オリジナル主人公、独自設定、独自解釈有り。ご注意ください。
幸せな日常が崩れていく様子を、ただただ呆然と眺めていた。
父が、母が、二人の弟が、夥しい量の血を流して倒れる。そして、ほんの少したりとも動かなくなった。
皆死んだ。
その事実を理解するに、一秒もかからなかった。
「ヒヒヒッ! さぁて……次はお前たちだ」
両手から真っ赤な鮮血を滴らせる下手人が、私と一番下の妹──
瞬間、私は弾かれたように彩を抱えて家の外へと飛び出した。
彩は呆然としている。
当然だろう、まだ四歳になったばかりの彩が先の出来事を理解出来る筈がない。
私だって、何がどうなっているのか分かっていないのだ。
涙を流す暇もなく、ただ背後より迫る恐怖から逃れようと、必死になって足を動かし続けた。
走って、走って、走って──。
不意に、頭上を何かが通り過ぎ、私たちの前に着地した。
「っ!?」
「よぉ、随分逃げたなぁ」
ゆっくりと振り返った『それ』が下衆な笑いを浮かべる。
雲間から月明かりが射し、そこではじめて気付いた。
私たちの家族を殺した『それ』が、人間ではなかったことに。
「ヒヒヒッ、運がいいぜ! まさかこんなところに稀血のガキがいやがるとはなぁ!」
「まれち……?」
「とびきり上等な餌、ってことだ。お前の抱える、そのガキがな」
『それ』の向ける視線に、腕の中の彩が身を縮ませる。
まれち。
それが何を指しているのか、皆目見当もつかない。
けれども、一つだけ分かったことはある。
『それ』は彩を、今やたった一人となった私の家族を狙っているということだ。
「──」
言いたいことがあった。
お前はなんなのだ、とか、どうして家族を襲ったのか、とか、そういった類いのことだ。
しかし、そんなものはもうどうでもよくなった。
混乱と恐怖がごちゃ混ぜになり、ろくに働いていなかった頭が、水を打ったように平静を取り戻す。
世界から音が消えた。風の音も、木々のざわめきも、『それ』が何を言っているかも聞こえない。
心臓の鼓動が、耳の内側でうるさいくらいに響いている。
やがて、何かが胸の奥にすとんと落ちた。
「彩、逃げなさい」
泣きそうな顔の彩を下ろし、庇うように前へ出る。
そんな私を『それ』は鼻で笑った。
「正気か? お前のような子供が、鬼である俺に敵う訳がなかろう」
鬼。
そうか、お前は鬼というのか。
憎き仇敵の名を咀嚼し、刻み込む。
死ぬかもしれない。いや、きっと死ぬ。
相手は両親と弟たちの命を容易く奪った化け物だ。十三歳の子供が何をしたところで、どうにかなるものではない。
妹が、彩が狙われているのだ。
家族は死んだ。皆、この鬼に殺された。
私にはもう、彩しかいない。
姉である私が護らずして、誰がこの子を護るというのか。
私は私の大切なものを、これ以上奪わせはしない。
たとえ、己の命を擲ったとしても。
今まで抱いたこともない激情に、この身を委ねる。
怒りが、使命感が、内より膨れ上がり、視界を赤く染めていく。
握り締めた拳は、いつの間にか血で滲んでいた。
「行きなさいッ!! 彩!!」
「っ!」
「逃がすかよ!」
私と彩と、そして鬼。
三者が動いたのは、恐らくほとんど同時だった。
先へは行かせない。
この命にかえても。
私が絶対に、護ってみせる──!
