揺りかごからは無理でしょ」
「じゃあ赤ちゃんの頃から記憶改竄しちゃうね? アレンの中に『リープリと出会う前』の記憶があるなんて嫌だもん」
「ひ……ひえっ……」
(もう誰でもいい……どんな乱暴な手段でもいいから助けてくれぇッ!)
「メテオエクスプロージョン」
薄幸のヤンデレ製造マシーンの悲願が神に届いたのか。リープリの居城で突然、爆発が起きた。
「なっ……!?」
「なに!?」
庭からは炎が上がり、黒い煙が辺り一面を覆う。
「スイングウインド」
リープリが風魔法で煙を吹き飛ばす。たちまち青空が見え、宙に浮かぶ魔女の姿が露わになる。
月光を束ねたような銀髪。人間離れした清麗な顔立ち。黒のローブに三角帽子というザ・魔女スタイル。
そしてなにより、メロンレベルの豊かな胸を、目隠し布くらいの衣装で覆った煽情的な格好。
「へっ……?」
リープリはその姿を見て、顔を真っ赤にした。彼女はアレンのヘソチラすら直視できない箱入り娘なのだ。
「見ちゃダメ! 目つぶして!」
「目つぶってじゃなくて!?」
アレンはリープリの目潰し攻撃をかわしながら後ろを向く。
「ほら大丈夫! 後ろ見てるから!」
「なにしてるの? 私の方見てよ、ダーリン」
「「!?」」
豊かな双丘が背中に押し付けられて、柔く潰れる感触。そしてすぐ後ろから聞こえた魔女の声。
「なっ……」
アレンは完全に背後を取られていた。
もちろん背を向けたアレンはアホである。隙しかなかった。
しかし正面を見て、敵を警戒していたリープリですら、その動きが目に追えなかったのだ。
「アレンに触らないで!」
氷の杭が、魔女の背に襲いかかる。しかしそれは彼女に届かなかった。
「え……?」
氷の杭は魔女に当たる寸前、出現位置まで一瞬で戻された。
「邪魔しないでよ、泥棒猫」
「リープリが……泥棒猫? 殺す……っ!」
リープリがえげつない殺気を放ち、上空に巨大な炎を生み出した。それは火の玉の域を越え、太陽としか喩えられないような熱量を帯びる。
「あら……これはヤバいかも」
魔女が一度距離を取る。
「アレンも離れてて」
「ッ……分かった!」
リープリが魔女に向けて太陽を放つ。しかし――
「アクアカノン」
――星を飲むような渦潮が、太陽を打ち消した。
「うそ…………」
「よかった。ちゃんと私の方が強かったってことだね」
絶句するリープリを前に、魔女はたわわな胸を張って余裕の笑みを浮かべた。
「な……何者なんだ、君は」
アレンが問う。
「ひどいよアレン……その女より私の方が先に出会って先にキスをして先に結ばれたのに、どうしてそんなこと聞くの?」
「アレン? どういうこと? リープリ以外の女の子と付き合ったことあるの? いつ? ねえ、説明してよねえ、ねえねえねえ」
リープリがまたガチ病みモードでアレンに迫る。
「ちょっ……待ってリープリ! 俺生涯付き合ったのリープリだけだから! まったく身に覚えないから! 待ってホントに殺気出しながら近づいてこないでリープリぃいいい!」
アレンの首にリープリの手が掛かる。
「ホントに……? アレン」
「ウソだよ。アレンはウソをついてるの。私のことなかったことにしようとしてるんでしょ?」
「なんでだ! マジで身に覚えないぞ!」
魔女は瞳に涙を浮かべる。月光を閉じ込めたような一雫がきらめいて、すけこまし野郎の胸を締め付けた。
「ごめん、俺は最低だ。でも本当に記憶にないんだ。君は誰なんだ?」
「覚えてないなら、薬でも呪術でも使って思い出せてあげる。私はマリア・マリーメイル。貴方と前世で愛し合って、一緒に世界を救って、結婚して三人の子どもまで作った前世の恋人よ」
「あっヤバい娘だ」
思わず素で出た感想だった。
「うん一杯いるんだよキミみたいな娘。もう俺の前世の恋人、キミで二十人目くらいだよ。王朝かよ」
電波系の女の子に好かれすぎて混線状態だった。
「頭おかしいの? そんな妄想で人の彼氏取らないでよ」
「でも前世からの恋人だもん」
「リープリは運命の相手だよ」
「うぅん……」
(どっちもどっちとか言ったら首から上サヨナラかな……)
「ねえアレン、本当に思い出せない?」
「だって俺には前世の記憶なんてないしな」
「あったとしても、前世もリープリが恋人だもん」
(じゃあ前々世の俺は罪人だったんだろうな……)
「まあいいよ。私の勝ちはもう決まってるから。じゃあね、泥棒猫」
マリアがパチンと指を鳴らす。
瞬間、アレンは南国にいた。傍らにマリアを伴って。
「は……?」
「ようこそ南方へ。幸せになろうね、ダーリン」