「アァアアアアァアアアアアアアァアアアアアアアアア!!」
獣のごとき咆哮が迸る。
それが自分の口から出たものであると気付いたのは、鬼の怯んだ顔を見てからだった。
そうして、私は──。
何もない場所だった。
真っ白で、平坦で、そんな景色がどこまでも続いている。
不意に後ろから、私の名を呼ぶ声がした。
「……お父さん」
振り返った先には、皆がいた。
お父さん、お母さん、それに弟たち。
笑顔を浮かべて、大きく手を振っている。
こっちへおいで、そう言われているような気がして私は一歩を踏み出す。
そのとき、誰かが袖をかすかに引いた。
「……彩」
ああ、そうだ。
私は逝けない。まだ逝く訳にはいかない。
この子を独りぼっちにすることなんて、出来ない。
ごめんなさい。
私にはやるべきことがあります。
だからそっちに行くのは、当分先のことになりそうです。
彩を抱き締め、もう一度振り返った私に、皆は笑顔のまま、こくりと頷いた。
視界はそこでぼやけていき、やがて途切れた。
「よかった、目を覚ましたんだね」
意識を取り戻した私に、傍らに座っていた黒髪の男の子が微笑む。
……生きている。
少し遅れて込み上げてくる実感に、思わず安堵の息がこぼれる。
「ここは……?」
「私の屋敷だよ。鬼に襲われ、怪我をしていた君と妹を保護しているんだ」
男の子は答えながら、膝に頭を預けて眠る彩の頭を撫でる。
よかった。
彩も無事なようだ。
くすぐったそうに身動ぐ妹の様子に、ほっと胸を撫で下ろした。
「妹を助けてくれて、ありがとうございます」
「私は何もしていないよ。それより、君こそ無事でよかった。今は治っているけれど、決して浅くない傷を負っていたからね」
浅くない傷、鬼に立ち向かったときにやられたものだろう。
あのときは無我夢中で痛みなど感じていなかったが、思い返してみれば深手を負っていたような気もする。
「私の名前は産屋敷輝哉。人を喰らう鬼を狩る組織、鬼殺隊を率いている」
「……
「よろしく、静里」
差し出された手を、おずおずと握り返す。
なんなのだろう。この子の声は、聞いていて不思議と心が落ち着く。
はじめてのことだ。家族と話しているときだって、こんな風にはならなかったというのに。
「えっと……うぶ、やしき……様?」
「ふふっ、そう畏まらなくてもいいよ。静里の好きなように呼ぶといい。遠慮はいらないからね」
「じゃあ……輝哉君。訊きたいことがあるんだけど、いいかな」
「いいよ。言ってごらん?」
私は輝哉君に色々なことを訊いた。
私たち家族を襲った鬼についてや、彩が言われた『まれち』が指す意味、そして鬼殺隊とはなんなのか。
それらの問い全てに、輝哉君は淀みなく答えてくれた。
「──」
知らなかった。
人を喰らう化け物が遥か昔から存在していて、同時に人々を護ろうとする者もいて。
自分たちの生活が薄氷の上に成り立っていたことなど、少しも考えたことがなかった。
私は輝哉君のもとで眠る彩を一瞥する。
稀血。
そう呼ばれる特別な血を持つ彩は、鬼にとって極上の獲物なのだそうだ。
彩は何も悪くない。
なのにどうして、どうしてこの子が鬼に狙われなければならないのだろうか。
両親と弟たちは死んだ。唯一生き残った妹も、鬼に狙われる可能性が高い。
輝哉君は鬼殺隊で保護すると言ってくれたが、それで脅威が完全になくなる訳ではない。鬼が存在する限り、恐怖はいつまでも続く。
彩がこれからの人生を安心して送ることが出来る、そんな未来が必要だ。
そのために私に出来ることがあるとすれば、それは──。
「……女の子でも鬼は倒せるかな?」
「倒せるか倒せないかで言えば、倒せるよ。前例は多くないけれど、柱と呼ばれる鬼殺隊の最高位まで上り詰めた女性隊士もいた。鬼を倒すのに大切なのは性別ではなく努力だと、私は考えている」
努力、か。
上等だ、やってやろうではないか。
「輝哉君」
「なんだい?」
「私、鬼殺隊に入る」
私の言うことを予想していたのだろう、輝哉君は驚く素振りを見せなかった。
「……鬼を倒すのは、決して簡単なことじゃない。悲しいことだが、鬼殺隊には死者や怪我人が絶えないんだ。死と隣り合わせで、いつ、何が起きても不思議じゃない。君が歩もうとしているのはそういう道だということを、理解しているかい?」
その言葉に、包帯の巻かれた自分の体に目を落とす。
鬼に挑み、ボロボロになった体。鬼殺隊の人が間に合っていなければ、そのまま死んでいたであろうことは明白だ。
仮に力をつけたとしても、今と同じような状態、あるいはもっと酷い怪我を負うかもしれない。最悪の場合、殺されて喰われる。
鬼殺隊に入るというのは、きっとそういうことだ。
「っ……」
寝返りを打った彩、その瞼がゆっくりと開き、私を捉える。
そして次の瞬間には、小さな体が胸に勢いよく飛び込んでいた。
「──! ──!!」
「心配かけてごめんね、彩。お姉ちゃんはもう大丈夫だから」
私が眠っている間、一人で心細かったことだろう。彩は私の服を強く握って離さない。
潤んだ目から大粒の涙がポロポロと零れては、布団に点々と染みを作る。
違和感を覚えたのはそんなときだ。
彩が声を発さない。泣き声一つ上がらない。
先程からずっと、無言のままなのだ。
「……彩? どうしたの?」
「……彩は、
声を、失った?
一体、何を言っているんだ……?
顔を上げ、答えた輝哉君の方を見る。
「目の前で家族を殺されたこと、迫る死の恐怖、そういった極限状態に心が追い詰められてしまったんだろう。保護された者の中でも、特にまだ物心がついていないような幼い子にこういった症状が表れることは、よく報告を受けるよ」
「そん……な……」
言葉が出てこない。
輝哉君の言うことはなんとなくだが理解出来る。
精神的な負荷が体に影響を及ぼす、言われてみれば納得のいく理屈だ。
彩はまだ四歳、鬼に襲われた際に感じた恐怖は歳の離れた私よりもずっと大きかったことだろう。
しかしそれでも──信じたくなかった。
だって彩はこの間まで大きな声で泣いて、そして笑う子だったのだから。
「……治る見込みは、あるの?」
「あるよ。ただ、原因は精神的なものである以上、効果的な治療法は確立されていない。完治にどのくらいかかるかは、彩本人に依る部分が大きいと言わざるを得ないね」
心というものは存外に繊細だから、と輝哉君は付け足し、おもむろに立ち上がった。
「さて、すまないけれど私はそろそろ行くよ。何かあればすぐに誰かを呼ぶといい」
「……うん。ありがとう、輝哉君」
「気にしないでおくれ。鬼殺隊として当然のことをしたまでだよ」
小さく笑い、襖に手をかけた輝哉君は、そこで何か思い出したように振り返った。
向けられた静謐な瞳に、自然と背筋が伸びる。
「静里、君が決めたのであれば私は反対しない。ただ、今一度よく考えてほしいんだ。鬼殺隊の一員となって戦う、その意味を」
パタンと、音を立てて襖が閉まり、輝哉君の背中が見えなくなる。
戦う意味。
残された彼の言葉が、頭の中を回る。
「……彩、お姉ちゃんがいなくなるのは嫌?」
不意に投げかけた問いかけに対し帰ってきた答えは、肯定。
首を縦に振り、泣きそうな顔をした彩に、ふっと苦笑がこぼれる。
「……そうだね。私も彩がいなくなるのは嫌だよ」
彩の背中に腕を回し、その小さな体を抱き締める。
温かい、命の温もりだ。
彩が生きていて、ここにいる何よりの証である。
彩は私にとって、最愛にして唯一の家族だ。
同時に彩にとっても、私はこの世界でたった一人の姉なのだ。
私も彩も、お互いにお互いの身を案じている。生きてほしいと思っている。
だからこそ、彩は私が鬼殺隊に入ることに反対するだろう。
輝哉君の言っていたように、鬼殺隊とは死と隣り合わせの組織なのだから。
ああ、やはりそれでも──。
「彩、ごめんね」
「……?」
頼まれた訳でも、望まれた訳でもない。
これは私の独り善がりだ。
彩に平穏な世界で生きてほしいという、言ってしまえば我が儘でしかない。
まだ幼い妹の思いを、願いを踏みにじる行為だというのも、承知の上だ。
しかし、これだけは譲れない。
だって、姉は妹を護るものなのだから。
「はじめまして。鱗滝左近次様でしょうか?」
「お館様から話は伺っている。鬼殺隊を志す幼い妹を連れた少女とは、お前で相違ないな?」
「はい。穂群静里と申します。妹の彩共々、お世話になります」
穂群姉妹は共通して黒髪赤目。髪型は静里がポニーテールで、彩がミディアムボブ。静里はつり目で彩は垂れ目。